お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

ヒロイン

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「いい?よく聞いて。私はこの世界────『貴方と運命の恋を』のヒロインなの!」

 自身の胸元に手を添え、ルーシーさんは堂々と宣言した。
────が、やはりちょっと恥ずかしいのか頬は赤く染まっている。
『自分でヒロインを呼称するのは照れ臭いものね』と共感を示す中、彼女はビシッとこちらを指さした。

「だから、もう邪魔しないで!悪役令嬢モノの流れを期待しているんでしょうけど、そんなの絶対に許さないから!」

 半ばヤケクソになりながら叫ぶルーシーさんは、『シナリオ改変ダメ絶対!』と主張した。
桜色の瞳に強い意志を宿す彼女に対し、私は困ったような表情を見せる。

「えっと……よく分かりませんが、とりあえず私は何をすれば?」

「悪役になりきってくれれば、それでいい!少なくとも、これまでのような真似はしないで!」

「これまで……?」

 『私、何かしたかしら?』と首を傾げ、ここ最近の記憶を溯る。
でも、全くと言っていいほど心当たりがない。
『普通に過ごしていただけだけど?』と疑問に思う私を前に、ルーシーさんは目を吊り上げた。

「とぼけないでよ!あんなに堂々とフラグを折りまくっていたくせに!」

「フラグ……?と言いますと?具体的にどのような?」

 『フラグ』という言葉自体は知っているものの、シナリオを妨害した覚えはないため、頭を捻る。

 私は攻略対象者達にルーシーさんの悪口を吹き込んだことも、交流を断つよう説得したこともない。
基本的にノータッチ。
だって、私が介入することじゃないと思うし。

 などと考えていると、ルーシーさんがギョッとしたように目を剥く。

「はっ?まさか、無自覚!?シナリオ、知らないの!?」

「すみません……実は『貴方と運命の恋を』をプレイする前に、亡くなってしまったので……パッケージイラストとあらすじしか知らないと言いますか」

「えぇ!?あの神作をプレイしてないの!?それは人生損している!────じゃなくて!」

 前世ヲタクだったのか、ルーシーさんは思わず大きな声を上げてしまうものの、何とか理性を保つ。
そして、雑念を振り払うようにブンブン頭を振ると、私の肩に手を置いた。

「ほら、入学式の日に転倒した時とか!」

「えっ?あれって、普通に転んだだけじゃなかったんですか?」

「違うに決まっているでしょ!本来であれば、攻略対象者のリエートが駆けつけてくれるシーンだったの!それなのに、貴方が……」

「す、すみません……」

 『確かにリエート卿なら、助け起こしてくれそう』と思いつつ、私はシュンと肩を落とす。
言われてみれば、転んだヒロインを助けるという展開は乙女ゲームや少女漫画において王道だから。
ルーシーさんがヒロインだと知らなかったとはいえ、もう少し考えてから行動するべきだった。

 目の前に困っている人がいると思ったら、居ても立ってもいられなかったのよね……。
こういう短絡的というか、単純なところは直した方がいいかもしれない。

 『私の悪い癖ね』と反省し、下を向く。
あまりにも申し訳なくて、ルーシーさんの顔をまともに見れなかった。

「こ、この際だからあの時のことはもういい!別にそこまで重要な展開じゃなかったし!いくらでも取り返しがつくから!」

 落ち込む私を不憫に思ったのか、ルーシーさんは慌ててフォローを入れる。
私の肩を前後に揺さぶりながら、『さっさと元気になりなさいよ!』と叫んだ。

「あ~~~!もう!何でこんなお人好しが、悪役令嬢になってんの……!?完全に人選ミスじゃん!」

 『扱いにくすぎる!』と文句を垂れつつ、ルーシーさんは私の肩から手を離す。
と同時に、コホンッと一回咳払いした。

「とにかく、これからは悪役になりきること!いい!?」

 『断罪についてはある程度便宜を図ってあげるから!』と言い、本題へ戻る。
何か使命感のようなものに取り憑かれているルーシーさんの前で、私はそっと眉尻を下げた。
あまりにも彼女が必死すぎて、『出来ません』と言えるような雰囲気ではない。
何より、私が力を貸すことによって彼女の助けになるなら……協力してあげたかった。

「分かりました。精一杯、頑張ります」

 ────という宣言のもと、私は悪役になりきることを誓った。
のだが……悪役っぽいことが、よく分からない。
いや、一応イメージはつくのだが……やりすぎるとイジメになってしまうし、こちらの気も悪いのであまり酷いことはしたくない。
『目指すはスマートな悪役』と思い立ち、ちょうどいい匙加減を探した。

 まず、怪我を負わせるのは絶対ダメよね。
となると、精神攻撃……?
嫌味な言動でも取れば、いいのかしら?

 昨日の一件からずっと頭を悩ませている私は、教室の隅っこの席に居るルーシーさんを見つめる。
次の授業の準備へ取り掛かる彼女を横目に、ゆっくりと立ち上がった。

 今はちょうど休み時間。仕掛けるなら、このタイミングしかない。

 お互い忙しいこともあり、モタモタしている暇はないため、早々に作戦を開始する。
『悪役になり切ってみせる!』と意気込みながらルーシーさんの席へ近寄り、声を掛けた。
無難に挨拶から入り適当に雑談を繰り広げてから、私は満を持してあるセリフを投げ掛ける。

「ルーシーさんの髪色って、とても華やかですね」

「えっ?あっ、うん……ありがとう」

 唐突な嫌味に驚いたのか、ルーシーさんはパチパチと瞬きを繰り返す。
『何?いきなり……』と言わんばかりの表情を前に、私は踵を返した。

 作戦、大成功ね。まさにスマートな悪役だったわ。
きっと、ルーシーさんも褒めてくれる筈。
まあ、遠回しとはいえ相手に暴言を吐くのは心苦しかったけど。

 自分の席へ戻る私は、ズキリと痛むを手で押さえる。
と同時に、少し言い過ぎてしまっただろうかと悩んだ。
先程の発言は『華やか=派手=奇抜』という意味合いで、言ったのだが……人様の外見を貶すのはやはり、いけないように思える。
自分の本意ではないにしろ、下品な行いだ。

 次から、容姿関係の嫌味はなしにしよう。
あと、言い方ももっとマイルドにして……ルーシーさんが傷つかないよう、配慮するのよ。

 ────と自分に言い聞かせ、私はスマートな悪役になり切ることを徹底した。
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