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二章(ジョン視点)
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しおりを挟む父がやっと死んだ。ジョンは、己の時代が来たと歓喜した。
国葬式を終えると、エレオノールが自らやって来た。向こうから訪ねてくるのは初めてだった。
「なにか用か」
エレオノールは仰々しく一礼すると、お願いが、と言った。
「ココット・パール夫人を罷免なさいませ」
突然の申し出に、カッと頭に血が上る。ココットがどれだけ自分を支えてきてくれたか。王となった今、その功績に報いる時が来たというのに。
「何を言っている。そんなことするわけ無いだろ」
「パール夫人は、宮廷費を着服し私腹を肥やしております」
その証拠だと、台帳を見せた。エレオノールは支出を計算した結果、差額が発生し、その金額がココットの手下に回っていると説明した。
「台帳は二冊ありました。陛下が確認する台帳には偽の金額が記入され、長らく隠蔽されていました。その為に先王も把握出来ていませんでした」
「なんだそれくらい。財政管理はココットの兄が監督していた。多少の金額の差異くらい大目に見ておけ」
「陛下は、この不正に気づいていたのですか」
「ココットは俺を支えてきてくれた。お前が部屋に籠もってばかりの時もな。宮廷行事にもロクに参加せず、父が亡くなった途端に王妃きどりか」
「殿下がそうお命じになったではありませんか」
「俺がいつ?」
エレオノールは一拍沈黙して、口を開いた。
「…私はパール夫人に行動を制限されていました。陛下は朝は苦手だからお会いにならぬようにと言われ、昼時に伺おうとすると今日は会いたくないと言われました」
「俺はそんなこと言っていない」
「全て、パール夫人からの言伝でした」
沈黙が落ちる。その間に、エレオノールは悔やむように頭を振った。
「パール夫人が着服した金額は一年の国家予算の一割に相当します。これを大目に見ろと陛下は仰るのですか」
青い瞳が責めるようにジョンを見る。いつもの無表情のままで非難されれば、ジョンの心に反抗心が芽生える。
「──いいや。お前の言う事は信じられない。何しろ、父の情婦だったのだからな」
エレオノールの眉が、わずかに動く。
「お前は父の寝所に出入りしていた。母を差し置いて父をたぶらかしていたんだろう」
「そのような事実はありません」
「俺は見たぞ。お前が父の寝台に上がるのをな」
眉をひそめるエレオノールに、ジョンは確信する。やはりこの女は父と──
「いい加減になさりませ」
落ち着いた、しかし低い声がジョンに突き刺さる。
「先王様は、とてもお優しい方でした。妻足り得ぬ私にも親身になってくださいました」
「それだけじゃないだろう。特別な何かが無ければ、伯爵家が俺の妻になるわけないだろ」
「先王様のお茶会に参加しました折、お目に留めていただきました。それだけでございます」
「そんなわけないだろう!馬鹿にするな!」
手近にあったインクを投げつける。墨が絨毯に散らばり、エレオノールの衣装の裾を汚した。
気に食わないのは、エレオノールが微動だにしなかったことだ。怯えもしない。よほど肝が据わっているのか、当てないだろうと高をくくっているのか。どちらにせよ馬鹿にしている。王たる者を、軽んじているのだ。
「俺は夫だぞ!何故、俺を優先しない!何故、俺の機嫌を取ろうとしない!いつも父はがりにおもねって!そんなに俺が気に食わないのか!」
「それはパール夫人が」
「アイツはお前を誘っても断られたと言っていたぞ。俺の為に動いてきたココットと、何もしないお前と、俺はどちらを選ぶと思っている!?」
ペンを投げつける。エレオノールまで届かずに床に突き刺さる。
言いたいだけ言い切ったジョンは、肩で呼吸をした。少し叫んだだけなのに息切れするなどと思ったが、これは怒りから体が震えているのだと気づいた。
ジョンは怒りのままにエレオノールに近づき、手を引いた。強引に寝室へ連れて行って、ベッドに押し倒す。
「なら俺がお前を抱けば、俺に従うか」
「おやめください」
「俺を拒むのか」
「今は喪中です」
「やはりお前は父の手先か」
「違います。陛下、私は」
「うるさい!」
エレオノールの胸元の服を引き裂く。こんなときでも、エレオノールは顔色一つ変えなかった。冷めた瞳。哀れみのような瞳。見上げているのに、見下されているような気分になる。
引き裂いた胸元に、何かが差し込まれているのを見つけた。取り出すとコルセットに隠すように封筒が入っていて、四隅に『愛する娘、エレオノールへ』と綴られていた。
「なんだこれは」
「お待ちください。開けないで」
あからさまにエレオノールが焦りだす。これに何か秘密が隠されていると気づいたジョンは、封筒を開けた。
だがここに来てエレオノールが抵抗しだした。封筒を開けたもののジョンの手から手紙を奪い取ったエレオノールは、それを握りつぶした。
「何を隠す。見せろ」
「陛下がお読みになるような代物ではありません」
「見せろ!」
エレオノールから手紙を奪い返し、中身を開く。
サインで直ぐに分かった。それは亡き父が書いた手紙だった。
手紙にはこう記されていた。
『もし、不肖の息子が、エレオノール妃との婚姻を破棄する愚行をする場合は、教皇ヒラリオンの権利章典を発動し、決して離婚せぬよう』
「──なんだこれは」
エレオノールは顔をそむけ拒絶した。
教皇ヒラリオンの権利章典。王族のジョンだけでなく、万人が知る有名な法律だった。
様々な法律が列挙されるが、この場合に限っては一つ。
『王の取り決めた結婚を無効に出来ない』という法律。
それを示しているのだ。権利章典を発動させるには、時の教皇の至上命令書を得なければならない。
ご丁寧なことに、父の遺した手紙の二枚目に、その命令書が付随されていた。
ジョンは笑った。笑いが止まらなかった。
これでハッキリした。どんなにエレオノールが言い訳しようとも、この証拠があるからには取り繕えない。
やはりエレオノールは父の手先で、ジョンが離婚を切り出した場合の奥の手を隠していたのだ。
権利章典を破き捨てる。胸元に落ちていく紙くずを、エレオノールは呆けたように見守っていた。
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