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勇者✕魔王+ラスボス
しおりを挟む「なぁ、さっきの小池の顔見た?」
先程から──文化祭で我がクラスの期待を一身に背負った勇者渡瀬が、心ここに非ずといった腑抜けた表情で俺に問いかける。
「お前……いい加減にしろよ、俺が聞いてるのは俺の作った台本のどこが気に入らないんだってことだよ。小池のことなんて聞いてないだろ」
渡瀬は自分の額に片手をあてるとやれやれと言わんばかりに頭を振り、俺を一瞥するとおもむろに立ち上がった。そして、片手を腰にあてビシッと俺を指さした。
「仕方ないな、じゃあ言ってやるよ。まず俺が気に入らないのはさ、なんで勇者と魔王が敵対してるのかってことだよ。いいじゃん仲良くすれば、いっそ手に手を取り合って逃避行してもよくない?……それいいな、勇者と魔王の逃避行、有りだな」
「ねーよ、なんで勇者と魔王が逃げる必要があるんだよ。そんな盛大な話は自分で書いてどっかに投稿でもしろよ。文化祭の劇なんてもっと普通でテンプレな感じでいいんだよ。妙な力をゲットした勇者が旅して経験値ためて最後魔王を倒す、テンプレだろ」
「……でも、それだとやる気が……」
「なんでだよ」
「せめて最後になにか希望が欲しい、魔王と……なにかこう……熱い抱擁とか」
「……どんな展開だとそうなるんだよ」
「ごめん僕が悪かったよ──ってな感じで魔王が改心して、ありがとうって言いながら勇者にガバーみたいな」
「どんな展開だよ。ねーよ、却下だ却下」
渡瀬はガバーと言いながら自分を抱きしめた体勢のまま口を尖らせ、あからさまに不貞腐れた表情で俺を見た。
──ガキか。普段はクールぶってるくせに、本当はこんなガキっぽいやつだとは知らなかった。
「なに、お前本当に小池のこと好きなの」
呆れたように聞くと、少し意地悪そうな顔をして渡瀬が笑った。
「なんでそこで嘘言う必要があるんだよ。なんだったら言いふらしてくれてもいいよ。そうしたら吹っ切れて隠す必要もなくなるから」
「……そんなことはしない」
「佐々木も真面目だよね。本当はさ、この文化祭でもっと距離を縮めて告白するつもりだったんだよね。それなのに小池が魔王になんてなるから、真面目な小池君は俺のこと敵だと思ってるんだよ。距離縮まるどころか離れてるんだよね。また佐々木が魔王なんて呼ぶからみんなもそう呼ぶし、小池ますますその気になるし、ますます距離は離れていって──そのうち俺のこと見てオドオド話す昔の小池に戻ったらどうしよう。それはそれで今なら可愛いって思えるけど」
小池のことが好きなのだと──渡瀬は俺の台本を手にするなりそう言った。
小池優輝は同じクラスの本が好きで本ばかり読んでいる地味な男だ。地味ではあるが暗いわけではなく、話しかければ気さくに答えるし、親しくなるとよく笑う。
その小池が今回の劇で魔王役を引き当てた。そして俺はそんな小池のことを魔王と呼んだ。もし小池が村人Aのような役だったらそんなことはしなかっただろう。
小池に魔王は似合わない──だから小池を魔王と呼んだ。
するとそれを聞いたクラスの皆も小池のことを魔王と呼び出した。小池は魔王と呼ばれてもそれを拒まない。元々雑用を頼まれれば喜んで引き受けるようなお人好しだ、楽しそうに雑用をこなす魔王を見てクラスのやつらも気軽に小池を魔王と呼ぶ。
地味で本ばかり読んでるようなやつが実は親しみやすいことがわかり、確実にクラスの皆と小池との距離は縮まっている。
いいことだと思う、思うのだが一番小池との距離を縮めたかった人間はそれが気に入らないらしい。
