【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

112

文字の大きさ
23 / 50
二章(ジョン視点)

5

しおりを挟む

 父がやっと死んだ。ジョンは、己の時代が来たと歓喜した。

 国葬式を終えると、エレオノールが自らやって来た。向こうから訪ねてくるのは初めてだった。

「なにか用か」

 エレオノールは仰々しく一礼すると、お願いが、と言った。

「ココット・パール夫人を罷免なさいませ」

 突然の申し出に、カッと頭に血が上る。ココットがどれだけ自分を支えてきてくれたか。王となった今、その功績に報いる時が来たというのに。

「何を言っている。そんなことするわけ無いだろ」
「パール夫人は、宮廷費を着服し私腹を肥やしております」

 その証拠だと、台帳を見せた。エレオノールは支出を計算した結果、差額が発生し、その金額がココットの手下に回っていると説明した。

「台帳は二冊ありました。陛下が確認する台帳には偽の金額が記入され、長らく隠蔽されていました。その為に先王も把握出来ていませんでした」
「なんだそれくらい。財政管理はココットの兄が監督していた。多少の金額の差異くらい大目に見ておけ」
「陛下は、この不正に気づいていたのですか」
「ココットは俺を支えてきてくれた。お前が部屋に籠もってばかりの時もな。宮廷行事にもロクに参加せず、父が亡くなった途端に王妃きどりか」
「殿下がそうお命じになったではありませんか」
「俺がいつ?」

 エレオノールは一拍沈黙して、口を開いた。

「…私はパール夫人に行動を制限されていました。陛下は朝は苦手だからお会いにならぬようにと言われ、昼時に伺おうとすると今日は会いたくないと言われました」
「俺はそんなこと言っていない」
「全て、パール夫人からの言伝でした」

 沈黙が落ちる。その間に、エレオノールは悔やむように頭を振った。

「パール夫人が着服した金額は一年の国家予算の一割に相当します。これを大目に見ろと陛下は仰るのですか」

 青い瞳が責めるようにジョンを見る。いつもの無表情のままで非難されれば、ジョンの心に反抗心が芽生える。

「──いいや。お前の言う事は信じられない。何しろ、父の情婦だったのだからな」

 エレオノールの眉が、わずかに動く。

「お前は父の寝所に出入りしていた。母を差し置いて父をたぶらかしていたんだろう」
「そのような事実はありません」
「俺は見たぞ。お前が父の寝台に上がるのをな」

 眉をひそめるエレオノールに、ジョンは確信する。やはりこの女は父と──

「いい加減になさりませ」

 落ち着いた、しかし低い声がジョンに突き刺さる。

「先王様は、とてもお優しい方でした。妻足り得ぬ私にも親身になってくださいました」
「それだけじゃないだろう。特別な何かが無ければ、伯爵家が俺の妻になるわけないだろ」
「先王様のお茶会に参加しました折、お目に留めていただきました。それだけでございます」
「そんなわけないだろう!馬鹿にするな!」

 手近にあったインクを投げつける。墨が絨毯に散らばり、エレオノールの衣装の裾を汚した。
 気に食わないのは、エレオノールが微動だにしなかったことだ。怯えもしない。よほど肝が据わっているのか、当てないだろうと高をくくっているのか。どちらにせよ馬鹿にしている。王たる者を、軽んじているのだ。

「俺は夫だぞ!何故、俺を優先しない!何故、俺の機嫌を取ろうとしない!いつも父はがりにおもねって!そんなに俺が気に食わないのか!」
「それはパール夫人が」
「アイツはお前を誘っても断られたと言っていたぞ。俺の為に動いてきたココットと、何もしないお前と、俺はどちらを選ぶと思っている!?」

 ペンを投げつける。エレオノールまで届かずに床に突き刺さる。

 言いたいだけ言い切ったジョンは、肩で呼吸をした。少し叫んだだけなのに息切れするなどと思ったが、これは怒りから体が震えているのだと気づいた。

 ジョンは怒りのままにエレオノールに近づき、手を引いた。強引に寝室へ連れて行って、ベッドに押し倒す。

「なら俺がお前を抱けば、俺に従うか」
「おやめください」
「俺を拒むのか」
「今は喪中です」
「やはりお前は父の手先か」
「違います。陛下、私は」
「うるさい!」

