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第一章

生徒会

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 ペンをへし折るほど悔しがっていた兄を思い出し、私は内心苦笑する。
と同時に、『お邪魔しています』と二人に挨拶した。
すると、彼らは『おう』とか『いらっしゃい』とか言いながらそれぞれ席に着く。

「ったく、野外研修の準備なんて先生方でやればいいのになぁ」

 『人使い荒すぎ』と文句を垂れつつ、リエート卿は箱を開けた。

「しかも、行くのは山だろ~?海なら、まだやる気出たのに」

「ここから、海まで一体何キロあると思っているんだ」

 『日帰りで行ける距離じゃない』と指摘する兄に、リエート卿は小さく肩を落とす。

「行きたい場所を口にするくらい、別にいいじゃねぇーか」

「そういうのは、他所でやれ。リディアに悪影響だ」

「お前、マジでリディアのことしか考えてねぇーな」

「兄として、当然のことだ」

「シスコン、拗らせすぎだろ」

 呆れ気味に苦笑を漏らすリエート卿は、ガバッと机に突っ伏した。
『あ~!やる気出ねぇ~!』と零す彼に、兄は黙って資料の束を投げつける。
────が、片手で難なくキャッチされてしまった。
『チッ……』と舌打ちする兄と素知らぬ顔で作業を始めるリエート卿を他所に、レーヴェン殿下は黙々と仕事する。

「リディア嬢。悪いけど、その書類取ってくれるかな?」

「あっ、はい」

 ちょうど整理の終わった書類を手渡す私に、レーヴェン殿下は『ありがとう』と笑顔で礼を言った。
受け取った書類を覗き込み、文面に目を通す。

「そういえば、リディア嬢は最近特待生のルーシー嬢と仲がいいよね。二人で校舎裏に行ったりしてさ」

「「「!?」」」

 何の気なしに……世間話の一環として発しただろうレーヴェンの言葉に、私はもちろん兄やリエート卿まで驚いた。
目を見開いて固まる私達を前に、レーヴェン殿下は困惑する。

「あれ?もしかして、秘密だった?だとしたら、ごめんね。二人で何を話しているのか、気になって……つい聞いちゃった」

 申し訳なさそうに眉尻を下げ、レーヴェン殿下は困ったような表情を浮かべた。
そして、『僕に隠し事だと!?』と噴火寸前の兄と硬直したままのリエート卿を見比べ、更に戸惑う。
『どうしよう?』とオロオロするレーヴェン殿下を前に、私は慌てて首を横に振った。

「いえ、秘密ではありませんのでご安心を。ただ、言う必要がないかと思って黙っていただけで……それより、驚きましたわ。私とルーシーさんの仲を知っているなんて。ほら、レーヴェン殿下はよく人に囲まれていますから」

 『こちらを気にかける余裕なんてないかと思っていた』と主張し、私は愛想笑いを浮かべる。
まさか、校舎裏で話していることまで知られているとは思わなかったため、ちょっと動揺していた。

 さすがに会話の内容までは、知らない……わよね?

 前世のことを結構堂々と喋っていたので、私は『結界でも張っておけば良かった』と後悔する。
『知られていないことを祈るしかない』と考える中、兄とリエート卿は落ち着きを取り戻した。
どうやら、『故意に隠していた訳じゃない』とアピールしたのが良かったらしい。

「……そういえば、女の交友関係まで報告しろとは言ってなかったな」

「あぁ、男からの誘いは全部断った上で顔と名前を教えろって、言い聞かせておいたけど」

 『案の定、めちゃくちゃデートに誘われていたし』と零し、リエート卿は頭の後ろに手を回す。
ここに私達しか居ないためリラックスしているのか、椅子の前足を浮かせる形で姿勢を崩した。

「一年の特待生って言うと……聖女候補の女か」

「確か、『光の乙女』とか言う珍しいギフトを持っているんだったな」

「あぁ、だから数百年ぶりに聖女選出なるかも?って話になっているんだ。歴代聖女の大半が、そのギフトを持っていたからさ。ただ、何の後ろ盾もない平民だからちょっと揉めていてな……」

 ポリポリと頬を掻いて苦笑するリエート卿に、兄は怪訝な表情を浮かべる。

「揉めている?神殿に身分は関係ないだろう?」

「あー、違う違う。そっち方面で、揉めている訳じゃない。むしろ、その逆。取り合いみたいになってて、揉めているんだ。どこの養子にするかとか、誰と結婚するかとか」

 ゲンナリした様子で天井を見上げ、リエート卿は小さく肩を竦めた。

「まあ、神殿側は本人の意思を尊重する姿勢だから、全部適当に聞き流しているけど────」

「────貴族共が無駄に騒いでいるって、訳か」

「そういうこと」

 パチンッと指を鳴らして頷くリエート卿は、『そっとしておいてくれれば、いいのに』と苦笑を漏らす。
彼も一応、神殿関係者なので何か被害を受けたのかもしれない。
聖女候補の仲を取り持ってほしい、とか。
リエート卿の苦労を思い、心の中で『お疲れ様です』と言っていると、不意に兄が顔を上げた。

「じゃあ、わざわざ学園に入れたのは────」

「────とりあえずの時間稼ぎだな」

 カタンッと椅子の前足を床につけ、リエート卿はテーブルに両肘をついた。

「貴族の子供も多く在籍しているから油断は出来ねぇーけど、学園に通っている間は『学業に専念したいので』という魔法の言葉が使える。アントス学園の厳しさや忙しさは周りも理解しているから、無理に養子縁組や縁談を進めることはない筈だ」

 時間稼ぎの意味を説明し、彼はおもむろに腕を組む。

「まあ、当然本人が嫌がれば別の対応を考えていたけど。でも、幸い『是非入学したい』って言ってくれたし。とはいえ、まさか特待生で入れるとは思ってなかったけど」

 『一応、学費はこっちで負担する予定だった』と語り、小さく肩を竦めた。

 アントス学園の特待生は学費を免除されるだけでなく、逆にお小遣いまで貰えるシステムだ。
また、卒業したら前世で言う退職金みたいな項目で更に大金が舞い込む。
なので、平民はこぞって特待生枠を狙うのだが……成績優秀者やルーシーさんのような特殊能力者しかなれないため、なかなか難しい。

「で、リディアはそんな特待生とどんな話をしていたんだ?」

 話題がルーシーさん個人に移ってホッとしたのも束の間、リエート卿は本題を切り出す。
『具体的に教えてくれ』と述べる彼に、私はどう答えようか迷った。
周りに助けを求めようにも、兄はもちろんレーヴェン殿下も興味津々なので頼れない。

「ルーシーさんのプライバシーに関わりますので、会話の内容まではちょっと……」

「あー……それは確かにそうだよな。でも、内容によっては神殿に報告しなきゃいけないから、何の話題だったかだけでも教えてくれないか?」

 珍しく食い下がってくるリエート卿に、私は返答を躊躇う。
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