お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

誓い

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「────個人的には好きかな、君みたいな子。放っておけなくて、ついつい構いたくなっちゃう」

 『ニクスが過保護になるのも頷ける』と言い、体を離した。
と同時に、演奏が止む。

「おや、もう時間切れのようだね」

 『残念』と言って肩を竦めるレーヴェン殿下は、ターンの要領で私の体を反転させた。
かと思えば、私の背中を軽く押す。

「さあ、早くお兄さんのところへ戻るといい。今にも爆発しそうだから」

 『見てみなよ、凄い顔をしているから』と肩を竦め、兄の方へ視線を向けた。
つられて顔を上げると、不機嫌顔の兄が目に入る。
『早く帰ってこい!』と言わんばかりの形相でこちらを見つめる彼に、私は苦笑を漏らした。
と同時に、レーヴェンへ向き直る。

「楽しい一時ひとときをありがとうございました」

「こちらこそ」

 『久々によく笑った』と述べる彼に、私はペコリとお辞儀してから身を翻した。
『急いでお兄様のところへ戻らないと』と思いながら、歩を進めていると────

「またどこかで会おう。私はもっと君のことを知りたい」

 ────不意にレーヴェン殿下から、声を掛けられた。
慌てて後ろを振り返るものの、そこにもう彼の姿はなく……キョロキョロと辺りを見回す。
でも、人混みのせいで捜索は困難だった。

 しょうがない。レーヴェン殿下のことは、後回しにしよう。
このままだと、迷子になってしまいそうだし。

 『無理しちゃダメ』と自分に言い聞かせ、私は兄の元へ向かった。
人にぶつからないよう気をつけながら前へ進むと、ようやく目当ての人物に巡り会える。

「お待たせしました」

「ああ」

 笑顔で挨拶する私に、兄は少しばかり気を良くした。
眉間の皺こそ取れないものの、先程のように殺気立った様子はない。

「リエート卿はどちらに?」

「あっちだ。多分、肉でも食べているんだろう」

 料理が置いている方向を指さし、兄は小さく肩を竦めた。

「まあ、リエートのことは放っておこう。そのうち、戻ってくる筈だ。それより、ほら」

 スッとこちらに手を差し出し、兄はようやく表情を和らげる。

「さっさと行くぞ。約束通り、三曲以上は踊ってもらうからな」

 『ファーストダンスを譲った補填をしろ』と述べる兄に、私はコクリと頷いた。
単純に約束だからというのもあるが、兄と踊るのは凄く楽しいから。
何より、緊張せず気楽で居られた。
『何かあってもフォローしてくれる』という絶対的安心感に包まれながら、手を重ねる。
そして、促されるまま会場の中央へ戻り、兄とワルツを踊り始めた。

「それで、レーヴェン殿下とは何を話していたんだ?」

 開始早々探りを入れてくる兄は、『余計なことを吹き込まれていないだろうな?』と疑う。
こちらの一挙手一投足も見逃さない勢いで凝視してくる彼を前に、私は苦笑を浮かべた。

「ギフト関連、でしょうか?殿下も複数お持ちのようなので、気になったみたいです」

「他は?」

「他は特に……あっ、そういえば『お人好し』とも言われましたね」

「はぁ?」

 怪訝そうに眉を顰め、困惑する兄は『何がどうしてそうなった?』と頭を捻る。
あまりにも突拍子もない話なので、理解が追いつかないのだろう。

「いや、まあ……確かにリディアは呆れるほどのお人好しだが、何故そんな話に?」

「えっと、話したら少し長くなるんですが────」

 私はお人好しの発言に至る経緯を細かく話し、そっと兄の反応を窺う。
すると、呆れたように笑う彼の姿が目に入った。
どうやら、もうすっかり疑念は晴れたらしく、『そういうことか』と納得している。
『まあ、お前らしいな』と述べる彼を他所に、ワルツはついに五曲目へと差し掛かった。
────が、さすがにちょっと疲れてきたので、一旦休憩へ入ることに。
兄のエスコートで元居た場所へ戻ると、グラスを手にしたリエート卿が駆け寄ってきた。

「お疲れ、二人とも」

 ニッと笑って、果実水入りのグラスを差し出すリエート卿は『息ピッタリのダンスだったな』と褒める。
それに礼を言いながら、私達はグラスを受け取った。
果実水を飲んで喉を潤し、『ふぅ……』と一息つく。
それから暫く談笑していると────不意にリエート卿が、片膝をついた。

「リディア・ルース・グレンジャー公爵令嬢、良ければ一曲踊って頂けませんか?」

 若干頬を赤くしながら、リエート卿はこちらに手を差し伸べる。
こういったことにあまり慣れていないのか、表情は少し硬いものの、私を見る目は優しかった。
『きっと勇気を出して誘ってくれたんだろうな』と思いつつ、私はチラリと兄に視線を向ける。
案の定とでも言うべきか、兄は渋い顔をしているが……相手がリエート卿なので、口を出してくることはなかった。
『好きにしろ』とでも言うように壁へ寄り掛かり、黙ってこちらを見つめる。

