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二章(ジョン視点)
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しおりを挟む父の寝所は、全ての窓が開け放たれ、光が降り注いでいた。患者の陰気を吹き飛ばすように明るく、心地よい風が吹き込んでいた。
天蓋は降ろされ、中の様子は見えない。傍らにエレオノールが椅子に座って、何やら本を開いて朗読しているようだった。
こちらに背を向けて座っているせいか、まだエレオノールはジョンに気づいていない。侍女たちの姿も無かった。この部屋には三人しかいなかった。
エレオノールはしばらく朗読していたが、何か様子に気づいて、天蓋を開けて父に声をかけた。
「──陛下、どうされました」
「ジョン、あいつは今日も来ないのか」
寝たきりにしてはしっかりした喋り方だった。一国の王は、病に犯されても威厳があった。
それよりも話題が自分のことだったのにジョンは驚いた。死が迫っているときでも皇太子であるジョンは政務から遠ざけられ捨て置かれている状況で、父が自分を気に留めているなど微塵も思っていなかった。
どんな会話をするのか気になったジョンは、二人がこちらに気づいていないことを幸いに、物陰に隠れ耳を澄ませた。
「また愛人に入れ込んでいるのか。全くけしからん奴だ」
「私に引き留める力が無いために申し訳ありません」
「いや、余が悪いのだ。あんな不出来に育ててしまった余が」
「陛下はあまねく世を治める大役がございます。陛下の責任ではありません」
それを聞いてジョンはがっかりした。ジョンに浴びせてきた罵倒と大して変わらなかった。
「ですが、私は信じております。殿下は、良い君主となるでしょう」
「なぜ、そう言いきれる」
「殿下はただ、陛下への反抗で、あのような振る舞いをなされていると思われます。不敬ですが、陛下がみまかられた後は、良い君主ぶりを発揮されるでしょう」
「そうだろうか」
「反抗するお相手がいないのですから。…この言い方も不敬ですね」
「全くだ」
短い笑いが起きる。本当の親子のように打ち解けた様子なのが癪に障る。父ともエレオノールとも、こんなふうに話せたことは無かった。
「余が死んでも大丈夫か」
「きっとご回復されますよ」
「余が死んでも大丈夫か?」
「……私のことはお気になさらぬよう」
エレオノールの声は暗かった。沈黙の後、ぎ、と椅子を引きずる音がした。何があったのだろうとジョンは物陰から顔を出して目を見張った。
エレオノールは立ち上がって、あろうことか天蓋の中へ上体を忍ばせていたのだ。
中の様子は伺いしれない。なんのやり取りが交わされているのか分からない。だが、いくら世話の為とはいえ、二人きりで、しかも寝台に入るなど、勘違いされてもおかしくない行為だ。
否、そうとしか見えなかった。思えば、花嫁候補が伯爵家だった時からおかしいと思っていた。公爵にも年頃の女はいる。いくら王族の血がわずかに入っているからと言って、あそこまで父が強引に進めるような婚姻では無かったはずだ。
もしや昔から二人はそういう関係だったのかもしれない。エレオノールは上手く取り入り、将来の王妃の座を得るために父をたぶらかした。あの控えめな態度は偽りで、狡猾さをひた隠しにしていたのかもしれない。
ジョンは静かに部屋を出た。ジョンの顔を見た衛兵は、たじろいで後ろに後退し、最後は壁にぶつかった。
「間抜けめ」
吐き捨てる。ジョンは自嘲の歪んだ笑みを浮かべていた。
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