10 / 17
9.離宮・王妃の回想(6)
しおりを挟む
元々年齢の割に大柄なハムザは甲冑を着込んで更に巨躯に見えた。胸元には王家の紋が彫られているが虹色に光っていない。リガーライト製ではなかった。
「お前、初陣だろ」
「……それがどうかしたか」
上からの視線を、負けじと睨め付けた。
「びびってねぇでしっかり飛べよ。後方にも見えるように高く飛べ」
「ほう。指揮官のような口ぶりだな」
「低いところでちまちま飛ばれても邪魔なだけだ。慌てて勝手に前線から出んじゃねえぞ」
「それはお前自身のことか?」
ハムザは前衛としてどこかの伯爵家の中に組み込まれている。
王子の身分のためか軍議に出席はしているが、扱いは一兵卒だ。第六王子とはいえ、王族の割に立場は弱いのだろう。
「いいから、俺の活躍ぶりでも空から優雅に眺めてろ」
「いちいち地上の兵を区別して探せと?」
「いやでも目に付くさ」
ハムザは小脇に抱えた兜を被った。頭頂部分の飾りは、青く染めた鳥の羽で飾りが使われている。目立つかもしれないが、それだけだ。
支度があるからとライルはその場を去り、荷馬車の中で鳥の姿をとった。
ハムザに絡まれたのは二度目だ。面倒でしかないが、気付けば指の震えは収まっていた。
苛立ちが緊張を飲み込んでいた。
突如、パパパパパーッッと音楽隊のラッパが響く。
「我がディルアの勇敢なる兵よ!」
カビルの登場に、割れんばかりの歓声が上がる。
「あの城塞に見覚えはないか! 我らの進軍を阻む憎きダーイフの城塞だ! これまで耐えてきたのだろうが、それも今日までよ! ダーイフの滅亡はここから始まる! 城壁の向こうには、金も女もあるぞ! 手に入れたい者は前へ進め! 勝利の女神は我らへニケを遣わした! さあニケに導かれ、約束された栄光を掴みに行くがいい!」
カビルの激が終わると同時に音楽隊が盛り上げ、興奮が最高潮になる。
打ち合わせ通りにライルが本部の上を旋回し、カビルが「進撃せよ!」と叫ぶ声に合わせて敵陣へ飛ぶ。地上では歩兵、弓兵、騎馬兵らが陣形を崩さずに前進している。彼等への指示は本陣に高く掲げた旗の本数や色で分かる仕組みだ。
大陸でのし上がるには知略や連携も他国より優れている必要がある。ただ暴力的で野蛮なだけではなかった。
弓の射程距離に入ると、城塞から雨のように矢が降ってくる。前方だけではない。後方からもディルア軍が弓を射かける。
ライルの眼下では斬り合いが始まった。砂煙が立ち、地上が黄土色にくすむ。金属がぶつかり合う音と絶叫がぐちゃぐちゃに絡み合う。赤い池に伏せた者は動かない。それが徐々に増えていく。土埃に混じって、鉄さびの匂いが昇ってきた。
ライルは惨状の上を休まなく飛び続けた。翼を休められる木があっても、枝に止まるのは許されていない。
しばらくすると疲労で高度が落ちた。だが矢よりも高く飛ばねば、あっという間に串刺しになる未来が待っている。自分が失敗すれば、母国リガーレが目の前と同じ運命を辿ってしまう。国を守るために与えられた役割を果たすのだ。
飛べ、飛べ、飛べ、飛ぶんだ。翼の感覚がなくなっても、心が折れたとしても。
ライルは必死に自分を鼓舞した。
それでも次第に高度は下がり、矢が近くを通り過ぎた。もう保てない。落ちる。
意識が遠のきそうになって、シャラフの顔が浮かんだその時だ。
「この馬鹿ガラスーーっ! 邪魔だっつったろうがーーっ!」
無礼な怒号に身体全体が目が覚めた。慌ててはばたき、高度を上げる。
ライルの下で、青い羽根飾りの目立つ槍使いがいた。
腕に小型の盾をはめ、両手で槍を繰り出す。どちらも美しく虹色に輝いている。
ハムザがリガーライトを使っていた。槍が一見してすぐ分かるほど長い。けれど軽々と扱っている。王子なのにリガーライトを存分に与えてもらえず、槍と盾だけに使用したのだろう。
たったそれだけしかないのに、動く毎に敵は倒れていく。槍で突いては倒し、振り回しては退ける。横から敵兵が切りつけても盾で弾き飛ばす。。
ライルは無敵の鉱物さえ発掘されなければ、ずっと母国にいられたはずだと、リガーライトを忌々しく思うこともあった。けれどもハムザがそれを使っているのがぞくぞくするほど嬉しい。
どうだ凄いだろう、軽いだろう、使いやすいだろうと声に出したくなった。
胸を張れる母国の品だ。
自慢の品なのだ。
