お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第二章

兄達の説得

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◇◆◇◆

「────という訳で、リディアには魔王討伐を手伝ってもらいます!」

 生徒会室に響き渡るほどの大声で、ルーシーさんは魔王戦やリディアの必要性について説いた。
『光の乙女』の能力である────未来予知を利用して。
これなら、前世のことやゲームのことを話さずに済むから。

 まあ、ある意味予知であることに変わりはないから嘘ではないわよね。
ただ、ギフトを通して知った未来じゃないというだけで。

 『ギリギリ詐欺にならない……筈』と内心冷や汗を流す中、兄達は難しい顔になる。

「もうすぐ魔王が世界を滅ぼす、か。俄かには信じ難い話だな」

「でも、『光の乙女』による未来予知なら間違いはないだろうし……」

「まあ、ここまで詳細な予言は初めてだけどね。今までの『光の乙女』保持者は、もっと抽象的で曖昧な言い方をしていたから」

「!」

 ビクッと肩を揺らすルーシーさんに、レーヴェン殿下は柔らかく微笑む。

「あぁ、ごめんね。別に君の発言を疑っている訳じゃないよ。ただ、皇室の歴史書にもここまで詳しい予言はなかったからちょっと疑問に思っただけ。まあ、所詮は昔の話だし、当時のことを知る人だってもう居ないからどこまで正確な記録なのか分からないけどね」

 『もしかしたら、どこかで歴史が捻じ曲がったのかも』と言い、レーヴェン殿下はそっと眉尻を下げた。

「気を悪くしたなら、謝るよ」

「い、いえ……大丈夫デス」

 ちょっとカタコトで喋るルーシーさんは、そろりと視線を逸らす。
やはり、誰かを騙すのは心苦しいようだ。
『特に今回は推し達だもんね……』と共感を示しつつ、私は心の中で手を合わせる。
嫌な役を押し付けてしまってごめんなさい、と。

「まあ、とにかくこの話は上へ伝えないとな。正直、僕達だけじゃ処理し切れない」

「えっ……?」

「だな。下手したら、人手を集めて魔王に立ち向かわなくちゃいけなくなるし」

「ちょっ……待っ……」

「という訳で、リディア嬢の参戦は一旦保留ね」

「そ、そんな……」

 ガクッと肩を落とすルーシーさんは、『もしかして、私……墓穴掘った?』と呟いた。
黒板の前で呆然とする彼女を他所に、男性陣はそれぞれ椅子から立ち上がる。
ついでに私も兄の手を借りて、起立した。

「とりあえず、上の判断を待て。話はそれからだ」

 今にも意気消沈しそうなルーシーさんへ、兄は追い討ちを掛ける。
おかげでルーシーさんの口から、見えない魂が抜けてしまった。
『嘘でしょ……』と崩れ落ちる彼女を置いて、兄は退室。
そのため、手を握られている私も必然的に生徒会室を出ることに。
エスコートされるまま学園の廊下を歩く私は、斜め前に居る兄を見つめた。

「あ、あの……お兄様、ルーシーさんのお話には私も賛成していて、だから……」

「────ダメだ」

 『それ以上、聞きたくない』とでも言うように、兄は食い気味で否定の言葉を吐いた。
そっぽを向いているため、表情は見えないが……きっと、かなり怒っていると思う。
昔から、私の身に降り掛かる危険や不幸を毛嫌いしている節があるから。
たとえ、それが成長のために必要なことだったとしても。
まあ、今回はそうじゃないのだけど。

「お兄様が私を心配して下さっているのは、分かります。でも……」

「ダメなものはダメだ」

 またもや私の言葉を遮り、兄は強固に反対してきた。
ここまで頑なになっている彼を見るのは、初めてかもしれない。
どう説得するべきか思い悩んでいると、兄は不意に足を止めた。

「リディア、お前は本当に分かっているのか?相手は魔王なんだぞ?」

 どことなく弱々しい印象を受ける声で、兄は問い掛ける。
微かに肩を震わせながら。

「確実にこれまでのようには、いかない。まず間違いなく苦労するし、下手したら……命だって」

 グッと私の手を握り締め、兄は声にならない声を上げた。
かと思えば、もう一方の手で壁を殴りつける。
幸い、ここには私達しか居ないため多少荒々しい行動を取っても問題ないが……兄に怪我がないか、心配だ。

「お兄様、医務室へ……いえ、一度生徒会室に戻りましょう。まだルーシーさんが居る筈なので、治療を頼めば……」

 途中で口を噤んでしまった私は、思わずたじろぐ。
だって、夕日に照らされた兄の背中が────何故か、とても小さく見えたから。
もう成長期を迎えて、大きくなった筈なのに。

 それほど私の身を案じている、ということよね……逆の立場だったら、私だって心配したでしょうし。
少なくとも、『あっ、そう。頑張って』とはならない。

 魔王の恐ろしさはクライン公爵家の一件で思い知っているため、兄の気持ちや考えは痛いほどよく分かった。
だからこそ何も言えずにいると、彼はこちらを振り返る。

「リディア」

 まるで宝物のように……一語一語噛み締めるように私の名を呼び、兄はそっと手を離した。
かと思えば、私を抱き竦める。
まるで、『どこに行くな』とでも言うように。

「リディア、頼むから『怖い』って……『助けて』って、言ってくれ。そしたら、どんな手段を使ってでもお前を守ってやる」

 震えた声で絞り出すように懇願し、兄は私の肩に顔を埋めた。
すっかり弱ってしまった彼を前に、私は返答を迷う。

 多分、お兄様は世界よりも私を取ろうとしてくれている。
だって、ルーシーさんの……『光の乙女』保持者の予言発言をそのままスルーすることは、有り得ないから。
さっきは『上の判断を待て』なんて言っていたけど、私の出陣はほぼ確実だろう。
だから、お兄様は────私を連れて、逃げるつもりなんだわ。
グレンジャー公爵家も、デスタン帝国も全部捨てて。

 痛いほど感じる兄の愛情に、私は若干目を潤ませる。
ここまで自分のことを考えてくれているのかと思うと、嬉しくて。

 でもね、お兄様────家族に茨の道をあゆませたくないって、思っているのは私も同じ。
大好きだからお兄様の未来を狭めたくないし、本来譲受する筈だったものを奪いたくないの。

 そっと兄の背中に手を回し、私は目いっぱい抱き締め返した。

「ごめんなさい、お兄様。私はその手を取れません」

「っ……!何故だ……!」

 案の定とでも言うべきか理由を問い質してくる兄に、私はスッと目を細める。
きっと、ここで『お兄様の迷惑になるから』と言っても納得しないだろう。
『そんなのどうでもいい!』と押し切られるに決まっている。
だから────

「私の力が少しでも役に立つなら、助けになりたいと思ったからです。それに戦いからのがれられたとしても、諸悪の根源を討つことが出来なければ結局死んでしまいます。なので、冷静に考えて・・・・・・ルーシーさんの予言通りに動いた方がいいと判断しました」

 ────と、兄の持論を用いて返答した。
悪戯っぽく微笑む私の前で、兄は目を見開いて固まる。
が、直ぐに呆れたような……困ったような表情を浮かべ、額と額を突き合わせた。

「ったく……生意気になったな、お前も」
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