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乙女ゲームの始まり
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無事に王宮の騎士団へ見習いとして所属する事ができるようになったリックは、休日を利用してかつての家族である母と妹が住まうオーストン男爵家を偵察していた。
木の陰から中を覗く明らかな不審者だが、リーフィアが持たせた姿隠しの魔道具がそれを違和感なく過ごさせていた。
「なんなんだ、あれは。」
呆然と呟くリックの前で繰り広げられる桃色の空間。
妹であったものは先日誘拐されたばかりで、そこから救出された際に魔力を爆発させて多大な被害を及ぼした。
魔力持ちであると言う理由で男爵に養子へと迎えられ、行儀作法などを学ぶようになったばかりだが、男爵家へ出入りしている商人の息子と仲良くなるのもあっという間だった。
会うたびに商人の息子が妹に惹かれていっているのはすぐに分かった。
出会うたびにこの様子が繰り広げられる事にリックは頭を抱えた。
吐き気のするような魔力を身に纏ったかつての妹は妖艶な美女へと育っていた。
母親の血だろうか、リックはそれだけではないと確信している。
明らかに不自然な商人の息子との出会い。
かつて主の言っていたゲームとやらが始まったのだろう。
外から見ると分かる異常に屋敷の誰も気付いていない。
これが学院に入るのだと思うと不安になってしまう。
だが、主は言っていた。
この世界は彼女の言う通りの世界に近いかもしれないが、全く同じである訳ではないと。
それを信じてリックは今日も偵察をする。
すでに何度かオーストン男爵が王宮の使いと会っている所は目撃していて、その時の会話やその後の行動などを記し続けている。
リックはかつて誓った復讐を形にする為に主の下を離れ自らの意思で事を成すと決めたのだから。
リーフィアに言えば力になってくれるだろう。
だが、今はその時ではないと理解していた。まだ、これからだ。
リックは再度誓いを心で復唱する。復讐。これがリックの力の源である。
正義の復讐。リーフィアに与えられた新しい形。それを実行する時まで彼は黙々と集め続ける。
すべては目的を果たす為に。
それが形になる日は恐らく遠くはない。
――――…
学院生活も一年はあっという間に去っていった。
今、学院で一番話されているのはオーストン男爵家の養子になった平民の娘が学院へ編入するというものだった。
元平民が貴族として迎えられる、普通なら庶子が養子となる事など珍しくもない貴族社会でここまで話題に上るのには理由がある。
養子となった子供がどうやら貴族の血さえ引いていないと言う事からだ。
貴族は血筋を重んじる。
それ故に今回の養子の件に異を唱えるものも多かった。
だが、後ろ盾がオーストン男爵だけであったならばそこまで事が大きくなるはずはなかった。
問題は側妃であるメザリントがそれを認め、後見となる事を表明した事にあるだろう。
一介の平民に側妃が肩入れするなど前代未聞の事態に第二王子派の貴族でさえ驚きを隠せないで居た。
そして第二王子派筆頭であるアーデル・ハイランドもまた、とうとうゲームが始まったのだと恐れを深く抱いていた。
同じ頃、アシュレイの部屋には8名もの人物が部屋を占領していた。
一人部屋でかつ男爵位のアシュレイは狭い部屋しか与えられていない。
8名なんて人数を迎え入れる余裕はない。はっきり言って満員だ。
応接用のソファーだけに収まらずにベッドに腰掛けざるを得ないこの状況。
部屋に集まったのはアシュレイと、エドワードにシリウス、ルイスにカイル、ミゼットにレオンハルトだ。
「なんで、この部屋に集まるかな。」
思わずぼやいてしまうのは無理もない。
しかも前回のランクアップの試験のときに身元もばれてしまって全員がリーフィアの状況を知っている状態なのだ。
それなのに私の部屋に集まるなんてどう考えてもおかしいのだ。
婚約者が居る身のリーフィアの部屋を男達が占拠しているようなものなのだから。
「まぁ、アシュレイだし良いだろ別に。」
「むぅ。複雑だ。」
あっけらかんと言い放つシリウスに反論できる材料なんてない。
アシュレイは男の設定なので問題はないのだ。あくまで設定はだが。
「それに婚約者殿がべったりと張り付いている状態でそれを言われても困るんだが。」
「………。」
シリウスの視線の先の私たちはベッドに腰掛けて抱き寄せられたような形で座っている。
「男の格好の状態でそれは止めてほしいぞ切実に。」
「ほら、シリウスもこう言っているしさ、エド……。」
「駄目。普段出来ない分を補充中だからね。それに皆知っているんだから構わないさ。」
嫌だと駄々をこねるエドワード。入学して卒業試験を終えてからはずっとこんな感じだ。
特に前回身バレしてからというものの、それが酷くなった気がする。
とはいえ、今回集まっているのは他でもない。例の乙女ゲームの話だ。
結局、問い詰められて答えてしまったのだが、これが良い結果になるのかどうかはまだ分からない。
