お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第二章

予定変更

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 ────野外研修の一件から、早一ヶ月。
アントス学園はすっかり平穏を取り戻し、いつもの生活へ戻っていた。
とてもじゃないが、つい最近事件の起こったところとは思うまい。
被害者であるルーシーさんも心身ともに、かなり回復されたようだから。

 隣に腰掛ける茶髪の彼女を見つめ、私は少しばかり頬を緩める。
というのも、こうして校舎裏に呼び出されるのは実に久しぶりだったため。
『最後に呼び出されたのは野外研修の前だったわね』と思い返しつつ、草花の香りに目を細めた。

 土手になっている地面へ腰掛けて、お話なんて新鮮だわ。
前世ではまず外に出られなかったし、今世では必ず敷物を用意されていたから。
こんな風にじかで座るのは、初めて。

 などと考えながら目を輝かせていると、ルーシーさんが一つ息を吐く。

「やっぱり、これしかないよね」

 独り言のようにそう呟き、ルーシーさんはギュッと手を握り締めた。
かと思えば、顔を上げる。

「呼び出したのに待たせてごめん、リディア。今後の話をしたいんだけど、いい?」

 どことなく真剣な面持ちでこちらを見据えるルーシーさんは、桜色の瞳に強い意志を宿した。
『あっ、これは真面目な話だな』と直ぐに察し、私は慌てて姿勢を正す。

「はい、もちろんです────あっ、でもその前に」

 あることに気づいて、私は人差し指を上に向けた。
その刹那、私達の頭上に半透明の物体が現れ、波紋のように広がっていく。
やがてソレは球体型になり、私達の周囲を取り囲んだ。

「結界?」

「はい。誰かに話を聞かれていたら、困りますので」

 パンッと手を叩いて今度は魔術を発動し、光の反射や屈折に干渉する。
そして、私達の姿をまるっと隠した。
恐らく、周囲には何の変哲もない普通の土手にしか見えていないだろう。

「実はレーヴェン殿下に、私達の密会を知られてしまっていたようなんです。多分、会話までは聞かれていないと思いますが、念のため」

「あーーー……なるほどね」

 特に取り乱すこともなく、ルーシーさんはすんなり理解を示した。
『なんですって!?』と騒がれる展開を予想していたこちらとしては、拍子抜けである。

「あら、あまり驚かれないんですね」

「まあね。だって、レーヴェンは生粋の腹黒キャラだし。聖女候補と公爵令嬢の偵察くらい、普通にやってのけるでしょ」

 『あいつなら、有り得る』と深く頷き、ルーシーさんは小さく肩を竦めた。
かと思えば、スッと表情を引き締める。

「とりあえず、これで会話を聞かれる心配はなくなった……んだよね?」

「はい、恐らく。結界で音は完全に遮断していますし、幻で姿を隠しいるため口唇を読むことも不可能です」

「オーケー。じゃあ、本題に……ん?リディアのポケット、妙に盛り上がってない?」

 一部パンパンに膨らんでいるブレザーを指さし、ルーシーさんは首を傾げる。
『何を入れてんの?』と不思議がる彼女の前で、私は

「あっ、そうでした」

 と、声を漏らした。
いそいそとポケットの中に手を入れる私は、豆粒サイズのものを複数取り出す。
『さすがに地面に置くのは不味いか』と考えながらハンカチを広げ、その上に下ろした。

「ねぇ、これ何?」

「チョコです」

「はっ?何で?」

「長い話になりそうだと仰っていましたので、糖分補給は必須かな?と」

 それに久々の女子会かと思うと、嬉しくて。
何か、こう……準備したかったの。

 遠足前の子供のような気分で過ごした前夜を思い出し、私はニコニコと笑う。
が、ルーシーさんは何とも言えない表情を浮かべていた。
『ドン引き』とも言えるその様子に、私は慌てて弁解を口にする。

「あっ、大丈夫ですよ。氷結魔法で温度管理はバッチリですし、結界にくるんで持ってきたので衛生面も問題ありません」

「いや、そういう問題じゃないんだけど……まあ、いいや。ありがと」

 『ちょうど甘いもの食べたかったところだし』と言い、ルーシーさんはチョコを一つ手に取った。
かと思えば、包装紙を外して中身を口に含む。

「あっ、普通に美味しい」

「それは良かったです」

 パッと表情を明るくする私に、ルーシーさんは『これからもよろしく』と言うと、居住まいを正した。
まるで武士のような貫禄さえ覚える風貌で、こちらを見据える。

「てことで、本題に入るわ」

 そう言うが早いか、ルーシーさんはコホンッと一回咳払いした。

「話題は言うまでもなく、『貴方と運命の恋を』のことなんだけど────私、もうシナリオに縛られるのはやめる」

 声高らかにそう宣言するルーシーさんに、私は大きく目を見開いた。

「えっ?よ、よろしいんですか?あんなに拘っていらしたのに……って、様々なフラグを折ってしまった私が言うのもなんですが」

 『こうなったのも、元はと言えば私のせい……?』と考え、責任を感じる。
だって、シナリオに懸けるルーシーさんの想い……というか、熱量は本当に凄かったから。
それを無に帰してしまうのは、なんだか申し訳ない気がする。
オロオロと視線をさまよわせる私の前で、ルーシーさんは一つ息を吐いた。

「いいのよ、もう。どうせ、展開も変わっちゃったし。今更、取り返そうとしたところで上手くいくとは思えないもん。下手したら、前みたいなことになるかもしれないし」

 野外研修のことを指しているのか、ルーシーさんは一瞬だけ表情を暗くする。
が、直ぐ元に戻った。
『あんな奴らさっさと忘れよう』とでも言うようにかぶりを振り、こちらに目を向ける。

「とはいえ、シナリオを全部放置して悠々自適に暮らすことは出来ない」

「それは……何故ですか?」

 どことなく使命感のようなものをルーシーさんから感じ、私は頭を捻った。
『そうしなければならない理由でもあるのか』と思案する中、彼女はおもむろに両腕を組む。

「そもそも、どうしてここまでシナリオにこだわっていたと思う?」

「えっと……ゲームの展開を実際に体験してみたかったから、でしょうか?」

 『誰しも一度は乙女ゲームのような恋に憧れるものだし』と考え、そう答えた。
すると、ルーシーさんは一瞬だけ気まずいような……恥ずかしいような表情を浮かべる。

「まあ……正直なところ、それもある。でも、一番の理由は────」

 そこで一度言葉を切り、ルーシーさんは真剣な顔付きへ変わった。

「────このままだと、世界が滅びる・・・・・・からよ」
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