無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜

あーもんど

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第一章

第33話『弱肉強食』

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 ────────この世は弱肉強食。
強者が弱者を淘汰する世界。弱肉強食とは世界のことわりであり、揺るぎない自然の法則でもある。
 オークの親子より、俺の方が強かった。だから、あいつらは死んだ。
そうやって割り切れれば、どれだけ楽だっただろうか···?俺は弱い者の痛みを知ってる分、この罪悪感を上手く割り切ることが出来なかった。平和ボケした俺の精神が『弱肉強食だから、仕方ない』と割り切ることを拒絶する。
 あっちが先に襲ってきたとか、親子だと知らなかったとか····そんなのはただの言い訳に過ぎなくて····割り切れない罪悪感と弱い自分に無性に腹が立った。
 何で俺はっ····!!こんなにっ····弱いんだよ!!
傷付けられる事には慣れているが、傷つけることに全く慣れていない俺は親子のオークを思う度、胸が痛んだ。
 っ····!!

『····優しい音羽なら、そうなると思って黙ってたんですよ。まあ、今はそれよりも····目の前のことに集中してください』

 目の、前····?それって、どういう····?
俺は俯かせていた視線を前へ戻し、目の前に広がっている光景にハッと息を呑んだ。
こ、これって·····!?

「───────オトハ、鶏と人族ヒューマンが戦ってる」

 ウリエルの小さな指がさす方向には10歳かそこらの少年とコカトリスがバトルを繰り広げているところだった。どうやら、オークの親子についてあれこれ考えている間に戦闘現場に辿り着いてしまったらしい。
 ゾウほどの大きさを誇るコカトリス相手に幼い少年は小柄な体を活かして、必死に戦っていた。子供特有の体の柔らかさも活かし、上手に相手の攻撃を避けている。動き自体は悪くない。むしろ、俺よりずっと良い動きをしている。ただ少年の攻撃がコカトリスに全く通っていない。コカトリスの防御力が高いのか、少年の攻撃力が低いのか····コカトリスは掠り傷程度の怪我しか負っていなかった。
 これは明らかに少年の方が不利だ。どんなに動きが良くても、攻撃が通らなければ意味が無い。力でごり押す俺とは真逆の戦闘スタイルである。このままだと、少年が負けるのも時間の問題だな。

「ウリエル、これを持ってちょっと待っててくれ。すぐ戻る」

「分かった····。気を付けてね、オトハ」

「ああ」

 俺はマジックバッグから短剣を取り出すと、バッグをウリエルに持たせ、少年の援護に入るべくコカトリスの元へ駆け寄る。短剣は相変わらずの逆手持ちだ。
 見たところ、少年に目立った外傷はない。爪で引き裂かれたのか切り傷は数箇所見当たるが、どれも大した怪我ではなかった。きっと、小柄で柔らかい体を活かして、コカトリスからの攻撃を避けまくったのだろう。子供って、意外とすばしっこいからな。鬼ごっことか、捕まえるの大変なんだよ····。
 近所の悪ガキどもを脳内に思い浮かべながら、俺は真横からコカトリスに思い切り蹴りを入れる。

「グギャッ!?」

 変な悲鳴をあげて、コカトリスはバランスを崩した。オーク相手なら、今の蹴りで倒せたんだが····コカトリスを蹴りで倒すのは無理か。何より····今の蹴りは手加減してからな····。
脳内にチラつく親子のオークが邪魔をして、無意識に手加減してしまう。殺さずに追い払えないか、と甘い考えが脳を過った。
 本当弱いな、俺は····。
俺は己の心の弱さに自嘲にも似た笑みを浮かべて、コカトリスと向き合う。地に伏せた状態のコカトリスは俺の隙を窺うようにじっとこちらを見つめていた。
ほう?意外と賢いんだな、コカトリスって···。魔物は本能が赴くままに俺達を襲ってくる獣かと思ってたよ···。相手の隙を窺うなんて芸当出来ないかと思ってた。
 俺は短剣を空中に投げて、持ち方を変えると地面に寝そべるコカトリスに剣先を向ける。

