楽将伝

九情承太郎

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第二章 君を守るために僕は夢を見る

十四話 姉川・野村・三田村(1)

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 元亀げんき元年(1570年)五月二十一日。
 信長は岐阜に戻ると、軍団を再編成しつつ、相手の出方を見る。
 疲れて積極性が鈍ったのではなく、朝倉・浅井・六角の連携不足を見越して、先に動いた相手から迎撃した方が楽に各個撃破すればいいと見越したからだ。
 先に動いたのは、六角軍。
 得意とする「複数の場所に甲賀忍者を含む部隊を散らして、敵を撹乱しながら戦う」という戦略が織田軍に全然通用しなかったので、今度は全軍を集結して正面からの攻撃を仕掛けてきた。
 狙いは、柴田勝家の守る長光寺ちょうこうじ城(滋賀県近江八幡市)。
 岐阜と京都の中間地点を落とし、信長が気軽に京都に戻れないようにする算段である。
「力任せの柴田勝家が相手なら、普通に勝てるに違いない」
 そういう甘い見積もりも、あった。
 戦場には、数の差を活かせる平坦な河原(野州やす川)を選び、正面から柴田勝家の軍勢と対決する。
 甲賀忍者を多く含む事が強みの六角軍が、正面からの対決を挑んできたので、柴田勝家は悩む。
「…何故だろう? この柴田権六ごんろくが一番得意な戦い方を、わざわざ選んでくれるなんて。六角氏って、実は柴田権六ファン?」
 ナメられているだけだと思うのだが。
 せっかくなので、柴田勝家は六角軍を正面から蹴散らす。
 両軍が正面衝突した頃合いで、応援に来た佐久間信盛のぶもりが横から六角軍を突き崩す。
 佐久間信盛も、柴田勝家と正面衝突して普通に戦っている六角軍に、首を傾げる。
「何故だろう? 最新の周辺情報を鑑みれば、付近の武将が横から攻めて来ると分かるだろうに。何故に横を警戒せずに、権六とまともに組み合った?」
 不思議がる佐久間信盛は、この六角軍の謎の行動に関し、一つの正解に考え至る。
「つまり六角氏から見たら、佐久間信盛なんてマイナーな武将は、いないも同然。という訳か」
 情報通の筈の六角軍からの『心からの舐めプ』に、佐久間信盛は心底悲しくなった。
「これから滅びる武家からの評価なぞ、気にしても仕方ないか」
 この後はどうせ朝倉・浅井との連戦で忙しいのでで、佐久間信盛は六角氏の不覚について、気に病む時間を止めておく。
 柴田勝家と佐久間信盛に挟み潰され、六角軍はボロ負けした。
 大将の六角義賢よしかたは逃げ延びたが、近江国内の国人・土豪は六角を見限って織田に降伏。
 六角は完全に、近江での支配権を失った。
 こう言っては失礼かもしれないが、これ以後の六角氏は、佐久間信盛よりもマイナーな存在になる。


 六角が早々に敗退したので、朝倉・浅井同盟軍は、美濃への進軍を中断して退却する。
 六角が勝てば岐阜まで同時侵攻する気だったが、今度も失敗したので、退いた。
 元亀げんき元年(1570年)六月十五日。
 一緒に動いていた朝倉軍が、越前へ帰国する。
 浅井軍は国境沿いの城の防備を固めて、織田軍の侵攻に備えるのだが、竹中半兵衛の調略で城は武将ごと織田軍に降伏した。
 ここで織田信長が出陣し、調略したばかりの城に入る。
 調略した日と信長が入城する日が、同じ六月十九日なので、浅井長政討伐への熱量が凄まじいのが知れる。
 元亀げんき元年(1570年)六月二十一日。
 浅井長政の居城・小谷城(滋賀県長浜市)の周辺を、織田軍一万が焼き払う。
 浅井軍五千が立て籠もる小谷城を、信長は無理に攻めずに、一旦退く。
 信長は、小谷城とは姉川を挟んで南に布陣し、徳川軍五千が合流するのを待つ。
 同時期、朝倉軍八千が浅井軍に合流する。
 双方、珍しく戦場での方針が、合致している。
 両陣営は、大規模な決戦で一気に勝敗を決める気で、戦場で呼吸を合わせる。

「出来れば、朝倉・浅井軍の兵数を、半分削るのだ。そうすれば、朝倉は浅井の救援に兵を出す余裕はなくなり、浅井は領地の半分を失い、小谷城を守る人手が足りなくなるのだ」
 『姉川の戦い』を、軍師・竹中半兵衛は、そう位置付けて、軍議で説明する。
「決戦の日に、朝倉・浅井同盟軍を、逃さずに叩くのが目的です。念入りに数を削ってください。今後の難易度が、楽になるのだ」
 軍議でそう説明する竹中半兵衛に、徳川軍サイドから厳しい睨みが入る。
「増援に来た我々に、それをやれと?」
 主人の家康を飛び越して、酒井忠次ただつぐが、美少女によく間違えられる軍師に詰問する。
「布陣から見て、織田は浅井と、徳川は朝倉と戦うのであろう?」
「そうなのだ」
「わしらが朝倉を負かした後、浅井の掃討もやらせるのか?」
「そうなのだ」
 美少女のような涼しい笑顔と、田舎のおじさんにしか見えない武将の睨む目が、交差する。
 一見して、酒井忠次が大言壮語を並べているように見える。
 何せ、「徳川五千で朝倉八千を打ち破り、返す刀で、手こずっている織田を助けて浅井を討つ」という内容の発言である。
 それを、織田の軍師である竹中半兵衛が、笑って肯定している。
 天才軍師の見立てに、気を悪くするというよりドン引きしているので、竹中半兵衛は織田軍の諸将に説明をしておく。
「浅井軍は、ここで負ければ後がないと覚悟しています。決戦では、当方の何倍も気合が入っているのだ。しかもここは浅井の地元。織田軍は、楽勝出来ません。勝てずに劣勢に立たされるでしょう」
「それをなんとかするのが、軍師の仕事では?」
 森可成よしなりが、皆を代表して質問する。
 既に城を幾つも調略して、いきなり浅井長政の居城の手前まで攻め込めた手際を、皆は『姉川の戦い』にも期待する。
「浅井側から寝返りそうな知人は、もういません。ここからは大軍同士の決戦です。勝敗を決するだけなら、織田・徳川連合軍の勝ちで決まりです。
 ですが、小谷城を落とし易くする為に、此度の決戦では無理をしてもらいます」
 竹中半兵衛が間を置き、可近ありちかが横で市(浅井長政に嫁いだ、信長の妹)の等身大パネルを持ち出す。
「そうしないと、市様を救出する可能性が、減ってしまうのだ」
 これを持ち出されたら、織田の将兵は、黙るしかない。
 信長が、泣くのを我慢して目力に力を込めて、軽く頭を下げる。
 徳川の方は、黙らない。
 家康が黙認する中、酒井忠次が追求を続ける。
「で、徳川がその軍略に付き合う、見返りは?」
 竹中半兵衛と交代で金森可近ありちかがマイクを握ったので、酒井忠次は警戒する。
「この戦いは、朝敵・朝倉&浅井を倒した徳川軍に、征夷大将軍から直々の感状(感謝状&戦果認定書)や褒美が約束されます」
 五年前なら、この段階で喧嘩別れになる内容だが、この時期では有り難みが違う。
 幕府の機能と権威が、回復しているのである(織田信長の風下ではあるが)
「家宝もんですよ、征夷大将軍からの感状(感謝状&戦果認定書)や褒美とか。子孫代々の誉れになり、ウィキペディアにも載ります」
「いいのか? 織田軍の貰う分も、寄越されてしまうぞ?」
 酒井忠次は公然と、
「徳川軍は、織田軍より、強いですよ」
 をアピールする。
 織田の諸将はムッとするが、可近は気にしない。
「どうぞ、どうぞ。金ヶ崎の戦いでも、織田軍は徳川様に尻を拭いてもらった、情けない二流の軍勢ですので。今回も徳川様に助けてもらわなければ、姉川で魚の餌に転職してしまいますよ。幕府から出る報奨は、徳川の皆様で、独占してください」
 酒井忠次の意見を全肯定して、お土産まで付ける。
「そこまで卑下せんでいいから、一つ約束せい」
 知らぬ仲ではないので、可近ありちかの口先には、笑いはしても乗らない。
「徳川が武田信玄と戦う時は、必ず援軍を寄越してくだされ」
 徳川の筆頭家老が、可近ありちか越しに、信長に注文を付ける。
「出す」
 信長が即答し、酒井忠次は頭を下げて、話を打ち切る。
 織田の諸将は、徳川が「武田信玄と睨み合っている最中に、大将自ら主力部隊を率いて来てくれた」事実を突き付けられて、この合戦での役回りを云々する気が失せる。
 武田信玄がこのタイミングで徳川領に攻め込んだら、徳川は詰むのである。
 そんな危険を冒して、来てくれたのだ、先月に引き続き。
 人望がないので背かれ放しの、織田軍の尻拭いに。
 可近ありちかでなくとも、頭を下げて「ありがとうございます」と言わねばならない立場である。
「参戦、ありがとうございます」
 森可成よしなりが、率先して徳川勢に、頭を下げる。
 こうなると他の武将も続き、信長も深々と頭を下げる。
 こうなると、徳川側も恐縮する。
 先月に続いての連戦でも、わだかまりなく徳川軍は決戦に臨んでくれる。

「頭を下げるのは、ただだよな」
 自陣に引き上げ際に、酒井忠次が可近ありちかに軽く嫌味を言いに寄る。
「いいなあ、うらやましいなあ、最高権力者からの、感状」
「それで喜ぶ奴に見えるのか?」
「酒井殿に褒美を出す担当者には、一番美味い酒を樽で用意しておくように、既に書状を送りました」
「そういう手際が変わっておらんで、嬉しいぞ」
 酒井忠次が嬉々として去るのと入れ替わりに、一人の若い旗本が、可近ありちかに声をかける。
「金森殿。この戦は、なんという名で記録されるのでしょうか?」
 外見は骨太肉厚で力士にも見えるが。全身から知的なオーラが溢れる青年は、先走った質問で可近を困惑させる。
「そこ? そういうのは、勝った方が決めていると思うけど」
「それなのですが、織田は野村(織田軍の布陣した場所)合戦と呼び、朝倉は三田村に布陣したので三田村合戦と記すでしょう。しかし私は、姉川を挟んで行われる決戦なので、『姉川の戦い』と呼びたいのです」
 戦の前なのに、こんなクソどうでもいい事を本気で思考出来る逸材に、可近ありちかは感動する。
「君、名前は?」
「これは失礼しました。榊原康政やすまさ、通称は小平太こへいた。旗本先手役せんてやくの一人です」
 家康の直参の中でも、幹部クラスである。
(この若さで、馬廻以上の役職か。前途有望株の筆頭っぽいな)
「この戦の勝ち組は、徳川軍です。徳川軍が呼びたいように、呼ぶべきです」
「では、『姉川の戦い』と記録致します」
 喜んで自軍の陣に戻って行く榊原康政やすまさを見送りながら、可近は「実は祐筆(書記)希望かな、あの青年」と、誤解する。
 無理もない。
 彼の能力で「姉川の戦い」が決するなどと、誰も予想していない。

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