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第二章
俺達の答え《リエート side》
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◇◆◇◆
学園祭の終わりを告げる花火が全て打ち上げられ、来場者も帰った頃────俺とニクスはまだ校舎に残っていた。
多分、二人とも一人になるのが怖かったんだと思う。
余計なことを考えてしまいそうで。
「リエート、その資料を取れ」
「あ、ああ」
突然声を掛けられ、ビクッとするものの……俺は一先ず書類の山を見下ろす。
そして、指示されたものを手に取ると、ニクスに差し出した。
いつものように無言で受け取る幼馴染みを前に、俺は戸惑う。
表面上だけとはいえ、ここまで冷静に振る舞えるのか?と。
きっと内心は混乱しっぱなしだろうが、取り繕う余裕はあるのか。
すげぇーな。俺は何も手につかないのに。
進捗0の始末書を前に、俺は一つ息を吐いた。
『しっかりしねぇーと』と分かっているのに、考えた先から思考が溶けていく。
「……あー、ダメだ。もう無理」
そう言うが早いか、俺は生徒会室の長テーブルに突っ伏した。
いや、頭を強打したと言った方がいいかもしれない。
かなり勢いよく倒れ込んだから。
「サボるな、リエート」
「いや、だって……」
「それはお前の始末書だろう」
完全に反論を封じ込め、ニクスはチラリと壁際に視線を向ける。
そこには、俺の壊した長テーブル三つが……。
リディアの件を聞いて動揺しちまって、力加減をミスったんだよな。
普段はこんなことしないのに……てか、
「三つのうち一つをやったのは、お前だからな!?俺は二つしか壊してねぇーよ!?」
氷漬けにされた長テーブルを指さし、俺は『三つ全部、俺のせいにするな!』と抗議した。
が、ニクスは完全にどこ吹く風。
黙々と仕事を進めている。
「無視かよ、おい……!」
『お前から話題を振ってきたくせに!』と叫び、俺は椅子の背もたれに寄り掛かった。
後頭部に手を回し、『相変わらず冷たい奴』と文句を垂らしていると、ニクスが顔を上げる。
おっと……?さすがに怒ったか?
どことなく険しい顔つきの幼馴染みを見て、俺は身構えた。
『怒号と蹴り、どっちだ!?』と思案する中、ニクスは────
「……リディアの件、お前はどう考えている?」
────と、質問を投げ掛けてくる。
予想と全く違う反応を示す幼馴染みは、神妙な面持ちでこちらを見据えた。
「僕は事実だと思っている。というのも────六歳の頃から、明らかに様子が変わったから」
「!!」
『六歳』と聞いて、俺は一瞬胸を高鳴らせてしまった。
だって、もしそうなら俺の見てきたリディアは同一人物で……偽物じゃないから。
もちろん、俺からすればの話だが。
『家族のニクスは絶対複雑だよな』と気に掛ける中、幼馴染みはカチャリと眼鏡を押し上げる。
「最初は『単なる心境の変化だろう』と思っていた。でも、よく考えてみればおかしい。僕も幼少期のリディアを詳しく知っている訳じゃないから、確かなことは言えないが……昔は本当に暗くて、無表情で、冷たかったんだ」
……なあ、それ自己紹介か?