外側の壁を上り詰める兵士が現れ、内側から入り口が解放された後は早かった。一気に減ししが城壁内へなだれ込み、一番高い中央の塔へ掲げられていたダーイフの国旗はディルアのものにすげ替えられた。城塞の主は斬首された。
勢いづいた兵士たちは城塞を侵略していく。邪魔者を排除しながら欲望の世界を繰り広げる。
嵩張らない高価な物はどんどんなくなる。窓掛けの布を外してそれらを包み、背中にいくつも背負う者がいる。高そうな甲冑を着た敵兵は生け捕って後々身代金と交換したりする。叫び声の中には女の声も混じる。
いずれも命をかけた兵士たちの報酬だから行為の否定はできない。
ライルは鳥の姿のまま部屋の窓辺にいた。城主の家族が使用していそうな豪華な寝台がぽつんと残されていた。部屋の主はどこにいるのか知らない。
すでに荒し終わった部屋だ。覗く者がいてもすぐに素通りされる。
「あれ? ライルここにいたのかい?」
部屋にやってきた何人目かの騎士はアーシムだ。彼もまた返り血を浴びた甲冑を纏って、高級そうな掛布で作った荷物を背負っている。
「何か良い物でも見付けられた?」
首を横に振って否定する。
ライルはカラスのニケだからきらきらと輝くものが好きだ。宝石もいいが、銀の匙でも、朝露のぷっくりした滴でもいい。
けれど心躍るものはここには何もない。何もかもが淀んで見えてしまう。
たとえどんなに大きな金剛石が転がっていたとしても、手に取りたいとは思わないだろう。
「お前、初陣だろ」
「……それがどうかしたか」
上からの視線を、負けじと睨め付けた。
「びびってねぇでしっかり飛べよ。後方にも見えるように高く飛べ」
「ほう。指揮官のような口ぶりだな」
「低いところでちまちま飛ばれても邪魔なだけだ。慌てて勝手に前線から出んじゃねえぞ」
「それはお前自身のことか?」
ハムザは前衛としてどこかの伯爵家の中に組み込まれている。
王子の身分のためか軍議に出席はしているが、扱いは一兵卒だ。第六王子とはいえ、王族の割に立場は弱いのだろう。
「いいから、俺の活躍ぶりでも空から優雅に眺めてろ」
「いちいち地上の兵を区別して探せと?」
「いやでも目に付くさ」
ハムザは小脇に抱えた兜を被った。頭頂部分の飾りは、青く染めた鳥の羽で飾りが使われている。目立つかもしれないが、それだけだ。
支度があるからとライルはその場を去り、荷馬車の中で鳥の姿をとった。
ハムザに絡まれたのは二度目だ。面倒でしかないが、気付けば指の震えは収まっていた。
苛立ちが緊張を飲み込んでいた。
突如、パパパパパーッッと音楽隊のラッパが響く。
「我がディルアの勇敢なる兵よ!」
カビルの登場に、割れんばかりの歓声が上がる。
「あの城塞に見覚えはないか! 我らの進軍を阻む憎きダーイフの城塞だ! これまで耐えてきたのだろうが、それも今日までよ! ダーイフの滅亡はここから始まる! 城壁の向こうには、金も女もあるぞ! 手に入れたい者は前へ進め! 勝利の女神は我らへニケを遣わした! さあニケに導かれ、約束された栄光を掴みに行くがいい!」
カビルの激が終わると同時に音楽隊が盛り上げ、興奮が最高潮になる。
打ち合わせ通りにライルが本部の上を旋回し、カビルが「進撃せよ!」と叫ぶ声に合わせて敵陣へ飛ぶ。地上では歩兵、弓兵、騎馬兵らが陣形を崩さずに前進している。彼等への指示は本陣に高く掲げた旗の本数や色で分かる仕組みだ。
大陸でのし上がるには知略や連携も他国より優れている必要がある。ただ暴力的で野蛮なだけではなかった。
弓の射程距離に入ると、城塞から雨のように矢が降ってくる。前方だけではない。後方からもディルア軍が弓を射かける。
ライルの眼下では斬り合いが始まった。砂煙が立ち、地上が黄土色にくすむ。金属がぶつかり合う音と絶叫がぐちゃぐちゃに絡み合う。赤い池に伏せた者は動かない。それが徐々に増えていく。土埃に混じって、鉄さびの匂いが昇ってきた。
ライルは惨状の上を休まなく飛び続けた。翼を休められる木があっても、枝に止まるのは許されていない。
しばらくすると疲労で高度が落ちた。だが矢よりも高く飛ばねば、あっという間に串刺しになる未来が待っている。自分が失敗すれば、母国リガーレが目の前と同じ運命を辿ってしまう。国を守るために与えられた役割を果たすのだ。
飛べ、飛べ、飛べ、飛ぶんだ。翼の感覚がなくなっても、心が折れたとしても。
ライルは必死に自分を鼓舞した。