 エレオノールの胸元の服を引き裂く。こんなときでも、エレオノールは顔色一つ変えなかった。冷めた瞳。哀れみのような瞳。見上げているのに、見下されているような気分になる。

 引き裂いた胸元に、何かが差し込まれているのを見つけた。取り出すとコルセットに隠すように封筒が入っていて、四隅に『愛する娘、エレオノールへ』と綴られていた。

「なんだこれは」
「お待ちください。開けないで」

 あからさまにエレオノールが焦りだす。これに何か秘密が隠されていると気づいたジョンは、封筒を開けた。
 だがここに来てエレオノールが抵抗しだした。封筒を開けたもののジョンの手から手紙を奪い取ったエレオノールは、それを握りつぶした。

「何を隠す。見せろ」
「陛下がお読みになるような代物ではありません」
「見せろ!」

 エレオノールから手紙を奪い返し、中身を開く。
 
 サインで直ぐに分かった。それは亡き父が書いた手紙だった。


 手紙にはこう記されていた。

『もし、不肖の息子が、エレオノール妃との婚姻を破棄する愚行をする場合は、教皇ヒラリオンの権利章典を発動し、決して離婚せぬよう』


「──なんだこれは」

 エレオノールは顔をそむけ拒絶した。
 教皇ヒラリオンの権利章典。王族のジョンだけでなく、万人が知る有名な法律だった。
 様々な法律が列挙されるが、この場合に限っては一つ。

 『王の取り決めた結婚を無効に出来ない』という法律。

 それを示しているのだ。権利章典を発動させるには、時の教皇の至上命令書を得なければならない。
 ご丁寧なことに、父の遺した手紙の二枚目に、その命令書が付随されていた。

 ジョンは笑った。笑いが止まらなかった。

 これでハッキリした。どんなにエレオノールが言い訳しようとも、この証拠があるからには取り繕えない。
 やはりエレオノールは父の手先で、ジョンが離婚を切り出した場合の奥の手を隠していたのだ。

 権利章典を破き捨てる。胸元に落ちていく紙くずを、エレオノールは呆けたように見守っていた。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ
恋愛
侯爵令嬢リオナは、婚約者アルベルトが「幼馴染が可哀想だから」と約束を破り続ける日々に耐えていた。領地再建の帳簿も契約も、実はリオナが陰で支えていたのに、彼は「君は強いから」と当然のように扱う。決定的な侮辱の夜、リオナは怒らず泣かず、完璧な笑顔で婚約指輪だけを返して屋敷を去った――引継ぎは、何一つ残さずに。 翌日から止まる交易、崩れる資金繰り、露出する不正。追いすがるアルベルトを置き去りに、リオナは王立監査院の臨時任官で辺境へ。冷徹と噂される監察騎士レオンハルトと共に、数字と契約で不正を断ち、交易路を再生していく。 笑顔で去っただけなのに、泣くのは捨てた側だった。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

「君は大丈夫だろ?」と可哀想な元恋人を選択した夫。~今さら復縁を迫っても、愛は既に錆び付いています~

水上
恋愛
夫と白い結婚をして、傾いた領地を努力と苦労の末に立て直した伯爵令嬢ヴィクトリア。 夫との関係も良好……、のように見えていた。 だが夫は「君は強いから」と、めそめそ泣く元恋人を優先し、ヴィクトリアの献身を踏みにじった。 その瞬間、彼女の恋心は錆び付き始めた。 「私が去ったら、この領地は終わりですが?」 愛想を尽かした彼女は、完璧な微笑みの裏で淡々と離縁の準備を始める。 これは、有能な妻が去り、無能な夫が泥沼に沈むまでを描く、冷徹な断罪劇。

処理中です...