【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

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 父は兵士たちと雨の中へ消えていった。王族殺しは死罪。ルイーズはテーブルに置かれた手紙をすぐに開けた。

 

 ノックスは一階の本屋で、店主と雑談をしていた。出来上がった新聞を店主に読んでもらい批評してもらうのが、毎回の習慣だった。

「アンタはすっかり煙草止めちまったな」

 と店主が言う。別に止めたわけじゃない。あの娘の体に悪いだろうと、隠れて吸ってるだけだ。

「そういうアンタは綺麗好きになったな」
「だろ?ホコリまみれの店ん中をあの子に歩いてもらうわけにはいかないからね」

 あの娘が転がり込んで来た日を境に、全てが一変した。情報屋とのやり取りを一部任せることでノックスに余裕が出来たし、カフェから帰ってくると、あれこれと手伝いもしてくれる。初めは世間知らずの小娘に何が出来ると侮っていたが、彼女はよく働いてくれた。根が真面目で、前向きなのは、天性のものなのか環境によるものか、どちらもだろう。人情味のある父親がいれば、娘がああも世話焼きになるのも頷けた。

 鐘が鳴る。店の入口の扉に取り付けたもので、誰かやって来たらしい。客だろうと当たりをつけて、ノックスは二階に引き上げようと立ち上がる。

「ロニー?早かったな」

 店主の言葉に、ノックスは振り返る。まだカフェから引き上げるには早すぎる。その姿に、ノックスは思わず駆け寄る。

「どうした。何があった」

 急いで走って帰って来たのだろう。息が上がって服には跳ね上げた泥が付いていた。

 なによりその顔が涙で濡れていた。

 ノックスは上着を脱いで肩にかけた。あいにく、涙を拭くハンカチなど持ち合わせていなかった。

「ロニー…何か事件に巻き込まれたのか?まさか侯爵が何か乱暴なことを?」
「……編集長…」

 ルイーズは、服の下から手紙を取り出した。

「父さまからです…」
「侯爵から…?」
「どうしよう…父さま、」

 涙が溢れる。声を殺して泣く少女に、ノックスはかける言葉が見つからなかった。




 三階まで上がって、ルイーズをソファに座らせる。盥に湯を張って、濡れた足を洗うように言うと、ルイーズは力なく頷いた。

「すみません…汚して」

 服についた泥のことを言っているのだろう。傘を差していたとはいえ、走ったせいで、彼女の服は飛び散った泥が付いていた。

「気にするな。ココアでも飲むか?落ち着く」
「それより手紙を読んでください」
「ああ分かった」

 読みながらココアを作るつもりで、二階の給湯室へ降りる。手紙を開いて、ノックスは書かれてある内容に目を疑った。


「──落ち着いたか?」

 落ち着けるわけもないだろうが、そう言うしかない。渡された手紙の内容を読んで、ノックスも平静でいられなかった。

 ココアを渡すと、ルイーズは暖を取るように両手で握りしめた。

「王族殺しは…」

 苦しげな声でルイーズが切り出す。王族殺しなどという言葉自体、言うのも憚られるのに、事実はそうなのだからそう言うしかない。

「…即刻死罪です。なのに父は処刑されず私に会いに来てくれたのは、父が侯爵なのもありますが、殺害した経緯によるものが大きいと思えます」

 王太子を殺害した経緯。それは、だった。

 書かれてあることが事実なら、国王への暗殺を阻止するために、侯爵が王太子を殺したことになる。暗殺計画を暴いた侯爵が国王へ報告し、釈明させるために王太子を呼んだ所、あろうことか王の御前でサーベルを抜いたため、反逆と見なし侯爵が銃で応戦し、心の臓に命中したと書かれてある。

 王の命を救った功績は大きいものの、後継者を殺した罪は重い。

「きっと陛下は、父さまを処刑する前に、私に会うのを許してくださったんだわ…」

 悲嘆に暮れている彼女を見るのは辛い。為す術もないこの状況に、追い打ちをかけるように無情に雨だけが窓を打ち付ける。

 雨の音を聞きながら沈黙が続く。

 雨……。ノックスはあることを思い出した。

「その昔、処刑が決まった父を助けようと、娘が国王に嘆願し、刑を免れた例がある」
「私もその話は知っています。でも、国王がたまたま視察で街に降りた所に遭遇した為に起こった奇跡です。そんな奇跡は早々に起こりません」
「お前は侯爵の娘だ。一度、屋敷に戻れ。兄たちが力になってくれるはずだ」
「でも…今このときにも父さまは処刑されてしまっているかもしれないのに」
「それはない」

 ルイーズが顔を上げる。ノックスは決して慰めのつもりで断言した訳ではなかった。
 
「処刑は外で行われる。そのまま墓地に埋葬出来るからな。こんな大雨じゃ準備も出来ない。猶予はある」
「…………」
「この手紙は記事にはしない。俺は嘘は書かない主義なんだ」
「…………」
「ルイーズ、諦めるな。手遅れになる前に父を助けに行くんだ」

 弟のように、とは言わない。今はそんな話をしている場合じゃない。まだ侯爵は生きている。

 彼女が立ち上がるのを待っている暇はなかった。彼女は必ず立ち上がる。ノックスは先に馬車を呼ぼうと下へ走った。


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