23 / 29
23
しおりを挟むそれは昼過ぎだった。遅い昼食を食べていたルイーズは、目の前に座った客の為に食事を中断した。
「出直した方がいいか」
と言うので、いえ、と答えた。
「私は代筆屋です。ご用件は?」
「手紙を書いてほしい」
ルイーズはレターセットを取り出して、ペンを取った。
「どうぞ仰ってください」
客はしばらく、何も言わなかった。雨の音がうるさく布張りの屋根を叩く。
「お前が家を出てからしばらく経つ。一度だけ手紙をくれたな。元気だと知れて安心した。部屋がもぬけの殻だった時は、肝が冷えた。置き手紙も無かったから、余計な」
書くのを配慮してか、口調はゆっくりだった。難なく筆記していく。
「我が家は侯爵として、それなりの生き方をしなければならない。意にそぐわない婚約を、お前に強要しなければならなかったのは、私としても断腸の思いだった」
だが、と言う。
「国難に立ち向かうためには、まずは我が家を犠牲にしなければならなかった。それが侯爵としての地位を持つ、臣下としての務めだからだ。娘であろうと、使えるものは使わなければならなかった。だが決して、結婚までさせるつもりは無かった」
書く手が震える。父が言った言葉が、本当に父の口から出た言葉なのか、目の前にいるとしても信じられなかった。
「レイフ王太子の陰湿な暴虐は、嫌というほど知り尽くしていた。人を人とを思わぬ者を次期国王とは認められない」
「…書いてもよろしいので?」
「構わない」
王室避難など、大罪だ。こんな紙に証拠を残したら、最悪死罪となる。ルイーズが躊躇っていると、もう一度書くようにと促される。
「書きなさい」
ルイーズは書こうとして、止めた。ペンを置く。
「書けません。私まで巻き添えは御免です」
「娘の名は系譜から抹消してある。何があろうと危害は及ばない」
「私は学が無いので難しい話は書けません。もっと分かりやすい言葉を」
娘を差し出しておいて、結婚させる気は無い?あからさまな王太子への非難をして、何がしたいのか、言いたいのか、父の本心が全く分からなかった。
「…最もだ」
父は重々しく言う。疲れ切ったような顔をして、しばらく会わないうちにめっきり老け込んだように見えた。だが、その目は何かを決心したような、強い意志を持っているようにも見えた。
「──お前のような娘に恵まれたことは、私の一生の幸運だった。希望でもあった。少し意地っ張りなのは、それだけ芯を持っている証拠だ。大事にしなさい。支えてくれる人に感謝し、善き人でありなさい。幸いを願う。いつまでも見守っている。母と共に」
「…父さま…?」
ルイーズの囁きは、雨にかき消される。父の言葉。こんなのはまるで──
ザッ、と、嫌な音がする。見ればいつの間にか、店を取り囲むように兵士たちが立ち並んでいた。
一目で王直属の兵士だと分かった。青の軍服がその証。
父は大儀そうに立ち上がった。
「ルイーズ」
「…父さま…?」
「兄たちは、まだお前の行方を知らない。会いに行くといい。もう、何の障害もないのだから」
銅貨と共に、一枚の手紙も一緒にテーブルに置かれる。
「此度の騒動の仔細が書いてある。ノックスに渡せ。飛ぶように新聞が売れるだろう」
「どういうこと?全然分からないわ」
「読めば分かる」
「分からない!父さま!ちゃんと説明して!」
父は構わずに背を向けた。そのまま兵士たちの元へ行こうとするので、ルイーズは追いかけて腕を掴んだ。
「父さま!」
「ルイーズ、私は──」
父の口から告げられた言葉は、ルイーズにとっても、誰にとっても衝撃的だった。
「うそ…」
とだけ言う。それだけが精一杯だった。嘘でないのは、後ろにいる兵たちを見れば分かること。
父は確かに言った。
父は、王太子を殺したと、はっきりと言った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,128
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる