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第二章

シナリオにこだわった理由

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「────このままだと、世界が滅びる・・・・・・からよ」

 重々しい口調で放たれた一言に、私は言葉を失う。
だって、乙女ゲームの世界でそんな事態になるとは思いもしなかったから。
思わず口元を押さえて固まる私の前で、ルーシーさんは苦笑を零した。

「まあ、いきなりこんなこと言われても信じられないよね。でも、本当なの。だって、この世界にもちゃんと存在しているでしょ?────魔王・・が」

「!!」

 そっか!魔王!

 クライン公爵家の一件で間接的に関わった人物を思い浮かべ、私は戦慄する。
と同時に、納得した。
『確かにこれなら、よくある展開かも!』と思って。

「『貴方と運命の恋を』のシナリオで魔王は倒され、世界に平和が訪れるんですね?」

「そういうこと。で、私はそのためにハーレムエンドを目指していたって訳。このルートが一番魔王に勝ちやすいから。まあ、そこに辿り着くまでが大変なんだけど……っと、それはさておき」

 横道にそれかけた話題を元に戻し、ルーシーさんはコホンッと咳払いする。

「当初の予定では、とにかくシナリオ通りに動いてゲームをクリアする筈だったの。でも────」

 ガシッと私の両肩を掴み、ルーシーさんは呆れたように溜め息を零した。

「────お人好しの貴方に悪役は無理だって、よーーーく分かったから予定変更よ」

「あっ、えっと……すみません」

 シュンと肩を落として俯く私に、ルーシーさんは小さく首を横に振る。

「まあ、いいのよ。ある意味、これが一番正しい選択かもしれないし。だって────真のラスボスとまで言わしめたリディアが、味方になったんだから」

 『まさに鬼に金棒よ』と言い、ルーシーさんは明るく笑った。
どうやら、慰めや励ましではなく本心でそう言っているらしい。

「リディアが真のラスボス……?」

「そう。基本的にゲームのリディアはエンディング前の卒業パーティーで断罪されて終わるんだけど、たま~に魔王戦の前に現れて私達を攻撃してくるんだよね。で、どういう訳かめちゃくちゃ強いの。ぶっちゃけ、魔王以上」

 スッと真剣な表情に変わり、ルーシーさんはふと空を見上げた。

「まあ、奇想天外・神出鬼没の魔王も充分厄介なんだけど……あのリディアと対面するよりは、全然マシ。だって、勝率10%以下だよ?」

 『マシで強すぎ』と零し、ルーシーさんはどこか遠い目をする。
そのリディアにコテンパンに叩きのめされた時のことでも、思い出しているようだ。
『あんなん無理ゲーだわ』とボヤきつつ、彼女は目頭を押さえる。

「結局、公式から何のアクションもなかったから強さの理由は分からずじまいなんだけど、ファンの間では『ギフト関係じゃね?』って噂になっている。ほら、リディアって────五つ・・もギフトを持っているからさ」

「えっ?五つ?」

 反射的に聞き返してしまう私は、目を剥いて固まった。
何故なら、私が持っているギフトの数は────四つだから。
ニコラス大司教にもハッキリとそう言われたため、間違いない筈。

 私がリディアに憑依したからかな?それで設定が変わってしまったのかもしれない。

「あの、ルーシーさん。ゲームのリディアは、どういうギフトをお持ちなんですか?」

 数だけでなく内容も変わっている可能性を考え、私は恐る恐る尋ねた。
すると、ルーシーさんは怪訝そうな顔をしながらも一先ず答える。

「えっと……確か────『万能属性』と『嘆きの亡霊』と『分身』と『共鳴』と『魔力無限』だったと思う」

「そうですか……教えていただき、ありがとうございます」

 幸いと言っていいのか分からないけど、内容はほぼ同じ。
でも、そうなると余計分からなくなる。
だって、ギフトの数が足りないなんてどう考えてもおかしいもの。
私とリディアで内容が違えば、『中身中の人によって変わってくるんだね』と納得出来るんだけど。

