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2.王の執務室(2)
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ハムザは人を見る目があると自負している。不穏な動きを察知するのも、優れた人材を登用するのもある種の勘が働く。それは概ね正解だった。
瞬きする間もない命のやり取りを戦場で重ねたせいか、口調、声色、目線、姿勢など諸々の変化に敏感なのだ。
けれど、自分の妃のことはさっぱり分からない。
「俺がお前を殺したがっているとでも思ってんのかよ」
「いいや。そうは思わないが、いない方が身軽でいいだろう? だから病死か何かで死んだことにしてくれれば、喜んで王宮から去ってやろうと言っているのだ。わたしの遺言だとか理由を付けて、葬儀はせずに墓碑だけたててくれれば、面倒事もないはずだ」
「それが俺への祝いか?」
「そうだ。愛妾の誰かを新しい妃として据え置けばいい」
いかにも「こんな素晴らしい贈り物はないだろう」と言わんばかりだ。
ハムザは椅子に立てかけていた杖を手に取る。軸には艶のある蛇紋木を使い、頂には鶏の卵ほどもある金剛石が飾られている。王家で最も貴重な宝物の一つであり、王権の象徴のような杖をハムザはいつも側に置いている。それをごつり、と重く床へ打った。
「却下。却下だ却下。くっそくだらねぇ。なあにが墓標だ、ばからしい。おい、意外そうな顔してんじゃねぇよ。俺が便宜上だ何だかで、さっさとお前を死んだことにしちまうとでも思ったか」
「……違うのか? これは想定外だ。ではわたしからの祝いは一旦置いておいてほしい。では話を変えるが、陛下からわたしへ王妃在位二十周年を祝して、離婚をしてくれないか」
王が在位二十周年なら、当然として王妃も在位二十周年なのだ。
「はっ。そうきたか。生憎だがよぉ、王族は離婚できねぇきまりがあるぜ。王室典範にも載ってる」
「八代前の王が離婚してるから前例はある」
当時の王妃が不義を働いたうえに王の暗殺を企てたため、処刑にする前提の離婚となった。ディルア王室の歴史に残る事件だ。
「ご丁寧に調べたんだろうが、ありゃ例外だ」
「調べる以前に国史は頭に入っている。だから最初の提案どおり、わたしが死亡したことにする方が手軽なんだ」
「どっちにしろ却下だ。ったく、これまでうまくやってたじゃねぇか、なんで今更そんなことをすんだ? ずっと離宮で大人しく暮らしていろよ」
いかにも面倒くさそうな怠いため息をするが、ハムザにしては珍しく配慮していた。怒鳴りもせず、物も投げず、追い出しもせず。それどころかやんわりと懇願までしている。
「うまくやっていたか。……陛下がそう思うのなら、そういう面もあったのかもしれない。ただ、そうだな。もう磨き終わってしまったから、とでも言おうか」
そう言って、紅茶で濡れた銀の匙をハムザへ見せつけた。
「では、そろそろ失礼しよう。長居をしてしまった。また訪ねるとするよ」
「何度来たって俺の意見は変わらんぞ」
ライラは執務室の扉を潜る直前、挨拶代わりにひらひらと手を振った。
それがハムザには蝶に見えたが、蝶ではなく鳥だったかと思い直した。
ライラは戦場で負った怪我のせいで片翼を失い飛べなくなった。鳥の姿になることもしない。もしかしたらそれすらできないのかもしれない。
祖国では神の子とまで崇められたニケの公子だ。リガーレのためでなく、ディルアの戦のために飛べなくなったことを思い出すと、ハムザの心臓は鉛を注がれたように重くなるのだった。
「ふうむ。王妃陛下の『磨き終わった』とは、何を指していらっしゃるのでしょう?」
「そのまんまの意味だろ。後で宝物庫にある銀細工をありったけ離宮へ届けておけ」
ライラの暮らす離宮は王宮の敷地内にはあるが、本宮からやや離れている。ある程度の身分なら馬で往き来をする距離だ。
ハムザが窓辺に立つと、王妃の旗を掲げた離馬車が離宮へと帰るのが見えた。
