お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第二章

オール

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◇◆◇◆

 あのあと、皇帝陛下が直ぐに騎士団を手配してくれて、アガレスと学園長は連れて行かれた。
もちろん、秘密裏に。
周囲の人々にバレれば怪しまれるし、いらぬ誤解を受けるかもしれないから。
幸い、人目につくような時間帯じゃなかったため誰にも目撃されなかったと思うが。

「……とりあえず一件落着、なのしら?」

 自室のベッドで横になりながら、私はコテリと首を傾げる。
アガレスの境遇を思うと、どうも気が晴れなくて。
とてもじゃないが、眠れそうになかった。

「たった数時間で、平常を取り戻す方が難しいわよね……あれだけの事があったのに」

 今でもまだ残っているアガレスの手の感触や声を思い出し、私は嘆息する。
『本当にこれで良かったんだろうか』という漠然とした不安を抱えて。

「他に道はなかったのかな……」

 考え得る限り、最善の判断をしたのは分かっている。
仮に共存可能だったとしても、他の人達に受け入れられるとは限らないから。
迫害とまではいかずとも、白い目を向けられるのは間違いないだろう。
何より、アガレスは『魔王様には逆らえない』と言った。
それはつまり……『人類を滅ぼせ』と命じられれば、従うしかないということ。

 いつ寝返るか分からない存在を傍に置くのは、危険すぎる。
監視するにしたって、人材や物資は無限じゃないし……どのような待遇を受けるか、分からない。

 ちょっと考えただけでもどんどん湧いてくる不安要素を前に、私はそっと目を伏せた。
生きて幸せになるというのが、アガレスにとってこれほど難しいことなのかと思うと、切なくて。
『感情論だけじゃ、どうにも出来ないんだな』と痛感する中────コンコンッと部屋の扉をノックされる。

「リディア、私だけど……中に入ってもいい?」

「あっ、はい。どうぞ」

 聞き覚えのある声だったため、私は直ぐさま扉を開けた。
すると、そこには案の定ルーシーさんの姿が。
どこか浮かない様子の彼女は『お邪魔するね』と一声掛けてから、中へ足を踏み入れた。
広い室内をグルッと見回し、『貴族用の寮部屋は本当に豪華ね』と零す。

「とりあえず、座ってもいい?」

「もちろんです」

 『お好きなところへどうぞ』と促し、私はお茶を用意する。
と言っても、本当に簡単なものだけど。
『私はハンナのように上手くないから』と苦笑しつつ、ルーシーさんの前にティーカップを置いた。
『ありがとう』と礼を言う彼女に一つ頷き、私は向かい側のソファへ腰掛ける。

「夜中に突然ごめん、リディア。ちょっと色々考えていたら、眠れなくて」

「いえいえ、構いませんよ。私もちょうど、夜更かしを決意していたところなので」

 『同じく寝付けなかった』と明かし、私は目元を和らげた。
なんだか、安心してしまって。
『嗚呼、一人じゃないんだな』と肩の力を抜く中、ルーシーさんは紅茶を一口飲む。

「……アガレスのことなんだけどさ」

「はい」

 出来るだけいつも通り相槌を打つ私に、ルーシーさんはどこかホッとしたような素振りを見せた。
恐らく、少し緊張が和らいだのだろう。

「本来のシナリオ……というか、ゲームではああいう奴じゃなかったの。本当に凄く邪悪で、傲慢で、無礼で……人を人とも思わない残虐性を持っている。私達のことなんか、ただの食料としか思っていない」

 ティーカップを握る手に力を込め、ルーシーさんはグッと唇を噛み締める。
と同時に、こちらを見上げた。

「でも────今日、アガレスの本心を聞いて……こいつはきっと狂うしかなかったんだなって、思った。そうしないと、自分が壊れちゃうから……元は本当に優しい奴良い奴だったんだよね」

 半ば自分に言い聞かせるようにして呟き、ルーシーさんは顔を歪める。
桜色の瞳をうんと潤ませながら。

「リエートといい、アガレスといい……私は本当にダメだね。相手の本質を全然見れてない……いつも、色眼鏡を通して見ちゃう」

 知っているが故の苦悩を吐露し、ルーシーさんはそっと目元に触れた。

「私が知っているのは、あくまでその人の一面だけ……全部じゃないって、分かっていた筈なのに」

 『知った気になっちゃう』と嘆くルーシーさんに、私はどう声を掛ければいいのか分からず……一先ず、席を立つ。
そして、彼女の隣に腰を下ろすと、横から優しく抱き締めた。

「色眼鏡で見てしまうことは……それ自体はきっと悪くないと思いますよ。だって、一種の防衛本能なんですから。問題は自分の知らない一面を見て、それをどう受け止めるか……では、ないでしょうか?」

 本当の意味で相手をちゃんと見れるのは、それこそ無知で警戒心を持たない人だけ。
だから、未来のことをある程度知っているルーシーさんに『フラットな状態で見ろ』というのは些か横暴な気がした。

