乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ

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2:ヴェストリオーア戦役編

2:危機/前

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「……あぁーぁ……」

 入浴用ガウンを着て、大浴槽に置いたカウチに寝そべったわたくしは伸びをして、深く息を吐いた。

 風呂。
 風呂です、風呂。
 わたくしはついに、手足を伸ばしてたっぷり湯につかれる風呂を手に入れたのだ!

 振り返れば、そこそこ長い道のりだった。
 カードゲーム『聖魔戦役』のマスターとなり、ウーゴ師から古い地図を手に入れ、女性だけの部隊でそのバルネムの森の悪霊を退治させ、戦利品である石の小箱を手に入れる。
 小箱の中には古代魔法の塊である『オンセンストーン』が収められているのだ。

 オンセンストーン、温泉石。設置すれば、どこにでも温泉を作り出すことができる素晴らしいアイテムである。

 もちろん、この世界にも風呂はある。
 一般市民はまだ水浴びがせいぜいだが、古代ローマっぽいサウナ風呂は騎士団には不可欠だ。
 貴族たちは入浴用のガウンを着たまま、バスタブに座って湯を浴びる。シャワーはないから、侍女たちの手を借りてのことだ。
 わたくしも、バスタブはもちろん持っている。

 けれどバスタブは狭い。窮屈。
 温まらないし、休まらない。

 だからわたくしは、わたくしの慰安のために温泉石がどうしてもどうしても欲しかったのだ。温泉石、というか、温泉が。

 その甲斐あってのコレですよ、コレ。

「はあ……とても良いものです」
 わたくしは高い天井を見上げた。

 クラビア宮にはわたくしの母、つまりフォンストルム王国ジュスタレーザ王女のために建てられた館があった。建材はもちろん、膨らみのある柱やレリーフもすべて南国風で、豪奢なものだ。

 舞踏会が大好きだった母には必要だった大ホールを、わたくしは風呂に変えた。
 
 ドーム天井を筆頭に、元々の設えを活かしつつ、ホール中央に温泉石を戴くファウンテンを用意させた。浴槽も含め、モザイクタイルで南国を演出しているのも気に入っているところだ。
 イメージしたのはドイツ風の温浴施設だ。彫刻や壁画、壺、花や布もふんだんに使っている。
 浴槽部分は六つに別れている。ファウンテンがある中央が大浴槽、そこから五つ、中浴槽が繋がっている。真上から見れば花のように見えるはずだ。

 全体的に湯はやや浅めで、テーブルや椅子を持ち込んでもいいようにしてある。カウチに寝そべると、体が半分、湯につかるくらいだ。
 だからゆっくり座って、お茶や酒を味わっても良い。もちろんおしゃべりでもいい。

 入浴する者はガウンを身に着けるのが貴族の習慣なので、混浴で問題ない。プールのようなものと思えばいい。ものすごく豪華な温水プールだ。

 温泉石による温泉にも効能はある。
 疲労回復とリラクゼーション、それに忠誠度アップだ。

 もう一度言おう。
 この温泉にはいると、わたくしへの忠誠度があがるのだ。

 ほら、一時、流行したでしょう。
 疲労回復の温泉で好感度があがるゲーム。おそらく、クリキンもそれを取り入れたかったんでしょうよ。

 とにかく、今後の戦略を考える上で、皆の忠誠度を上げることは大きな課題になる。ヴェストリオーア戦役編から追加になった新パラメータ「忠誠ボーナス」のためだ。

 ものすごく大ざっぱに考えて、戦力とは


   兵力=兵数+武装(各種装備、魔法軸等)
   +
   継戦力=兵糧+後方支援部隊


である。
 そこに新規追加されるのが、


   戦力=(兵力+継戦力)× 忠誠ボーナス ←コレ!


という式なのだ。

 問題の「忠誠ボーナス」は自軍に所属しているすべての者の「忠誠」の総和をクリキン指数(通称)で割ったものである。

 では、クリキン指数(通称)とは何か。
 不明。
 わたくしだって知りたい。発表当時も荒れたし、ブッコ抜いて調べた連中もいたのに、結局、詳細不明のままだ。時刻乱数だとか、製造番号由来だとかいろいろ言われたけど、真相はわからなかった。
 今となっては調べようもないけれど、勝てる要素なら拾っておきたい。

 それに、多分、本当に「忠誠」は上がる。

 クラビア大浴場の最初の利用者として、わたくし自身と、温泉石を取ってきてくれた女王親衛隊の騎士達を招いた。

 女性騎士たちと治癒師チェーリア・ベルリンギは第二花弁にあたる小浴槽でおしゃべりとワインを楽しんでいる。
 わたくしはそれを離れて眺めてから、傍らに突っ立ったままのクリームヒルト卿を斜めに見上げた。

 わたくしが用意させた入浴ガウンは下賜品でもある。クリームヒルト卿のガウンには、胸元にクロユリの刺繍が入っている。わたくしの個人紋だ。

「クリームヒルト卿、いかが?」
「とても現実のものとは思えません」
「心地よくないかしら」
「いえ、もう、……最高が余って溢れてしまって自分が本当に息をしているのかどうかもよくわからないのですがハイデマリーさまのお美しさとお優しさとこのような素晴らしい場所を臣下に開放なさろうという慈悲のおこころをこれほど間近にあびてしまって私のすべてがしびれてしまっているかのようで私は目を開けたまま夢を見ているのではないかとうたがっているところであります」

 頬をうっすらと赤くして、目を潤ませたクリームヒルト卿が答えた。言っていることはよくわからないが、これ以上ないほど忠誠心があがったのは間違いない。だってうっとりしているもの。
 温浴の効果か忠誠の湯のせいかはわからないけど、血行も良さそう。

 わたくしは満足して微笑んだ。

「功績のあった者を招く場となる浴場だが、今日はわたくしとこの湯のために働いてくれた卿らのものだ。ゆっくり過ごすと良い。卿はよく働いてくれていますから」
「あ……あり、ありがた、ありがたき、しあわせ……っ!」
 
 呻くみたいに言ったクリームヒルト卿が、膝から崩れて湯の中に座り込んだ。いや、両膝を突いた恭順姿勢で、わたくしを見上げている。両手は祈るように胸のあたりで組んでいる。

 え? わたくし、拝まれてる?

「わた、わたし、私の、この身、この魂、すべて御身に捧げますっ……!」

 嗚咽混じりのクリームヒルト卿を見つつ、わたくしは管理画面を開いた。半透明のウィンドウが実際の光景に重なって表示される。

 騎士一覧からクリームヒルト卿を選択して、パラメータを確認。


089:クリームヒルト・エイヒンガー 騎士 ★★★★ /HB ++++++++++
    年齢 25:性別 女:気質 一心不乱:野心 20:忠誠 255↑
    統率 52:武勇 89:知略 40:内政 20:外政 10

エイヒンガー北部辺境伯爵家出身。可憐な美少女だった。
13歳の時に誘拐され、瀕死の状態で救出された。
その後、彼女は辺境領で指折りの騎士に育つ。
腕力自慢の男が嫌い。高圧的な男が嫌い。男は大体大嫌い。
ハイデマリー様、最高!!!!


 ……。
 忠誠がものすごく上がった。元々高かったけれど、これはひょっとしなくても最高値という可能性もある。
 紹介文がアレなのはもういい。彼女の辛い過去のことも、男嫌いなことも知っている。問題は。


 HB ++++++++++

 
 って、これ何?
 今までなかった表示だ。HBって、鉛筆のこと?
 そもそもクリキンにこんなパラメータはなかった。初見だ。どういうことなの?

 意味が解らない。
 それがうっかり表情に出てしまったようで、クリームヒルト卿が悲愴な顔をした。何でもないのよと微笑んだものの、わたくしだって心穏やかではない。

 そこへ、侍従が急ぎ足でやってきた。浴槽の縁、モザイクタイルで装飾してある床に膝を突く。

「陛下、フレーべ閣下が火急のお目通りを希望なさっています」
「ゲーアハルト卿が?」
「おっしゃるには、『父上殿のシッポが掴めそうだ』と」
「……ふぅん」

 ゲーアハルトの父親、つまり先の王弟ヴィーラント公はずっと王位を狙っていた。わたくしが即位しても諦めておらず、旧王弟派の旗印として、王国南西部の派閥貴族領に逃げ込んだままだ。

 もちろん、監視の密偵は放ってある。フォンストルム王国を嫌う保守派と結託されたら面倒だし。
 腐ってもヴィーラント公の長男だ。ゲーアハルトが別の情報網を持っている可能性は捨てきれない。

「わかりました。応接の間へ通しておいて」
 わたくしは立ち上がり、クリームヒルト卿には「卿は休日。存分に鋭気を養って」と声を掛けた。

 クリームヒルト卿は倒れ伏しそうな勢いで頷いていた。あとで治癒師を手配したほうがいいかもしれない。

 湯からあがり、乾いたタオルを受け取った時だ。
 開きっぱなしになっていた管理画面にお知らせマークが点灯した。特に何かを考えもせず、わたくしはそれをタップした。


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「……っひょぅえぅっ!」
 ポップした小さなウィンドウに、わたくしは息を飲み損ねた。

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