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第二章

君だから《レーヴェン side》

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「なら、おかしくないですか?だって、私達は何もされていませんよ?体に触れるのはもちろん、私物にだって」

 『魔力を込める隙なんてなかった筈だ』と訝しみ、ルーシー嬢は眉を顰める。
虚言の可能性を捨てきれない彼女の前で、私は小さく肩を竦めた。
自分の信用のなさに、少しばかりショックを受けて。

「率直に答えると、マーキングしたのは君達じゃない」

「じゃあ、どこに……?」

「────校舎裏の植物さ」

 自分の魔力属性とも相性がいいため、私は定期的に校舎裏へ魔力をばら撒いていた。
いつでも、『千里眼』を使える状態にするために。

「ピントを調整すれば対象の周囲の様子も確認出来るから、その特性を活かしたんだよ。まあ、視れるのはせいぜい対象の半径二メートル前後だけどね」

 『そこまで広範囲じゃない』と語る私に、ルーシー嬢は複雑な表情を浮かべる。
『問題はそこじゃない』とでも言いたげだが、一先ず不満を呑み込んだ。
と同時に、納得を示す。

「事情は大体、分かりました。疑ってしまい、申し訳ございません」

 潔く頭を下げ、謝罪するルーシー嬢は精一杯の誠意を示した。
かと思えば、厳しい目でこちらを見つめる。

「それはそれとして、具体的にいつ頃から監視を?」

「えっと、野外研修のあとかな?」

 あまりの切り替えの速さに若干たじろぎながらも、私は何とか返答した。
すると、ルーシー嬢はしばらく黙り込み……急に『ん”ん……!』と声を漏らす。

「嗚呼、もう……!アレとか、ソレとか全部聞かれていたのかと思うと、めっちゃ恥ずい!」

「なんか、すまないね」

 ただ謝ることしか出来ない私に対し、ルーシー嬢は真っ赤な顔を向けた。
かと思えば、八つ当たり気味にこう叫ぶ。

「てか、まず何で監視なんてしていたの……ですか!?」

「いや、妙にコソコソしているからつい気になって……でも、私自身ここまで長く監視するつもりはなかったんだよ。だけど、魔王とか世界滅亡とか言われたら放っておけないだろう?」

「なら、せめて言って……くださいよ!何でずっと黙っていたんですか!?」

「いや、前世の話も聞いちゃったからどうも言い出しにくくて……」

 それに魔王のことは私達に相談する流れになっていたから、わざわざ言わなくてもいいかと思ったんだ。

 とはさすがに言えず、ひたすら謝罪を繰り返した。
が、ルーシー嬢の反発は凄まじく……三十分くらい、説教される。
そして、『盗み見はもうしない』という確約を取り付けると、ようやく態度を軟化させた。

「はぁ……今回の件はもういいです。許します」

「ありがとう」

「いえ」

 『過ぎたことはもうしょうがないし』と肩を竦め、ルーシー嬢は嘆息する。
やれやれと言わんばかりの態度を取る彼女の傍で、リディア嬢が不意に顔を上げた。

「あの、私からも一つだけいいですか?」

 おずおずといった様子で片手を挙げ、リディア嬢はこちらの反応を窺う。
どことなく不安そうな彼女を前に、私はニッコリと微笑んだ。

「もちろん、構わないよ。言ってごらん」

 出来るだけ優しく話の先を促すと、リディア嬢はホッとしたように息を吐く。

「えっと、レーヴェン殿下はその……偽物の私をどう思いますか?」

 そっと自身の胸元に手を添え、リディア嬢は曖昧に笑った。
きっと、どんな顔をすればいいのか分からないのだろう。

「『怖い』とか、『不気味』とか思いませんか?だって、もしかしたら……リディアに無理やり、憑依したかもしれないんですよ?」

「いや、それはないね」

 思わず否定の言葉を口走る私は、『おっと……』と心の中で呟いた。
私自身、驚いたから。
まあ、本心だから別に構わないのだが。

「私の知っている君は、他人の体を無理やり奪うような子じゃない。どちらかと言えば、そうだね……巻き込まれた側かな?」

「!!」

 図星だったのか、リディア嬢はピクッと反応を示す。
『何故、それを?』と言わんばかりに目を見張る彼女の前で、私はクスリと笑みを漏らした。
『やっぱりね』と思いながら。

「もちろん、憑依のことを聞いて驚きはしたよ?そんなこと有り得るのかって、何度も疑問に思った。でも、恐怖や不安は特に感じなかったかな。元々の……憑依する前のリディア嬢を知らないからというのもあるけど、私は────」

 そこで一度言葉を切ると、私は彼女の頬に手を滑らせた。
柔らかな感触に目を細めつつ、うんと表情を緩める。

「────君自身を買っているからね」

「!!」

「本物か、偽物かなんて関係ない。私は君だから優しくしたいし、君だから力になりたいし、君だから甘やかしたいと思う」

 親指の腹で優しく優しく頬を撫で、私は少しだけ顔を近づけた。
タンザナイトの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、『大丈夫、本心だよ』と示す。
と同時に、コツンッと額同士を合わせた。

「ねぇ、私に君の役に立つチャンスをくれないかい?」

「そ、れはどういう……?」

 困惑気味に眉尻を下げる彼女に、私はクスリと笑みを漏らす。
ようやく、彼女の素に触れられた気がして嬉しかったのだ。
心が満たされていく感覚を覚えながら、私はおもむろに身を起こす。

「恐らく数日以内に皇城から呼び出しを受け、憑依について話すことになると思う。魔王も絡んでくる以上、無視は出来ないからね。でも、君が望むなら─────事実を誤魔化してあげよう」

「「!?」」

「憑依の件がどうであれ、私達のやることは変わらないからね。ちょっとくらい、都合のいいように話したっていい筈だ。ねっ?」

 動揺を示す女性陣に向かって呼び掛け、私は目を細めた。
と同時に、手を伸ばす。

 あと少し……あと少しだけ、彼女の素に触れたい。
もっと弱いところをさらけ出してほしい。
どうせ、私は君を手に入れられないのだから……今だけは私を頼って、縋って、依存してほしい。

 デビュタントパーティーの頃から芽生えていた感情が拗れに拗れ、私の欲を刺激した。
この無垢で愛らしい女の子を歪めたい衝動に駆られる中、彼女は────

「ごめんなさい、レーヴェン殿下。せっかくの申し出ですが、遠慮いたします」

 ────見事、私の期待を裏切った欲望を打ち砕いた
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