お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

誘拐

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「────誘拐攫われた……?」

 リエート卿に変装してルーシーさんを回収なんて犯罪の匂いしかしないため、兄は頭を抱える。
少なくとも、面白半分でやることではない。
『誰かのイタズラだったなら、どれほどいいか』と思案する中、兄はクシャリと顔を歪めた。

「嘘、だろ……僕はリエートが迎えに来たと思って……それで、一人になったリディアを探しに行こうと……」

 不安と恐怖でいっぱいになる兄は、目を白黒させながら震え上がる。
さっきの慌てっぷりの原因も判明したところで、リエート卿がポンッと肩を叩いた。

「落ち着け。お前が悪くないのは、分かっている。多分、相手が変装の達人か何かだったんだ」

「現実的に考えると、人の姿を真似るギフトか魔法を持っているんじゃないかな。ただの変装じゃ、ニクスは欺けないだろうから。いくら、妹を一人にして焦っているとはいえ……ね」

 兄の実力を高く買っているからこその考察を口にし、レーヴェン殿下はスッと目を細める。

「ところで、ルーシー嬢をその偽物に預けてから何分くらい経つ?」

「……恐らく、三分程度かと」

「それなら、まだ遠くには行ってない……!急げば、間に合うかもしんねぇ!」

 腕捲りしてやる気満々のリエート卿は、『俺に化けてニクスを騙すなんて、許さん!』と息巻いた。
友人に迷惑を掛けた上、護衛対象まで掠め取られて激怒しているようだ。

「とにかく、周辺の捜索をしよう。一応、誰かのイタズラでまだここに残っている可能性も考えて、幾つかチームに……」

「あの!」

 無礼であることは重々承知の上で、私はレーヴェン殿下の言葉を遮った。
驚いたようにこちらを見る三人に対し、私は勇気を振り絞ってこう言う。

「ルーシーさんの捜索、私にやらせてください!」

 分かっている……ルーシーさんの約束を、信頼を裏切る行為であることは。
でも、どうしても不安を拭い切れないの……。
だって、ルーシーさんは『誘拐未遂・・』と言ったのよ?
なのに、これは何?果たして、未遂と言えるかしら?
もちろん、捜査の手が届かないところに行く寸前に助けられることを未遂と呼んでいる可能性もある。
でも、そうじゃなかった場合……敵に捕まりそうなところを攻略対象者達に助けてもらう、だった場合────これは彼女にとっても、不測の事態と言えるのではないだろうか。

 などと考えながら、私は校舎裏で教えてもらったことを振り返る。

 実際のところ、『間一髪のタイミングで攻略対象者に助けられる』としか、私は聞いていない。
だから、これがシナリオ通りの展開なのかどうか分からない……。
でも、そうじゃない可能性もある以上、じっとしている訳にはいかないわ。
ルーシーさんには申し訳ないけど────全力でシナリオに介入させてもらう。

 『謝罪なら、後でたくさんするから』と心の中で言い、私は決意を固める。
たとえ、ルーシーさんに嫌われようと……恨まれようと必ず助ける、と。
ようやく迷いが消えた私は、真っ直ぐに前を見据えた。

「お兄様、転移魔法の中には人や物を目印にして飛ぶマーキングがありましたよね?」

 クライン公爵家に駆けつける際、使用した魔法を口にすると、兄は一瞬で顔色を変える。
どうやら、私の言わんとしていることを理解したらしい。

「まさかリディア、お前……」

「はい。私も行きます」

 『転移魔法の性質上、そうしないといけませんし』と語り、私は同行を申し出る。
────が、そう簡単に兄から許可を貰える筈もなく……

「危険だ。魔物の時と違って、今度は人間を相手にするかもしれないんだぞ」

 と、反対されてしまった。
案の定の展開を前に、私は迷わず言葉を紡ぐ。
過保護で優しい兄を説得するために。

「分かっています。でも────私が動くことで、ルーシーさんを見つけられる可能性が上がるなら力になりたい。助けたいんです、友人を」

 確実にルーシーさんのところへ行ける力があるのに、使えないなんて……歯痒いにも程がある。
何より、それで見つからなかったら……ルーシーさんが酷い目に遭っていたら、私はきっと一生後悔する。
だから、自己満足でも何でも構わない。とにかく、ルーシーさんを助けたい。
────という想いを抱えながら、私は月の瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
すると、兄は『はぁ……』と深い溜め息を零し、額に手を当てる。

