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勇者✕魔王
しおりを挟む「おめでとう小池優輝君、君が──魔王だ」
「魔王?…………魔王って、何するの?」
「何って、そりゃ勇者に倒されるに決まってるだろ」
──まあ、それはそうだろう。
その日から、俺は魔王になった──
──あだ名が。
「魔王、もう衣装決めた?」
「決めてない、魔王の衣装って何だろう、黒い服ならもう制服でいい気もしてきた」
「お前が、その格好のまま舞台の上で魔王らしく振る舞えるのなら……別にいいと思う」
魔王らしく……きっとこの格好では俺は小池らしくしか振る舞えない、というかどんな格好でも魔王らしく振る舞える気がしない。
なんで俺が魔王なんだろう。
事の発端は文化祭での出し物を決めるHRに遡る。
麗らかな午後の日差しを浴び意識をどこか別の世界に飛ばしかけている俺の周りでは、我がクラスの秘密でも何でもない兵器をどのように効果的に使うかという活発な議論がかわされていた。
その兵器、名を渡瀬光希という。
渡瀬はこの学校イチのイケメンで、この学校の女子のみならず近隣の女子生徒からも好意の眼差しを受けている羨ましいやつである。
この男を効果的に使えば、俺たちのクラスは他のクラスに圧倒的な差をつけて文化祭人気投票の上位、おそらく一位を狙えるのではないか。そんな淡い期待をクラスの誰もが勝手に抱いていた。
よって提案された出し物は執事喫茶だの女装喫茶だのといったカフェ系から果ては写真展といったものまで各種様々だったが、渡瀬光希をどのように効果的に見せるかという皆の向く方向は一致していた。
渡瀬本人はこの状況を諦めの表情で受け入れていた。
そのため出し物の決定については提案された意見を渡瀬がひとつずつ潰していくという珍しい方式が取られた。
正確には決まりそうになると渡瀬が横槍を入れ皆を諦めさせるという状態だった。
カフェ系においては──
「みんなが──俺を馬車馬のように働かせたいというその熱い気持ちはわかったけれど、俺も人間だから休憩くらいは欲しいし、ほかも見て回りたい。そもそも俺が全てのテーブルを回るわけにもいかないしそういった不公平感にはどう対処するつもりなのかな」
いわゆるクレーム対応をどうするのかという事だろう。
確かに全てのメニューを渡瀬が取りに行くのも酷な話だ。しかし他の者が行けばなぜあちらのテーブルには渡瀬が行ってここにはお前みたいなヤツが来るんだよとあからさまな態度で言われ、それによってダメージを受けるヤツが多く発生する。
そこで、それなら渡瀬はいっそメニューも取らず店内をただフラフラと歩いて笑顔を振りまいていればいいのではという意見もでた。だが渡瀬の「そんなのは……嫌だ」という拒否権発動により却下された。
写真展においては──
「肖像権の侵害で訴える」
──以上により却下された。
それなら何だったらいいんだよとクラスが紛糾しかけたときに出た意見が『演劇』だ。
劇ならば事前準備は大変だが当日の拘束時間は少なくて済む。一対一の個別対応はできないが一対多であり見てる人たちにとっての不公平感は少ないだろう。
そして、渡瀬が堪能できれば多少内容がお粗末でもどうにかなるかもしれないという希望的観測とヤケクソ感も手伝ってクラスの出し物は劇に決った。
渡瀬も劇には文句を言わず、主役はキミだ! というクラスの雰囲気にも諾々と従った。
しかし劇ならばどんなにお粗末であろうともどういった話にするのか、その内容を決める必要がある。
これについては皆の脳裏に王子様という単語が共通して浮かんだはずだ。
渡瀬はその爽やかな容姿から王子と呼ぶ事に誰も違和感を感じない。それどころかもう影で王子と呼ばれている事は周知の事実だ。
とりあえず王子様か──そう誰もが思っていたのだがここに異議を唱える者がいた。クラス委員長の佐々木である。
曰く、
「王子様がいるならお姫様も必要だろう」
──この発言にクラスの女子が色めき立った。しかし、続けてこうも言った。
「そんな話にすると観客から怒声が起きないだろうか」
……まあそうかもしれない。供給側としては観客の需要に沿うものを提供する必要があるだろう。
だがそれにも異議を唱える者がいた。渡瀬である。
曰く、
「お姫様くらいいたっていいんじゃないかな」
──この発言にクラスの女子は歓喜した。しかし、続けてこうも言った。
「男子が女装すればいいだろう」
──何を言い出すんだお前は。
先程までガヤガヤとざわついていた教室内が静まり返った。
この渡瀬の意見については委員長佐々木の「そんな色モノは必要ない」という意見に賛成した多数によって一蹴された。
なぜか不服そうな渡瀬と一瞬目が合う。
そんなこんなの紆余曲折の末──渡瀬は勇者になった。
その他配役については後日公正なるくじ引きが行われ、その結果──俺は魔王になった。
魔王になって何が変わったか──
クラスの皆に魔王と呼ばれるようになった。
使用方法としては──
「魔王ちょっとこれ手伝ってー」
「魔王このゴミ捨ててきてー」
──といった具合である。ただの雑用係と何ら変わりがない。
おまけになぜか魔王のほうが小池よりも親しみがあるのようで今まであまり話したことがないやつまで気軽に魔王と呼ぶようになった。
小池のほうがよっぽど平凡で親しみやすい名だろうに……。
しかし今俺はやる事がないので雑用をするしかない、劇の練習でもすればいいと思うかもしれないが肝心の台本がまだできていない。
台本は委員長佐々木と勇者渡瀬が担当する事になった。
とりあえずそれっぽい物を適当にと佐々木に丸投げして出来上がった物に主役の渡瀬が異をとなえ、結局二人でもう一度作り直す事になったらしくまだ完成していない。
配役はそのままらしいがどういう内容か不明だ。
現在はとりあえず魔王城作成の手伝いをしている。ほとんど雑用をしているだけなのだがこれは我が城だ。
「魔王、お城何色がいい?」
「やっぱり黒かな」
「黒っぽいでもいいかな」
「いいよ」
こんな意見も取り入れられ、我が城は今まさに完成しようとしている。
そんな感じで感慨深く魔王気分に浸っていた俺を邪魔するものがいた。
──勇者だ。
「なぁ小池、魔王の衣装どんなものにするつもり? 俺は白とかいいと思うんだけど」
勇者の目には今出来上がりかけているこの禍々しく黒っぽい城は見えないのだろうか。
「なんか黒いものを着るつもりだけど」
「それってなんかいかにもな魔王じゃないかな」
「……俺はそんないかにもなテンプレな魔王を目指しているけど」
この勇者には専用の衣装係がいたはずなのだが、衣装係および女子多数で話しあった結果、勇者の衣装は制服になりましたというアナウンスが先程あった。
変な格好よりも普段の制服が一番似合うと判断されたようだ。これにより勇者のステータスに異世界転移者が追加された。
要はこの男、この格好ですでに勇者だということだろう。
そんな勇者だけが今でも俺を小池と呼ぶ。
少しずつ盛り上がりかけている俺の中の魔王を小池がフラットにしている気がする。
いっそ文化祭が終わるまで魔王と呼んでほしいと言うべきだろうか、いやしかし自分で言うのもおかしいよな──と小池と呼ばれるたびに俺の中の何かが葛藤している。
「──まあ、そんなことはどうでもいいけどこれ。最後ビックリした、面白かった」
どうでもよくないだろうという思いと、良かった面白かったのかという思いが錯綜した。
「……どうせ俺はやられる役だし」と言いながら勇者に貸していた本を受け取る。
俺と渡瀬はお気に入りの本をたまに貸し借りする関係だ。どちらかというと俺が貸す方が圧倒的に多いが、渡瀬はきちんと読んで感想を言ってくれるので貸す方にしても貸しがいがある。
俺は雑食でどんなジャンルの本も読むが渡瀬もあまりこだわりがないようで、マニアックな本も興味を持って読んでくれるので嬉しい。
いつもならこの後数分にわたり貸した本に関する感想を述べ合うのだが、現在は敵対関係にある──と俺が勝手に思っているので簡素な反応を心がけた。
「でもあんな結末になるなら途中のSF要素はなくてもいいのかなって思ったな」
しかし勇者はもうすでにそのままで勇者なのでいつも通りの様子で話しかけてくる。
そうそう、ほんとに俺も実はそう思った──と嬉々として返したいところだが耐えた。
「……真面目か?」
俺を見ながら憮然とした表情で勇者が言った。真面目ではない、不器用なだけだ。
「勇者は──」
「勇者って言うのやめろよ、俺のこと勇者って言うの小池だけだよ。小池も魔王って言われるの嫌だろ、だったら──」
「嫌じゃない、それどころかこのままだとただの平凡な小池のままで舞台に上がらないといけないからみんなに魔王って呼ばれてちょっと気分が盛り上がるのは悪くない。でも勇者が小池って呼ぶたびに平凡な小池に戻ってしまう気がする」
俺の複雑な胸中を勇者に打ち明けると、勇者は一度目を閉じ首をかしげてから「じゃあ今はもう平凡な小池なんだから身構えなくてもいいだろ」と言った。
なるほど、そうなるのか。
実はこの本については語ることがたくさんある。仕方なくただの小池に戻って語ろうとしたその瞬間、勇者のもとに怒りの委員長が現れた。
「渡瀬ぇ、お前人の作ったもんにケチつけといて逃げんじゃねーよ。さっきからあんな感じとかこんな感じとかそんなんじゃわかんねーんだよ。文句あんならテメーで直せや、あぁ?」
こんな委員長は見たことがない、もしやラスボスだろうか。
勇者はそのままラスボスに拉致されどこかに行ってしまった。あんなのを見せられると俺の魔王の庶民感半端ない、雑用係だし。
「……委員長、ラスボスみたいだったね」
そんな声が聞こえた、さっそく魔王の地位が危うい。これは魔王の地位を委員長に献上すべきか。
悩んでいると「魔王ー、お城出来たよー」と呼ばれた。
見に行くとそこには禍々しいダンボールの城が出来上がっていた。
これが自分の城か──さっきは魔王としての高揚感があったが、ただの小池に戻ってしまった俺にそんなものはない。
すごいねーと他人事のような感想しか言えなかった、このままではマズイ。
申し訳ないが勇者にはあまり近づかないことに決めた。
「小池さぁ、俺のこと避けてない?」
さすが勇者、察しが良い。避けているし軽く無視もしている。
しかしすまない勇者よ、俺は舞台上で無事お前にやっつけられるため、まずは魔王としての経験値をためたいのだ。
「なんで? 小池のこと小池って言うから? なぁ小池、なんで?」
そう小池を連呼しないで欲しい。せっかく親しみやすい庶民派魔王ぐらいにまでたまった経験値がまたゼロになる、平民になってしまう。
「なぁ小池って──」
「──俺に、構わないで欲しい」
掴まれた腕を振り払いながら勇者を見据えて言った言葉に──なぜか勇者はショックを受けたように見えた。
「…………そうか」
そう言って去っていった勇者の後ろ姿を見て少し胸が痛む。しかし理解して欲しい、これも文化祭のためだ──そう俺は軽く考えていたのだが、どうも事態は思いもよらぬ方向に展開した。
──勇者が闇落ちした。
いつもの爽やかな笑顔がなく暗い。クラスの皆はラスボスと長い時間一緒にいすぎたせいだと言っているが、もしや俺のせいではないだろうかと内心焦っている。
しかし俺があんなことを言ったくらいでこんなに沈むのもおかしい気がする。
台本はすでにラスト以外は出来ていて、練習も始まっている。勇者も自分が作っただけあってセリフは完璧なのに覇気がない。
このまままでは人気投票一位どころの話ではない、とクラスに重たい空気が蔓延している。
ちなみにラスト以外ということは俺の出番部分の台本だけまだ完成していない。俺はやっと決まった自分の衣装である黒いローブっぽい布──イメージは某帝国の暗黒卿──を慣れない手付きで仕上げていた。
するとそこへラスボス委員長佐々木がやってきた。
「……魔王って呼んだほうがいいのか?」
「魔王でお願いします」
そもそも俺のことを魔王と呼びだしたのはお前だ。
「渡瀬のことだけど……なんかあった?」
……なぜ俺に聞くのだろうか。
しかしなんかあったことは事実なので事実そのままを報告した。
