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第一章
洗礼式
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「リディア・ルース・グレンジャー、前へ」
穏やかな表情でこちらを見つめ、ニコラス大司教は近くに来るよう指示した。
促されるまま一歩前へ出ると、彼は『失礼します』と一言断りを入れてから私の額に触れる。
と同時に、目を閉じた。
「頭を空っぽにして……何も考えないでください」
「はい」
『無心で居ろ』というのはなかなか難しいが、そっと目を伏せてボーッとするよう務める。
そして床のタイルをただひたすら眺めるという行動に走る中、ニコラス大司教は『すぅー……』と息を吸った。
かと思えば、吐息を吐き出すようにして知らない言語を発する。
「*******」
ただでさえボーッとしていることもあり、ニコラス大司教の言葉は一つも聞き取れなかった。
ただ、歌のように滑らかで一切音が途切れなかったことだけは覚えている。
『ニコラス大司教は一体、何を言ったのだろう』と、ついつい考えてしまう中────頭の中に何か……温かくて気持ちのいいものが入ってきた。
かと思えば────体中から力が漲ってきて、凄まじい高揚感を覚える。
『無心にならなければ』と思っているのに、私はこの衝動を抑え切れず……思考と感情を解放した。
その刹那────反射的に目を瞑ってしまうほど強い光が放たれる。
「おいおい……マジかよ。これ、さっきのやつより凄いぞ。一体、どんだけ神様に愛されてんだ?」
思わずといった様子で声を漏らすリエート卿は、『今年の奴らはすげぇーな』と感心していた。
────と、ここで光は収まる。
それに比例して、湧き上がってきた力も消えてしまったが……不思議と満たされている気分だった。
『さっきの万能感は一体……?』と思案しながら目を開けると、呆然と立ち尽くすニコラス大司教の姿が目に入る。
突然の光に驚いたのか暫し放心し、おもむろに顔を上げた。
「これは……」
『信じられない』とでも言うように頭を振り、ニコラス大司教はたじろぐ。
尊敬と畏怖の入り交じったような目でこちらを見つめ、硬直した。
「ニコラス大司教」
さすがに見ていられなかったのか、リエート卿が咎めるような鋭い声で名を呼ぶ。
すると、ニコラス大司教はハッとしたように目を見開き、慌てて姿勢を正した。
気持ちを切り替えるようにコホンッと一回咳払いし、こちらに向き直る。
「すみません。少し取り乱しました」
どこか気恥ずかしそうに謝罪の言葉を口にし、ニコラス大司教は頭を下げる。
『まだ幼い子供の前で何をやっているんだ』と、反省しているようだ。
『大人として情けない』と落ち込みながらも、ニコラス大司教は何とか表情を取り繕う。
「リディア・ルース・グレンジャー、貴方の潜在能力についてお話しします。まずは、魔法関連から────貴方の持つ魔力は約10,800。平均が100なので、脅威的な数値ですね。また、相性の合う属性は氷と風になります」
『大抵一つしか相性の合う属性はないのに、凄いですね』と言い、ニコラス大司教は微笑んだ。
かと思えば、真剣な顔つきに変わる。
「それから、貴方の持つギフトは────合計四つです。詳細については、杖に刻まれた文章をお読みください。こちらは持ち主である貴方しか読めないようになっているため他人の目から隠す必要はありませんが、念のため厳重に保管してください。これはこの世に一つしかない、貴方のギフトの取扱説明書みたいなものなので」
『紛失しても、再発行などは出来ません』と注意を促すニコラス大司教に、私はコクンと頷いた。
手に持った銀の杖を見下ろし、『本当に文字が刻まれている』と驚く。
別にニコラス大司教の言葉を疑った訳じゃないが、こうして実物を見ると衝撃が凄かった。
しかも、本当に読める。全く知らない言語の筈なのに。
『リディアですら習ってない文字よね?』と頭を捻り、まじまじと見つめる。