「……どうして、『魔力無限』だけないの」

「えっ!?」

 ボソリと呟いた私の一言に、ルーシーさんは大きな声を出した。
掴んだままの肩を揺さぶり、物凄い勢いで距離を詰めてくる。

「ちょっ……どういうこと!?公式ファンブックには、確かに『魔力無限』って書いてあったのに!」

「お、落ち着いてください。私もよく分からない状況で……」

 内心困惑しながらも必死にルーシーさんを宥め、私はそっと眉尻を下げた。
またもや増えてしまったリディアの謎にどう向き合えばいいのか悩んでいると、ルーシーさんは

「嗚呼、もう!憑依といい、ギフトといい……!イレギュラーなことが多すぎる!」

 と、叫ぶ。
髪をグシャグシャにする勢いで頭を掻き、彼女は『何がどうなってんのよ!』と少し苛立っていた。
『次から次へと、貴方は……!』と喚く彼女に、私はコテリと首を傾げる。

「あら、それを言うならルーシーさんの転生もイレギュラーなのでは?」

 素朴な疑問を直球でぶつけると、ルーシーさんはピタッと身動きを止めた。
かと思えば、やれやれとかぶりを振る。

「私はいいの。だって────ヒロインはゲームでも転生者って、設定だから」

「えっ!?そうだったんですか!?」

「うん。まあ、さすがにゲームのことまでは知らないけどね」

 『ちなみに転生者って判明するのはかなり終盤』と補足し、ルーシーさんは居住まいを正す。
どうやら、少し落ち着いたらしい。

「とりあえず、ギフトの件は一旦保留で。きっと、ここであれこれ言い合っても結論答えは出ないだろうし」

 『時間の無駄』とキッパリ切り捨て、ルーシーさんは乱れた髪を手櫛で整えた。

「で、本題に戻るけど────私達の最終目標は魔王を倒し、世界の滅亡を防ぐこと。そのためには、貴方の力が必要なの。ギフトが一つ足りないとはいえ、リディアのスペックはかなり脅威だから。絶対、魔王戦で役に立つ」

 グッと手を握り締め、ルーシーさんは力説した。
かと思えば、少しばかり声のトーンを落とす。

「でも、無理強いはしない。冗談抜きで、危険なことだから。もし、嫌なら断ってくれて構わな……」

「────やります」

 わざわざ逃げ道を用意してくれたルーシーさんに、私は食い気味で答えた。
だって、こんな話を聞いてしまったら断るなんて出来ない。
何より、ルーシーさんに全ての責任と義務を押し付け、自分だけ逃げるような真似はしたくなかった。
『友人だからこそ、苦しみも分かち合いたい』と考え、私は真っ直ぐ前を見据える。

「世界を救うとか、そんな大それたことが私に出来るとは思えませんが、少しでも助けになるなら喜んで協力します。ただ……」

 そこで一度言葉を切ると、私は苦笑にも似た表情を浮かべた。

「……お兄様方が納得してくれるか、ちょっと不安ですけど」

 一番の難関とも言える兄達の説得に、私は小さく肩を落とす。
難航するのは、目に見えているから。

 やっぱり、内緒でこっそり協力するしかないかしら?
でも、いつも傍に寄り添ってくれたお兄様や勘の鋭いリエート卿、そして私をよく見ているレーヴェン殿下を欺ける自信はあまりないわ。
正直、直ぐにバレそう……。

 三人から尋問を受ける様子を想像し、私は『どうしよう?』と悩んだ。
────と、ここでルーシーさんが自信ありげな笑みを零す。

「三人の説得は、私に任せて!絶対、納得させてみせるから!」

 『大船に乗ったつもりでいなさい!』と啖呵を切り、ルーシーさんは顎を逸らした。
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