だが、全員が今の婚約者に不満があるわけでもなく、寧ろ横槍が入るなど御免だという理由で対策を練る必要が出てきたのだ。
「まぁ、いいや。それよりとうとう入学してくるらしいな。」
「オーストン男爵家の養子だね。リア・オーストン男爵令嬢。」
「攻略対象……第二王子以外では教会の彼とエルンだけだろこれを知らないのは。」
「あぁ、ジョシュアとエルン兄様は大丈夫だと思うよ?ジョシュアは世間を知らないまま育ってないし、エルン兄様は正妻様とも離れているしね。」
「なら、問題は第二王子だけか。」
「さぁ、アーデル嬢がどこまで頑張ったかにも寄るし、それ以上のことも起こるかもしれない。」
「補正か?あんまり効いてないって言っていただろ?」
「ほら、主人公の特殊能力的なものがあったらヤバイでしょ?だから警戒するに越したことはないと思うんだよね。」
これまでの期間アーデルも必死で頑張ってきている。
それが裏目に出たなんて知りもしないで、ただひたすら死亡フラグを折る為に。
そして、ゲームの開始はすでに始まっている。
リーフィアはリックの定期報告で商人の息子がすでに主人公リア・オーストンによって篭絡された事を知っている。
そして、ハーレムルートを目指すと息巻いていたリア嬢がどのような手段に出てくるのかゲームを知らないリーフィアにとっては未知のもの。
それ故にあらゆる手段で監視し、行動のすべてに気を配らねばならない。
リーフィアは学院に入ってからはこの1年念入りに準備をしてきた。
自身も無関係ではない為だ。そしてそれが役立つときはすぐそこまで迫っていた。
リア・オーストン男爵令嬢が学院に入学して3週が経った頃、やはりゲーム補正なんてものは存在しない事が判明した。
これは攻略対象のジョシュアやエルン兄様、カイルにルイス、シオンことシリウスが全くと言って良いほど好意的にならなかった事もあるが、どちらかと言うと嫌悪感の方が先に来ているようだ。
ただ、不思議な事に彼らが嫌悪感を抱いている半面で第二王子であるルーウィン・セインティア・ヴァズレーが少しずつリア・オーストン男爵令嬢と会っている場面を見かけることが多くなった事だろうか。
入学当初ハーレム狙いであった彼女は攻略対象のシリウス以外の全員に声をかけていたのだが、第二王子以外の攻略対象たちが近づくどころか離れていっている状況でどうやら方向転換をし始めたらしい。
その分、女性の生徒達からかなり怒りを買っている。
その理由は簡単で、あらゆる見目麗しい男子生徒を片っ端から落としていっているようなのだ。
当然婚約者が居るものも多い中で、このような事を仕出かすのだから何が起こるのかは分かりきっている。
わずか一月で学院の中は混沌とした空間に変貌してしまった。
――――…
オーストン男爵の養子となったリアは浮かれていた。
商人の息子であるウィックに出会った時点で乙女ゲームの始まりを楽しんだ。
金の髪に茶色の瞳。リックと似た顔立ちで兄に似ているので親しみが沸くという理由で近付いてあっという間に恋人のような関係になった。
画面上ではなく現実に起こる数々のイベントに浮かれないなどあるだろうか。
そして学院に無事編入する事ができた。それまではゲームの通りだったのだが、ここからが少し雲行きが怪しくなってくる。
出会いイベントが全くといって良いほど発生しなかったのだ。
本来なら編入して迷子になった主人公と第二王子の出会いイベントが初日に発生するはずだったのにそれがなかった時点でリアは不安を覚えた。
クラスも本来なら攻略対象たちと同じクラスになるはずなのに最下のクラスに編入してしまった。おかしい。
少しずつゲームとの差異がでてきている。そこで情報収集を先に行う事にした。
クラスで同じ女の子を呼び止めて話を聞く。
「ねぇ、この学院って魔力の高い順でクラスが決まるのではなかったかしら。」
「昔はそうだったけど、高位貴族の生徒が1名魔力少なくて。それが変更になったのよ。」
「なんですって!誰なのその生徒は。」
「リーフィア・レインフォード辺境伯爵令嬢で頭はとってもいい方らしいわ。」
「嘘よ!リーフィアは魔力それなりにあったはずじゃない。有り得ないわ。」
「何を言っているの?リーフィア様の魔力が少ないのは貴族のほとんどが知っている事実よ。だからこそ、エドワード王子の婚約者になったのだから。」
「なんですって!そんな、ありえないわ。だって、エドワード王子は悪役令嬢のバッドエンドの相手じゃない。」
「何を言っているのか分からないけど、不敬よ。そんな事を口にするなんて。」
「え、どうなっているの?じゃ、第二王子のお相手は?」
「それはもちろんアーデル様よ。とってもお似合いでお二人は仲が良いと評判よ。」
「そんな、だってアーデル様が無理やり婚約者になったって話だったのに。」
「それこそおかしいわ。どこで聞いたのか知らないけど、アーデル様が望んだのではなくて第二王子が求めたのよ。それから二人で領地運営を学んだりして共に過ごしてこられたの。」
「なにそれ、おかしいじゃない。どうなっているのよこれは!」
混乱するリアだが、そんな事関係なしに会話は進んでいく。
そこで知れたのは、ゲームとは全く違った攻略対象たちの姿。
この時点でリアは正規の攻略が出来ないだろう事を覚悟する事になった。
だが理解できない。商人の息子であるウィックはゲームと一緒だったのだから。
そこでリアは直接出会いイベントなど関係なしに直撃していく事に決めた。
だが、第二王子はリアにとってお気に入りのキャラだった為、確認するのは最後にする事に決めていた。
それに悪役令嬢が側に居るので近づくチャンスを掴むのが難しいのだ。
「あの、貴方はエルン・レインフォード様ですよね。」
急に声をかけられてエルンは思わず立ち止まった。
振り返ると見た事もない生徒だ。
この学院では社交の練習を目的としている為、貴族階級は特に気を付けなければならない。
だが、この娘は自分の名を名乗らずいきなり声をかけてきた。
その時点で無視しても良かったのだが、その娘はエルンにとって許しがたい事を言ってきた。
「妹のリーフィア様と仲が悪いのですよね。あの、ごめんなさい。噂で聞いてしまって…。私、兄弟が昔居たのですけれど、今は離れ離れになってしまっているので居ても立ってもいられなくって。リックって言うんですけど。えっと、とにかく仲良くできるようにお手伝いがしたいのです。」
「君はリーフィアの何を知っていると言うんだ?なぜ私とリーフィアの仲が悪いと決め付ける。君に手伝って貰わなくても兄弟仲は最良だ。第一に名を名乗らぬ相手に話すことではないが、忠告しておく。リーフィアにも私にも近づくな。」
睨みつけられ怒りの言葉を貰ったリアはその言葉を聞いてギョッとした。
ゲームではリーフィアを憎んでいて、リックの名を聞いたエルンが奴隷である妹の従者の事を教えてくれるはずなのに……。
情報も貰えなかった上に、本来とは全く違う受け答えに驚きを隠せない。
「え、何で怒っているの?ここはリックって奴隷の事を教えてくれるんじゃないの。」
呟いた言葉はエルンには届かない。
言うべき事を言った彼はとっくにリアから離れていってしまっている。
だが、これでへこたれるリアではない。次の目標に向かって動き出した。
次の目的はジョシュアだ。教会の次期教皇である彼は世間を知らないお坊ちゃま。
彼はいつも学院にある小さな礼拝堂に通っている。
そこで皆の悩みを聞いてあげるのが彼の日課だ。
小さな礼拝堂には最低限のものしかない。
それも坊ちゃん育ちなジョシュアが気にしているところだ。
「あの……。ここいいですか?」
「どうぞ。」
ニッコリと微笑んで迎えてくれたのはジョシュア・クライブだった。
金の髪が柔らかい。
現実で見る彼もやはりカッコイイと頬を染めて見つめてしまう。
「祈らないのですか?」
「あ、す、すみません。」
いつまでも動かないリアに首を傾げて、ジョシュアは礼拝堂の掃除に戻っていく。
「あの、掃除をどうしてあなたが?」
「教会の仕事の一つですから。」
当たり前のように答えるジョシュア。
リアはここでもゲームとちょっと違うと感じる。
ジョシュアは自分で掃除なんてしないはずなのだ。
彼は周りの者を使って掃除をさせていたはずだ。
自分自身の手で掃除しようなんてキャラじゃなかった。
「でも、あなたは見習いではないのですか?」
「掃除くらいは自分でも出来ますから。それに、こうして掃除をしていると気付く事も多いので率先してやるようにしていますよ。」
「そ、そうですか。あの、炊き出しなんかもしているんですよね。」
「あぁ、月に1回あるかないかですけど。」
「え?」
「あれ、ご存じないですか?最近は治安も大分良くなって食べるのに困っている人も減っているんです。だからそこまで炊き出しをする必要がなくなったのですよ。」
「そうだったのですね。知らなかったです。」
ここでもゲームと全く違う反応。
ゲームでは治安が悪く食べるのにも困る人が沢山居たから炊き出しをもっとやらないといけない状況だったのにそれも変わっている。
しかもジョシュアがかなり世情に詳しいので、攻略情報どおりにいかないだろうと見当をつける。リアはそそくさと礼拝堂を後にした。
次に会いに行ったのはルイス・ガードナーだ。
彼は騎士団長の息子で騎士になるのを夢見ていた。
だが、中々認められない彼はちょっと捻くれてしまっていて、婚約者とも不仲で自分を認めてくれる人を求めているというのがゲームの設定だった。
鍛錬場に向かったリアはルイスの姿を遠目に見つけた。
素振りを繰り返す彼の姿はリアルでみると迫力がある。
赤い髪は汗で張り付いている。
タオルを持って近付いたリアにルイスはその手を止めた。
「あの、鍛錬お疲れ様です。良ければタオル使ってください。」
「悪いが、婚約者がタオルを持って来てくれる予定なんだ。気持ちは嬉しいが断らせてもらおう。」
にっこりと微笑んでルイスに話しかけたが、ルイスはきっぱりと断ってきた。
「え?そ、そうなのですか。すみません!知らなくて。あの、騎士を目指しておられるのですよね。」
「いや、すでに騎士だから目指すのはもっと上だな。それがどうかしたのか?」
「え?騎士様なのですか。あの、鍛錬をしていたので騎士を目指しているのかと思ったのですがすみません。失礼をしました。」
「鍛錬の邪魔だ。用がないなら離れてくれ。」
返事も待たずにルイスは鍛錬に戻ってしまう。
取り残されたリアはまたもや異なる攻略キャラに呆然としてしまった。
完全に放置されてしまい居たたまれなくなったリアはその場を離れていく。
だが、それでも一縷の望みを賭けて次の攻略対象に会いに行く。
カイル・メイスンだ。彼は宮廷魔法使いの弟子だ。
彼の悩みは異なる二つの属性を持っている為に魔力の扱いが難しく、複数の属性を持つがゆえに自身の事を卑下していた。
人と違うという事が彼の心に闇を作っていたのだ。
婚約者もいるが、幼馴染なのでどうにもそのように扱えずに困っているというものだった。
だが、リアは彼のいる場所に着いた時点で攻略を諦めた。
婚約者と仲良く魔法について議論を繰り広げている彼らの空間に入り込める余地がなかったのだ。
仕方がないと諦め、次の攻略対象の帝国の王子であるシリウスを探し始めたが、一向に見つからない。
彼の名を知るものもクラスにおらず、学院に通っていない事が判明した。
ここまでゲームと違ってくるとリアにも不安が膨らんできた。
ハーレムなんて目指せないのはもう流石に分かりきっている。
攻略対象はほとんどリアに興味すら持たない。寧ろ遠ざけられてしまった。
落ち込んでとぼとぼと歩いているとドンと人にぶつかって尻餅をついてしまう。
「な、ちゃん……と。」
ぶつかられた嫌味の一言でも言おうとしたリアの口からは、続きの言葉は出なかった。
目の前にはルーウィン・セインティア・ヴァズレーが驚きの表情で立っていたからだ。
「すまない。大丈夫か?」
すっと手を差し出したルーウィン殿下に手を重ねて立たせてもらう。
「あの、大丈夫です。すみません、ぶつかってしまって。」
握って貰った手を見て、あまりの幸運にもじもじとしながら答えるリア。
「いや、怪我がないのならいい。どこかに行く予定だったのかな?」
「いえ、ただ散歩していただけなので。」
「そうか。もし用事がないのであれば部屋に送っていくが…。」
「だ、大丈夫です。あの、あなたは……。」
「俺はルーウィン・セインティア・ヴァズレー。この国の第二王子だ。名前を教えてくれるか?」
「私はリア・オーストンといいます。殿下。」
「そうか、リア嬢すまなかった。では、失礼する。」
立ち去るルーウィン殿下を呆然と見送るリア。
突然の出会いに心臓がバクバクと音を立てている。
しかも他の攻略対象と違って好感が持てる感じだった。
好感度のパラメータを見る事はできないが悪い印象ではなかったのは確かだ。
ふと足元を見るとハンカチが落ちていた。思わず拾い上げる。
彼の名が刺繍されたハンカチを持ってリアはスキップをしながら部屋に戻っていく。
ハンカチを綺麗に洗ってまた会うチャンスを得たと喜ぶリア。
そして、リアの望み通りにこの後、ルーウィンと出会うことが少しずつ増えていく。
リアはルーウィンをメインに攻略する事を決めたが、やはりそれだけでは気持ちが治まらなかった。
クラスの男子から少しずつ攻略していく。
傍から見られてどのように捉われるかなんて気にもせずに、婚約者が居ようと居まいとお構いなしに攻略を始めた。
リアが入学して一月も経つころにはクラスの男子の中でも見目麗しい者たちはリアに追従しハーレム状態を築く事になる。
だが、当然それを好ましく思わない者たちは多い。
最初は言葉だった。注意してくれる周囲の者たちの言葉はリアには聞き入れられなかった。言葉は少しずつエスカレートしていく。
注意から始まった忠告は次第に中傷する言葉に変わっていく。
いつしかリアは女生徒のいじめの的になっていた。
クラスで女生徒から孤立していくリアはそれでもハーレムを止めようとはしなかった。
何より第二王子が色々と気にかけてくれるのがリアにとって救いだったのだ。
それが余計に嫉妬を生むのだがそれに気付かないままというよりも、当然の事として過ごしている。
リアにとってはゲームの世界。こうなるのは必要なプロセスなのだ。
そして、その噂はアーデルの元にも舞い込んでくるようになるのだった。
だが、アーデルは動けなかった。
それが自分の死亡フラグに直結する行為だと知っていたからだ。
アーデルが黙っているからこそ問題が起こる。
何もしない事で余計に周囲を煽る事になっている事にアーデルは未だ気付かないでいた。
そして言葉から次第に物に当たるようになっていく。
破かれた教科書や汚された机。いじめの見本のような出来事が少しずつ始まる。
だが、リアにとってそれはルーウィン殿下とのイベントを達成するのに必要な事なので気にも留めない。
文句を言いながらもてきぱきと片付ける様子を見る事が増えてくる。
それもにんまりと笑って片付けるものだから周囲は余計に奇妙な者というか不審者に近い扱いになっているのだが、それもリアにとっては関係のないものだった。
へこたれないリアにいじめはどんどんエスカレートする。
歩いているとバケツから水を落とされて被るなんてことも起こるようになってきた。
そういう事が頻繁に起こるようになると、今度はハーレムメンバーがリアの周囲を囲んで動くようになる。
この団体は一体何なのだ。
明らかに邪魔な団体に眉を顰めるものは多い。
そんな様子も当然怒りを助長する結果になるのだから救いがない。
リアは着々と本来とは違う形で攻略を進めている。
そしてその時はもう、すぐそこまで迫ってきていた。
リアが入学してからというもの学院は混沌とした空間へと変貌していた。
木の陰から中を覗く明らかな不審者だが、リーフィアが持たせた姿隠しの魔道具がそれを違和感なく過ごさせていた。
「なんなんだ、あれは。」
呆然と呟くリックの前で繰り広げられる桃色の空間。
妹であったものは先日誘拐されたばかりで、そこから救出された際に魔力を爆発させて多大な被害を及ぼした。
魔力持ちであると言う理由で男爵に養子へと迎えられ、行儀作法などを学ぶようになったばかりだが、男爵家へ出入りしている商人の息子と仲良くなるのもあっという間だった。
会うたびに商人の息子が妹に惹かれていっているのはすぐに分かった。
出会うたびにこの様子が繰り広げられる事にリックは頭を抱えた。
吐き気のするような魔力を身に纏ったかつての妹は妖艶な美女へと育っていた。
母親の血だろうか、リックはそれだけではないと確信している。
明らかに不自然な商人の息子との出会い。
かつて主の言っていたゲームとやらが始まったのだろう。
外から見ると分かる異常に屋敷の誰も気付いていない。
これが学院に入るのだと思うと不安になってしまう。
だが、主は言っていた。
この世界は彼女の言う通りの世界に近いかもしれないが、全く同じである訳ではないと。
それを信じてリックは今日も偵察をする。
すでに何度かオーストン男爵が王宮の使いと会っている所は目撃していて、その時の会話やその後の行動などを記し続けている。
リックはかつて誓った復讐を形にする為に主の下を離れ自らの意思で事を成すと決めたのだから。
リーフィアに言えば力になってくれるだろう。
だが、今はその時ではないと理解していた。まだ、これからだ。
リックは再度誓いを心で復唱する。復讐。これがリックの力の源である。
正義の復讐。リーフィアに与えられた新しい形。それを実行する時まで彼は黙々と集め続ける。
すべては目的を果たす為に。
それが形になる日は恐らく遠くはない。
――――…
学院生活も一年はあっという間に去っていった。
今、学院で一番話されているのはオーストン男爵家の養子になった平民の娘が学院へ編入するというものだった。
元平民が貴族として迎えられる、普通なら庶子が養子となる事など珍しくもない貴族社会でここまで話題に上るのには理由がある。
養子となった子供がどうやら貴族の血さえ引いていないと言う事からだ。
貴族は血筋を重んじる。
それ故に今回の養子の件に異を唱えるものも多かった。
だが、後ろ盾がオーストン男爵だけであったならばそこまで事が大きくなるはずはなかった。
問題は側妃であるメザリントがそれを認め、後見となる事を表明した事にあるだろう。
一介の平民に側妃が肩入れするなど前代未聞の事態に第二王子派の貴族でさえ驚きを隠せないで居た。
そして第二王子派筆頭であるアーデル・ハイランドもまた、とうとうゲームが始まったのだと恐れを深く抱いていた。
同じ頃、アシュレイの部屋には8名もの人物が部屋を占領していた。
一人部屋でかつ男爵位のアシュレイは狭い部屋しか与えられていない。
8名なんて人数を迎え入れる余裕はない。はっきり言って満員だ。
応接用のソファーだけに収まらずにベッドに腰掛けざるを得ないこの状況。
部屋に集まったのはアシュレイと、エドワードにシリウス、ルイスにカイル、ミゼットにレオンハルトだ。
「なんで、この部屋に集まるかな。」
思わずぼやいてしまうのは無理もない。
しかも前回のランクアップの試験のときに身元もばれてしまって全員がリーフィアの状況を知っている状態なのだ。
それなのに私の部屋に集まるなんてどう考えてもおかしいのだ。
婚約者が居る身のリーフィアの部屋を男達が占拠しているようなものなのだから。
「まぁ、アシュレイだし良いだろ別に。」
「むぅ。複雑だ。」
あっけらかんと言い放つシリウスに反論できる材料なんてない。
アシュレイは男の設定なので問題はないのだ。あくまで設定はだが。
「それに婚約者殿がべったりと張り付いている状態でそれを言われても困るんだが。」
「………。」
シリウスの視線の先の私たちはベッドに腰掛けて抱き寄せられたような形で座っている。
「男の格好の状態でそれは止めてほしいぞ切実に。」
「ほら、シリウスもこう言っているしさ、エド……。」
「駄目。普段出来ない分を補充中だからね。それに皆知っているんだから構わないさ。」
嫌だと駄々をこねるエドワード。入学して卒業試験を終えてからはずっとこんな感じだ。
特に前回身バレしてからというものの、それが酷くなった気がする。
とはいえ、今回集まっているのは他でもない。例の乙女ゲームの話だ。
結局、問い詰められて答えてしまったのだが、これが良い結果になるのかどうかはまだ分からない。
だが、全員が今の婚約者に不満があるわけでもなく、寧ろ横槍が入るなど御免だという理由で対策を練る必要が出てきたのだ。
「まぁ、いいや。それよりとうとう入学してくるらしいな。」
「オーストン男爵家の養子だね。リア・オーストン男爵令嬢。」
「攻略対象……第二王子以外では教会の彼とエルンだけだろこれを知らないのは。」
「あぁ、ジョシュアとエルン兄様は大丈夫だと思うよ?ジョシュアは世間を知らないまま育ってないし、エルン兄様は正妻様とも離れているしね。」
「なら、問題は第二王子だけか。」
「さぁ、アーデル嬢がどこまで頑張ったかにも寄るし、それ以上のことも起こるかもしれない。」
「補正か?あんまり効いてないって言っていただろ?」
「ほら、主人公の特殊能力的なものがあったらヤバイでしょ?だから警戒するに越したことはないと思うんだよね。」
これまでの期間アーデルも必死で頑張ってきている。
それが裏目に出たなんて知りもしないで、ただひたすら死亡フラグを折る為に。
そして、ゲームの開始はすでに始まっている。
リーフィアはリックの定期報告で商人の息子がすでに主人公リア・オーストンによって篭絡された事を知っている。
そして、ハーレムルートを目指すと息巻いていたリア嬢がどのような手段に出てくるのかゲームを知らないリーフィアにとっては未知のもの。
それ故にあらゆる手段で監視し、行動のすべてに気を配らねばならない。
リーフィアは学院に入ってからはこの1年念入りに準備をしてきた。
自身も無関係ではない為だ。そしてそれが役立つときはすぐそこまで迫っていた。
リア・オーストン男爵令嬢が学院に入学して3週が経った頃、やはりゲーム補正なんてものは存在しない事が判明した。
これは攻略対象のジョシュアやエルン兄様、カイルにルイス、シオンことシリウスが全くと言って良いほど好意的にならなかった事もあるが、どちらかと言うと嫌悪感の方が先に来ているようだ。
ただ、不思議な事に彼らが嫌悪感を抱いている半面で第二王子であるルーウィン・セインティア・ヴァズレーが少しずつリア・オーストン男爵令嬢と会っている場面を見かけることが多くなった事だろうか。
入学当初ハーレム狙いであった彼女は攻略対象のシリウス以外の全員に声をかけていたのだが、第二王子以外の攻略対象たちが近づくどころか離れていっている状況でどうやら方向転換をし始めたらしい。
その分、女性の生徒達からかなり怒りを買っている。
その理由は簡単で、あらゆる見目麗しい男子生徒を片っ端から落としていっているようなのだ。
当然婚約者が居るものも多い中で、このような事を仕出かすのだから何が起こるのかは分かりきっている。
わずか一月で学院の中は混沌とした空間に変貌してしまった。
――――…
オーストン男爵の養子となったリアは浮かれていた。
商人の息子であるウィックに出会った時点で乙女ゲームの始まりを楽しんだ。
金の髪に茶色の瞳。リックと似た顔立ちで兄に似ているので親しみが沸くという理由で近付いてあっという間に恋人のような関係になった。
画面上ではなく現実に起こる数々のイベントに浮かれないなどあるだろうか。
そして学院に無事編入する事ができた。それまではゲームの通りだったのだが、ここからが少し雲行きが怪しくなってくる。
出会いイベントが全くといって良いほど発生しなかったのだ。
本来なら編入して迷子になった主人公と第二王子の出会いイベントが初日に発生するはずだったのにそれがなかった時点でリアは不安を覚えた。
クラスも本来なら攻略対象たちと同じクラスになるはずなのに最下のクラスに編入してしまった。おかしい。
少しずつゲームとの差異がでてきている。そこで情報収集を先に行う事にした。
クラスで同じ女の子を呼び止めて話を聞く。
「ねぇ、この学院って魔力の高い順でクラスが決まるのではなかったかしら。」
「昔はそうだったけど、高位貴族の生徒が1名魔力少なくて。それが変更になったのよ。」
「なんですって!誰なのその生徒は。」
「リーフィア・レインフォード辺境伯爵令嬢で頭はとってもいい方らしいわ。」
「嘘よ!リーフィアは魔力それなりにあったはずじゃない。有り得ないわ。」
「何を言っているの?リーフィア様の魔力が少ないのは貴族のほとんどが知っている事実よ。だからこそ、エドワード王子の婚約者になったのだから。」
「なんですって!そんな、ありえないわ。だって、エドワード王子は悪役令嬢のバッドエンドの相手じゃない。」
「何を言っているのか分からないけど、不敬よ。そんな事を口にするなんて。」
「え、どうなっているの?じゃ、第二王子のお相手は?」
「それはもちろんアーデル様よ。とってもお似合いでお二人は仲が良いと評判よ。」
「そんな、だってアーデル様が無理やり婚約者になったって話だったのに。」
「それこそおかしいわ。どこで聞いたのか知らないけど、アーデル様が望んだのではなくて第二王子が求めたのよ。それから二人で領地運営を学んだりして共に過ごしてこられたの。」
「なにそれ、おかしいじゃない。どうなっているのよこれは!」
混乱するリアだが、そんな事関係なしに会話は進んでいく。
そこで知れたのは、ゲームとは全く違った攻略対象たちの姿。
この時点でリアは正規の攻略が出来ないだろう事を覚悟する事になった。
だが理解できない。商人の息子であるウィックはゲームと一緒だったのだから。
そこでリアは直接出会いイベントなど関係なしに直撃していく事に決めた。
だが、第二王子はリアにとってお気に入りのキャラだった為、確認するのは最後にする事に決めていた。