それでも次第に高度は下がり、矢が近くを通り過ぎた。もう保てない。落ちる。
意識が遠のきそうになって、シャラフの顔が浮かんだその時だ。
「この馬鹿ガラスーーっ! 邪魔だっつったろうがーーっ!」
無礼な怒号に身体全体が目が覚めた。慌ててはばたき、高度を上げる。
ライルの下で、青い羽根飾りの目立つ槍使いがいた。
腕に小型の盾をはめ、両手で槍を繰り出す。どちらも美しく虹色に輝いている。
ハムザがリガーライトを使っていた。槍が一見してすぐ分かるほど長い。けれど軽々と扱っている。王子なのにリガーライトを存分に与えてもらえず、槍と盾だけに使用したのだろう。
たったそれだけしかないのに、動く毎に敵は倒れていく。槍で突いては倒し、振り回しては退ける。横から敵兵が切りつけても盾で弾き飛ばす。。
ライルは無敵の鉱物さえ発掘されなければ、ずっと母国にいられたはずだと、リガーライトを忌々しく思うこともあった。けれどもハムザがそれを使っているのがぞくぞくするほど嬉しい。
どうだ凄いだろう、軽いだろう、使いやすいだろうと声に出したくなった。
胸を張れる母国の品だ。
自慢の品なのだ。
外側の壁を上り詰める兵士が現れ、内側から入り口が解放された後は早かった。一気に減ししが城壁内へなだれ込み、一番高い中央の塔へ掲げられていたダーイフの国旗はディルアのものにすげ替えられた。城塞の主は斬首された。
勢いづいた兵士たちは城塞を侵略していく。邪魔者を排除しながら欲望の世界を繰り広げる。
嵩張らない高価な物はどんどんなくなる。窓掛けの布を外してそれらを包み、背中にいくつも背負う者がいる。高そうな甲冑を着た敵兵は生け捕って後々身代金と交換したりする。叫び声の中には女の声も混じる。
いずれも命をかけた兵士たちの報酬だから行為の否定はできない。
ライルは鳥の姿のまま部屋の窓辺にいた。城主の家族が使用していそうな豪華な寝台がぽつんと残されていた。部屋の主はどこにいるのか知らない。
すでに荒し終わった部屋だ。覗く者がいてもすぐに素通りされる。
「あれ? ライルここにいたのかい?」
部屋にやってきた何人目かの騎士はアーシムだ。彼もまた返り血を浴びた甲冑を纏って、高級そうな掛布で作った荷物を背負っている。
「何か良い物でも見付けられた?」
首を横に振って否定する。
ライルはカラスのニケだからきらきらと輝くものが好きだ。宝石もいいが、銀の匙でも、朝露のぷっくりした滴でもいい。
けれど心躍るものはここには何もない。何もかもが淀んで見えてしまう。
たとえどんなに大きな金剛石が転がっていたとしても、手に取りたいとは思わないだろう。
22
あなたにおすすめの小説
牙を以て牙を制す
makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子はある日兄の罪を擦り付けられ、一人異国である牙の国に貢物として献上されてしまう。ところが贈り先でさえ受け取りを拒否され、途方に暮れた彼は宮廷で下働きを始めることに。一方、なにも知らずに日夜執務に追われる牙の国の王太子は、夜食を求め宮廷厨房へと足を運んでいた――
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
虐げられた令息の第二の人生はスローライフ
りまり
BL
僕の生まれたこの世界は魔法があり魔物が出没する。
僕は由緒正しい公爵家に生まれながらも魔法の才能はなく剣術も全くダメで頭も下から数えたほうがいい方だと思う。
だから僕は家族にも公爵家の使用人にも馬鹿にされ食事もまともにもらえない。
救いだったのは僕を不憫に思った王妃様が僕を殿下の従者に指名してくれたことで、少しはまともな食事ができるようになった事だ。
お家に帰る事なくお城にいていいと言うので僕は頑張ってみたいです。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
たとえ運命の番じゃなくても
暁 紅蓮
BL
運命の番を探しているαとそんなαに恋をしてしまったΩの話。
運命の番が現れるまででいいから番にして欲しい……
貴方の幸せを、俺は願っています―
オメガバースは独自の世界観があります
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる