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第一章
野外研修
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ここで更に黙秘すれば、神殿が調査や監視を始めるかもしれない。
そうなると、ルーシーさんになかなか会えなくなる……せっかく同じ前世持ちの仲間を見つけたというのに、それは悲しい……。
何より、ルーシーさんの未来予知が公になる可能性を上げてしまうかもしれない。
だって、シナリオ通りの行動を心掛ける彼女はちょっと不自然だから。
勘のいい人なら、きっと違和感を抱く筈……。
もちろん、直ぐに『未来を知っているんだ!』と気づくことはないと思うけど、そんなの時間の問題。
ルーシーさんの今後を考えると、バレるリスクは減らしておくべきよね。
少なくとも、本人は公になることを望んでいないのだから。
『上手く立ち回りましょう』と決心し、私はサンストーンの瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
と同時に、自身の顎を人差し指でツンッと突く。
「大まかに言うと、野外研修のことですかね?」
「野外研修?」
「ええ。『山の中って、危険がいっぱいだよね~!』と話していたんです」
後ろめたい気持ちを何とか押し殺しながら、私はそう述べた。
嘘は言っていない……だって、本当に誘拐未遂事件が起きるなら、危険だもの。
などと心の中で弁解していると、兄が不意にブツブツと独り言を呟く。
「なるほど。それでさっき……」
納得したように頷き視線を上げると、兄はスッと目を細めた。
「よし、リエート────特待生の子守りは頼んだ」
「え”っ……」
予想外の方向から攻撃を食らったリエート卿は、思わずといった様子で頬を引き攣らせる。
動揺のあまりダラダラと冷や汗を流す彼に対し、兄は実にいい笑顔を向けた。
「お前、聖騎士だろ。聖女候補の護衛にうってつけじゃないか」
「いや、それは……そうかもしれないけど!俺だって、リディアと……!」
「とにかく、任せた。リディアの方は、僕が面倒を見る」
「いや、待っ……」
「生徒会長命令だ」
リエート卿の反論を力技で押し込め、兄はカチャリと眼鏡を押し上げた。
『話は終わりだ』とでも言うように仕事へ戻る彼の前で、リエート卿はバタンとテーブルに突っ伏す。
と同時に、拳をテーブルに叩きつけた。
「横暴にも程があるだろぉぉぉおおおお!!」
というリエート卿の絶叫が、生徒会室に木霊した────その数週間後、私達はついに野外研修へ繰り出す。
場所は事前の告知通り、山。
と言っても、頂上ではなく麓なので遭難や体力不足の心配はないが。
形式はどちらかと言うと、ピクニックに近いかもしれない。
学園から、山までの移動も馬車だったし。
歩いたのは、ほんの数キロ程度。
それでも、息切れしている人は結構居るけど。
貴族令嬢なんて、特に。
『ヒールなんて履いてくるから』と苦笑いしつつ、私は女子生徒に水の入ったコップを手渡す。
『ありがとうございます』と礼を言う彼女にニッコリと微笑み、別の方の元へ向かった。
────が、兄に捕まってしまう。
「そんなの放っておけ」
「でも、皆さん疲れていらっしゃいますし、熱中症にでもなったら……」
「本当に危なくなったら、教師陣が対応する。何より、水分補給は男の役割だ」
そう言って、兄はある方向を指さした。
促されるままそちらへ目を向けると、女子生徒を介抱する男子生徒の姿が見える。
距離感から察するに、恐らく二人とも初対面だが……なんというか、いい雰囲気だった。
なるほど。これは疲れた女性を男性が気遣い、仲良くなる……所謂、恋愛イベントなのね。
一種のお見合いパーティーとでも、言うべきかしら。
もし、そうなら私の出る幕はなさそう。
野外研修の目的も他者との交流を深めることなので、放置を決め込む。
『知らなかったとはいえ、出しゃばってしまった』と反省する中、ポンッと肩を叩かれた。
「よっ」
聞き覚えのある声に導かれ、後ろを振り返ると────そこには、リエート卿とルーシーさんの姿が。
どうやら、兄の言いつけ通り二人で行動しているらしい。
「チッ。何でこっちに来た」
「なんだ、来ちゃダメなのか?」
『今、自由時間だろ』と反論するリエート卿に、兄は眉を顰める。
「仲良く特待生とお喋りでもしていろ」
「その特待生が、お前と喋りたいんだとよ」
「はぁ?」
「てことで、あとは頼んだ」
先日の仕返しのつもりか、リエート卿はルーシーさんを兄に預けてトンズラする。
────私の手を引いて。
挨拶する暇もなく人混みの中へ連れてこられた私は、パチパチと瞬きを繰り返す。
兄の反応を考えると、今すぐ戻るべきだが……ここでリエート卿の手を離したら、迷子になりそうだ。
なので、一先ず彼について行く。
すると、一年生の多いエリアへ辿り着いた。
ここなら人の出入りも多いため、時間を稼げると踏んだのだろう。
イベントの時、上級生は積極的に一年生と話す習慣……というか、伝統(?)を持っているから。
学年の違う私達が一緒に居ても、違和感を持たれにくい。
────が、やはりリエート卿は目立つのでかなり注目を浴びていた。
「リエート卿、戻らなくていいんですか?」
「ああ。だって、せっかくの野外研修だぜ?リディアとの思い出、作りたいじゃん」
『俺は今年で卒業だし、今しかないんだよ』と語り、身を屈める。
そして、何かを摘み取った。
「おっ?ラッキー。四葉じゃん」
私のネックレスと同じクローバーを持ち上げ、リエート卿は身を起こす。
穏やかな表情でこちらを見つめる彼は、私の横髪にそっとクローバーを挿した。
当たり前のように幸運の証をくれる彼に、私は戸惑う。
「リエート卿自身がお付けになっては?」
「俺はいいんだよ。どうせ、似合わねぇーし」
「でも……」
「俺はリディアに貰ってほしいんだよ。お前になら、何をあげても惜しくない。だから、貰ってくれ」
無邪気な笑顔でそう語るリエート卿に、私は根負けする。
ここまで言われて、突き返すのはあまりにも失礼だから。
『彼には今度、何かお礼しよう』と思いつつ、首を縦に振った。
「分かりました。ありがとうございます」
『大事にしますね』と言い、私は柔らかく微笑む。
横髪に挿されたクローバーを少し触りながら、『帰ったら、押し花にでもしよう』と考えた。
────と、ここで視界の端に銀髪が映る。
「おや、四葉のクローバーかい?珍しいね」
そう言って、私とリエート卿の間にスルッと入ってきたのはレーヴェン殿下だった。
『生徒会の仕事がある』とでも言って私達のところに来たのか、ファンと思しき女子生徒達はこちらを遠巻きにしている。
おかげで、かなり目立ってしまった。
『これはお兄様に見つかるのも時間の問題ね』と苦笑しつつ、私はレーヴェン殿下に向き直る。
「ごきげんよう、レーヴェン殿下。こちらのクローバーは、リエート卿にプレゼントして頂きましたの」
「へぇー?意外だな。リエートはジンクスとか、おまじないとか知らないかと思っていたよ」
「いや、さすがの俺だって四葉のクローバーくらい知ってますよ」
『殿下は俺をなんだと思っているんですか』と文句を言い、リエート卿は溜め息を零した。
『心外だ』と言わんばかりの態度を取る彼に対し、レーヴェン殿下は謝罪する。
と言っても、悪びれる様子は一切ないが。
毒気を抜かれるほどの爽やかな笑みを前に、リエート卿は呆れ気味に肩を竦めた。
別にそこまで怒っている訳じゃないので、『まあ、いいか』と割り切ったらしい。
「そういえば、ニクスとルーシー嬢はどうしたんだい?」
私とリエート卿のペア(?)が居ないことを指摘し、レーヴェン殿下はコテリと首を傾げる。
兄の性格上私の傍から離れることは有り得ないし、リエート卿も責任感が強いためルーシーさんの護衛を勝手に放棄するとは思えない。
だから、不思議で堪らないのだろう。
パチパチと瞬きを繰り返す彼の前で、リエート卿はそらりと視線を逸らす。
さすがに『無理やりペアを交換してきました!』とは、言えないようだ。
少なからず負い目を感じている様子のリエート卿に、私はクスリと笑みを漏らす。
その刹那────
「やっと、見つけた!」
────人混みを掻き分けて、こちらへやってくる兄の姿が見えた。
『血相を変えて』という表現がよく似合う慌てっぷりを見せながら、彼は近づいてくる。
そして、私の肩をガシッと掴み、右へ左へクルクル回した。
とりあえずされるがままになる私を前に、兄は『無事で良かった……』と独り言のように呟き安堵する。
リエート卿も一緒に居たのに、心配しすぎでは……?