『暗い』以外は、全部ニクスにも当てはまるんだけど……。
『もしや、そういう血筋?』と考えつつ、俺はニクスの言ったようなリディアを思い浮かべる。
でも、全く想像がつかない。
俺の知っている彼女は優しくて、穏やかで、朗らかな子だから。
『ほぼ真逆じゃん』と苦悩していると、ニクスはふと天井を見上げる。
「時々物欲しそうな目でこちらを見ることはあれど、話しかけてくることはなかったし、笑顔なんて……見たこともなかった」
昔を思い出しているのか、ニクスの表情はどこか暗かった。
透き通った瞳に葛藤を滲ませ、そっと瞼を閉じる。
「それが突然、百八十度変わったんだ。まるで、別人みたいに」
身近に居たからこそ分かる違和感を述べ、ニクスは強く手を握り締めた。
まるで、何かを堪えるように。
「この変化がもし憑依によるものなら、納得出来る」
重々しい雰囲気でそう言い切り、ニクスは目を開ける。
透き通るような月の瞳は真っ直ぐで、憑依を確信している様子だった。
まだ本人から断言された訳でも、証拠を見つけた訳でもないのに……。
「仮にニクスの言っていることが事実だとして、これからリディアにどう接していくつもりだ?」
『ちゃんと事実を受け止めて関係修復して行けるのか』と問い、俺は長テーブルに手を置いた。
少し身を乗り出す俺の前で、ニクスは一瞬黙り込み……フイッと視線を逸らす。
「……お前に言う必要はない」
「いや、ここまで言ってそれはないだろ!?」
『気になるじゃん!』と叫ぶ俺に、ニクスはチラリと視線を向けた。
かと思えば、小さく息を吐く。
「だが、まあ……一つだけ断言してやる────僕はリディアに厳しく接するつもりはない」
「!!」
『これまでと変わらず、は無理だろうがな』と語るニクスに、俺は目を剥いた。
まさか、こんなにもあっさり結論を出し、何の躊躇いもなく口に出来るなんて思わなかったから。
ニクスの苦悩や葛藤を知らない訳じゃないが、こうも淡々としていると……困惑してしまう。
「ショック……じゃないのか?妹の体に他人が入っている訳だし……」
『嫌じゃないのか?』と直球で質問を投げ掛け、俺はそっと眉尻を下げた。
すると、ニクスは少し考え込むような動作を見せてからこう答える。
「ショック、とは少し違う気がする。さっきも言ったが、僕は本物のリディアと大して接点がないんだ。困惑はするけど、嫌悪感とか不快感とかはない……兄としては、怒るべきなんだろうがな」
どこか自分を責めるような口調でそう言い、ニクスは自嘲にも似た笑みを浮かべた。
『薄情だよな』と呟き、目を伏せるニクスは暫し押し黙る。
なんて声を掛ければいいのか迷っていると、幼馴染みはふと視線を上げた。
「まあ、とにかくリディアを突き放したり、軽蔑したりすることはない。きっと……いや、確実に何かしら事情はあるだろうからな。少なくとも、強引に人の体を奪った訳ではない筈だ」
「ああ、あいつはそういうタイプじゃないもんな」
『完全に同意見だ』と首に縦に振り、俺は共感を示す。
超が付くほどお人好しな彼女を思い浮かべる中、ニクスはスッと目を細めた。
「で、そういうお前はどうなんだ?」
『こっちはここまで喋ったんだから、お前も吐け』と主張し、ニクスは眼鏡を押し上げる。
完全に尋問モードへ移行していく幼馴染みの前で、俺は手元に視線を落とした。
彼女よりずっと大きくて不格好な手を見つめ、顔を歪める。
「俺は……」
────改めて、自分に問う。
これから、どうしたいのか。
まず、ちゃんと真相を確かめたい。
たとえ、それが俺や周りを傷つけるものだったとしても。
逃げずに受け止めたいんだ。
そうしないと、俺もあいつも皆も前に進めないから。
そこから先のことは……正直、まだ分からない。
ただ、リディアと縁を切って無関係になりたいとか、泣くまで責めたいとかは思わなかった。
『あいつには、ずっと笑顔で居てほしいし……』と考える中、俺はふとデビュタントパーティーのことを思い出す。
そうだ、俺はあのとき確かに『リディアの笑顔と生活を守る』と誓った。
今こそ、その約束を守るべきじゃないか?
事情が変わったからと言い訳して、全部放り出すのか?
苦しんでいるあいつを見て見ぬふりして?
