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第一章

苦悩

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◇◆◇◆

「貴方、本気で悪役になる気ある!?」

 放課後、私を校舎裏に呼び出すなりルーシーさんはヒステリックに喚き散らした。
メラメラと目には見えない炎を燃やし、こちらへ詰め寄ってくる。
怒り狂っているのは言うまでもないが、私としては疑問しかなかった。

「えっ?ちゃんと悪役になりきっていた筈ですけど……」

「いいえ、全く!これっぽっちも!」

 間髪容れずに否定の言葉を吐き、ルーシーさんは人差し指で私の胸元を叩いた。
『ふざけているのか!』と言わんばかりの態度に、私は目を白黒させる。

「う、嘘……」

「嘘じゃない!その証拠に、みんな私に親切だったでしょ!本来であれば、リディアの策略で私は孤立する筈だったのに!」

 苛立たしげに前髪を掻き上げ、ルーシーさんは『何もかもゲームと違う!』と嘆いた。
かと思えば、悔しそうに地団駄を踏む。

「嗚呼、もう!最悪!悪役っぽいことは一切しないくせに、一丁前にフラグは折りまくるし!」

「えっ……?」

「ニクスとレーヴェンの件よ!」

 またもやフラグの話を持ち出すルーシーさんは、『一体、何回注意すればいいの!』と叫ぶ。
────が、当の本人である私は何も分かっていない。
『どういうこと?』と混乱する私に、ルーシーさんは中庭や図書室の件を捲し立てた。
舞い込んでくる新情報に目を白黒させる私の前で、彼女は大きく息を吐き、顔を歪める。

「貴方のせいで、攻略対象者三人との出会いは全部台無し!ゲームのスタート地点にすら、立てなかったんだけど!」

 『どうしてくれるの!』と睨みつけてくるルーシーさんに、私は

「す、すみません……」

 と、ただ謝ることしか出来ない。
本当に悪気があって、やったことではないから。
自分としては、いつも通り振る舞っていただけ。

 一番手っ取り早い解決策は、攻略対象者と関わらないことだけど……それはさすがに出来ない。
せっかく出来た家族や友人を失うのは、嫌。
私のワガママかもしれないけど、ずっと一緒に居たい。だから────

「────あの、これからは事前にシナリオを教えて頂けませんか?そしたら、ルーシーさんの邪魔をせずに済みますし、私も安心して行動出来ます。出来る範囲内であれば、力になりますし」

 『もちろん、危険なことには協力出来ませんが』と補足しつつ、私は情報共有を願い出た。
すると、ルーシーさんは急に黙り込む。
何かを迷うように視線をさまよわせ、ギュッと手を握り締めた。
かと思えば、真っ直ぐにこちらを見据える。

「分かった。ただし────絶対に悪用はしないって、約束出来る?」

 警戒心を剥き出しにして、ルーシーさんは尋ねてきた。
緊張した面持ちの彼女を前に、私は一人納得する。

 今まで具体的に何をどうすればいいのか、指示してこなかったのはこのためか。
前世ではただのゲームのシナリオでも、ここでは予言書と同等の効力を持っている。
それを私利私欲のために活用すれば、どうなるか分からない。
私はゲームをプレイしたことないから、下手なことは言えないけど……でも────場合によっては、世界規模の変革をもたらす結果になるかもしれない。

 『ルーシーさんが慎重になるのも仕方ない』と考え、私は背筋を伸ばした。
出来るだけ真摯な対応を心掛けようと思いつつ、桜色の瞳を真っ直ぐ見つめ返す。

「はい、もちろんです。悪用はしません」

 一切言い淀むことなく断言すると、ルーシーさんはホッとしたように息を吐いた。
『なら、いい』とでも言うように表情を和らげ、肩の力を抜く。

「じゃあ、直近のシナリオを教えるからよく聞いて」

 そう言って、ルーシーさんはキョロキョロと辺りを見回した。
誰も居ないことをしっかり確認してから口を開き、僅かに声のトーンを落とす。

「再来週末にある野外研修で────ヒロインの誘拐未遂事件が起きるの」

◇◆◇◆

「はぁ……」

 生徒会室にて、大きな溜め息を零す私は手元にある野外研修の資料をじっと見つめる。
生徒会長たる兄の手伝いで書類整理をしているのだが、内容がタイムリー過ぎた。
まあ、野外研修は全学年合同で行う行事のため、生徒会が関わっていてもおかしくないのだが。
それにしたって、タイミングが悪すぎる。

「おい、どうした?」

 一人悶々とする私に気づき、兄が声を掛けてきた。
『何か悩みでもあるのか?』と心配しながらこちらへ手を伸ばし、そっと私の頭を撫でる。

「初めての野外研修で、不安なのか?」

「そう、ですね……」

 兄の問い掛けに、私は曖昧に頷いた。

 嘘は言ってない……けど、凄く後ろめたい気持ちになるわね。
だって、お兄様の考える不安と私の考える不安は恐らく別物だから。
いっその事、全部白状したい気分だけど……またシナリオを変えたら、ルーシーさんに怒られてしまう。
今度は『偶然』じゃなくて、『わざと』だから余計に。
何より、ルーシーさんの信頼を裏切るような真似はしたくない。

 『せっかく勇気を出して教えてくれたんだから』と思い、私は口を噤んだ。
兄に相談したい衝動を必死に抑える私の前で、彼はカチャリと眼鏡を押し上げる。

「大丈夫だ。野外研修には護衛騎士もついてくるし、活動内容だってお遊びと変わらない。おまけに日帰りだから、夕方までには学園へ帰るし……それでも、不安なら僕の傍に居ればいい。というか、ずっと一緒に居ろ」

 不安がる私を見て心配になってしまったのか、兄は『目の届く範囲に居てくれ』と述べた。
野外研修でもお守りする気満々の彼に、私は苦笑を漏らす。

 野外研修は基本自由行動だから、他学年と一緒に居ても問題ないとはいえ、お兄様にベッタリ引っ付くのはちょっと……。
もう十六歳なのに、恥ずかしいというか……。

 十年前から変わらない兄の過保護っぷりに、私はどう反応するべきか迷った。
────と、ここで観音開きの扉が開け放たれる。

「わりぃ。ちょっと遅れた……って、リディアも来てたのか」

「またお兄さんの手伝いかい?律儀だね」

 聞き覚えのある声に導かれ、顔を上げると────副会長のリエート卿と庶務のレーヴェン殿下が目に入った。
それぞれ資料や箱を手に持つ彼らは、長テーブルにドンッと物を置く。
兄と同様、野外研修の準備に追われているらしく、とても忙しそうだった。

 お手伝いの私と正式メンバーの皆じゃ、仕事量も全然違うからね。

 雑用程度しかこなしていない私は、『もっと力になれれば良かったんだけど……』と考える。
でも、生徒会役員しか閲覧出来ない資料などもあるため、難しかった。

 私も役員になれたら良かったんだけど、アントス学園の決まりで生徒会役員に選ばれる一年生は毎年一人だけ。
そこに皇太子であるレーヴェン殿下を差し置いて、私が入る訳にはいかなかったの。
身分差がある程度緩和されるとはいえ、皇族の存在を無視していいことにはならないから。
まあ、お兄様は最後まで『リディアを指名したかった』と嘆いていらしたけど。
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