お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第一章

ゲームオーバー《ルーシー side》

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◇◆◇◆

 ────時は少し遡り、ニクスと別れたばかりの頃。
私はリエートに連れられるまま、山の麓を離れていた。

 おかしいな……本来のシナリオに、こんな展開はない筈だけど。
あっ、もしかして────お人好しのリディアに折られまくった恋愛フラグを補填回収するため、世界が動いた!?
だとしたら、しっかりしないと!このチャンスを無駄にしてはいけない!

 『リエートの好感度を爆上げしてやる!』と奮起し、私は軽やかな足取りで前へ進んでいく。
『誘拐未遂事件の方は時間的にまだ余裕あるし、大丈夫でしょ』と楽観的に考えながら、頬を緩めた。
やっときた乙女ゲームらしい展開に、浮き立っているのかもしれない。
今までリディアに潰されまくっていた分、余計に。
『やっぱり、この世界はヒロインを中心に回っているのよ!』と思いつつ、口を開く。

「あの、リエート……様、私────」

 ────貴方のことが前から、気になっていたんです。

 と続ける筈だった言葉は、奥に停められた荷馬車を見てつかえた。
だって────あれは間違いなく、ヒロインを誘拐するときに使用されたものだから。
一瞬見間違いか何かかと思ったが、御者の格好まで完全一致なんて……そうそうない筈。

 そういえば、どうしてリエートはさっきから喋らないんだろう?
ゲームの彼は無口だったから、あまり気にしてなかったけど────よく考えたら、おかしいよね。
実際のリエートは、凄くお喋りなんだから……。
じゃあ、今目の前に居るのは────。

 恐ろしい考えが脳裏を過ぎり、私は悩むよりも先に踵を返した。
これは自分の望んだ展開だというのに。

 おかしい……おかしい!こんなの知らない!
確かにリディアの介入で、シナリオ通りにはいかないかもって思っていたけど……!でも!何でこんな……怖い!

 半分パニックになりながら、私は急いで来た道を引き返す。
所詮、私は単なる一般人に過ぎず……ヒロインのように立ち向かう度胸も、勇気もない。
しっぽを巻いて逃げ回る弱者でしかないのだ。

 ねぇ、攻略対象者達は……!?
そろそろ、助けに来てもいい筈でしょ……!?
なのに、何で来ないの……!?
まさか、私がシナリオと違う行動を取ったから……!?
じゃあ────私はどうなるの!?このまま、誘拐される訳じゃないよね!?

「そんなの絶対に嫌……!リエート、ニクス、レーヴェン!助けて……!」

 本気で身の危険を感じ、私はひたすら叫んだ。
────が、返事はない。
あるのは、後ろから迫ってくるリエートの偽物の気配と足音だけ。

 不味い……!捕まる……!

 わざわざ振り向かずとも分かる奴との距離感に、私は不安と恐怖を覚える。
目に浮かんだ涙を袖口で拭い、私は必死に手足を動かした。

「もうこの際、誰でもいいから……!お願い、助けて!」

 半ばヤケクソになりながら、そう言った瞬間────リエートの偽物に捕まる。
と同時に、布を顔に押し当てられ……一瞬で、気が遠くなった。
恐らく、麻酔薬を染み込ませてあったのだろう。
『ヤバい……意識が……』と思った時には、もう手遅れで……深い眠りへと落ちる。
そして、目を覚ましたら────倉庫のような……納屋のような空間に居た。
ガタガタと揺れながら動いているため、多分あの荷馬車に乗せられたんだと思う。

 ……結局、助けは来なかったか。

 一度寝て冷静になったのか、私は淡々と現状を受け入れる。
縄で縛られた手足を眺めながら、『貴方と運命の恋を』の知識を引き出した。

 本来のシナリオでは、荷馬車へ乗せられそうなところに攻略対象者達が駆け、助けられるという展開だった。
でも、シナリオ通りの行動を取らなかったせいか……それとも、黒幕になる筈だったリディアがお人好しのせいか、全然違う展開になってしまった。
まあ、今回の件に関してはゲームのリディアもほとんど関わってなかったけど。
せいぜい、首謀者の女子生徒の背中を押したくらい……だから、『概ねシナリオ通りになるのでは?』と思ったのに。

 最悪の展開と呼ぶべき状況を前に、私は『はぁ……』と深い溜め息を零す。
ヒロインのスペック的に、まず自力で脱出は無理。
攻撃力0の完全サポート型だから。
『せめて、護身術だけでも覚えておけば良かった』と後悔しつつ、私は扉をじっと見つめる。

 シナリオ通りなら、首謀者の女性がそろそろ現れる筈……。
それで、『殿下に近づかないで』とか『貴方が出しゃばった真似をしなければ』とか言うんだけど……私、大して殿下に関わってないのよね。
お人好しのリディアのせいで、接点を持てなかったから。
そのため、本当にあの女子生徒────イザベラが首謀者なのかも怪しい……。

 『学園ではかなり好意的に接してくれたし』と思い返す中、馬車が停まった。
『合流地点に着いたのか?』なんて思いながら耳を澄ますと、男性二人の会話が微かに聞こえる。

「それで、聖女候補は?」

「まだ荷台で眠っているかと」

「ふんっ……そうか。じゃあ────ちょっと痛めつけてこい」

「はい……?」

「単に人攫いから救ったというだけでは、インパクトに欠ける。何より、確実に結婚へ漕ぎ着けるとは思えない。だから、襲われているように見せかけるんだ」

 『確証が欲しい』と主張する男性に、もう片方の男性は渋る素振りを見せた。
『いや、それはちょっと……』と躊躇う彼を他所に、私は一人納得する。

 なるほど。この茶番を計画したのは、聖女候補わたしとの結婚を企む男性……いや、貴族・・だったのね。
他人に化ける能力まで持っている人間が、一般人に手を貸すとは思えないもの。
かなり金払いがよく、身元もしっかりしている人じゃないと応じないだろう。

 今回の依頼内容はそうだな……多分、聖女候補を攫うように見せかけ、依頼者へ引き渡すというもの。
それで依頼者は聖女候補を救った英雄となり、無事結ばれる。
何故なら、傷物となった私にまともな縁談は舞い込んでこないから。
たとえ、純潔を奪われずに済んだとしても……。
大事なのは事実じゃなくて、周囲の捉え方だから。

 『嗚呼、最悪……』と項垂れ、私は目に涙を溜める。
こちらの世界の貞操観念を考えると、これから先の人生が憂鬱でしょうがない。
『実際はただの自作自演なのに……』と不満を抱きながら、そっと目を閉じた。

 救ってくれた英雄の求婚を断るなんて……世間は許さないだろうな。
あーあ、完全にゲームオーバーだよ。
どの道を選んでも、私はきっと幸せになれない……結局のところ、私にヒロインは務まらなかったんだ。

 『完璧に人選ミスじゃん』と心の中で呟き、私はふと紫髪の美女を思い浮かべる。
『リディアに憑依したあの子なら、上手くやれたのかな……』と考えつつ、一筋の涙を零した。
────と、ここで荷台の扉が勢いよく開け放たれる。
どうやら、先程の話し合いに決着がついたらしい。

「チッ……!無茶苦茶、言いやがって……!」

 バンッと勢いよく扉を閉め、男性は苛立ちを露わにする。
恐らく、依頼者の男性に『言う通りにしろ!』と押し切られたのだろう。
『感情の赴くままに殴られたらどうしよう』と不安がる中、男性は私の目の前まで足を運んだ。
かと思えば、乱暴に胸ぐらを掴む。

「悪く思うなよ、聖女サン」
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