「ガキ、お前は下がってろ」

 名前も知らない少年にそう告げると、俺はコカトリスの方へと一歩踏み出す。
地に伏せた状態のコカトリスを殺すのは簡単だ。すぐに決着がつくだろう。だが····俺の中で『殺さずに追い払う』と言う考えが捨て切れない····。言葉が通じない相手をどうやって追い払うって言うんだ····。相手は本能が赴くまま人を襲う魔物だぞ?素直に俺の言うことを聞くとは思えない。殺すしか方法はないだろう。
 そう頭では理解しているのに····俺は体はピクリとも動かなかった。『殺せ!』と叫ぶ理性と、『殺したくない』と弱音を吐く心····。理性と心がちぐはぐで···俺は迷うように剣先を下に下ろす。それでも短剣を鞘に収めることは無い。
 結局俺はコカトリスをどうしたいんだろうか····?生かしたいのか?殺したいのか?それとも····殺した事による罪悪感を背負いたくないだけか····?

「にーちゃん、トドメ刺さないの?」

 なかなかコカトリスにトドメを刺さない俺に痺れを切らした少年が後ろから声を掛けてくる。声の響き方から、一応指示通り後ろに下がったらしい。
コカトリスに隙を見せる訳にはいかないため後ろは振り向けないが、声色から察するになかなかコカトリスにトドメを刺さない俺を少年は不思議に思ってるみたいだ。弱肉強食の概念が強く働くこの世界で、相手になかなかトドメを刺さない俺は変な人間に見えることだろう。
 トドメを刺すのに躊躇いを感じているなんて言ったら、このガキはどんな反応を示すんだろうな···。

『──────音羽、何かを守るために振るう剣に迷いを感じていては何も守れませんよ』

 今まで沈黙を貫いてきたビアンカが俺の背中をそっと押すように厳しい言葉を投げ掛けてくる。その声は固く····言うまでもなく真剣だった。
何かを守るために振るう剣に迷いを感じていては何も守れない、か····。反論はしない。その考えは間違っていないからな。
もしも相手がコカトリスではなく、もっと強い敵だったら···。剣先に迷いを浮かべた俺では誰も守れなかっただろう。そう、誰も····誰も?
──────────ウリエルも、か···?
 俺は後ろを振り返り、木陰に身を潜める紫檀色の長髪幼女を目に移した。少女は俺と目が合うなり、コテンと首を傾げる。くせ毛がちな紫檀色の髪がさらりと揺れた。
 俺は────────ウリエルも守れないのか?
俺自身の意思で“守る”と決めた、たった一人の女の子を····未来ある子供を····俺は守れないのか?
俺の迷いのせいでウリエルを守れないなら

───────迷いなんていらない。

ウリエルのためなら罪悪感なんて幾らでも背負う。この子を守るためなら幾らでも剣を振るう。
 ウリエルを帰るべき場所へ送り届けるためなら────────何度だって心を殺そう。

『!?─────音羽!コカトリスがっ···!』

 脳内に響く甲高い声には焦りが滲み出ており、落ち着きがない。
───────この時の俺はやけに冷静だった。

「グギャァァァアア!!」

 俺は視線だけコカトリスに戻すと、何も言わずに短剣を投げつけた。ダーツのように真っ直ぐ飛んでいく短剣はコカトリスの脳天にグサッと勢いよく刺さる。その直後─────────俺の目の前でコカトリスの無駄にデカい足が振り上げられた。片目だけで元々視野が狭い俺の視界には自分の顔と同じくらいの足裏しか見えない。

「───────オトハっ!」

「にーちゃん!!避けて!!」

 ウリエルと少年の焦ったような声に俺は無意識に口元を緩めた。
心配しなくても、コカトリスの足裏が俺に直撃することはない。何故なら─────────もう決着はついているからだ。
 俺目掛けて振り下ろされたコカトリスの足は俺に直撃する前に淡い光と化す。触れると途端に消えてしまう儚い光は俺の頭上に降り掛かった。雪にも似たそれは触れては溶けて、触れては溶けてを繰り返す。何度見ても飽きない美しい光景に俺は僅かに目を細めた。
 この世は弱肉強食。
ならば、俺はウリエルを守るために弱者を食い散らかす。今、そう決めた。
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