それに悪役令嬢が側に居るので近づくチャンスを掴むのが難しいのだ。
「あの、貴方はエルン・レインフォード様ですよね。」
急に声をかけられてエルンは思わず立ち止まった。
振り返ると見た事もない生徒だ。
この学院では社交の練習を目的としている為、貴族階級は特に気を付けなければならない。
だが、この娘は自分の名を名乗らずいきなり声をかけてきた。
その時点で無視しても良かったのだが、その娘はエルンにとって許しがたい事を言ってきた。
「妹のリーフィア様と仲が悪いのですよね。あの、ごめんなさい。噂で聞いてしまって…。私、兄弟が昔居たのですけれど、今は離れ離れになってしまっているので居ても立ってもいられなくって。リックって言うんですけど。えっと、とにかく仲良くできるようにお手伝いがしたいのです。」
「君はリーフィアの何を知っていると言うんだ?なぜ私とリーフィアの仲が悪いと決め付ける。君に手伝って貰わなくても兄弟仲は最良だ。第一に名を名乗らぬ相手に話すことではないが、忠告しておく。リーフィアにも私にも近づくな。」
睨みつけられ怒りの言葉を貰ったリアはその言葉を聞いてギョッとした。
ゲームではリーフィアを憎んでいて、リックの名を聞いたエルンが奴隷である妹の従者の事を教えてくれるはずなのに……。
情報も貰えなかった上に、本来とは全く違う受け答えに驚きを隠せない。
「え、何で怒っているの?ここはリックって奴隷の事を教えてくれるんじゃないの。」
呟いた言葉はエルンには届かない。
言うべき事を言った彼はとっくにリアから離れていってしまっている。
だが、これでへこたれるリアではない。次の目標に向かって動き出した。
次の目的はジョシュアだ。教会の次期教皇である彼は世間を知らないお坊ちゃま。
彼はいつも学院にある小さな礼拝堂に通っている。
そこで皆の悩みを聞いてあげるのが彼の日課だ。
小さな礼拝堂には最低限のものしかない。
それも坊ちゃん育ちなジョシュアが気にしているところだ。
「あの……。ここいいですか?」
「どうぞ。」
ニッコリと微笑んで迎えてくれたのはジョシュア・クライブだった。
金の髪が柔らかい。
現実で見る彼もやはりカッコイイと頬を染めて見つめてしまう。
「祈らないのですか?」
「あ、す、すみません。」
いつまでも動かないリアに首を傾げて、ジョシュアは礼拝堂の掃除に戻っていく。
「あの、掃除をどうしてあなたが?」
「教会の仕事の一つですから。」
当たり前のように答えるジョシュア。
リアはここでもゲームとちょっと違うと感じる。
ジョシュアは自分で掃除なんてしないはずなのだ。
彼は周りの者を使って掃除をさせていたはずだ。
自分自身の手で掃除しようなんてキャラじゃなかった。
「でも、あなたは見習いではないのですか?」
「掃除くらいは自分でも出来ますから。それに、こうして掃除をしていると気付く事も多いので率先してやるようにしていますよ。」
「そ、そうですか。あの、炊き出しなんかもしているんですよね。」
「あぁ、月に1回あるかないかですけど。」
「え?」
「あれ、ご存じないですか?最近は治安も大分良くなって食べるのに困っている人も減っているんです。だからそこまで炊き出しをする必要がなくなったのですよ。」
「そうだったのですね。知らなかったです。」
ここでもゲームと全く違う反応。
ゲームでは治安が悪く食べるのにも困る人が沢山居たから炊き出しをもっとやらないといけない状況だったのにそれも変わっている。
しかもジョシュアがかなり世情に詳しいので、攻略情報どおりにいかないだろうと見当をつける。リアはそそくさと礼拝堂を後にした。
次に会いに行ったのはルイス・ガードナーだ。
彼は騎士団長の息子で騎士になるのを夢見ていた。
だが、中々認められない彼はちょっと捻くれてしまっていて、婚約者とも不仲で自分を認めてくれる人を求めているというのがゲームの設定だった。
鍛錬場に向かったリアはルイスの姿を遠目に見つけた。
素振りを繰り返す彼の姿はリアルでみると迫力がある。
赤い髪は汗で張り付いている。
タオルを持って近付いたリアにルイスはその手を止めた。
「あの、鍛錬お疲れ様です。良ければタオル使ってください。」
「悪いが、婚約者がタオルを持って来てくれる予定なんだ。気持ちは嬉しいが断らせてもらおう。」
にっこりと微笑んでルイスに話しかけたが、ルイスはきっぱりと断ってきた。
「え?そ、そうなのですか。すみません!知らなくて。あの、騎士を目指しておられるのですよね。」
「いや、すでに騎士だから目指すのはもっと上だな。それがどうかしたのか?」
「え?騎士様なのですか。あの、鍛錬をしていたので騎士を目指しているのかと思ったのですがすみません。失礼をしました。」
「鍛錬の邪魔だ。用がないなら離れてくれ。」
返事も待たずにルイスは鍛錬に戻ってしまう。
取り残されたリアはまたもや異なる攻略キャラに呆然としてしまった。
完全に放置されてしまい居たたまれなくなったリアはその場を離れていく。
だが、それでも一縷の望みを賭けて次の攻略対象に会いに行く。
カイル・メイスンだ。彼は宮廷魔法使いの弟子だ。
彼の悩みは異なる二つの属性を持っている為に魔力の扱いが難しく、複数の属性を持つがゆえに自身の事を卑下していた。
人と違うという事が彼の心に闇を作っていたのだ。
婚約者もいるが、幼馴染なのでどうにもそのように扱えずに困っているというものだった。
だが、リアは彼のいる場所に着いた時点で攻略を諦めた。
婚約者と仲良く魔法について議論を繰り広げている彼らの空間に入り込める余地がなかったのだ。
仕方がないと諦め、次の攻略対象の帝国の王子であるシリウスを探し始めたが、一向に見つからない。
彼の名を知るものもクラスにおらず、学院に通っていない事が判明した。
ここまでゲームと違ってくるとリアにも不安が膨らんできた。
ハーレムなんて目指せないのはもう流石に分かりきっている。
攻略対象はほとんどリアに興味すら持たない。寧ろ遠ざけられてしまった。
落ち込んでとぼとぼと歩いているとドンと人にぶつかって尻餅をついてしまう。
「な、ちゃん……と。」
ぶつかられた嫌味の一言でも言おうとしたリアの口からは、続きの言葉は出なかった。
目の前にはルーウィン・セインティア・ヴァズレーが驚きの表情で立っていたからだ。
「すまない。大丈夫か?」
すっと手を差し出したルーウィン殿下に手を重ねて立たせてもらう。
「あの、大丈夫です。すみません、ぶつかってしまって。」
握って貰った手を見て、あまりの幸運にもじもじとしながら答えるリア。
「いや、怪我がないのならいい。どこかに行く予定だったのかな?」
「いえ、ただ散歩していただけなので。」
「そうか。もし用事がないのであれば部屋に送っていくが…。」
「だ、大丈夫です。あの、あなたは……。」
「俺はルーウィン・セインティア・ヴァズレー。この国の第二王子だ。名前を教えてくれるか?」
「私はリア・オーストンといいます。殿下。」
「そうか、リア嬢すまなかった。では、失礼する。」
立ち去るルーウィン殿下を呆然と見送るリア。
突然の出会いに心臓がバクバクと音を立てている。
しかも他の攻略対象と違って好感が持てる感じだった。
好感度のパラメータを見る事はできないが悪い印象ではなかったのは確かだ。
ふと足元を見るとハンカチが落ちていた。思わず拾い上げる。
彼の名が刺繍されたハンカチを持ってリアはスキップをしながら部屋に戻っていく。
ハンカチを綺麗に洗ってまた会うチャンスを得たと喜ぶリア。
そして、リアの望み通りにこの後、ルーウィンと出会うことが少しずつ増えていく。
リアはルーウィンをメインに攻略する事を決めたが、やはりそれだけでは気持ちが治まらなかった。
クラスの男子から少しずつ攻略していく。
傍から見られてどのように捉われるかなんて気にもせずに、婚約者が居ようと居まいとお構いなしに攻略を始めた。
リアが入学して一月も経つころにはクラスの男子の中でも見目麗しい者たちはリアに追従しハーレム状態を築く事になる。
だが、当然それを好ましく思わない者たちは多い。
最初は言葉だった。注意してくれる周囲の者たちの言葉はリアには聞き入れられなかった。言葉は少しずつエスカレートしていく。
注意から始まった忠告は次第に中傷する言葉に変わっていく。
いつしかリアは女生徒のいじめの的になっていた。
クラスで女生徒から孤立していくリアはそれでもハーレムを止めようとはしなかった。
何より第二王子が色々と気にかけてくれるのがリアにとって救いだったのだ。
それが余計に嫉妬を生むのだがそれに気付かないままというよりも、当然の事として過ごしている。
リアにとってはゲームの世界。こうなるのは必要なプロセスなのだ。
そして、その噂はアーデルの元にも舞い込んでくるようになるのだった。
だが、アーデルは動けなかった。
それが自分の死亡フラグに直結する行為だと知っていたからだ。
アーデルが黙っているからこそ問題が起こる。
何もしない事で余計に周囲を煽る事になっている事にアーデルは未だ気付かないでいた。
そして言葉から次第に物に当たるようになっていく。
破かれた教科書や汚された机。いじめの見本のような出来事が少しずつ始まる。
だが、リアにとってそれはルーウィン殿下とのイベントを達成するのに必要な事なので気にも留めない。
文句を言いながらもてきぱきと片付ける様子を見る事が増えてくる。
それもにんまりと笑って片付けるものだから周囲は余計に奇妙な者というか不審者に近い扱いになっているのだが、それもリアにとっては関係のないものだった。
へこたれないリアにいじめはどんどんエスカレートする。
歩いているとバケツから水を落とされて被るなんてことも起こるようになってきた。
そういう事が頻繁に起こるようになると、今度はハーレムメンバーがリアの周囲を囲んで動くようになる。
この団体は一体何なのだ。
明らかに邪魔な団体に眉を顰めるものは多い。
そんな様子も当然怒りを助長する結果になるのだから救いがない。
リアは着々と本来とは違う形で攻略を進めている。
そしてその時はもう、すぐそこまで迫ってきていた。
リアが入学してからというもの学院は混沌とした空間へと変貌していた。
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