「だいたいみんな魔王、魔王って呼びすぎなんだよ。小池は雑用係じゃないだろ……まぁ楽しそうだけどさ、すごく楽しそうだけどさ。俺がそばに行くと身構えるんだよ、なんで。この前までその笑顔は俺に向けられてたものじゃないの、おかしくない? こんなのおかしいだろ、理不尽だっ!」
「……俺は、お前の愚痴を聞くためにここにいるんじゃないんだよ。今は台本作ってんだよ……それに俺的にはもう完成してんだよ。お前が難癖さえつけなければ……」
「だからさ、ラストに俺と小池がなにかハッピーエンドになる要素が欲しいんだよ」
「……なんで勇者と魔王がハッピーエンドになるんだよ……」
「例えば、魔王が実はお姫様で実は王子様だった勇者とキスして終わるとか」
「……どんな超展開だよ、そんなの観客ポカーンだろ。だいたいそんなこと舞台上でやる必要ないんだよ。小池との仲はお前のプライベートでどうにかしろよ」
「どうにかするつもりだったんだよっ!文化祭でもっとどうにかなるはずだったんだ。だから俺は文句も言わずみんなの意見にしたがったんだ。あとは、小池が魔王でさえなければ……」
絞り出すように言う、その物言いに呆れることしかできない。それに文句は言っていたような気がする。
それでも渡瀬がみんなの期待にこたえようとしているのは事実だ。渡瀬がいればどうにかなるという楽観視に対しては文句を言っていない。
「……じゃあ、とりあえずラスト以外はこのままでいいのか」
「一応、いくつか変えたいところはある」
なんだかんだ言って渡瀬も真面目なヤツなのだろう。渡瀬の指摘は的確で、台本は俺が適当に作ったものよりもだいぶまともな形になった。
ただラストだけはできていない。
ラストに関しては渡瀬は冷静になれないらしく、意見を聞いていても突拍子のないものが増えていくだけなので適当に流し、とりあえず俺がどうにかすると言って解散した。
しかし、魔王となんとしてもどうにかなりたいという、渡瀬の強く、引くほど熱い要望を叶えることは非常に難しいと思っている。最悪、時間切れということにして今のものを渡せばいいとすら思っている。
正直、その部分については自分で勝手にどうにかしてほしい、俺が関知することではないだろう。
そう思っていたのだがここで問題が起きた。
──渡瀬の様子がおかしい。
一部では勇者が闇落ちしたとかラスボスの影響だとか言われているが、いつの間に俺はラスボスになったのだろう。文化祭成功のために色々頑張っているだけなのにこの言われよう……酷い。
しかも小池の魔王同様、ラスボスも言いやすいのか「ラスボスお疲れっ」とか「ラスボスいつもありがとな」などと皆気さくに話しかけてくるのでやめてくれとも言えず俺は今ラスボスになっている。
そんな俺はやはり文化祭成功のために主役の不調の原因を探る役目を、いまクラスの皆からの目に見えない圧力でもって与えられた。
目で訴えるのはやめてほしい。
口で言えばすぐそこにいる勇者にだって聞こえるだろう……。
しかし、そんな重苦しい空気の中、ひとり我関せずを貫こうとしている者がいる。
──魔王だ。
おそらく、いや絶対、まず100%渡瀬の不調の原因はあの魔王だろう。
まずは魔王に心当たりを聞くことにした。
「……魔王って呼んだほうがいいのか?」
「魔王でお願いします」
小池本人は魔王と呼ばれる方が気分が盛り上がっていいと言う。
だが勇者の渡瀬が頑なに小池と呼んでくるので経験値をためるためと、現在は敵対関係にあるので避けているらしい。
「それを察した勇者がそれでも執拗に小池って呼んでくるから、つい掴まれた腕を振り払って俺に構うなって言ったんだよね──まぁ関係ないと思うけど」
──絶対それのせいだろう。
経験値ってなんだよ、お前ステータスとか見えんのかよ、レベルアップしましたとか脳内で聞こえんのかよ──と、言いそうになるのを耐えなんとか話を聞き終えた。
……面倒くさい。
勇者も面倒くさいが、魔王も面倒くさい。
だがこのままではせっかくここまで頑張った文化祭が失敗に終わる。渡瀬を復活させるにはやはり勇者と魔王をなんとしてもどうにかさせるしかないのだろう。
念の為、魔王本人に渡瀬の事をどう思っているか聞いたところ「好きだ」という言質もとった。両思いということならばもう遠慮する必要もないだろう。
渡瀬を確保し廊下の隅で話し合いの場を設けることにした。
今の渡瀬は普段の爽やかさが消え失せ、目つきも悪く、荒んでいる。そして俺を睨んでくる、俺が何をした……。
「なんで……見て見てこれ魔王の衣装、どう? 似合う? ──ってのをよりにもよってお前が見てんだよ。そのポジションにいるの俺じゃないの? 俺たちが築いたあの時間は何だったの? しかもなんで小池わざわざ衣装の袖短くしてんの、いいじゃんあのままで、萌え袖の魔王とか最高じゃん!」
どうやら幻聴まで聞こえ始め、いろいろおかしくなっているらしい、これはかなり重症だ。少なくとも俺と小池の間にそんな会話はなかった、実際の会話はこうだ。
「魔王の衣装決まったのか」
「うん、ちょうどいいのがあって買ってきた。でもちょっと袖が長くてさ」
「それは……直したほうがいいんじゃないか」
「だよね、誰かに裁縫セット借りようかな」
この会話が勇者にはああ聞こえていたらしい、これは……重症だろう。
やはり魔王には悪いが……いや、両思いだからいいのか──とにかく、ここはもう魔王に勇者とどうにかなってもらうしかないのだろう。
「……魔王と……熱い抱擁とキス、どちらがいい──」
「両方」
即答か、わがままなやつだ。しかしそれは魔王の返答次第ということになるのだろうか。
これは賭けになるかもしれないが──と切り出してあるラストを提案した。
「……佐々木、お前天才かよ。それいいな、全然違和感ないじゃん。でも、それを小池には言えないな。こんなの嫌だとか言われたら……」
「大丈夫だ、魔王にはニセの台本を渡す。クラスの奴らにも言わない、この事を知ってるのは俺と渡瀬だけだ。だから……勇者なんだからそんな情けない顔をするのはやめろ」
……ずいぶん自信も喪失しているらしい。
「でも佐々木の衣装どうするんだ、そのままは……」
「魔王の衣装でいいだろ、あれを…………睨むなよ」
すごくデリケートになっていて扱いづらい。
そしてその後、渡瀬はなにか降りてきたのか急に笑顔になり俺に握手を求めてきた──嫌だ、怖い。
渋々手を差し出すとガシッと握られ「じゃあ、俺帰るから」と言って帰っていった。
あれは……復活したと思っていいのだろうか、っていうかなんで帰った……ま、いいや。
次の日、ニセの台本を魔王に渡す。魔王はそれを一読すると顔を歪め小さな声で「こんなもの……」と言った。俺がどれだけ大変な思いをしたか知らないくせに。
しかしこいつには大きな使命がある。
少し罪悪感がなくはない、だが気のせいだと自分に言い聞かせている。そんな自分が真面目すぎて嫌になる。
そして今日は舞台リハーサルの日だ、とりあえず魔王に渡した台本通りやるようにと俺は渡瀬に言った。しかし──
「俺が……自分を抑えられると思うか?」
──抑えろバカヤロウ。
だがバカ相手にこれ以上なにを言っても無駄なので好きにしろと言ってあとは放置した。もうここまできたら、あとはなるようにしかならないだろう。
渡瀬は全回復してさらにドーピングでもしてんのかというほど絶好調だった。そしてついに魔王登場というところで「なんか疲れた」と言って退場していった。緊急回避成功といったところだろうか。