泣いている彼女の横を素通りしていく自分を想像し、俺は戦慄した。
と同時に、腹を立てる。
『そんなこと出来る訳ないだろ!』と。
「……答えはもう出ているじゃねぇーか、とっくの昔に」
自分にしか聞こえないほど小さな声量で呟き、俺は顔を上げる。
もう自分の中に迷いはなかった。
あるのは確固たる意志と覚悟だけ。
あいつが幸せになれない世界なんて、有り得ない。
だから、俺は────
「────全部知って、理解して、通じ合って……それで、あいつの傍に居たい。何を犠牲にしてでも、守り切りたい」
本心からそう思う俺は、グッと手を握り締めた。
『必ず誓いを果たす』と心に決め、勢いよく席を立つ。
「おい、待て。どこに行く?」
今にも生徒会室を飛び出しそうな俺に、ニクスは堪らず声を掛けた。
怪訝そうな表情を浮かべる幼馴染みの前で、俺はいそいそと後片付けを行う。
「リディアのところ」
「はっ?」
「こういうのは、早めに伝えた方がいいだろ。ずっと不安にさせるのも、可哀想だし」
「いや、何時だと思っている?多分、もう寮に居るぞ」
『まさか、忍び込むつもりか?』と眉を顰め、ニクスはこちらを睨みつける。
もう寝ている可能性やシャワー中の可能性を危惧しているのか、いつになく険しい顔つきだった。
『行かせてなるものか』と殺気立つ幼馴染みを前に、俺も少し冷静になる。
「……今から会いに行くのは、さすがに不味いか。寮には、他のやつも居るだろうし」
「ああ、一歩間違えれば変質者だぞ」
『変態クソ野郎の烙印を押されたいのか』と脅すニクスに、俺は本気で危機感を覚えた。
血の気が引いていく感覚を覚えながら身震いし、大人しく着席する。
「あ、明日にしておく」
「賢明な判断だな」
『もし、行ったら教師に即報告していた』と明かし、ニクスは一つ息を吐いた。
かと思えば、書面に再度視線を下ろす。
「それより、早く仕事しろ」
「えっ?何で?別にそんなに焦らなくても、大丈夫だろ」
『また後日やればいい』と意見する俺に、ニクスは心底呆れたような表情を浮かべた。
『お前は本当に……何も分かってないよな』とでも言うように頭を振り、額に手を当てる。
「近々リディアの件で呼び出しを受ける筈だから、今のうちにやっておいた方が楽だぞ。まあ、強制するつもりはないが」
『あくまで忠告だ』と告げると、ニクスは仕事に戻った。
黙々とペンを動かす幼馴染みの前で、俺はハッとする。
確かに呼び出しを受けた時、生徒会の仕事が残っていたら厄介だな。
最悪、『リエートくんは抜きでやろう』ってなるかもしれないし……俺はニクスと違って、赤の他人だから。
生徒会の仕事に支障を来してまで、参加させようとはしない筈。
「お、俺もやる!」
『自分だけ後日報告とかになったら、嫌だ』と思い立ち、ペンを取った。
そして、話し合いに同席したい一心で書類を片付け────気づけば、朝を迎える。
徹夜したおかげか、自分に割り振られた仕事の八割は何とか終わらせられた。
学園祭の終わりを告げる花火が全て打ち上げられ、来場者も帰った頃────俺とニクスはまだ校舎に残っていた。
多分、二人とも一人になるのが怖かったんだと思う。
余計なことを考えてしまいそうで。
「リエート、その資料を取れ」
「あ、ああ」
突然声を掛けられ、ビクッとするものの……俺は一先ず書類の山を見下ろす。
そして、指示されたものを手に取ると、ニクスに差し出した。
いつものように無言で受け取る幼馴染みを前に、俺は戸惑う。
表面上だけとはいえ、ここまで冷静に振る舞えるのか?と。
きっと内心は混乱しっぱなしだろうが、取り繕う余裕はあるのか。
すげぇーな。俺は何も手につかないのに。
進捗0の始末書を前に、俺は一つ息を吐いた。
『しっかりしねぇーと』と分かっているのに、考えた先から思考が溶けていく。
「……あー、ダメだ。もう無理」
そう言うが早いか、俺は生徒会室の長テーブルに突っ伏した。
いや、頭を強打したと言った方がいいかもしれない。
かなり勢いよく倒れ込んだから。
「サボるな、リエート」
「いや、だって……」
「それはお前の始末書だろう」
完全に反論を封じ込め、ニクスはチラリと壁際に視線を向ける。
そこには、俺の壊した長テーブル三つが……。
リディアの件を聞いて動揺しちまって、力加減をミスったんだよな。
普段はこんなことしないのに……てか、
「三つのうち一つをやったのは、お前だからな!?俺は二つしか壊してねぇーよ!?」
氷漬けにされた長テーブルを指さし、俺は『三つ全部、俺のせいにするな!』と抗議した。
が、ニクスは完全にどこ吹く風。
黙々と仕事を進めている。
「無視かよ、おい……!」
『お前から話題を振ってきたくせに!』と叫び、俺は椅子の背もたれに寄り掛かった。
後頭部に手を回し、『相変わらず冷たい奴』と文句を垂らしていると、ニクスが顔を上げる。
おっと……?さすがに怒ったか?