一体、どうしちゃったのかしら?
過保護にしても度が過ぎている対応に、私は頭を捻る。
『今までこんなことなかったのに』と疑問に思っていると、不意に兄が顔を上げた。
かと思えば、怪訝そうに眉を顰める。
「はっ?何でリエートが一緒に居るんだ……?」
「はっ?『何で』って、そりゃあ……俺が連れてきたんだから、当たり前だろ。つーか、お前こそルーシーをどこへやったんだ?」
『まさか、置いてきたのか?』と怒りを露わにするリエート卿に、兄は首を傾げた。
『意味が分からない』とでも言うように。
「何を言っているんだ?特待生なら、さっきお前が連れて帰って……」
「いや、俺はずっとここに居たけど」
『お前のところになんて行ってない』と主張し、リエート卿は腕を組む。
本気で何のことか分からず混乱する彼に対し、兄は焦りを見せた。
「おい、待て。悪い冗談は……」
「冗談ではありません。リエート卿なら、ずっと私の傍に居ました」
「あぁ、私も証言しよう」
リエート卿の発言を私とレーヴェン殿下が擁護すると、兄は目を真ん丸にした。
かと思えば、乱暴に前髪を掻き上げる。
「なっ……!?じゃあ、さっきのリエートは一体……まさか、偽物!?じゃあ、特待生は────」
そこで一度言葉を切り、兄はサァーッと青ざめた。
最悪の事態を想定してたじろぐ彼は、勢いよく後ろを振り返る。
────が、当然そこにルーシーさんは居ない。
嗚呼、ついに始まってしまったのね……ゲームのシナリオが。
この中で私だけが知っている事実を思い浮かべ、不安でいっぱいになった。
ルーシーさんは無事なんだろうか?と。
ゲームや漫画であればハラハラドキドキはありつつも、ヒロインの無事を確信していただろうが……これは現実。
やはり、心配は絶えない。
『ヒロインだから、大丈夫』なんて思えず悶々としていると、兄がやっとの思いで言葉を紡ぐ。
「────誘拐……?」
そうなると、ルーシーさんになかなか会えなくなる……せっかく同じ前世持ちの仲間を見つけたというのに、それは悲しい……。
何より、ルーシーさんの未来予知が公になる可能性を上げてしまうかもしれない。
だって、シナリオ通りの行動を心掛ける彼女はちょっと不自然だから。
勘のいい人なら、きっと違和感を抱く筈……。
もちろん、直ぐに『未来を知っているんだ!』と気づくことはないと思うけど、そんなの時間の問題。
ルーシーさんの今後を考えると、バレるリスクは減らしておくべきよね。
少なくとも、本人は公になることを望んでいないのだから。
『上手く立ち回りましょう』と決心し、私はサンストーンの瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
と同時に、自身の顎を人差し指でツンッと突く。
「大まかに言うと、野外研修のことですかね?」
「野外研修?」
「ええ。『山の中って、危険がいっぱいだよね~!』と話していたんです」
後ろめたい気持ちを何とか押し殺しながら、私はそう述べた。
嘘は言っていない……だって、本当に誘拐未遂事件が起きるなら、危険だもの。
などと心の中で弁解していると、兄が不意にブツブツと独り言を呟く。
「なるほど。それでさっき……」
納得したように頷き視線を上げると、兄はスッと目を細めた。
「よし、リエート────特待生の子守りは頼んだ」
「え”っ……」
予想外の方向から攻撃を食らったリエート卿は、思わずといった様子で頬を引き攣らせる。
動揺のあまりダラダラと冷や汗を流す彼に対し、兄は実にいい笑顔を向けた。
「お前、聖騎士だろ。聖女候補の護衛にうってつけじゃないか」
「いや、それは……そうかもしれないけど!俺だって、リディアと……!」
「とにかく、任せた。リディアの方は、僕が面倒を見る」
「いや、待っ……」
「生徒会長命令だ」
リエート卿の反論を力技で押し込め、兄はカチャリと眼鏡を押し上げた。
『話は終わりだ』とでも言うように仕事へ戻る彼の前で、リエート卿はバタンとテーブルに突っ伏す。
と同時に、拳をテーブルに叩きつけた。
「横暴にも程があるだろぉぉぉおおおお!!」
というリエート卿の絶叫が、生徒会室に木霊した────その数週間後、私達はついに野外研修へ繰り出す。
場所は事前の告知通り、山。
と言っても、頂上ではなく麓なので遭難や体力不足の心配はないが。
形式はどちらかと言うと、ピクニックに近いかもしれない。
学園から、山までの移動も馬車だったし。
歩いたのは、ほんの数キロ程度。
それでも、息切れしている人は結構居るけど。
貴族令嬢なんて、特に。
『ヒールなんて履いてくるから』と苦笑いしつつ、私は女子生徒に水の入ったコップを手渡す。
『ありがとうございます』と礼を言う彼女にニッコリと微笑み、別の方の元へ向かった。
────が、兄に捕まってしまう。
「そんなの放っておけ」
「でも、皆さん疲れていらっしゃいますし、熱中症にでもなったら……」
「本当に危なくなったら、教師陣が対応する。何より、水分補給は男の役割だ」
そう言って、兄はある方向を指さした。
促されるままそちらへ目を向けると、女子生徒を介抱する男子生徒の姿が見える。
距離感から察するに、恐らく二人とも初対面だが……なんというか、いい雰囲気だった。
なるほど。これは疲れた女性を男性が気遣い、仲良くなる……所謂、恋愛イベントなのね。
一種のお見合いパーティーとでも、言うべきかしら。
もし、そうなら私の出る幕はなさそう。
野外研修の目的も他者との交流を深めることなので、放置を決め込む。
『知らなかったとはいえ、出しゃばってしまった』と反省する中、ポンッと肩を叩かれた。
「よっ」
聞き覚えのある声に導かれ、後ろを振り返ると────そこには、リエート卿とルーシーさんの姿が。
どうやら、兄の言いつけ通り二人で行動しているらしい。
「チッ。何でこっちに来た」
「なんだ、来ちゃダメなのか?」
『今、自由時間だろ』と反論するリエート卿に、兄は眉を顰める。
「仲良く特待生とお喋りでもしていろ」
「その特待生が、お前と喋りたいんだとよ」
「はぁ?」
「てことで、あとは頼んだ」
先日の仕返しのつもりか、リエート卿はルーシーさんを兄に預けてトンズラする。
────私の手を引いて。
挨拶する暇もなく人混みの中へ連れてこられた私は、パチパチと瞬きを繰り返す。
兄の反応を考えると、今すぐ戻るべきだが……ここでリエート卿の手を離したら、迷子になりそうだ。
なので、一先ず彼について行く。
すると、一年生の多いエリアへ辿り着いた。
ここなら人の出入りも多いため、時間を稼げると踏んだのだろう。
イベントの時、上級生は積極的に一年生と話す習慣……というか、伝統(?)を持っているから。
学年の違う私達が一緒に居ても、違和感を持たれにくい。
────が、やはりリエート卿は目立つのでかなり注目を浴びていた。
「リエート卿、戻らなくていいんですか?」
「ああ。だって、せっかくの野外研修だぜ?リディアとの思い出、作りたいじゃん」
『俺は今年で卒業だし、今しかないんだよ』と語り、身を屈める。
そして、何かを摘み取った。
「おっ?ラッキー。四葉じゃん」
私のネックレスと同じクローバーを持ち上げ、リエート卿は身を起こす。
穏やかな表情でこちらを見つめる彼は、私の横髪にそっとクローバーを挿した。
当たり前のように幸運の証をくれる彼に、私は戸惑う。
「リエート卿自身がお付けになっては?」
「俺はいいんだよ。どうせ、似合わねぇーし」
「でも……」
「俺はリディアに貰ってほしいんだよ。お前になら、何をあげても惜しくない。だから、貰ってくれ」
無邪気な笑顔でそう語るリエート卿に、私は根負けする。
ここまで言われて、突き返すのはあまりにも失礼だから。
『彼には今度、何かお礼しよう』と思いつつ、首を縦に振った。
「分かりました。ありがとうございます」
『大事にしますね』と言い、私は柔らかく微笑む。
横髪に挿されたクローバーを少し触りながら、『帰ったら、押し花にでもしよう』と考えた。
────と、ここで視界の端に銀髪が映る。
「おや、四葉のクローバーかい?珍しいね」