 既に四曲も踊っているから、ダンスは満足しているみたい。
なら、踊らせてもらおうかな?
リエート卿とは仲もいいし、色々お世話になっているから。

 風魔法の扱い方や簡単な体術などを教えもらった過去を思い返し、私はリエート卿に向き直る。

「はい、喜んで」

 笑顔でダンスの誘いを承諾した私は、差し出された手に自身の手を重ねた。
すると、リエート卿は嬉しそうに頬を緩める。

「んじゃ、あっち行こうぜ。ニクス、ちょっとリディアを借りるな」

 繋いだ手をギュッと握り締め、リエート卿は元気よく歩き出した。
『今日のためにダンスを練習してきたんだ』と語る彼に連れられ、私は再び会場の中央へ。
美しいシャンデリアの光に照らされながら、ステップを踏み始めた。

「リディア」

「はい」

「今の生活は楽しいか?」

 唐突に……何の脈絡もなく質問を投げ掛けてくるリエート卿に、私は目を剥く。
『いきなり、どうしたんだろう?』と首を傾げ、サンストーンの瞳を見つめ返した。
────が、上手く本音を隠しているのか、それとも特に何も考えていないのか……これと言って、感情は読み取れない。
『リエート卿のことだから、後者の可能性が高そうね』と考えつつ、私はクルリとターンした。

「はい、凄く楽しいです」

 お世辞でも冗談でもなく、今の生活は本当に楽しい。
もちろん、前世でお世話になった人達と会えないのは寂しいけれど。
でも、溢れんばかりの愛情を注いでくれる家族や一緒に遊んでくれる友人が居るから、孤独を感じることはなかった。
時々無性にパパとママや看護師さんに会いたくなるだけ。

 『せめて、最後にお礼は言いたかった』と考える中、リエート卿がスッと目を細める。

「そうか。なら────その生活を俺が守るよ。リディアには、ずっと笑顔で居てほしいから」

 慈愛に満ち溢れた笑みを零し、リエート卿は誓いを立てた。
悪ふざけを疑うまでもない真剣な瞳を前に、私はそっと眉尻を下げる。
『彼のことだから、まだアレを気にしているんだろう』と思って。

「あの、リエート卿。クライン公爵家の件なら、もう……」

「あっ、違う違う。別に恩返しがしたくて、言っている訳じゃない。ただ、俺がそうしたいだけ。謂わば、俺のワガママだ」

 『完全に別件』と断言し、リエート卿は私の懸念を否定した。
かと思えば、真剣な顔つきに変わる。

「だから、守らせてほしい。リディアの笑顔も、生活も全部」

 いつもより少し低い声で、リエート卿は再度申し立てた。
緊張しているのか若干表情を強ばらせる彼の前で、私は暫し考え込む。

 ここまで真剣且つ切実に訴え掛けてきているのに、断るのは失礼よね。
でも、ただ施しを受けるだけ……というのも、私の気が済まない。
だから、こうしよう。

 ────と、結論が出たところで私はサンストーンの瞳を真っ直ぐ見つめ返した。

「分かりました。リエート卿の提案を受け入れます。なので────」

 そこで一度言葉を切ると、私は繋いだ手をギュッと握り締める。

「────リエート卿のことは、私に守らせてください」

 アニメによくある『背中は預けた!』という展開を思い浮かべながら、私はそう言った。
『これでウィンウィンの関係だわ』とご満悦の私に対し、リエート卿はポカンとしている。
上手く状況を呑み込めないのかパチパチと瞬きを繰り返し、放心していた。
かと思えば、プッと勢いよく吹き出す。

「あはははっ!ったく、リディアには敵わねぇーなぁ!」

 『そうくるか!』と大笑いしながら、リエート卿は足を止めた。
どうやら、演奏が終わったらしい。
つられて立ち止まる私を前に、彼はニッと笑ってみせた。

「じゃあ、俺の背中はリディアに預ける。こう見えて結構無防備だから大変だ‪と思うけど、よろしくな」

 『しっかり面倒見てくれよ』と言い、リエート卿は繋いだ手をそっと持ち上げた。
かと思えば────私の手の甲に口付ける。
私はその光景をただ呆然と眺めることしか、出来なかった。

 えっ?キス?何で?どういうこと?

 困惑のあまり思考が追いつかず、私はまじまじと手の甲を見つめる。
そして、ようやく事態を呑み込めた時────兄の鉄拳制裁がリエート卿を襲った。
『お前、よくも!』と怒る兄を前に、私は慌てて仲裁に入る。
そのため、少女漫画のようなトキメキを感じる暇も頬を赤く染める余裕もなかった。
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