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 それは昼過ぎだった。遅い昼食を食べていたルイーズは、目の前に座った客の為に食事を中断した。

「出直した方がいいか」

 と言うので、いえ、と答えた。

「私は代筆屋です。ご用件は?」
「手紙を書いてほしい」

 ルイーズはレターセットを取り出して、ペンを取った。

「どうぞ仰ってください」

 客はしばらく、何も言わなかった。雨の音がうるさく布張りの屋根を叩く。

「お前が家を出てからしばらく経つ。一度だけ手紙をくれたな。元気だと知れて安心した。部屋がもぬけの殻だった時は、肝が冷えた。置き手紙も無かったから、余計な」

 書くのを配慮してか、口調はゆっくりだった。難なく筆記していく。

「我が家は侯爵として、それなりの生き方をしなければならない。意にそぐわない婚約を、お前に強要しなければならなかったのは、私としても断腸の思いだった」

 だが、と言う。

「国難に立ち向かうためには、まずは我が家を犠牲にしなければならなかった。それが侯爵としての地位を持つ、臣下としての務めだからだ。娘であろうと、使えるものは使わなければならなかった。だが決して、結婚までさせるつもりは無かった」

 書く手が震える。父が言った言葉が、本当に父の口から出た言葉なのか、目の前にいるとしても信じられなかった。

「レイフ王太子の陰湿な暴虐は、嫌というほど知り尽くしていた。人を人とを思わぬ者を次期国王とは認められない」
「…書いてもよろしいので?」
「構わない」

 王室避難など、大罪だ。こんな紙に証拠を残したら、最悪死罪となる。ルイーズが躊躇ためらっていると、もう一度書くようにと促される。

「書きなさい」

 ルイーズは書こうとして、止めた。ペンを置く。

「書けません。私まで巻き添えは御免です」
「娘の名は系譜から抹消してある。何があろうと危害は及ばない」
「私は学が無いので難しい話は書けません。もっと分かりやすい言葉を」

 娘を差し出しておいて、結婚させる気は無い?あからさまな王太子への非難をして、何がしたいのか、言いたいのか、父の本心が全く分からなかった。

「…最もだ」

 父は重々しく言う。疲れ切ったような顔をして、しばらく会わないうちにめっきり老け込んだように見えた。だが、その目は何かを決心したような、強い意志を持っているようにも見えた。

「──お前のような娘に恵まれたことは、私の一生の幸運だった。希望でもあった。少し意地っ張りなのは、それだけ芯を持っている証拠だ。大事にしなさい。支えてくれる人に感謝し、善き人でありなさい。幸いを願う。いつまでも見守っている。

「…父さま…?」

 ルイーズの囁きは、雨にかき消される。父の言葉。こんなのはまるで──

 
 ザッ、と、嫌な音がする。見ればいつの間にか、店を取り囲むように兵士たちが立ち並んでいた。

 一目で王直属の兵士だと分かった。青の軍服がその証。

 父は大儀そうに立ち上がった。

「ルイーズ」
「…父さま…?」
「兄たちは、まだお前の行方を知らない。会いに行くといい。もう、何の障害もないのだから」

 銅貨と共に、一枚の手紙も一緒にテーブルに置かれる。

「此度の騒動の仔細が書いてある。ノックスに渡せ。飛ぶように新聞が売れるだろう」
「どういうこと?全然分からないわ」
「読めば分かる」
「分からない!父さま!ちゃんと説明して!」

 父は構わずに背を向けた。そのまま兵士たちの元へ行こうとするので、ルイーズは追いかけて腕を掴んだ。

「父さま!」
「ルイーズ、私は──」

 父の口から告げられた言葉は、ルイーズにとっても、誰にとっても衝撃的だった。

「うそ…」

 とだけ言う。それだけが精一杯だった。嘘でないのは、後ろにいる兵たちを見れば分かること。

 父は確かに言った。

 父は、と、はっきりと言った。

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