お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

フラグクラッシャー《ルーシー side》

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◇◆◇◆

 り、リディアの様子が明らかにおかしい……いきなり話し掛けてきたと思ったら、褒め言葉を残して去っていく。
凄く満足そうな表情を浮かべながら……。
一回だけなら大して気にならなかったけど、十分休憩になる度毎回だし……さすがに不気味すぎる。

 ゾワゾワとした感覚を覚えながら、私は両腕を擦る。
『肝心の悪役っぽいことは一切してくれないし、何なの……』と項垂れる中、四限目の授業は終わりを迎えた。
キーンコーンカーンコーンと鳴る鐘の音を聞き、私はハッとする。

 早く中庭へ行かないと!ニクスとの出会いイベントが……!

「────リディア、早く来い。昼食に付き合え」

 聞き覚えのある声が耳を掠め、私は慌てて顔を上げた。
すると、案の定────ニクスの姿が見える。
教室の扉に寄り掛かり、リディアを見つめる彼は 『何が食べたい?』と問い掛けた。
上級生……それも、次期公爵の登場に一年生は騒然とするものの、本人はどこ吹く風。
恐らく、ここ数年でこういう反応にも慣れてしまったのだろう。

「お兄様、昼食は別々にしませんか?」

「はっ?」

 リディアの返答に思い切り眉を顰めるニクスは、一瞬で周囲を凍りつかせる。

「理由は?」

「食堂で食べたいからです。ほら、アントス学園の学食は美味しいと評判なので。公爵家のシェフが作る料理はもちろん大好きなんですけど、学食は今しか食べられないでしょう?」

 『せっかくなら、食べてみたい』と弁解するリディアに、ニクスは一つ息を吐いた。
ホッとしたような、呆れたような表情を浮かべながら手を伸ばし、リディアの腕を掴む。

「なら、食堂で一緒に食べればいいだろ」

「えっ?いいんですか?」

「ああ。別にそこまで食のこだわりはないからな」

 『お前に合わせる』と言い、ニクスはリディアを連れて食堂へ向かった。
徐々に遠ざかっていく二人の後ろ姿を前に、私はポカンとする。
────が、直ぐに怒りが湧いてきた。

 あの馬鹿……!またシナリオを……!

 ナチュラルにフラグをへし折っていくリディアに、私は『どうして、いつもいつも……!』と憤慨する。
でも、こうなってしまっては後の祭りだ。

 はぁ……本来のシナリオでは、中庭で昼食を摂っているニクスの元にヒロインがたまたま通り掛かる筈だったのに……。
それで、お弁当代わりのサンドウィッチをヒロインが落とすことで会話に発展。
ニクスに少しお弁当を分けてもらい、一緒に食事するの。
ニクスは自分を全然知らない上、全く媚びてこないヒロインに興味を持ち、『お弁当を落とした時はまた来いよ』と誘う。

 これをきっかけに、二人はどんどん仲良くなっていくんだけど……見事に失敗。
というか、シナリオを再現するためのチャンスすら掴めなかった。

 机の横に掛けたピクニック用のバスケットを見つめ、私は深い深い溜め息を零す。
『とりあえず、どこかで食べるか』と思いつつ、席を立った。
────と、ここでバスケットの上に掛けた布が落ちてしまう。
『あっ』と声を出し、慌てて拾い上げようとすると、私よりも先に誰かが布を手に取った。

「どうぞ」

 そう言って、布を差し出してくるのはクラスメイトのイザベラである。
『お弁当、いいですね』と笑顔で述べる彼女は、非常に友好的。
少なくとも、悪意は微塵も感じられなかった。

 一応、リディアの取り巻きでヒロインに色々嫌がらせしてくる人物なんだけど……諸悪の根源たるリディアがいい子だからか、凄く優しい。
でも、それはイザベラに限った話じゃなくて……ゲームであれほど険悪だったクラスメイトや、嫌味ったらしい上級生との仲も非常に良かった。
まあ、陰口くらいは叩かれているかもしれないけど。
でも、表立って虐げてくることはなかった。

 正直、違和感しかないけど────多分、これが普通なんだろうな。
ゲームでは、リディアの扇動や策略によって皆おかしくなっていただけで。
そう考えると、本物のリディアって相当優秀だよね。
だって、学内限定とはいえ皆の意識を完全に塗り替え、ヒロインを憎悪の対象として認識させたのだから。

 『末恐ろしい女だな』と思いつつ、私は礼を言って布を受け取る。
さすがに床へ落ちたものを食べ物の上に載せる訳にはいかないので、折り畳んでポケットに入れた。
そしてイザベラに一度挨拶してから教室を離れ、中庭へ向かう。
ニクスが食堂へ行った以上、そこに行く必要は全くないのだが……『貴方と運命の恋を』のヲタクとして、聖地巡礼しておきたかった。
つまり、完全に私用である。

 どうせ今日は放課後まで何もないし、ちょっとくらい良いでしょ。

 ────と思い、歩を進めるものの……飲み物がないことに気づき、一旦寮へ戻った。

 落とした時の被害を考えて、わざと置いてきたんだよね。

 お気に入りのジュースをバスケットの中に入れながら、私は今朝のことを振り返る。
『まあ、無駄な気遣いに終わったけど』と嘆息し、小さく肩を竦めた。
その瞬間、机の上に置いてあった手紙がふと目に入る。
と同時に、顔を顰めた。

 そうだ……早く、モリス令息の手紙に返事を書かなきゃ。
放っておいたら、また何通も送ってくるだろうし。

「はぁ……面倒だけど、貴族だから無視する訳にもいかないんだよね」

 やれやれとかぶりを振りつつ、私は机の前に腰を下ろす。
『今日の聖地巡礼は諦めよう』と考え、紙とペンを手に取った。
そして手紙の返事と昼食を済ませると、校舎へ戻り、午後の授業へ打ち込む。
ぶっちゃけ勉強はあまり好きじゃなかったが、特待生なので頑張った。
そのせいか、放課後になる頃にはヘロヘロに。
でも、これから大事なイベントが待ち構えているため、気合いを入れ直す。

 リエートの出会いも、ニクスの出会いも台無しになっちゃったから、せめてレーヴェンだけは!

 『全滅とか、絶対勘弁!』と思いつつ、私は図書室へ足を運んだ。
壁に沿って設置された本棚や中央に並べられたテーブルを一瞥し、私は一先ず二階へ上がる。
上から、探した方が早いと思って。

 よしよし、ちゃんと居る。

 吹き抜け部分から一階を眺める私は、目当ての人物を見つけて上機嫌になる。
『さて、あとは例のアイテムを探し出すだけ』と考えながら、私は本棚に向き合った。

 レーヴェンとの出会いイベントのシナリオは、こうだ。
ヒロインが勇者伝説という本を読んでいて、そこにたまたまレーヴェンが通り掛かる。
ここまで堂々と男性向けの嗜好品を楽しんでいる女性は少ないため、彼は興味を引かれてヒロインに話し掛けるのだ。
『女の子が冒険小説を読んでいるなんて、珍しいね』と。
その会話をキッカケによく話すようになり、読書の趣味が合うこともあって仲良くなる。

 ゲームをプレイしていた当初は、レーヴェンの大人びた印象と子供っぽい趣味のギャップにやられていたんだよね。
容姿も言動もめちゃくちゃ優雅なのに冒険小説が好きとか、母性本能を擽られるわ~!って。
あと、ヒロインと小説を語り合っている時に見せる笑顔がまた最高で……!
普段は上品なのに、アハハッて声を上げて笑うんだよ!
表情も本当に素って感じで子供っぽくて、かっっっわいいの!

 転生した今でも忘れられないレーヴェンの笑顔を思い浮かべ、私はちょっと口元が緩む。
────が、直ぐに表情を取り繕った。
誰もこちらに注目していないとはいえ、周りに人が居るから。
『こんな表情かおを見られたら、一生の恥だ』と自制しつつ、私は二階の本棚を隈なく調べる。
でも、目当ての勇者伝説はなかなか見つからない。

 あれ?おかしいな……ゲームでは、確か二階の本棚にあった筈。

 『まあ、数が数だし見落としでもあったのかも』と思い、私はまた最初から探し始める。
今度はゆっくり時間を掛けて、一冊一冊確認していると、不意に────

「女の子が冒険小説を読んでいるなんて、珍しいね」

 ────と、聞き覚えのあるセリフが耳を掠めた。
ピクッと反応を示す私は『まさか……』と嫌な予感を覚え、慌てて手摺に近づく。
半分身を投げ出すようにして吹き抜けから一階を見下ろし、絶句した。
何故なら────テーブルや椅子が置かれた中央エリアの一角に、レーヴェンとリディアの姿を発見したから。
しかも、リディアの手には勇者伝説の本が……。

「レーヴェン殿下もお読みになりますか?これ、凄く面白いですよ」

「おや?いいのかい?」

「はい。上巻はもう既に読み終わっていますので、良ければ」

 長テーブルの上に置いておいたもう一冊の本を手に取り、リディアは『どうぞ』と差し出す。
『今度、感想を教えてください』と笑顔で言う彼女に、レーヴェンは首を縦に振った。
仲睦まじい様子の二人を前に、私は膝から崩れ落ちる。
『またお前かよー!』と叫びそうになるのを、必死に堪えながら。

 二人とも凄く小声だったから細部まで聞き取れなかったけど、勇者伝説の話をしていたのは確か!

 『私の地獄耳を舐めるな!』とよく分からないキレ方をしつつ、勢いよく立ち上がる。
腹の底からフツフツと湧き上がる怒りを前に、私は目を吊り上げた。

 一度きっちりお灸を据えた方が良さそう!
じゃないと、あの馬鹿!またやらかすでしょ!

 悪役になり切らないどころかフラグを折りまくるリディアに嫌気がさし、私は説教を決意。
『ギッチギチに絞め上げてやる!』と闘志を燃やしながら、一旦この場を後にした。
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