系統は西洋に近いが、文章を読む方向は上から下……つまり、縦書きだった。
『なんだか、とっても不思議な言語ね』と考えつつ、私はニコラス大司教にお礼と挨拶を口にする。
そして、リエート卿に連れられるまま儀式の間を後にした。
外で待機していた兄とも合流し、私は中央神殿の廊下を歩く。
お兄様はさっきの光……というか、儀式の結果に興味津々のようだけど、さすがに人前では聞けないみたい。
誰かに悪用でもされてら、大変だものね。
貴族の情報は高く売れるって、言うし。
兄より徹底的に叩き込まれた危機感を見事発揮し、私は杖をギュッと握り締めた。
なんだかスパイに狙われるエージェントのような気分になり、ちょっとだけ楽しくなる。
『この機密情報を何としてでも守り抜くのよ!』と自分に言い聞かせる中、私達は建物を出た。
すると────ちょうど向こう側から、両親が血相を変えて駆け寄ってくる。
「「リエートくん……!」」
私や兄には目もくれず、リエート卿の前で足を止めた二人はかなり焦っている様子だった。
即座に『只事ではない』と察し静かになる私達を前に、両親は若干表情を強ばらせる。
母に関しては、顔面蒼白になっていた。
「あのね、さっきクライン公爵家から封書が届いて……その、もうすぐ貴方の元にも届くと思うけど……でも、このことは早く伝えた方がいいと思ってね……あの……」
取り乱すあまり、しどろもどろになる母は目に涙を浮かべる。
尋常じゃない彼女の様子に、リエート卿はもちろん……私や兄まで不安を覚えた。
『一体、何があったんだ!?』と顔を見合わせる中、父がおもむろに口を開く。
「落ち着いて、聞いてほしい。今、クライン公爵家に────魔物の大群が押し寄せてきているらしい」
「「!?」」
『魔物』と聞くなりサァーッと青ざめたリエート卿と兄は、目を見開いて固まった。
徐々に恐怖へ染まっていく彼らの横顔を前に、私はコテリと首を傾げる。
だって、魔物という存在を今の今まで知らなかったから。
ゲームや小説で度々出てくる単語だから、何となく理解は出来るけど……作品によって、定義も設定も違うからいまいちピンと来ない。
でも、皆の反応を見る限り相当危険な生物みたいね。
それが大群となって押し寄せてきているなら、クライン公爵家は今頃大変なことになっている筈。
自分なりに何とか事態を呑み飲もうと、必死に思考を回す。
『緊急事態……緊急事態……』と脳内で反芻する中、父がふとこちらに目を向けた。
かと思えば、何かを察したかのようにそっと腰を折る。
「魔物は魔王の持つギフト────超進化によって、改造された動物のことだ。個体にもよるが、魔法も使えて非常に危ない。あと、魔王に絶対的忠誠を誓っている」
「その魔王って、悪い人なんですか?」
「ああ。長きに渡り、人類を……いや、神を討ち滅ぼそうとしてきたやつだ。長寿関係のギフトを持っているのかまだ健在だが、元は人間だったらしい。まあ、事実かどうか分からないが」
『ここ数十年は姿を現していないからな』と言い、父は身を起こす。
と同時に、ある方向を見つめた。
表情は相変わらず無そのものだが、どこか浮かない様子。
タンザナイトの瞳も、いつもよりちょっと暗かった。
比較的冷静とはいえ、かなり心配しているみたい。
お父様があんな風に黄昏れることなんて、ほとんどないから……。
クライン公爵家とは家族ぐるみの付き合いをしているため、当然と言えば当然だけど。
『確か、現当主とは旧知の中なのよね』と執事から聞いた話を思い返し、私はそっと眉尻を下げる。
『何か自分に出来ることはないだろうか』と思い悩んでいると、不意にリエート卿が駆け出した。
真っ青な顔で出口へ向かっていく彼を前に、兄は『チッ……!』と舌打ちする。
「この筋肉バカめ……!走っていける距離じゃないだろ!」
独り言のようにそう呟き、兄は手を前に突き出した。
と同時に、リエート卿の足元だけピンポイントに凍りつく。
「……離せ」
身動きを取れなくなったリエート卿は、低く唸るような声で氷を溶かすよう言った。
────が、兄は微動だにしない。
「一旦、冷静になれ。お前一人じゃ、どうにも出来ないだろ」
穏やかな表情でこちらを見つめ、ニコラス大司教は近くに来るよう指示した。
促されるまま一歩前へ出ると、彼は『失礼します』と一言断りを入れてから私の額に触れる。
と同時に、目を閉じた。
「頭を空っぽにして……何も考えないでください」
「はい」
『無心で居ろ』というのはなかなか難しいが、そっと目を伏せてボーッとするよう務める。
そして床のタイルをただひたすら眺めるという行動に走る中、ニコラス大司教は『すぅー……』と息を吸った。
かと思えば、吐息を吐き出すようにして知らない言語を発する。
「*******」
ただでさえボーッとしていることもあり、ニコラス大司教の言葉は一つも聞き取れなかった。
ただ、歌のように滑らかで一切音が途切れなかったことだけは覚えている。
『ニコラス大司教は一体、何を言ったのだろう』と、ついつい考えてしまう中────頭の中に何か……温かくて気持ちのいいものが入ってきた。
かと思えば────体中から力が漲ってきて、凄まじい高揚感を覚える。
『無心にならなければ』と思っているのに、私はこの衝動を抑え切れず……思考と感情を解放した。
その刹那────反射的に目を瞑ってしまうほど強い光が放たれる。
「おいおい……マジかよ。これ、さっきのやつより凄いぞ。一体、どんだけ神様に愛されてんだ?」
思わずといった様子で声を漏らすリエート卿は、『今年の奴らはすげぇーな』と感心していた。
────と、ここで光は収まる。
それに比例して、湧き上がってきた力も消えてしまったが……不思議と満たされている気分だった。
『さっきの万能感は一体……?』と思案しながら目を開けると、呆然と立ち尽くすニコラス大司教の姿が目に入る。
突然の光に驚いたのか暫し放心し、おもむろに顔を上げた。
「これは……」
『信じられない』とでも言うように頭を振り、ニコラス大司教はたじろぐ。
尊敬と畏怖の入り交じったような目でこちらを見つめ、硬直した。
「ニコラス大司教」
さすがに見ていられなかったのか、リエート卿が咎めるような鋭い声で名を呼ぶ。
すると、ニコラス大司教はハッとしたように目を見開き、慌てて姿勢を正した。
気持ちを切り替えるようにコホンッと一回咳払いし、こちらに向き直る。
「すみません。少し取り乱しました」
どこか気恥ずかしそうに謝罪の言葉を口にし、ニコラス大司教は頭を下げる。
『まだ幼い子供の前で何をやっているんだ』と、反省しているようだ。
『大人として情けない』と落ち込みながらも、ニコラス大司教は何とか表情を取り繕う。
「リディア・ルース・グレンジャー、貴方の潜在能力についてお話しします。まずは、魔法関連から────貴方の持つ魔力は約10,800。平均が100なので、脅威的な数値ですね。また、相性の合う属性は氷と風になります」
『大抵一つしか相性の合う属性はないのに、凄いですね』と言い、ニコラス大司教は微笑んだ。
かと思えば、真剣な顔つきに変わる。
「それから、貴方の持つギフトは────合計四つです。詳細については、杖に刻まれた文章をお読みください。こちらは持ち主である貴方しか読めないようになっているため他人の目から隠す必要はありませんが、念のため厳重に保管してください。これはこの世に一つしかない、貴方のギフトの取扱説明書みたいなものなので」
『紛失しても、再発行などは出来ません』と注意を促すニコラス大司教に、私はコクンと頷いた。
手に持った銀の杖を見下ろし、『本当に文字が刻まれている』と驚く。
別にニコラス大司教の言葉を疑った訳じゃないが、こうして実物を見ると衝撃が凄かった。
しかも、本当に読める。全く知らない言語の筈なのに。
『リディアですら習ってない文字よね?』と頭を捻り、まじまじと見つめる。
系統は西洋に近いが、文章を読む方向は上から下……つまり、縦書きだった。
『なんだか、とっても不思議な言語ね』と考えつつ、私はニコラス大司教にお礼と挨拶を口にする。