どことなく険しい顔つきの幼馴染みを見て、俺は身構えた。
『怒号と蹴り、どっちだ!?』と思案する中、ニクスは────
「……リディアの件、お前はどう考えている?」
────と、質問を投げ掛けてくる。
予想と全く違う反応を示す幼馴染みは、神妙な面持ちでこちらを見据えた。
「僕は事実だと思っている。というのも────六歳の頃から、明らかに様子が変わったから」
「!!」
『六歳』と聞いて、俺は一瞬胸を高鳴らせてしまった。
だって、もしそうなら俺の見てきたリディアは同一人物で……偽物じゃないから。
もちろん、俺からすればの話だが。
『家族のニクスは絶対複雑だよな』と気に掛ける中、幼馴染みはカチャリと眼鏡を押し上げる。
「最初は『単なる心境の変化だろう』と思っていた。でも、よく考えてみればおかしい。僕も幼少期のリディアを詳しく知っている訳じゃないから、確かなことは言えないが……昔は本当に暗くて、無表情で、冷たかったんだ」
……なあ、それ自己紹介か?
『暗い』以外は、全部ニクスにも当てはまるんだけど……。
『もしや、そういう血筋?』と考えつつ、俺はニクスの言ったようなリディアを思い浮かべる。
でも、全く想像がつかない。
俺の知っている彼女は優しくて、穏やかで、朗らかな子だから。
『ほぼ真逆じゃん』と苦悩していると、ニクスはふと天井を見上げる。
「時々物欲しそうな目でこちらを見ることはあれど、話しかけてくることはなかったし、笑顔なんて……見たこともなかった」
昔を思い出しているのか、ニクスの表情はどこか暗かった。
透き通った瞳に葛藤を滲ませ、そっと瞼を閉じる。
「それが突然、百八十度変わったんだ。まるで、別人みたいに」
身近に居たからこそ分かる違和感を述べ、ニクスは強く手を握り締めた。
まるで、何かを堪えるように。
「この変化がもし憑依によるものなら、納得出来る」
重々しい雰囲気でそう言い切り、ニクスは目を開ける。
透き通るような月の瞳は真っ直ぐで、憑依を確信している様子だった。
まだ本人から断言された訳でも、証拠を見つけた訳でもないのに……。
「仮にニクスの言っていることが事実だとして、これからリディアにどう接していくつもりだ?」
『ちゃんと事実を受け止めて関係修復して行けるのか』と問い、俺は長テーブルに手を置いた。
少し身を乗り出す俺の前で、ニクスは一瞬黙り込み……フイッと視線を逸らす。
「……お前に言う必要はない」
「いや、ここまで言ってそれはないだろ!?」
『気になるじゃん!』と叫ぶ俺に、ニクスはチラリと視線を向けた。
かと思えば、小さく息を吐く。
「だが、まあ……一つだけ断言してやる────僕はリディアに厳しく接するつもりはない」
「!!」
『これまでと変わらず、は無理だろうがな』と語るニクスに、俺は目を剥いた。
まさか、こんなにもあっさり結論を出し、何の躊躇いもなく口に出来るなんて思わなかったから。
ニクスの苦悩や葛藤を知らない訳じゃないが、こうも淡々としていると……困惑してしまう。
「ショック……じゃないのか?妹の体に他人が入っている訳だし……」
『嫌じゃないのか?』と直球で質問を投げ掛け、俺はそっと眉尻を下げた。
すると、ニクスは少し考え込むような動作を見せてからこう答える。
「ショック、とは少し違う気がする。さっきも言ったが、僕は本物のリディアと大して接点がないんだ。困惑はするけど、嫌悪感とか不快感とかはない……兄としては、怒るべきなんだろうがな」
どこか自分を責めるような口調でそう言い、ニクスは自嘲にも似た笑みを浮かべた。
『薄情だよな』と呟き、目を伏せるニクスは暫し押し黙る。
なんて声を掛ければいいのか迷っていると、幼馴染みはふと視線を上げた。
「まあ、とにかくリディアを突き放したり、軽蔑したりすることはない。きっと……いや、確実に何かしら事情はあるだろうからな。少なくとも、強引に人の体を奪った訳ではない筈だ」
「ああ、あいつはそういうタイプじゃないもんな」
『完全に同意見だ』と首に縦に振り、俺は共感を示す。
超が付くほどお人好しな彼女を思い浮かべる中、ニクスはスッと目を細めた。
「で、そういうお前はどうなんだ?」
『こっちはここまで喋ったんだから、お前も吐け』と主張し、ニクスは眼鏡を押し上げる。
完全に尋問モードへ移行していく幼馴染みの前で、俺は手元に視線を落とした。
彼女よりずっと大きくて不格好な手を見つめ、顔を歪める。
「俺は……」
────改めて、自分に問う。
これから、どうしたいのか。
まず、ちゃんと真相を確かめたい。
たとえ、それが俺や周りを傷つけるものだったとしても。
逃げずに受け止めたいんだ。
そうしないと、俺もあいつも皆も前に進めないから。
そこから先のことは……正直、まだ分からない。
ただ、リディアと縁を切って無関係になりたいとか、泣くまで責めたいとかは思わなかった。
『あいつには、ずっと笑顔で居てほしいし……』と考える中、俺はふとデビュタントパーティーのことを思い出す。
そうだ、俺はあのとき確かに『リディアの笑顔と生活を守る』と誓った。
今こそ、その約束を守るべきじゃないか?