そう言って、私とリエート卿の間にスルッと入ってきたのはレーヴェン殿下だった。
『生徒会の仕事がある』とでも言って私達のところに来たのか、ファンと思しき女子生徒達はこちらを遠巻きにしている。
おかげで、かなり目立ってしまった。
『これはお兄様に見つかるのも時間の問題ね』と苦笑しつつ、私はレーヴェン殿下に向き直る。
「ごきげんよう、レーヴェン殿下。こちらのクローバーは、リエート卿にプレゼントして頂きましたの」
「へぇー?意外だな。リエートはジンクスとか、おまじないとか知らないかと思っていたよ」
「いや、さすがの俺だって四葉のクローバーくらい知ってますよ」
『殿下は俺をなんだと思っているんですか』と文句を言い、リエート卿は溜め息を零した。
『心外だ』と言わんばかりの態度を取る彼に対し、レーヴェン殿下は謝罪する。
と言っても、悪びれる様子は一切ないが。
毒気を抜かれるほどの爽やかな笑みを前に、リエート卿は呆れ気味に肩を竦めた。
別にそこまで怒っている訳じゃないので、『まあ、いいか』と割り切ったらしい。
「そういえば、ニクスとルーシー嬢はどうしたんだい?」
私とリエート卿のペア(?)が居ないことを指摘し、レーヴェン殿下はコテリと首を傾げる。
兄の性格上私の傍から離れることは有り得ないし、リエート卿も責任感が強いためルーシーさんの護衛を勝手に放棄するとは思えない。
だから、不思議で堪らないのだろう。
パチパチと瞬きを繰り返す彼の前で、リエート卿はそらりと視線を逸らす。
さすがに『無理やりペアを交換してきました!』とは、言えないようだ。
少なからず負い目を感じている様子のリエート卿に、私はクスリと笑みを漏らす。
その刹那────
「やっと、見つけた!」
────人混みを掻き分けて、こちらへやってくる兄の姿が見えた。
『血相を変えて』という表現がよく似合う慌てっぷりを見せながら、彼は近づいてくる。
そして、私の肩をガシッと掴み、右へ左へクルクル回した。
とりあえずされるがままになる私を前に、兄は『無事で良かった……』と独り言のように呟き安堵する。
リエート卿も一緒に居たのに、心配しすぎでは……?
一体、どうしちゃったのかしら?
過保護にしても度が過ぎている対応に、私は頭を捻る。
『今までこんなことなかったのに』と疑問に思っていると、不意に兄が顔を上げた。
かと思えば、怪訝そうに眉を顰める。
「はっ?何でリエートが一緒に居るんだ……?」
「はっ?『何で』って、そりゃあ……俺が連れてきたんだから、当たり前だろ。つーか、お前こそルーシーをどこへやったんだ?」
『まさか、置いてきたのか?』と怒りを露わにするリエート卿に、兄は首を傾げた。
『意味が分からない』とでも言うように。
「何を言っているんだ?特待生なら、さっきお前が連れて帰って……」
「いや、俺はずっとここに居たけど」
『お前のところになんて行ってない』と主張し、リエート卿は腕を組む。
本気で何のことか分からず混乱する彼に対し、兄は焦りを見せた。
「おい、待て。悪い冗談は……」
「冗談ではありません。リエート卿なら、ずっと私の傍に居ました」
「あぁ、私も証言しよう」
リエート卿の発言を私とレーヴェン殿下が擁護すると、兄は目を真ん丸にした。
かと思えば、乱暴に前髪を掻き上げる。
「なっ……!?じゃあ、さっきのリエートは一体……まさか、偽物!?じゃあ、特待生は────」
そこで一度言葉を切り、兄はサァーッと青ざめた。
最悪の事態を想定してたじろぐ彼は、勢いよく後ろを振り返る。
────が、当然そこにルーシーさんは居ない。
嗚呼、ついに始まってしまったのね……ゲームのシナリオが。
この中で私だけが知っている事実を思い浮かべ、不安でいっぱいになった。
ルーシーさんは無事なんだろうか?と。
ゲームや漫画であればハラハラドキドキはありつつも、ヒロインの無事を確信していただろうが……これは現実。
やはり、心配は絶えない。
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