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しおりを挟むなぜ兄たちが?いつの間に帰国したのだろう。しかもこんな場所にいるなんて。ルイーズはとっさに手提げ袋から帽子を取り出し深く被った。こんな姿をしているとしても目が合ったら気づかれるかもしれない。
このまま逃げても良いのだが、それだと兄たちの動向が掴めない。父がどうしているかも気になる。ルイーズは危険を承知で覗き見することにした。
ショーケースの品物を見るフリをして、様子を伺う。店のドアは開いている。ガラス越しだとしても、ある程度、中の声は聞こえてきた。
『──間違いない!これ!ルイーズの髪だよ!』
叫んだのは上の兄だ。その兄が手にしていたのは、まさに一週間前、切り落としたルイーズの黒髪だった。
『そうか?髪なんかどれも一緒だろ』
一歩引いて答えているのが下の兄だ。
『全然違う!ほら見てくれ!この滝のような艶のある髪、光沢具合、ルイーズしか有り得ないよ!』
何故そんな自信満々に言えるのだろうか。ルイーズは兄の鋭い観察眼が純粋に気持ち悪かった。優しい兄なのだが、今はただただ怖かった。
『もう半年も会ってないんだぞ。髪なんか覚えてられるか』
冷静な下の兄。上の兄は、ルイーズのかつらに指を入れ梳き始めると、また悲鳴を上げた。
『ほら!このなめらかな指通り。ルイーズだよ』
ルイーズは兄に髪を触らせた事はなかった。まるで毎日触ってきたかのような物言いにゾッとした。
『分かるわけねぇって。妹となると変態になるの止めてくれ』
『いや!でもほら触ってみてよ!』
『分かんねぇって。取り敢えずルイーズの可能性があるってなら、買っとけばいいだろ』
下の兄が店員を呼びつける。値札の倍を払う。ショーデ侯爵の屋敷に届けろと、指示する。店員が、かつらを受け取ろうとするが、上の兄は嫌がって離さなかった。
『持って帰るんだ!やっと見つけたのに、ルイーズと離れたくない!』
『今日は馬車じゃないし、まだ寄る所がある。邪魔になるから届けてもらえ』
『邪魔!?ルイーズが邪魔なの!?』
『……大事なルイーズの髪が、危険に晒されてもいいんだな?』
『駄目だ!』
『じゃあ届けさせる。いいな?』
上の兄が悔しそうに店員に渡す。かつらが奥のバックヤードに消えていくと、兄はがっくりうなだれた。
会計を終えた二人が店から出ようとするので、ルイーズは慌ててその場を離れた。
通りの裏道に入る。兄たちを尾行する勇気はルイーズには無い。本当にどうしてこんな場所に兄たちがいるのか。ルイーズを探しに来たのだろうか。そうとしか思えなかった。
にしても上の兄のあの異常さ。優しい兄だとばかり思っていた。いや、優しい兄ではあるのだが…。ルイーズは考えるのを止めた。
ぶらぶらして兄と鉢合わせるのはマズい。服を買ってもう帰ろう。幸い、古着屋はこの裏通りにある。ルイーズは足早に向かった。
それなりに丈にあった服を購入し、帰宅する。見つからずに戻ってこられた安心感からか、疲れもやってくる。一階の本屋の店長に挨拶をする。
「ただいま、店長さん」
「もう帰ってきたのかい?」
「うん、疲れちゃって」
いつも通り店長は新聞を読んでいた。一瞬だけ顔を見せると、直ぐにまた新聞を読み始めた。
「そういや上に客が来てるよ」
「あ、じゃあお茶をお出ししないと」
「それくらいノックスがやるさ。休日なんだから仕事する必要はない」
店長の言うことは最もだった。今日は休日。このままダラダラと屋根裏で過ごしたって、咎める人はいない。
「それに珍しい客だったぞ」
「珍しい?」
「二人組みでな。若い男だったが身なりが良い。貴族だろうな」
二人、男、貴族。抽象的だったがルイーズは過敏に反応してしまう。
「あの…その人たちって、めちゃくちゃガタイがよくてものすごく目つきが悪い…?」
「ああそうそう。そこの階段を窮屈そうに登ってたよ」
となると心当たりしかない。これで兄たちでは無いだなんて思えない。
どうして新聞社に?まさか見つかった──?
いや、それはない。かつら屋では、あんなに取り乱していた。そういえば寄る所があるとか言っていたような。それが、この新聞社だったのかもしれない。
「知り合いかい?」
「ううん。店に入るのを見かけただけ。店長さんの言う通り、部屋で休むよ」
なんでもないふうに取り繕って、ルイーズは階段を登る。驚きの連続で、本当に屋根裏で休みたい気分だ。
しかしこれは好機だった。今、家がどういう状況なのか、こっそり忍び込めば分かるかもしれない。
二階に上がる。表の入口以外にも、事務所の給湯室から入る扉がある。音を立てないようにこっそり入り込む。
給湯室はとっても狭い。ルイーズが寝転ぶくらいしかない。湯を沸かすくらいしか使わないから、これくらいで十分だが、兄ほどの人だったら入れないかもしれない。
給湯室から事務所へは扉があるが、夏のこの時期は風通しを良くしようと開け放っていた。お陰で事務所での会話が丸聞こえだ。ルイーズは向こうから姿が見えないようにしゃがみ込んで、耳をそばだてた。
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