事情が変わったからと言い訳して、全部放り出すのか?
苦しんでいるあいつを見て見ぬふりして?
泣いている彼女の横を素通りしていく自分を想像し、俺は戦慄した。
と同時に、腹を立てる。
『そんなこと出来る訳ないだろ!』と。
「……答えはもう出ているじゃねぇーか、とっくの昔に」
自分にしか聞こえないほど小さな声量で呟き、俺は顔を上げる。
もう自分の中に迷いはなかった。
あるのは確固たる意志と覚悟だけ。
あいつが幸せになれない世界なんて、有り得ない。
だから、俺は────
「────全部知って、理解して、通じ合って……それで、あいつの傍に居たい。何を犠牲にしてでも、守り切りたい」
本心からそう思う俺は、グッと手を握り締めた。
『必ず誓いを果たす』と心に決め、勢いよく席を立つ。
「おい、待て。どこに行く?」
今にも生徒会室を飛び出しそうな俺に、ニクスは堪らず声を掛けた。
怪訝そうな表情を浮かべる幼馴染みの前で、俺はいそいそと後片付けを行う。
「リディアのところ」
「はっ?」
「こういうのは、早めに伝えた方がいいだろ。ずっと不安にさせるのも、可哀想だし」
「いや、何時だと思っている?多分、もう寮に居るぞ」
『まさか、忍び込むつもりか?』と眉を顰め、ニクスはこちらを睨みつける。
もう寝ている可能性やシャワー中の可能性を危惧しているのか、いつになく険しい顔つきだった。
『行かせてなるものか』と殺気立つ幼馴染みを前に、俺も少し冷静になる。
「……今から会いに行くのは、さすがに不味いか。寮には、他のやつも居るだろうし」
「ああ、一歩間違えれば変質者だぞ」
『変態クソ野郎の烙印を押されたいのか』と脅すニクスに、俺は本気で危機感を覚えた。
血の気が引いていく感覚を覚えながら身震いし、大人しく着席する。
「あ、明日にしておく」
「賢明な判断だな」
『もし、行ったら教師に即報告していた』と明かし、ニクスは一つ息を吐いた。
かと思えば、書面に再度視線を下ろす。
「それより、早く仕事しろ」
「えっ?何で?別にそんなに焦らなくても、大丈夫だろ」
『また後日やればいい』と意見する俺に、ニクスは心底呆れたような表情を浮かべた。
『お前は本当に……何も分かってないよな』とでも言うように頭を振り、額に手を当てる。
「近々リディアの件で呼び出しを受ける筈だから、今のうちにやっておいた方が楽だぞ。まあ、強制するつもりはないが」
『あくまで忠告だ』と告げると、ニクスは仕事に戻った。
黙々とペンを動かす幼馴染みの前で、俺はハッとする。
確かに呼び出しを受けた時、生徒会の仕事が残っていたら厄介だな。
最悪、『リエートくんは抜きでやろう』ってなるかもしれないし……俺はニクスと違って、赤の他人だから。
生徒会の仕事に支障を来してまで、参加させようとはしない筈。
「お、俺もやる!」
『自分だけ後日報告とかになったら、嫌だ』と思い立ち、ペンを取った。
そして、話し合いに同席したい一心で書類を片付け────気づけば、朝を迎える。
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