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第二章

学園祭終了

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◇◆◇◆

「……どうしてだい?」

 困惑気味に理由を尋ねてくるレーヴェン殿下に、私はスッと目を細める。
差し伸べられた彼の手を一瞥し、ギュッと胸元を握り締めた。

「こうなった以上、全て正直に話すべきだと判断しました。下手に誤魔化して後々バレたら、それこそ大惨事ですし……何より、大切な人達に嘘はつきたくありません」

「……軽蔑の目で見られ、責められたとしてもかい?」

「はい、覚悟の上です」

 間髪容れずに頷き、私は真っ直ぐに前を……現実を見据えた。
『逃げない』と決めた私に対し、レーヴェン殿下は複雑な表情を浮かべる。

「君は巻き込まれた側なんだろう?なのに、何で……」

「たとえどんな事情があろうと、ここ十年リディア・ルース・グレンジャーとして過ごし、周囲を騙してきたことに変わりはありません。私は裁かれるべき人間です」

 半ば自分に言い聞かせるようにして反論を述べ、私はそっと目を伏せた。

 最初はリディアの願いにより、正体を明かさなかった。
彼女はきっと、リディア・ルース・グレンジャー愛されることを望んでいただろうから。
でも、最近は違う感情も芽生えてきて……『バレたくない』と思ってしまった。
このまま、皆と幸せに過ごしたいと願ってしまった。
その時点で、私は罪人・・
罪から逃れることは出来ないわ。

 『しっかり償わないと』と決意し、私は顔を上げた。
と同時に、明るく笑う。

「大丈夫です。『いつか、こうなる日が来るだろうな』とは、考えていましたから」

 『心の準備は出来ています』と語る私に、レーヴェン殿下は大きな溜め息を零した。
呆れたような……でも、ちょっと残念そうな表情を浮かべ、自身の手を見つめる。

「……結局、ダメだったか」

「えっ?」

「いや、何でもないよ。こっちの話」

 『気にしないで』とでも言うように肩を竦め、レーヴェン殿下は手を引っ込めた。
どうやら、説得は諦めたらしい。

「君の意見はよく分かった。私はそれを尊重しよう。ただし、これだけは忘れないで」

 どことなく凛とした眼差しをこちらに向け、レーヴェン殿下は居住まいを正す。

「私は君の味方だよ。辛くなったら、いつでも目で合図して。間に入るから」

 話し合いにはレーヴェン殿下も同席することになっているのか、サポートを約束してくれた。
『一人じゃないからね』と断言する彼に、私は表情を和らげる。

「とても、心強いです。ありがとうございます」

 孤立無援じゃないと分かっただけで、心は随分と軽くなった。
程よい安心感に包まれ、肩の力を抜く中────ルーシーさんが席を立つ。
何やらずっと考え込んでいた様子の彼女だが、結論を導き出したらしい。
なんだか、吹っ切れた顔をしていた。

「リディア」

「はい」

「私、貴方のカミングアウトに合わせて────自分の前世も言う」

「……えっ?」

 あまりにも唐突すぎて反応が遅れたものの、私は何とか言葉の意味を理解する。
が、当然納得は出来なかった。

「な、何でですか……?」

「私も一緒に暴露すれば、周囲の関心は分散されるでしょ。それにこの時を逃したら、多分一生バラせないと思うし……」

 『後になればなるほど言いづらい』と零すルーシーさんに、私は一瞬共感を覚える。
でも、それとこれとは別問題だった。

「別にバラす必要はないのでは?ルーシーさんの場合は転生で、他人の体に乗り移った訳じゃありませんし」

「それはそうだけど……いつか、バレるかもしれないじゃん」

「恐らく、言わなければバレないと思いますが」

「そこに居る腹黒皇太子を見ても、同じことが言える?」

「……」

 促されるままレーヴェン殿下に視線を向け、私は額を押さえる。

 そうだった……この人、自力で私達の秘密を暴いたんだったわね。
まあ、本人に悪気はなかったみたいだけど。

 『偶然の産物らしいから』と考えつつ、私は頭を悩ませる。
実際に秘密の内容を突き止めた人物が居る以上、『バレない』とはとても断言出来なくて……。

「すまないね、なんか……」

「いえ……」

 気まずそうに身を竦めるレーヴェン殿下に、私は曖昧な笑みを返す。
そして、この場に何とも言えない空気が流れる中────ルーシーさんはズイッと顔を近づけてきた。

「じゃあ、逆に聞くけどさ────リディアは同じ前世持ちの子が糾弾されているのに、知らんぷり出来る?」

「それは……出来ませんね、多分」

 口が裂けても『出来る』とは言えず……ささやかな抵抗として、『多分』を付け足した。
が、ルーシーさんは見事スルー。
『そうでしょ!』とでも言うようにコクコクと頷き、身を起こした。

「つまりはそういうこと。ま、話すタイミングがここしかないってのも事実だけど」

 『いっそ、全部ぶち撒けて楽になりたいし』と語り、ルーシーさんは腰に手を当てる。
と同時に、顎を反らした。

「とにかく、私はぜーーーったい話すからね。これは決定事項。いい?」

「……はい」

「声が小さい」

「は、はい」

 ピンと背筋を伸ばして、私は大きく頷いた。
注意されたのは声量なのに、つい首を振る動作も大きくしてしまう。
そんな私を見て、ルーシーさんとレーヴェン殿下はプッと吹き出した。

「本当に素直だよね、リディアって」

「こうも従順だと、少し意地悪したくなるね」

 などと言いながら、二人は私の頭を撫でる。
扱いが完全に子供だが、あまりにも楽しそうなので何も言えなかった。
『悪い気はしないからいいか』と考える中、外から爆発音のようなものが鳴り響く。

「おや────花火だね」

「あっ、本当だ」

 仕切りのカーテンを開けるレーヴェン殿下の前で、ルーシーさんは『残念』と肩を竦める。
アントス学園の学園祭は閉会式がない代わりに、花火を打ち上げているから。
つまり、もう終わりということ。

「結局、最終日の思い出は作れませんでしたね」

「魔王のせいで、それどころじゃなかったからね。まあ、でも────」

 そこで一度言葉を切ると、レーヴェン殿下はこちらを振り返った。

「────きっと、今日の出来事もそのうち笑い話になるさ」

 確信の滲んだ声色でそう言い、レーヴェン殿下は穏やかに微笑む。
と同時に、一際大きな花火が空へ打ち上げられた。
視界いっぱいに広がるソレを前に、私は

「そうなると、いいですね」

 と、呟く。
────こうして、それぞれがそれぞれの想いを抱えたまま学園祭は幕を下ろした。
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