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しおりを挟む上の兄はジェームズ、下の兄はアランと言った。どちらも大男で、将来は軍人をと期待され外遊中だった。今、本国にいるのは紛れもなくルイーズのせいだ。父に呼び戻されたのは明白で、何か目的があってこの新聞社へ赴いた。
さて、何を話しているのか。ルイーズは息を潜める。
「──侯爵の心配りには感謝してもし尽くせない」と、ノックス編集長。
「そちらのご多難を思えば当然のこと。父からもくれぐれもと言われている」
上の兄ジェームズの声だ。さっきまで取り乱していたとは思えない、すっかり余所行きの喋り方になっている。
「うちは見ての通り汚い事務所でな。とてもじゃないが二人に出せる茶なんて無い」
「確かに汚いな」
「アラン」
「はは。いいんですよ事実なんでね。今日はどういったご用件で?」
ジェームズが実は、と言う。
「そちらの新聞に、私信を載せてほしい」
「私信?」
「短い文面だ。どこでも構わないから紛れ込ませてほしい」
「内容次第だな。あんまり変なのは載せられない」
「……アラン、書いてきた文面を見せてやってくれ」
少しの沈黙。紙か何かを編集長に渡したのだろう。しゃがんでいるから、彼らのやり取りまでは直接見れない。
「風の噂で、王太子殿下の婚約者が、そちらのルイーズ嬢に決まったと聞いたが本当か?」
編集長の問いかけに、どちらの兄も答えなかった。
「…不躾な質問をした。分かった。この私信は掲載する。だが、うちは小規模だ。目当ての者の目に触れるとは思えないが」
「構わない。既に他にも手を打っている。この私信が空振りに終わっても、それが手がかりとなる」
「深くは聞かないさ。怖いんでね」
それから三人は、株価だの金の高騰だの、ルイーズには余り関係のない、当たり障りの無い会話に入る。一通り話し終えると二人の兄は、ではよろしくと、あっさり帰っていった。
扉が閉まる音がして息をつく。勇気を出して忍び込んで良かった。これで掲載したいという私信がどんな物なのか見てみれば、何か分かるかもしれない。
ルイーズはそっと立ち上がろうとする。
その時だった。
「──おい、いるのは分かってんだぞ」
地を這うような低い声。ルイーズは、どきりとした。
ビクついて動けないでいると、コツコツと靴音がやって来る。
「盗み聞きとは良い度胸だ」
ルイーズの目の前で靴が止まる。
「……編集長…すみません。盗み聞きするつもりはなく…」
「ルイーズだな?」
確信の問いに、ルイーズは動揺が止まらない。否定も肯定も出来ず、固まる。
しかし沈黙すればするだけ、答えは肯定へと傾く。
どこからか涼しい風が吹き込む。風が止んでも沈黙は続く。編集長も何も言わない。
言い訳出来ないまま時間が過ぎて、ルイーズはとうとう観念した。
事務所では邪魔が入るかもしれないからと、三階の編集長の自宅で話をすることになった。下の事務所は荒れ放題だが、自宅はすっきりと整然としている。置かれるべき所に家具が置かれ、テーブルには物一つ置かれていない。
「座れ、汚いがな」
寝るのに使うだけの空間で、埃は溜まっている。ルイーズは言われた通りに座った。正体を見破られて、埃なんかに構っていられなかった。
テーブルを挟んで対面で座る。ノックスはソファにもたれ、足を組む。
「お前がルイーズなのは、来た日から分かっていた」
「え?じゃあ初めから…?」
「あれだけベラベラ自分のこと喋ってたら分かるだろ。バレバレだったぞ」
ネタと称して自分のことを語り過ぎたのは否めないが、そんなに分かりやすかったのだろうか。
「初めはショーデ侯爵に連絡しようかと思ったが、止めた。髪まで切ったんだ。全てを捨てる覚悟でやって来たお前を、俺が止めるわけにはいかない」
「でも、父さまに恩があると…」
「ショーデ侯爵は、馬車に轢かれた俺の弟を病院に運んでくれた。結局助からなかったが。それ以来、侯爵は何かと気に留めてくれてな。命日には墓に花を供えてくれている」
父がそんなことをしていたなんて。でも優しい父が放っておけないのも分かる。それこそがルイーズが知る父の姿だった。
ルイーズは両手を重ね握りしめる。
「弟さんの安らかな眠りをお祈りします」
「ありがとう。弟も喜ぶ」
それより、と言ってノックスは一枚の紙を見せた。
「気になってるのはコレだろ?」
兄たちが依頼したメッセージの紙だ。指でつまめるくらいの小さな紙だった。
ノックスは裏を向けて机の上に置いた。ルイーズはそっと手に取った。メッセージを読む。
『Lへ。無事を祈る』
小さな紙にふさわしい短い言葉。ルイーズは急に家族が恋しくなって、紙を握りしめた。
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