「魔王……真面目すぎない?」
真面目ではない、不器用なだけだ。そもそも俺の中に魔王成分はないので日頃の地道な努力が必要だ。
ただ存在するだけで勇者になれるやつとは違う、平凡な一般人なのだから。
「でも……それでか、わかった」
なにがわかったのだろう、それよりも台本はまだなのか、いいかげん不安になってきた。もう残り3日しかないのに、このまま前日とか当日とかは勘弁して欲しい。
ただ出てやっつけられるだけの簡単なお仕事だが俺にも心の準備をする時間が欲しい。
「早く台本……」
「あぁ、台本は渡瀬があの状態だと完成しない」
「なんで、もう佐々木が適当に作ればいいんじゃないの」
「俺はそれでもいいけど渡瀬が納得しない」
なんてわがままな主役だ。
しかししょうがない、今回の劇は主役以外はたとえ魔王であろうとモブだ。俺はそんなモブにもかかわらず魔王として舞台に上がる心構え云々と言っているわけだがこれもしょうがない、俺は平凡な一般人なのだから。
「魔王は渡瀬のことどう思ってるの?」
「勇者のこと? 勇者は敵だろ」
俺の答えに佐々木の顔が歪んだ、なぜだ。
「お前めんどくさいな、そうじゃなくて小池君は渡瀬君のことどう思ってるの?」
なるほどそういうことか。
「小池君は渡瀬君のことを憎からず思っているよ」
「…………言い方がわかりづらいんだよ、好きなの? 嫌いなの?」
「……まあ、好きかな」
「よし、わかった」
なにがわかったのだろう。
「でも、どちらかと言うとって話──」
「わかった、みなまで言うな」
──みなまで言わせろ。
佐々木は「俺にまかせろ」と不安なセリフを残して去っていった。お前は何をまかされたのか、少なくとも俺はなにもまかせていない。
佐々木は勇者の元に行くと勇者の襟あたりを掴み教室の外に連れ出した。皆が何事かと廊下を覗き込むと突き当りの方で話し合いをしている様子だ。
俺はその後衣装作りに復帰したが最後まで見守っていた者によるとなにか話し合いの末二人で握手をかわし解散したらしい。
勇者がラスボスと手を組んだことになるのだろうか。
勇者が完全にダークサイドに堕ちてしまったと誰かが言ったのにクラスが湧き、すこし雰囲気が和んだのであまり気にしないことにしたのだが──それダメだろ、魔王の立場は?
もしこれで魔王のお役御免になったら少し泣いてしまうかも知れない。
次の日の朝、ようやく出来上がった台本が委員長佐々木から渡された。
「俺にできる精一杯だった……」
そんな事を言って渡された台本に書かれていたセリフは『ふはははははは、吾輩は魔王である──』から始まりすぐにやっつけられ負け犬のテンプレセリフを吐き逃亡するという、ある種予想通りのものだった。
……こんなもの、さっさと渡せよ。
この中で魔王感を最大限発揮できる箇所は最初の悪魔っぽい笑い方ぐらいだろうか。
やるのかこれを…………………舞台上で。
できるのか…………庶民派魔王の俺に。
しかし…………………………やるしかない。
大いなる決意を固めいきなりの舞台リハーサルに挑む俺。勇者も昨日の落ち込みは何処へやら、今日はいきいきとその王子様みたいな勇者っぷりを発揮していた。
……っていうか本当にノリノリだな勇者。
しかしいざ、俺の出番になろうかというところで──「なんか疲れた」と言って勇者は退場してしまった。周りも、それならしょうがないよねーといった空気で撤収していく。
……これは、どういうことだ?
縋るように佐々木を見ると「前半で飛ばしすぎたんだろう、もっとペース配分を考えろと言っておく」と言って目を逸らされた。
せっかく、なけなしの勇気をかき集めて待機していたのに……この第一声にかけていたのに……どうしよう、泣きそうだ。
ローブを着ていて良かった、フード付きにして正解だった。
少し勇者に対する憎しみが湧いた。
ついに明日が本番だ──にもかかわらず勇者が何やら白い衣装を縫っている。クラスの女子に手解きを受け軽快にミシンを走らせている。
衣装は制服じゃなかったのか?
なぜ勇者自ら?
ラストの通し稽古は?
