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しおりを挟むというわけで翌日。初めてもらった休日。ルイーズは、いつも起きる時間に目を覚ました。
頭をぶつけないようにベッドから降りる。三角の天井の部屋、ここは屋根裏だ。
一階は本屋、二階が新聞社の事務所、三階がノックスの自宅で、その上の屋根裏に、ルイーズは住まわせてもらっていた。
三角天井の頂点の場所でしか立てないほど、狭い部屋だ。もともとは倉庫で、その前は使用人部屋だったという。寝るだけなら全く問題ない。
天井に窓があり、そこから屋根に登れる。怖くてまだ登ったことはないが、今日くらいに挑戦してみてもいいかもしれない。
ルイーズが持っている服は二着だ。身につけていると気づかないものだが、こうしてベッドに並べてみると、どちらも酷いボロッ切れだ。ノックス編集長が買えと言うのも頷ける。
もう一週間経つのかと感慨深くなる。正直、こんなに上手くいくとは思っていなかった。
父や兄は今頃どうしているのだろうと考えるのは、自分に余裕があるからだ。新聞社で働いているのだから、当然、貴族や王家の話題は簡単に収集出来る。ルイーズが失踪したことは一切取り上げられず、また王太子の婚約者も発表されず、沈黙が続いていた。
自分を探している形跡も無さそうだし、すっかり少年の姿になった自分が見つかるとも思えなかった。
屋根裏部屋の小さな窓から光が差し込む。今日は良い天気になりそうだ。
王都では、全部で五つある大通り全てがコーリーン広場へと繋がっている。初めて王都に来た者でも、大通りを通れば迷うことはない。親切な作りだ。
コーリーン広場では、毎日色々な催しが行われている。大道芸や芝居はもちろんだが、王の誕生祭などがあれば、屋台が立ち並び一晩中騒ぎが続く。かと思えば、罪人の公開処刑にも使われる。そんな場所だ。
ルイーズはその広場を突っ切って普段行かない通りを歩いてみることにした。一番の目的は服屋に行くことだが、その前に街をぶらぶら歩いてみたかった。
カーラーン通りは、教会があるせいか荘厳な建物が多い。朝の礼拝に参加した人たちの姿もちらほら見える。めったに姿を見せない修道女の姿もあった。
ルイーズの目的は教会近くにある修道院だった。修道院で売っている菓子は、素朴ながら王族にも献上されるほどだ。ルイーズも何度か食べたが、すっかり虜になっていた。
修道院の裏口で菓子を売っているらしい。行ってみると確かに、数人の修道女が立っていた。
「すみません、一つください」
「あら、見ない顔ね。どこの子?」
どこの子?親の名前を言えばいいのか、住んでいる所を言えばいいのか迷っていると、別の修道女が教えてくれた。
「このお菓子はね、誰でも買えるわけじゃないの。毎日焼ける菓子の数は決まっているから、この地区に住んでいる住人優先で売ってるの」
平民へ売れるのは、王族や貴族へ優先に売った後の残り物だという。
「そうだったんですか…」
「どこに住んでるの?」
「トゥールーズ通りです」
修道女たちは申し訳なさそうに顔を見合わせる。ルイーズは諦めることにした。
「あ、でも待って」
と言ったのは、説明してくれた修道女だ。彼女は建物の中に入ると、小走りで戻ってきた。手には小さな袋を握っている。
「これあげるわ」
手を取ってルイーズに握らせて、修道女は微笑みを見せた。
「試作なの。気に入ってくれるといいけど」
「いいんですか?」
「あげといて返せだなんて言えないわ。お代もいらないわ」
喜びが顔に出ていたらしい。修道女はくすくす笑い出した。ルイーズはちょっと恥ずかしくなった。
「すみません。気を遣っていただいて」
「子供がそんなこと言わなくていいの。生誕祭の時にはコーリーン広場で売り出すから、よかったら買いに来てね」
良いことを聞いた。生誕祭と言えば来月だ。絶対に買いに行こう。
修道女たちに別れを告げ、お菓子の入った袋を懐に隠して別の場所へ向かう。コーリーン広場に戻ると、もう時間は昼を過ぎていた。
どこまでも歩けるルイーズであるが、やはり徒歩では時間がかかる。いろいろ見て回りたかったが、先に古着屋に寄って、時間があれば他の場所にも行ってみよう。
その前に腹ごしらえだ。広場の屋台でニシンの焼き魚を買う。串に刺してあって油が滴り落ちる。ルイーズは服を汚さないように気をつけてかじりついた。歩きながら食べるなど、貴族であった頃は考えられなかった。やってみると、とっても楽しい。青空の下で開放感もあった。
トゥールーズ通りに戻り古着屋へ向かう。途中、何やら叫び声が聞こえた。
何だ?と思っていると、声はどうやら店の中にいる客らしい。店はルイーズが最初に訪ねたかつら屋だった。あの時以来、店の前を通りはするが特に用もないので立ち寄ったことはなかった。
ガラス越しに店の中を見てみる。そこに居た人物たちに、ルイーズは目を剥いた。
それはルイーズの二人の兄だった。
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