そして、リエート卿に連れられるまま儀式の間を後にした。
外で待機していた兄とも合流し、私は中央神殿の廊下を歩く。
お兄様はさっきの光……というか、儀式の結果に興味津々のようだけど、さすがに人前では聞けないみたい。
誰かに悪用でもされてら、大変だものね。
貴族の情報は高く売れるって、言うし。
兄より徹底的に叩き込まれた危機感を見事発揮し、私は杖をギュッと握り締めた。
なんだかスパイに狙われるエージェントのような気分になり、ちょっとだけ楽しくなる。
『この機密情報を何としてでも守り抜くのよ!』と自分に言い聞かせる中、私達は建物を出た。
すると────ちょうど向こう側から、両親が血相を変えて駆け寄ってくる。
「「リエートくん……!」」
私や兄には目もくれず、リエート卿の前で足を止めた二人はかなり焦っている様子だった。
即座に『只事ではない』と察し静かになる私達を前に、両親は若干表情を強ばらせる。
母に関しては、顔面蒼白になっていた。
「あのね、さっきクライン公爵家から封書が届いて……その、もうすぐ貴方の元にも届くと思うけど……でも、このことは早く伝えた方がいいと思ってね……あの……」
取り乱すあまり、しどろもどろになる母は目に涙を浮かべる。
尋常じゃない彼女の様子に、リエート卿はもちろん……私や兄まで不安を覚えた。
『一体、何があったんだ!?』と顔を見合わせる中、父がおもむろに口を開く。
「落ち着いて、聞いてほしい。今、クライン公爵家に────魔物の大群が押し寄せてきているらしい」
「「!?」」
『魔物』と聞くなりサァーッと青ざめたリエート卿と兄は、目を見開いて固まった。
徐々に恐怖へ染まっていく彼らの横顔を前に、私はコテリと首を傾げる。
だって、魔物という存在を今の今まで知らなかったから。
ゲームや小説で度々出てくる単語だから、何となく理解は出来るけど……作品によって、定義も設定も違うからいまいちピンと来ない。
でも、皆の反応を見る限り相当危険な生物みたいね。
それが大群となって押し寄せてきているなら、クライン公爵家は今頃大変なことになっている筈。
自分なりに何とか事態を呑み飲もうと、必死に思考を回す。
『緊急事態……緊急事態……』と脳内で反芻する中、父がふとこちらに目を向けた。
かと思えば、何かを察したかのようにそっと腰を折る。
「魔物は魔王の持つギフト────超進化によって、改造された動物のことだ。個体にもよるが、魔法も使えて非常に危ない。あと、魔王に絶対的忠誠を誓っている」
「その魔王って、悪い人なんですか?」
「ああ。長きに渡り、人類を……いや、神を討ち滅ぼそうとしてきたやつだ。長寿関係のギフトを持っているのかまだ健在だが、元は人間だったらしい。まあ、事実かどうか分からないが」
『ここ数十年は姿を現していないからな』と言い、父は身を起こす。
と同時に、ある方向を見つめた。
表情は相変わらず無そのものだが、どこか浮かない様子。
タンザナイトの瞳も、いつもよりちょっと暗かった。
比較的冷静とはいえ、かなり心配しているみたい。
お父様があんな風に黄昏れることなんて、ほとんどないから……。
クライン公爵家とは家族ぐるみの付き合いをしているため、当然と言えば当然だけど。
『確か、現当主とは旧知の中なのよね』と執事から聞いた話を思い返し、私はそっと眉尻を下げる。
『何か自分に出来ることはないだろうか』と思い悩んでいると、不意にリエート卿が駆け出した。
真っ青な顔で出口へ向かっていく彼を前に、兄は『チッ……!』と舌打ちする。
「この筋肉バカめ……!走っていける距離じゃないだろ!」
独り言のようにそう呟き、兄は手を前に突き出した。
と同時に、リエート卿の足元だけピンポイントに凍りつく。
「……離せ」
身動きを取れなくなったリエート卿は、低く唸るような声で氷を溶かすよう言った。
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