乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ

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2:ヴェストリオーア戦役編

極秘任務(クリームヒルト)

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「クリームヒルト卿。これは卿にしか頼めない、秘密の限定作戦です」


 我が敬愛するハイデマリー・アデーレ陛下のお言葉、『卿にしか頼めない』という篤い信頼の光栄を、私は生涯忘れることはないだろう。私の墓碑にも刻み込むと決めた。

 黒い瞳と黒い髪、滑らかな絹肌。繊細な細工のように可憐な美貌と、女王に相応しい風格と決断力。ハイデマリー様のすべてが尊く美しい。
 そのお側近くにお仕えし、お守りできることで私のこれまでの人生のすべてが報われた。おそらくこの先も報われる。間違いない。

 昼下がりの静かな執務室、人払いまでしてハイデマリー様は私に任務を授けられた。
 「これはとても大切な品。卿だからこそ託す」
 そうおっしゃって、丸めた羊皮紙を下された。確かめて見ると、地図だった。古い時代のものだと、門外漢の私でも知れた。

 私は女王親衛隊クィーンズガードの主力精鋭を率い、すぐさまに暫定王都ムジクスタッドを離れた。
 目指したのは我が故郷、エイヒンガー領の北東部。峻険な山脈を背景に広がるバルネムの森だ。北域に近い、針葉樹の冷たい森である。

 エイヒンガー家に伝わる伝承によれば、森には大きな古びた神殿跡があるとされている。だが、それだけだ。
 夏でも肌寒く、冬になれば凍てつくばかりの実りのない森である。近くには集落もない、文字通りの辺境の森に用があるものは滅多ない。

 辿り着いた森は閑として、魔物が住むと言われればそんな気がするほどに気味が悪かった。

 森林を進むのに軍馬は向かない。森への進入路に決めた地点に陣を張り、そこに留守居とともに馬は残した。
 森には徒歩で入ることは事前にわかっていたことだ。誰も怯まなかった。

 私が選んだ者たちは皆、ハイデマリー様に忠誠と命を捧げている。陛下の御為になるのなら、闇夜の泥沼でも行軍できる者たちだ。もちろん私も含める。

 いつもよりは軽い鎧を身に着け、私たちは森を進んだ。古い地図と、そこに書き込まれた指示に従う。
 ハイデマリー様直筆の御指示である。走り書きであろうとも、我らの金科玉条だ。

 ほぼ丸一日歩いた先、日が暮れかかった頃だ。
 背の高い樹木に紛れるようにして建つ、二本の石の柱を見つけた。自然のものではない証に、表面には細やかなレリーフがある。

 ハイデマリー様の御指示通りだ!

 私は内心で興奮しつつ、静かに片手を挙げた。
 皆、臨戦態勢に入る。

 ハイデマリー様はおっしゃった。

『卿らが立ち向かうのは人ならざるモノ共。奴らは銀の刃でしか斬れない』

 出立前に出した注意を繰り返して思い浮かべ、私は頼もしい朋友達を見た。

 ゾフィー卿、ヘルタ卿、インガ卿、ズーザン卿、ザスキア卿。辺境伯家家臣団の出の者もいれば、平民出身の者もいる。
 いずれも、我が陛下の好ましき剣たる騎士たちだ。
 それに加えて、ハイデマリー様のご指示で治癒師チェーリア・ベルリンギ殿が同行してくれている。万一に備えよとの暖かいご配慮である。

 私たちは兜を着け、面を下ろした。自分の剣とは別に、今回特別に下賜された銀の短剣を抜く。

「ズーザン卿が殿しんがりだ。ベルリンギ殿はその前。ベルリンギ殿は自分の安全を一番に考えてくれ」
 私の指示に、ズーザン卿は鋭い返事をした。それを合図に、隊列が組まれる。訓練された騎士というのはこういうものだ。

「任せといてんか。うち、こー見えて護りは固いねんで。あんたらみーんな、回復させたるし、安心してやー」
 ハイデマリー様が直々に抱えられた治癒師は、諸国を放浪していたと言う。栗色の髪の小柄な女性だが、頼もしいことこの上ない存在である。

「行くぞ」
 私たちはレリーフのある柱の間を踏み入った。
 途端、目の前が真っ暗になった。

 その後のことは現実とは思えない、まるで夢の中のできごとのようだった。

 澱んだ沼より濁った空。白い影と黒い光。赤黒い地面には、砕けた建材らしいものがあちこちにあった。そこに浮かんでいるのは、人の形をした影だ。
 蠢くとしかいいようのない動作で、だが、こちらに敵意があることだけは確かだった。

 侵入者は私たちのほうだとしても、女王陛下の命はこちらにある。

「我らの命はハイデマリー様のもの!」

 私の声に反応したのか、人の影が暗く青く光り、襲いかかってきた。躱し、剣を振るう。
 銀の刃は確かに影を裂いた。
 己の剣でも斬ってみたが、なんの手応えもなかった。

 ゾッとした。と同時、ハイデマリー様の御炯眼に陶酔も感じた。

 ああ、ああ!
 真実の主を得た私の幸運よ!
 彼の方の尊き御知恵の前には悪霊さえ消えうせるのだ!



 戦闘は小一時間ほどで終了した。もちろん我々の勝利だ。悪霊たちが消えてしまえば、そこはただの遺跡だった。空の色も土の色も、森の他の場所と変わらない。怪異は消えたのだ。

 私は廃虚の奥にあった石の小箱を回収し、すぐさま王都へ持ち帰った。




 その小箱を見たハイデマリー様は

「クリームヒルト卿! わたくしの騎士!」

と、珍しくも声を上げてお喜びになり、私を抱きしめてくださったのだ。



 我が人生に一片の悔い無し。
 いや、今この瞬間に、戦の庭に召されてもいい。
 そう思った。

 私は今、幸いの中で生きている。


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