様々な疑問が湧き委員長佐々木に聞いてみた。
「それは、勇者が……わがままで…………魔王が……めんどくさいから…………」
勇者がわがままなのはわかるがなぜ俺のせいにもされなくてはいけないのか。
「俺全然合わすのできてないけど、ぶっつけ本番とか嫌だよ。あれちょっとどうにかしてよ」
「自分で合わせてくれって言ってくればいいだろ。最後はもう魔王と勇者しか出てないんだから」
「そうだけど…………俺は、ちゃんと魔王の役をやろうと思っていろいろ我慢してるのに、そんなことしたら台無しになる……」
「──だからさ、真面目すぎるんだって」
「……真面目じゃない、不器用なんだ」
「なるほど、たしかに不器用すぎる。でも主役はあっちの勇者だから、魔王から勇者にお願いして」
佐々木は「舞台の確認に行ってくるから」と皆に向けて言い出ていってしまった。
たしかに俺はモブの魔王で出番も最後の少しだけだ。そこに至るまでに勇者はいきいきとその王子様のような勇者っぷりを発揮していて俺の出番などなくてもいいのかも知れない。
それでも、俺も劇に出るのだ。魔王として劇に出るためにいくつか我慢だってしている。平凡な俺が魔王であるために頑張っている。もうそこにいるだけで王子様で勇者な渡瀬とは違う。
結局、お願いなどできるはずもなくローブをかぶって教室の片隅でいじけていた。
魔王なのだから、もともと闇のものなのだから闇落ちしたっていいだろう──そう思い話しかけるなオーラをかもしだす努力をした。そして誰からも話しかけられることなく文化祭前日は終了した。
…………本当に誰も話しかけないとは思わなかった。
そして恐れていた文化祭当日、ぶっつけ本番である。
しかし今の俺はそれどころではない。
昨日帰るときに畳んで机の上に置いておいたはずのローブがない、あれがないと……。
「魔王、何してるんだもう行かないと」佐々木だ。
「……いや、さっきから昨日俺が着てたローブ探してるんだけど……なくて」
「じゃあ俺が探しておくからとりあえず……制服黒っぽいしそれ着て先行ってろ」
「俺も出番最後だし一緒に探すから……」
「いいから、お前は勇者見てて」
なぜか佐々木にまっすぐ見ながらそう言われて、俺は舞台袖から勇者を見ている。
やはり勇者はいきいきと舞台上で役を演じ、客席からは歓声が飛び交っている。
もう、これは成功でいいのではないか。
俺の出番は本当に最後話を終わらすためだけの添え物だ。それなら格好なんてどんなものでも構わないだろう。
ただ制服は勇者と同じなのでおかしいかもしれない、シャツのほうがまだましか──そう思っていると佐々木が現れた。
「遅くなった」と言ったその手には俺のローブが握られている。
「ありがとう、どこにあった?」
ホッとしながら受け取ろうとした。
しかし、佐々木は俺を回避しながら「俺が持ってた」と言って俺のローブを纏った。
──何してる。
「おいっ! それ俺の──」
「魔王はこっち」
そう言って白いマントを掛けられる、佐々木は俺の腕を掴み「小池……悪かったな」と小さく言って舞台に進み出た。そして──
「ふはははははは、吾輩は──悪魔である」
──完璧な悪魔の笑い方で佐々木が笑った。
「魔王と……悪魔か、悪魔めもうお前の好きにはさせない!」
勇者が剣を構え悪魔に対峙する。
あれ? おかしいな魔王は? 俺魔王だよね?
俺も笑ったほうがいいの?
そう思いながらキョロキョロしている俺を無視して台本通りに話が進んでいく、そしてついに悪魔は倒され「勇者め、覚えていろよ」と捨てゼリフを吐き退場した。
悪魔は去り際に「あとヨロシク」ととんでもない事を囁いた。
勇者と二人、舞台に残される。
もう、頭の中は真っ白だ。これどんな話だっけ、勇者が何か言っている。
「──もう悪魔は倒したから。優輝、帰ろう俺たちの世界に」
勇者が俺に手を伸ばしてそう言った。これはどういう設定なのだろうか? しかし俺の役はこれだ。
「いや、俺魔王だし……」
もっと他に言い方があるだろうがこれが俺の精一杯だ。でもきっと間違えていないはず。
だって勇者を見ると微笑んでいる……。
「大丈夫、その呪いは俺が解くから──」
勇者がそのセリフを言って近づいてきたことは覚えている。
あと覚えているのは勇者の目の横にある小さなほくろと、割れんばかりの悲鳴のような歓声と──
──やわらかい、唇の感触だ。
そうして呪いは解けて、俺は魔王からただの小池優輝に戻った。
この結末がアリだったのかは不明だが、俺たちのクラスは見事文化祭の人気投票一位を獲得し、現在黒板の横にその賞状が誇らしげに掲げられている。
ラストの改変については、皆どうなるかは知らないが変わるという事は知っていたらしい…………俺にも教えてほしかった。
皆はもとのように俺の事を小池と呼ぶようになり俺は魔王ではなくなった。ただ──
「優輝、一緒に帰ろうか」
「うん」
──呪いが完全に解けたのかという事については、ちょっと、よくわからない。
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