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しおりを挟む新聞に掲載されて数日後、ルイーズは手紙を書いた。どこから出したか分からないように、地方に行くというノックス編集長に手紙を託した。
これまで通りルイーズは仕事に打ち込んだ。カフェで代筆業をしながら、情報屋から情報をもらう。ルイーズの字は綺麗だからと、字の書ける人からも頼まれることがあった。字の読めない人の代わりに手紙を読み上げると、とても感謝される。嬉しいし楽しい。この仕事にやりがいをもっていた。
今日もカフェで代筆をする。客が途切れて、そろそろお昼でも頼もうと思っていた所で、何やら周りがざわつき始める。
テラス席からでは、ざわつきの原因は見えない。喧嘩なら怒鳴り声が聞こえ、事故なら悲鳴が聞こえる。どちらでも無いからそんな大事ではないのだろうと当たりをつけて、ルイーズは給仕にサンドイッチを頼んだ。
今のうちにと代筆した手紙の整理をする。手紙を郵便局へ持っていくまでを請け負っている。あらかじめ送る場所ごとに分けておくと、郵便局員にとても感謝されるので、時間が空いたときにするようにしている。お礼にとこの前は飴をくれた。
そうしている間に、ルイーズはざわつきの正体を知る。道路に現れたのは一人の青年。ただの青年じゃない。貴族だ。
こんな往来で、馬車にも馬にも乗らずに歩いているなんて相当な変わり者だ。その者は黒の軍服を着ていた。小さな星型のバッチが胸に三つ付いているのは司令官並の階級だ。周囲が、とりわけ女性がため息をつくのも無理はない。金髪碧眼の、大変見目麗しい顔をしている。
青年は一人で歩いてはいたが、従者がいた。猫背の初老で、青年の引き立て役にも見えるほど、おどおどしていた。
このカフェはトゥールーズ通りと隣のハーラーン通りを横切る道にある。大通りほどではないが裏道よりは活気があり、こうしてカフェを営む位には、人々の往来もある。そんな場所だ。
とはいえ貴族などがやって来るような場所ではない。頼りない従者一人なんて有り得ない。しかも彼は容姿端麗。周囲が遠巻きに見るのもうなずけた。
ルイーズの知らない顔だった。それもそうだ。社交界に顔を出し始めたのは去年。交友関係は広くない。ましてや軍人など。とにかく目に留まらないようにルイーズは手紙の選別に専念した。
「……そろそろ戻りませんと」
従者の声だ。ちらりと伺うと、よりによってルイーズの座っている席の前で、二人が話をしだした。
「誰が行くか。俺が行っても邪険にされるだけなのに」
「そう言わず、招待状はもらっておりますゆえ」
「破いて捨てた」
高圧的な言い方は軍人で貴族らしい。ルイーズは無視を決め込んで、選別を終えてレターバックに詰めこんだ。
「ならせめてお断りの知らせだけでも送りませんと」
「面倒だな。書いておけ」
「い、いえ、私は学がありませんので、下手な文言ですと、旦那様に恥をかかせてしまいます」
青年はあからさまに舌打ちする。恐縮する従者が、こちらに何やら視線を送る。
「──もし」
従者が声をかけてくる。何故という疑問を呑み込んで、ルイーズは何でもない顔をして、はい、と返事をする。
「紙やらペンやらをお持ちですね。もしや代筆屋ですか?」
「ええ。そうですが」
嫌な予感がする。こういう時はよく当たるものだ。
従者が主人に向き直る。
「旦那様、こちら代筆の者です。メッセージを代わりに書いてもらってはいかがでしょうか」
「何でもいい。好きに対処しろ」
と言いつつ視線はルイーズに向けられる。テーブルの上の紙やらペンやらの仕事道具に興味があるらしい。
「──お前、子供の割に綺麗な顔をしているな」
と思ったらルイーズを見ていたようだ。ルイーズは面食らって、顔を伏せた。
「は…?そ、そうですか。私は男ですよ」
「平民にしては整っている」
どう答えるべきなのか。ルイーズは従者に視線を向け助けを求める。しかし従者も戸惑っていて、何の役にも立ちそうにない。
「だ、代筆します。何を書けばよろしいですか?」
話を本筋に戻そうとペンを取る。ちょうど給仕がサンドイッチを持ってきたので、隣のテーブルに置いてもらう。
貴族軍人なら少し質の良い紙の方が良いだろうが、あいにく持ち合わせが無かった。ルイーズはいつも使う薄い紙をテーブルに広げる。
「文言は?」
「くだらん食事会を断る内容ならなんでもいい」
「招待状は…」
貴族の食事会ならば招待状に出欠を書いて返信すればいいのだが、破いて捨てたと聞こえてきたような気がする。
「捨てた。食事会は今日だ。直ぐに断りたい」
直前の食事会を断るなど無礼千万だ。相手は相当不快に思うだろう。行きたくないのならもっと早くから断れば良かったのに。相手に対する嫌がらせにも思えた。
ルイーズはペンを走らせる。こういうときに書く文言は大体決まっている。定例文を書いて、最後に『返信遅延申し訳なく』と添えておいた。
「確認を」
と、紙を見せる。従者が受け取って主人へ渡す。主人は一瞥すると、紙をテーブルに置き、ルイーズからペンを取り何やら記入した。おそらく自分の名前だろう。
従者は銀貨一枚を机の上に置く。
「助かりました。今回の報酬です」
「こんなに受け取れません」
「我が主は満足しております。時間がありませんのでこれで」
紙を折りたたみながら、二人は去っていった。あっという間の出来事だった。急な仕事を終えると、腹が減ってくる。ルイーズは隣に置いてもらったサンドイッチを食べようと目を向けて、驚愕する。
皿は空になっていた。あの従者が?いや、あの老人は手紙を両手で扱っていた。とすれば主人の方しかない。手癖の悪さに呆れてしまう。まぁ銀貨という破格の報酬に含まれていると思えば、安いものだ。
ルイーズは給仕にもう一度サンドイッチを注文する。今度はもう少し値段の高いハム入りのものにした。
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