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第一章

中央神殿

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「掃除は私に任せて、リディア様は早くご支度を────今日は待ちに待った、洗礼式なんですから」

 ────洗礼式。
神より賜りし力を確認する儀式のことで、魔力検査も兼ねている。
だが、一番の目玉はみな生まれつき持っているというギフト。
我々の誕生を祝う神様からのプレゼントで、種類は様々。
ある者は瞬間記憶能力だったり、またある者は瞬足だったりと主に才能関連のギフトが多い。
稀に物質を伴うギフトもあるらしいが、目に見えないものの方が圧倒的に多かった。
また、ギフトの数は大抵一人につき一つだけ。
でも、数年に一人くらいの割合で複数のギフトを持つ者が居た。

 『確か、お父様は複数持ちだった筈』と思い返す中、ハンナに手を引かれて隣の部屋へ入る。
そこで真っ白な衣装に着替え、私は銀の杖をそっと握った。
これらは、母より誕生日プレゼントで貰ったものである。
なんでも、洗礼式に必要なものらしい。

 通常は神殿側で用意するものらしいけど、希望すれば自分達で調達してもいいとのこと。
もちろん、派手なものやアクセサリーは禁止らしいけど。

 裾や袖に銀の刺繍が施されている程度のシンプルな服と先端が少し丸まっている杖、それから髪飾りの代わりとして結ばれた銀のリボン。
禁止事項を破らないよう、必死に頑張った母の努力が垣間見えるようだ。
────などと考えている間に馬車へ押し込まれ、私は家族と共に神殿へ向かう。

 本当は一人で行く筈だったんだけど、ほとんど外出経験のない私を心配してくれたみたい。
前世も含めて一人で外出したことはないため、これは非常に有り難かった。

 『やっぱり、ちょっと不安だったから』と考える中、公爵家の馬車は白い建物の前で停まる。
途端に私は大きな建物へ釘付けになり、思わず感嘆の声を漏らした。
だって、本当に凄く美しかったから。
公爵家のような華やかさはないものの、清潔で温かい印象を受ける。
きっと、毎日手入れされているからだろう。

「リディア、あれが中央神殿だ」

「首都に居る七歳の子供は身分問わず、ここで洗礼式を受けるのよ」

「ちなみにリエートの働いている場所でもある」

 『もしかしたら、どこかで会うかもしれないな』と述べ、兄は小さく肩を竦めた。
その瞬間────

「おっ?呼んだか?」

 ────と言って、リエート卿が馬車の小窓を叩く。
ガラス越しに『よっ!』と声を掛けてくる彼は、明るく笑った。

「何故、お前がここに……」

 眉間に皺を寄せて恨めしそうに呟く兄に、リエート卿はこう答える。

「俺がリディアの案内役だから」

「はっ?ふざけるな。今すぐ、変えろ」

「ざんね~ん。これは決定事項で~す」

 兄の苦情をサラリと躱し、リエート卿は馬車の扉を開けた。

「んじゃ、怖いお兄様は放っておいて早く行こうぜ」

 冗談半分に『二人で逃避行だ!』と述べ、リエート卿は手を差し伸べる。
────が、兄に叩き落されてしまった。

「リディアに触るな。あと、儀式の間までは僕も行く」

「それはちょっと過保護すぎないか?」

「うるさい。本当は儀式の間の中までついて行きたいところを我慢してやっているんだ。感謝しろ」

 『あそこは関係者以外立ち入り禁止だから、しょうがなく……』と、兄は主張する。
そして、『おいおい、マジかよ』とドン引きするリエート卿を蹴り飛ばし、地面に降りた。

「では、父上母上ちょっと行ってきます」

「ああ」

「気をつけてね」

 『リディアをよろしく』と快く送り出す両親に、兄は一つ頷いた。
かと思えば、こちらに向き直り、手を差し出す。

「行くぞ、リディア」

「はい、お兄様」

 兄の手を取って馬車から降りると、私は両親に『行ってきます』と告げた。
当然のように『行ってらっしゃい』と返事してくれる二人に微笑み、私は白い建物へ視線を向ける。

「ったく、しょうがねぇーな」

 一連のやり取りを見守っていたリエート卿は、ガシガシと乱暴に頭を搔いた。
『こうなったら、こいつも連れていくしかない』と判断したのか、兄の同行についてもう何も言わない。
『ほら、ちゃんと付いてこいよ』と一声掛け、彼は歩き出した。
そんな彼に続く形で、私と兄も歩を進める。
────と、ここで前方の建物から白い光の柱が立ち昇った。

「凄い神気しんきだな。複数持ちでも出現したか?」

 『ギフトを持っていれば神に愛されていればいるほど、強い光を放つから』と述べる兄に、リエート卿は小さく頷く。

「時間的に儀式を行ったやつは……多分、皇太子だな」

「あぁ、そういえばもう七歳だったな。去年、父上の仕事で顔を合わせて以来だが、お元気だろうか」

 『そのうち、また挨拶に行くか』と呟き、兄は視線を前に戻す。
と同時に、建物の中へ足を踏み入れた。
ドタバタと忙しなく廊下を行き交う神官達を横目に捉えつつ、私達は目的地へ向かう。
時々誰かにぶつかりそうになったものの、兄のエスコートのおかげで無事儀式の間に辿り着いた。
何かの文字が書き込まれた白い扉を前に、兄はそっと手を離す。

「ここから先は、リエートと二人で行け。いいか?何かあったら、大声を上げろ。直ぐに駆けつける」

「はい、お兄様」

 銀の杖を両手で握り、私はコクンと頷いた。
『いい子だ』と頭を撫でる兄に微笑み、私はリエート卿へ向き直る。

「よろしくお願いします」

「ああ。と言っても、俺はあくまで案内役だけどな。洗礼式を取り仕切るのは、別の人。ニコラス大司教って言って、すげぇ優しい人だから安心しろ」

 『大抵のことは許してくれるから』と言い、リエート卿はポンポンッと私の肩を叩いた。
かと思えば、そっと手を持ち上げ……

「では、参りましょうか?レディ」

 と、悪戯っぽく笑う。
おかげで、すっかり緊張が溶けた。
クスクスと笑みを漏らす私は『はい』と大きく頷き、扉と向き合う。
その瞬間────景色が変わった。
比喩表現でも何でもなく、本当に景色が変わったのだ。まるで、瞬間移動でもしたかのように。
ビックリして辺りを見回すと、ちょうど真後ろに白い扉が。

 ということは、ここって────

「────儀式の間の中だ」

 隣に立つリエート卿は私の予想を裏付けるセリフを吐き、握った手に力を込める。
『安心しろ』とでも言うように。

「指定した者しか入れないよう、ちょっとした仕掛けが施されている。至って普通のことだから、気にすんな……と言っても無理だろうが、まあ慣れてくれ」

 もう一方の手でポリポリと頬を掻き、リエート卿は苦笑した。
『俺も最初はめちゃくちゃ驚いた』と零し、小さく肩を竦める。
『あっ、今の話はニクスに内緒な?』と悪戯っぽく笑う彼に、私は大きく頷いた。

 リエート卿って一見がさつに見えるけど、ちゃんと相手のことを考えてくれているよね。
よく気がつくし、フォローの仕方も凄くスマート。

 『これが真の陽キャか』と感心する中、薄暗い室内の奥へ案内される。
そして何かの祭壇の前まで来ると、リエート卿が手を離した。
無言で騎士の礼を取る彼の前には、司祭服を身に纏うご老人が居る。
恐らく、彼がニコラス大司教だろう。

「リディア・ルース・グレンジャー、前へ」
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