「ルーシーさんは本来のシナリオと違うリエート卿も、アガレスもきちんと受け入れて下さいました。これだけで、私は充分だと思います」

「でも、私……相手のことを知ろうとしなかった。受け入れた云々は結果論に過ぎないよ……」

「では、これから相手のことを知る努力をしましょう」

 『過ちだと思うのなら、正せばいい』と諭す私に、ルーシーさんは泣き笑いに近い表情を浮かべる。

「ははっ……貴方って、本当にポジティブというか前向きだよね」

「そんなことはありませんよ。私だって、アガレスのことには頭を悩ませていますから……」

 『それでなかなか寝れなくて……』と零し、私は眉尻を下げた。
すると、ルーシーさんは私の頭をポンッと撫でる。
まるで、元気づけるかのように。

「そう。じゃあ、その悩み聞いてあげる。と言っても、建設的なアドバイスは出来ないかもしれないけどね」

 『まあ、話すだけ話してみなよ』と促し、ルーシーさんは身を寄せてきた。
『今日はオールだ!』と明るく言う彼女に、私はついつい笑みを零す。
こうやって夜更かしするのも、友人と悩みを打ち明け合うのも初めてだったから。

 不謹慎かもしれないけど、ちょっと楽しい。

 なんて思いながら、私はルーシーさんと喉が枯れるまで色々なことを話した。
そして気づけば朝になっていて、私達は慌てて身支度を整える。
『遅れる、遅れる!』と焦りつつ登校し、何とかホームルームに間に合った。

「えー……突然ですが、ジャスパー・ロニー・アントス学園長は持病の悪化により辞任する運びとなりました」

 『田舎で静養するとのことです』と言い、担任のジャクソン先生はカチャリと眼鏡を押し上げる。
『えっ?いきなり?』とざわめく生徒達を一瞥し、黒板に向かい合った。
その際、後ろで結んでいた茶髪がサラリと揺れる。

「私自身、今朝知らされたばかりでまだ動揺していますが、気持ちを切り替えていきましょう」

 『いつまでも引き摺ってはいけません』と述べつつ、黒板に何やら書き込んでいく。
その文章が完成に近づけば近づくほど、私達の関心は高まっていった。
だって、それは待ちに待った────

「既にご存知の方も居るでしょうが、これから学園最大の催しがあります。例年通り、準備期間は一ヶ月。個人発表・団体発表ともに手を抜かず、完璧にやり切ってください」

 ────学園祭だから。
『諸先輩方の歴史や伝統を汚さぬように』と言い聞かせるジャクソン先生に、私達はコクコクと頷いた。
これから、始まる非日常を想像しながら。

 前世も含めて、学園祭に参加したことはないから凄く楽しみだわ。
一体、どんなことをするのかしら?

 ドラマや漫画でしか見たことのない学園祭を思い浮かべ、私は期待に胸を膨らませる。
ゲームのシナリオの関係もあるため、遊んでばかりいられないのは分かっているが、それでもワクワクを止められなかった。
『準備も本番も後片付けも全部面白そう!』と湧き立つ中、ジャクソン先生はペリドットの瞳をこちらに向ける。

「まずは団体発表の説明を。こちらはクラス全員で、一つのものを作り上げる形式です。出し物は基本何でも構いませんが、著しく品性に欠けるものや犯罪を助長するものはやめてください」

 『最低限のマナーとモラルは守りましょう』と主張し、ジャクソン先生はパンパンッと手を叩いた。

「では、早速クラスの出し物を決めてもらいます。何か案のある方は挙手を」

 という言葉を合図に、クラスメイト達は一斉に手を挙げる。
その横顔はとても輝いていて、子供のように無邪気だった。
『きっと、楽しみで仕方ないのね』と微笑ましく思い、私はひたすら静観を決め込む。
だって、公爵令嬢の私が案を出したらみんな遠慮してしまいそうで。
何より、学園祭の知識は前世の……それも、ドラマや漫画から得たものしかない。
そのため、下手に発言出来なかった。

 とりあえず、『メイドカフェ』や『お化け屋敷』がダメなのは何となく分かる。
でも、その他が大丈夫という確信はないのよね。

 などと考えている間に、話し合いは進み────無難に演劇で決定。
内容はよくある恋愛ストーリーだが、配役は凄く豪華だった。
だって、王子役がレーヴェン殿下でその相手役を務めるのがルーシーさんだから。
ちなみに私は二人の仲を引き裂く悪女役。
と言っても、出番は本当に少ないけど。

 ルーシーさんの強い希望というか、反対で減らされちゃったのよね。
『リディアに悪役は務まらないから』って。
これでも、一応悪役令嬢なのに。

 『私以上に適役は居ないと思うけど』と頭を捻る中、鐘が鳴った。

「そろそろ、時間ですね。では、各々準備に励むように」
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