お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

プレゼント

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 私は無表情・無愛想・無感情の三拍子が揃ったイラストを思い出し、『昔はこんなに明るかったのか』と驚く。
正直、別人を疑うほどの変わり様だから。
少なくとも、『元気いっぱいの男の子!』という印象は十八歳の彼から受けなかった。
どちらかというと、寡黙で陰のある美青年といったイメージ。

 乙女ゲームの舞台である、アントス学園に入学するまでに何かあったのかしら?
それとも、ただの思春期?

 『十八歳って、高校生くらいだよね?』と思いつつ、私はオレンジがかった金髪を持つ彼へ視線を向けた。

「ご丁寧にありがとうございます。リディア・ルース・グレンジャーです。令息のことは、なんとお呼びすれば?」

「こんなやつ、呼び捨てで充分だ」

 クライン令息を指さし、兄は横から口を挟む。
『敬称をつける価値もない!』と言ってのける彼に、クライン令息はニヤリと笑った。
その途端、牙のような前歯が口端から覗き、狼を連想させる。
また髪型もフサフサしており、襟足が長いため野性味を強く感じた。

「おっ?いいのか~?」

「何が言いたい?」

「いや、様付けのお前より親密に見えちゃうけど、いいのかな~?って思ってさ」

 サンストーンの瞳をスッと細め、クライン令息は意地悪そうな雰囲気を放つ。
若干前屈みになって顔を覗き込んでくる彼に対し、兄は思い切り顔を顰めた。

「……却下だ。やっぱり、こいつのことはクライン公爵家の暴れん坊と呼べ」

「いや、それはさすがにどうなんだよ?つーか、長すぎ!リエート卿でいいだろ。俺、もう聖騎士になったし」

 聖騎士?その歳で?確かに体は同年代の子に比べて大きいし、ガッシリしているけど。

 いくらこっちの常識に疎い私でも、異例なことだと分かる大出世に目を剥いた。
『下手したら、史上最年少の聖騎士なのでは?』と考えつつ、兄とクライン令息の言い争いに終止符を打つ。

「では、リエート卿で」

「チッ」

「おいおい、嫉妬か~?お兄様~」

 口元に手を当てプププと笑うリエート卿に、兄はピキッと表情を凍らせる。
『お前にお兄様と呼ばれる筋合いはない』とでも言うように頬を引き攣らせ、額に青筋を立てた。

「黙れ、この筋肉バカ」

「おっ?久々に一戦交えるか?」

 腰に差した剣に手を置き、リエート卿は好戦的な姿勢を見せる。
『前回は引き分けだったから、今度こそ勝つ』と意気込み、僅かに殺気……というか、物々しい雰囲気を放った。
すると、兄は挑発に応じて立ち上がる。

「臨むところだ。この際だから、徹底的に叩きのめして……」

「────二人とも、いい加減になさい!今日はリディアの誕生日なのよ!」

「ちょっとは自重してくれ」

 『祝いの席で乱闘騒ぎはやめて』と注意する両親に、兄とリエート卿はハッとする。
弾かれたように今夜の主役である私を見て、素直に謝罪した。
さすがにリディアの初めての誕生日パーティーを台無しにするのは不味い、と判断したらしい。
シュンと肩を落とす二人に、私は『気にしてませんから』と声を掛ける。

 乱闘騒ぎは困るけど、二人のじゃれ合い自体は見ていて楽しかったから。
本心を言い合えるような関係は、なんだか憧れるわ。

 『少年漫画みたいでいい』と頬を緩める中、リエート卿が何かを思い出したかのように顔を上げる。

「あっ!そうだ、これ。ただのアクセサリーだけど、良かったら使ってくれ」

 ずっと右手に持っていた小さな箱を差し出し、リエート卿はニッと笑った。
『改めて、誕生日おめでとう』と述べる彼を前に、私はプレゼントを受け取る。
そして中を見ていいか確認してから箱を開けると、四葉のネックレスが出てきた。

「四葉のクローバーは、幸運を運んでくれるんだぜ」

「安直だな」

「なんだと~?」

 『喧嘩を売っているのか』と口を八の字にするリエート卿に、兄はニヤリと笑う。

「だが、悪くない。お前にしては、よくやった」

 『筋肉バカのことだから、剣でも持ってきたのかと思っていたからな』と言って、肩を竦めた。
『見直した』と感心する兄に対し、リエート卿は鼻高々。
『そうだろう、そうだろう』と言わんばかりに何度も頷き、顎を逸らした。
すっかり得意げになる彼の前で、私は内心苦笑を浮かべる。

 お兄様の手のひらで、転がされているわね。

 『素直な性格なのだろう』とリエート卿の評価を改め、私はクローバーのネックレスをそっと撫でた。

◇◆◇◆

 ────大成功を収めた七歳の誕生日パーティーから、二週間。
私は頂いたプレゼントのチェックやお礼に追われていた。

 全てのプレゼントに対応する必要はないのだけど、やっぱり何か返したくて。
貰いっぱなしは、性に合わない。
まあ、こうやって一人一人にお礼出来るのは今回だけでしょうけど。
来年の誕生日までにはデビュタントを迎えている筈だから、規模も人数も今の倍になる。
そうなると、私一人では捌き切れない。
きっと、来年からは使用人の選んだ返礼品と定型文の入った手紙を送るだけになるだろう。

 『実際、他の家族はそうしているらしいし』と肩を竦め、私は自室にある執務机へ向かう。
手には、父から誕生日プレゼントとして貰った羽根ペンが。
『これ、凄く書きやすいのよね』と上機嫌になる私は、お礼の手紙をしたためる。
────と、ここでうっかりインクの入った瓶を倒してしまった。

「あっ……」

 ツーッと広がっていくインクの海に、私は一つ息を吐く。
そして、上半分が黒く染まった便箋とインクの波に晒されながら一切汚れていない本を見つめた。
幸い、机の上にあったものはこれだけなので被害は少ない。

「お兄様から頂いた本が、特別製で助かったわ」

 誕生日プレゼントとして贈られた魔法の本を手に取り、私はホッとする。
実はこれ、魔法を込められた加工物────魔導具の一種で、保全加工が施されているらしい。
そのため火で炙っても燃えないし、泥水に浸しても汚れない。
まさに最強の本なのだが……内容は初心者向けで、至って普通。

 母の話によると、兄は私のためだけに魔法の本を執筆し、保全加工までしたらしい。
それも、一人で。
魔導具を作るには、繊細な魔力コントロールと魔力の籠った特別な素材を用意する必要があるため、職人でもないと難しいのに。

 父より仕入れた魔導具の知識を並べ、私は苦笑いする。
兄の才能を無駄遣いしているようで、ちょっと申し訳ないから。
もちろん、とても有り難いが。

「リディア様、そろそろお出掛けの準備を……あら、インクを零してしまったんですね」

 私の専属侍女であるハンナが顔を覗かせ、『あらあら』と零す。
お下げにした茶髪を揺らしながらこちらに駆け寄り、じっと私の体を見つめた。
かと思えば、肩の力を抜く。
インクで汚れているのは机だけだと確認し、ホッとしたのだろう。
エメラルドの瞳に安堵を滲ませるハンナは、そっと私の手を取る。

「掃除は私に任せて、リディア様は早くご支度を────今日は待ちに待った、洗礼式なんですから」
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