「承知いたしました。ではまた王妃陛下がこちらを訪ねてこられたらいかがいたしましょう」
「執務室への出入りは構わねぇよ。隅で茶でも飲ませりゃいいだろう。あいつは茶しか飲まねぇから舌が肥えてる。今日給仕したやつは、これから当分執務室専任にしとけ」
「でしたら何名か優秀な者を選び、王妃陛下専任の班としてあたらせましょう」
「おう。そうしてくれや」
馬車が見えなくなった庭園をハムザは眺めたままだ。
近頃めっきり風が冷たくなってきた。日ごとに冬の足音が聞こえてくるようだ。
けれど目の前は寒さをはねのけるように色とりどりの草花が咲き誇っている。
ハムザが王になってから変革した一つだ。目にも麗しい庭園を作れと。
優秀な造園士たちの手によって王宮と城下の広場は春のように華やかになった。常に花が咲くように手入れがされ、それはいかに国が豊かなのかを示していた。
「王都の枯れない花は名物として定着いたしましたね」
「財力を見せつけるのに丁度いいんだよ。武力だけの国じゃねぇって知らしめられる。おまけに人も死なねぇ、平和な手段だろ」
「咲いた花からは蜂蜜も採取できていますし、結構なことでございます」
王宮で採れる蜂蜜は厳重に管理され、離宮に届けられるようになっている。
王妃を匂わせるサディクの軽口へハムザは舌打ちを返した。
青みがある銀髪に古風な片眼鏡の年若い宰相。醜聞好きなのが玉に瑕だが、それを差し引いても多方面に優秀なのである。今もハムザのに咎められない程度に発言をとどめている。こういった見極めにも長けているのだ。
「わたくしはまだ宰相の任に就いて日が浅いため、王妃陛下と関わったことはさほどございません。ですが陛下と王妃陛下はどこか似ていらっしゃいますね」
「ああん? どっこも似てねぇよ」
「いえいえ、王族生まれに通じる芯、とでも言いましょうか」
窓の外は、西の方角から次第に茜と金に輝いてきた。
その翼でライラが最後に飛んだのは、もっと眩しい空だったと昔日を思い出す。
「全然違ぇよ。あいつはな、高嶺の花だ」
ハムザの目には在りし日のライラが強く焼き付いていた。
瞬きする間もない命のやり取りを戦場で重ねたせいか、口調、声色、目線、姿勢など諸々の変化に敏感なのだ。
けれど、自分の妃のことはさっぱり分からない。
「俺がお前を殺したがっているとでも思ってんのかよ」
「いいや。そうは思わないが、いない方が身軽でいいだろう? だから病死か何かで死んだことにしてくれれば、喜んで王宮から去ってやろうと言っているのだ。わたしの遺言だとか理由を付けて、葬儀はせずに墓碑だけたててくれれば、面倒事もないはずだ」
「それが俺への祝いか?」
「そうだ。愛妾の誰かを新しい妃として据え置けばいい」
いかにも「こんな素晴らしい贈り物はないだろう」と言わんばかりだ。
ハムザは椅子に立てかけていた杖を手に取る。軸には艶のある蛇紋木を使い、頂には鶏の卵ほどもある金剛石が飾られている。王家で最も貴重な宝物の一つであり、王権の象徴のような杖をハムザはいつも側に置いている。それをごつり、と重く床へ打った。
「却下。却下だ却下。くっそくだらねぇ。なあにが墓標だ、ばからしい。おい、意外そうな顔してんじゃねぇよ。俺が便宜上だ何だかで、さっさとお前を死んだことにしちまうとでも思ったか」
「……違うのか? これは想定外だ。ではわたしからの祝いは一旦置いておいてほしい。では話を変えるが、陛下からわたしへ王妃在位二十周年を祝して、離婚をしてくれないか」
王が在位二十周年なら、当然として王妃も在位二十周年なのだ。
「はっ。そうきたか。生憎だがよぉ、王族は離婚できねぇきまりがあるぜ。王室典範にも載ってる」
「八代前の王が離婚してるから前例はある」
当時の王妃が不義を働いたうえに王の暗殺を企てたため、処刑にする前提の離婚となった。ディルア王室の歴史に残る事件だ。
「ご丁寧に調べたんだろうが、ありゃ例外だ」
「調べる以前に国史は頭に入っている。だから最初の提案どおり、わたしが死亡したことにする方が手軽なんだ」
「どっちにしろ却下だ。ったく、これまでうまくやってたじゃねぇか、なんで今更そんなことをすんだ? ずっと離宮で大人しく暮らしていろよ」
いかにも面倒くさそうな怠いため息をするが、ハムザにしては珍しく配慮していた。怒鳴りもせず、物も投げず、追い出しもせず。それどころかやんわりと懇願までしている。
「うまくやっていたか。……陛下がそう思うのなら、そういう面もあったのかもしれない。ただ、そうだな。もう磨き終わってしまったから、とでも言おうか」
そう言って、紅茶で濡れた銀の匙をハムザへ見せつけた。
「では、そろそろ失礼しよう。長居をしてしまった。また訪ねるとするよ」
「何度来たって俺の意見は変わらんぞ」
ライラは執務室の扉を潜る直前、挨拶代わりにひらひらと手を振った。
それがハムザには蝶に見えたが、蝶ではなく鳥だったかと思い直した。
ライラは戦場で負った怪我のせいで片翼を失い飛べなくなった。鳥の姿になることもしない。もしかしたらそれすらできないのかもしれない。
祖国では神の子とまで崇められたニケの公子だ。リガーレのためでなく、ディルアの戦のために飛べなくなったことを思い出すと、ハムザの心臓は鉛を注がれたように重くなるのだった。
「ふうむ。王妃陛下の『磨き終わった』とは、何を指していらっしゃるのでしょう?」
「そのまんまの意味だろ。後で宝物庫にある銀細工をありったけ離宮へ届けておけ」
ライラの暮らす離宮は王宮の敷地内にはあるが、本宮からやや離れている。ある程度の身分なら馬で往き来をする距離だ。
ハムザが窓辺に立つと、王妃の旗を掲げた離馬車が離宮へと帰るのが見えた。
「承知いたしました。ではまた王妃陛下がこちらを訪ねてこられたらいかがいたしましょう」
「執務室への出入りは構わねぇよ。隅で茶でも飲ませりゃいいだろう。あいつは茶しか飲まねぇから舌が肥えてる。今日給仕したやつは、これから当分執務室専任にしとけ」
「でしたら何名か優秀な者を選び、王妃陛下専任の班としてあたらせましょう」
「おう。そうしてくれや」
馬車が見えなくなった庭園をハムザは眺めたままだ。
近頃めっきり風が冷たくなってきた。日ごとに冬の足音が聞こえてくるようだ。
けれど目の前は寒さをはねのけるように色とりどりの草花が咲き誇っている。
ハムザが王になってから変革した一つだ。目にも麗しい庭園を作れと。
優秀な造園士たちの手によって王宮と城下の広場は春のように華やかになった。常に花が咲くように手入れがされ、それはいかに国が豊かなのかを示していた。
「王都の枯れない花は名物として定着いたしましたね」
「財力を見せつけるのに丁度いいんだよ。武力だけの国じゃねぇって知らしめられる。おまけに人も死なねぇ、平和な手段だろ」
「咲いた花からは蜂蜜も採取できていますし、結構なことでございます」
王宮で採れる蜂蜜は厳重に管理され、離宮に届けられるようになっている。
王妃を匂わせるサディクの軽口へハムザは舌打ちを返した。
青みがある銀髪に古風な片眼鏡の年若い宰相。醜聞好きなのが玉に瑕だが、それを差し引いても多方面に優秀なのである。今もハムザのに咎められない程度に発言をとどめている。こういった見極めにも長けているのだ。
「わたくしはまだ宰相の任に就いて日が浅いため、王妃陛下と関わったことはさほどございません。ですが陛下と王妃陛下はどこか似ていらっしゃいますね」
「ああん? どっこも似てねぇよ」
「いえいえ、王族生まれに通じる芯、とでも言いましょうか」
窓の外は、西の方角から次第に茜と金に輝いてきた。
その翼でライラが最後に飛んだのは、もっと眩しい空だったと昔日を思い出す。
「全然違ぇよ。あいつはな、高嶺の花だ」
ハムザの目には在りし日のライラが強く焼き付いていた。
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