「……分かった。ただし、絶対に無茶はするな」

「はい」

 兄にこれ以上心労を掛ける訳にはいかないため、私は無理ない範囲で頑張ることを誓った。
もし、怪我でもしたら兄が苦しむのは分かり切っているため。
『ルーシーさんの誘拐でただでさえ責任を感じている筈だから』と思案する中、兄は口を開く。

「レーヴェン殿下、リディアにマーキングでの転移方法を教えてあげてください。僕とリエートは先生方に状況説明と、他の生徒の対応を任せてきます」

「分かった」

 冷静さを取り戻した兄の指示に、レーヴェン殿下は素直に従った。
そして、リエート卿を連れて立ち去る兄の後ろ姿を見送り、こちらに向き直る。
『じゃあ、マーキングについて説明するね』と話を切り出す彼は、優しく丁寧に教えてくれた。
と言っても、あくまで知識面だけだけど。
殿下も、転移魔法は使えないみたいだから。
でも、非常に分かりやすかった。

 とりあえず、マーキングでの転移は多分出来ると思う。
要領はほとんどキャルキュレイトと変わらないし、最も大切な“イメージ”も問題ない。
いや、むしろ簡単かも。
だって、ルーシーさんの容姿を具体的に思い浮かべるだけだから。

 『そんなの朝飯前よ』と奮起する中、兄とリエート卿がこちらへ戻ってくる。
一応、行きと帰りにグルッと麓を回ってきたらしいが、ルーシーさんは見つからなかった模様。
『やはり、誘拐の線が高い』と痛感しながら、私達はあれこれ話し合う。
その結果────同行メンバーは、ここに居る四人で決定。
無論、レーヴェン殿下の参加はかなり渋られたが、『聖女候補の失踪は国の一大事だから、自分にも同行する権利がある』と言われ、仕方なく承諾。
当然、『危険になったらリディアと共に避難する』という約束つきだが。

 まあ、先生方にも一応話は通したし、大丈夫……かな?

 皇太子命令で押し切っていたレーヴェン殿下を思い出し、私は少し不安になる。
でも、もう後の祭りなので自分のやるべきことに集中した。
教えてもらった手順で転移魔法を発動し、私はゲートを開く。
以前と変わらず向こう側の景色は見えないものの、恐らく成功したと思われる。

「よし、全員リディアの体に触れろ。あと、警戒も忘れるな。今回は座標を上へズラすことが、出来ないからな。あっちの状況にもよるが、下手したら転移早々戦闘になる可能性がある」

 『決して気を抜かないように』と注意を促し、兄は私の腰をそっと抱き寄せた。
多分、両手は他の二人に譲るつもりなんだろう。

 良かった。最悪、髪の毛を掴まれるかも?と思っていたから。
もちろん、緊急事態ということでどこに触れられても我慢するつもりだったけど。

 などと考える中、リエート卿とレーヴェン殿下は私の手をそれぞれ握る。
これで準備万端だ。

「じゃあ、僕の合図で一斉に飛び込め」

 ギュッと私の腰を強く掴み、兄は真っ直ぐ前を向く。
ゲートの向こうで待ち受けている危機を想像しながら、大きく深呼吸した。
逸る気持ちを抑えて冷静になる兄は、恐ろしいほど父に似ている。

「三、二、一────行け!」

 兄の号令怒号と共に、私達は迷わずゲートへ飛び込んだ。
万が一に備えて、魔法や剣を準備しながら。

 どうか無事で居て、ルーシーさん……そうじゃないと、私────平静でいられる自信がないわ。
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