王妃の椅子~母国のために売られた公子

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5.離宮・王妃の回想(2)

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 朝からリガーレの正装を纏い、待合室で大臣とひたすら待機する。商人もいれば、異教徒もいる。貴族はいないようなので、その他大勢をまとめた部屋だった。
 大臣からはきつく言われていたことがある。『例え何日待たされようと、ため息一つ吐くな。間諜が紛れているとも限らない。死にたくなければ背筋を伸ばせ』と。
 眠くなれば、こっそり手を抓った。日ごとにアザが増え、これ以上どこも抓る箇所がなくなった五日目、ようやくライルの前で呼び出し係の足が止まった。

「こちらでございます」

 案内されたのは、二頭の獅子が彫られた扉のある広間だ。
 入り口から真正面へ赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれている。絨毯に沿うように臣下たちが居並ぶ。その奥には階段が何段かあって、その一番上に椅子へ座った男がいた。

 ディルア国王、カビル・ファル・メフルダード・キュロス・サーニウ・ルハイル・ディルアだ。
 案内人の後に続いて、絨毯の上を歩く。一歩、また一歩と王へ近づくに従い、視界は王だけになる。目をそらしたら殺される、と肌で感じた。
 利己的で短気で残忍。戦では一度狙った獲物は必ず仕留める。おまけに好色らしい。碌でもない噂だ。
 大広間はたった一人の男が支配している。
 甲冑を着ているかのような巨躯。腕も肩も筋肉が大きく隆起している。投げ出された脚も太い。全身が武器になりそうに見えた。
 だがどんなに恐ろしくとも、無様な姿は晒せない。
 背を伸ばした。胸を張った。見くびられないよう堂々と歩いた。
 利己的で短気で残忍なのだから、何が逆鱗に触れるか分からない。態度と言葉に細心の注意を払わなければ、首と胴はお別れするだろう。

「王国の太陽にご挨拶を申し上げます。わたくしはリガーレ公国より参りまし……」
「おい小僧」腹に響く野太い声に遮られた。「堅っ苦しい挨拶なんかいらねぇぜ。それよりお前が勝利だ女神がなんだかという偉そうな鳥か」

 背中がぞくりとした。
 一瞬にして大広間一面に氷の湖が広がって見えた。足下は真っ暗で手がかりになる光もない。隠れている薄氷を踏めば、命を奪う凍れる世界。そんな幻覚だ。
 慎重に厚い氷の言の葉を選び、対岸へ無事に渡らなければならない。

「はい。ニケは女神の使いと言われております。武器を操って敵を倒すことはできませんが、わたくしは鳥の姿になれます。陛下のしもべとなって戦場の空を羽ばたき、勝利へと導いてみせましょう」
「はっ。大きく出たな。いいだろう、使ってやる。だがその前に、ここで鳥になってみろ」

 ライルは短く返事をすると、姿を鳥に変えた。服に埋もれてしまう前に襟あきから素早く飛び出て、隣に立つ大臣の肩へ止まった。
 周囲からはざわめきと驚きの声が上がる。

「へぇ。大したもんだ、見事じゃねぇか。ちっとこっちまで飛んで来いよ」

 カビルが腕を前に出す。そこへ止まれという意だろうと、ライルは真っ直ぐに飛ぶ。
 王の少し手前で速度を下とす。広げた翼を前方へ向かって空気を送り、両脚を前に出して目標物に狙いを定める。そっと、爪で引っ掻かぬよう、慎重に止まった。

 そのときだ。

「小僧、殺されても文句は言えねぇよな? よくも騙しやがったな」

 カビルはもう片方の手で、ライルをわしづかみにした。太い指が生もうに包まれた柔らかい身体に食い込んでくる。
 何を間違えたのか。薄氷を踏み抜いたのか。

「恐れながら申し上げます! 公子が何を騙したとおっしゃるのでしょうか⁈」

 声の主は大臣だった。冷淡な印象しかなかったが、異議を強く表していた。

「この小僧は偽物だ。勝利のニケは白い鳥のはず。だがこいつは不吉なカラスだ! 染めたかどうか知らねぇが、この太いくちばしを見ろ。カラスじゃねえか。ライルなんて名前でおかしいと思ったぜ。本当は真っ黒なのだろう! この儂を謀りやがって!」

 尚も締め付ける苦しさに、濁ったうめき声が漏れた。
 それは夕刻によくきこえる、あの黒い鳥を連想させるものだった。

「聞いたか⁈ カラスの鳴き声だ! こいつは生きたまま火にくべる。大臣の首ははねろ。開戦する! リガーレを焦土に! ディルアに勝利を‼」

 雄叫びと割れんばかりの拍手が響く。「リガーライトで殺してやろう」「敵に武器を貢ぐとは馬鹿な奴らだ」と嘲る声がライルにも聞こえた。
 ディルアは、不可侵条約もディルアの保護も守る気がなかったのだ。
 始めはニケを欲しただけかもしれないが、それよりもリガーライトを国ごと手に入れる気になったのだろう。ディルアからやって来た使者はライルへ鳥の色を確認しなかったし、条件も提示しなかった。つまり何色でも良かったはずなのに、この場で言いがかりを付けてきたのだった。
 リガーレは騙された。
 ライルの赤い目に水膜が張り、視界が揺らいだ。
 悔しい。
 訪れたこともない輩がリガーレを愚弄する。喉元をカビルに抑えられていなければ、馬鹿にするなと叫びたかった。
 リガーレはディルアと違って高地が多い。
 雪解けとともに鳥たちがわいらしくさえずるのを聞いたことがあるか。山肌に広がった新緑の香りをかいだことがあるか。深い味がする秋採りの蜂蜜を食べたことがあるか。冬毛になった山羊の温かさに触れたことがあるか。人々は穏やかで仕事には真面目で。昼は農地へ、夜は手仕事に。休息日には家族で教会へ行き、祈りを捧げる。美しい光景だ。愛するリガーレだ。
 滅ぼすならば呪ってやる。身が焼かれようとも朽ちようとも、ディルアに暗黒をもたらすのだ。

「お待ちください! 公子は女神に寵愛された証拠がございます!」

 再び大臣が声を張り上げた。
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