しかし魔王からの縋るような視線が俺に突き刺さる。仕方なくバカのフォローをしたが衣装に隠れて泣く魔王に胸が痛む……泣くなよ、こんなことで。
その後バカは白い布を俺の元に持ってきて「どう思う」と聞いてきた…………もう細かく聞きたくもないので何も聞かず「いいんじゃないか」と答える。
そして──バカな勇者はいま軽快にミシンを走らせている。
普通最後の通し稽古するだろう、前日だぞ。
しかし、その普通の感覚を持っているのはどうも俺と魔王だけのようだ。
クラス全体に昨日バッチリだったからやらなくてもよくない? といった空気が蔓延している。
唯一危機感を滲ませた魔王が稽古の必要性を訴えてくるが魔王の台本はニセモノだ。合わせたところで意味がない。自分で勇者にお願いしろと突き放したが自分ルールに厳しい魔王は、それは出来ないと言う。
魔王だから勇者にお願いできない、勇者に頭は下げれない、そんなことを気にしているのはこいつだけだ。こちらもかなり重症だ。
舞台の確認を口実に逃げ出して、教室に戻って来ると魔王は教室の隅でいじけていた。クラスの奴らにそっとしておこうと伝え、またラストが変わることも伝える。
勇者が心配そうに魔王を見ている。
いつから、渡瀬は小池のことが好きなのだろう。
そう言えばいつからか、仲良さそうに話す二人を見かけるようになった。
確かに意外な組み合わせだ、でも──今では自然な光景だ。
渡瀬は何をそんなに焦っているのだろう、文化祭が終わっても関係が変わるわけではないだろうに。実際小池は我慢していると言っていた、きっと早く魔王なんてやめたいのだろう。我慢せずに渡瀬と話したいのだろう。
全く本当に面倒くさい。
今だって普通に話せばいい、それで誰が何を言うわけでもない。明日楽しみだね──と笑いながら言っていたって誰も気にしないのに。
でもその面倒くささに拍車をかけたのはもしかしたら俺かもしれない。俺が魔王と呼んだんだ、それが小池に魔王の自覚を促したのかもしれない。
……それなら、俺がラスボスになって勇者に倒されるのも道理だろう。
文化祭は無事に終わり、俺達のクラスは人気投票で見事1位に輝いた。その賞状を壇上で俺がうけ取ると、喜ぶクラスメイト達から全校生徒の前で「ラスボスー」と声をかけられる。俺はいつまでラスボスなんだろう。
担任からジュースが振舞われ、盛り上がるクラスのなかで、小池と渡瀬が楽しそうに話す姿を見た。
よかったと思う、あとは面倒くさい者同士二人でどうにかしてほしい。
そう思っていると小池がひとり俺の所にやって来た。
「……予め言ってもらっても了承はできないからああするしかなかったのかも知れないけど……なんか、こう……モヤモヤする」
中途半端な物言いに俺のほうがモヤモヤする。それに、アレは俺が言い出したことではあるが俺のせいではない。よってそれについてはスルーした。
「もう呪いは解けたみたいだな」
俺が言うと小池が、うつむいた。
「……それが、なんかまだ呪われているかもしれない」
そんな事を言う小池の耳がわずかに赤い。しかしその呪いは俺のせいではない。
あとは近付いてくる勇者に任せて、ラスボスの俺はさっさと退場することにした。
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面白かったです!!
なぜか現代で闇堕ちする勇者……🤭
ローブに隠れて泣くまお…小池くん可愛い!
わがままで面倒くさい勇者、ほんと面白い😂
ラスボス佐々木くんが1番の功労者ですね!!
ありがとうございました!
本当にラスボス佐々木くんが一番頑張っています😅
感想ありがとうございました✨️