17 / 17
16.離宮・王妃の回想(13)
しおりを挟む
一般的に流通している品だから、偶然同じ品だったとも考えられる。小さな封筒の一片を拾って、中にある便せんの切れ端を広げた。
掌にも満たない紙には、伝えたいことが溢れていて、端のぎりぎりまで文字が書かれていた。
自分の筆跡に見間違えはしない。
なぜ、どうして、誰がこんなことをしたのか。真っ先に思いつく人物は一人だけ。
ライルはそこから足速に移動した。彼、もしくは他の誰かだったとしても、証拠隠滅を図った場所にライルが留まるのは得策じゃない。
人混みをすり抜けるように歩く。けれどもどこに行けばいいのか分からなかった。
胸が内側から殴られているように痛いほど拍動している。脚だって力が入らない。転ばずに歩けているのが不思議だった。
狭くなった視界の隅にアーシムに似た兵士を見付け、とっさに近くの天幕に入って隠れる。入り口の布の隙間から覗いて確認してみたものの、どこかへ消えてしまっていた。
「おや、ライル君。まさか出陣前にもう怪我したの?」
背後からの声に振り向くと、傷の手当てをしてくれた軍医のワヒドがいた。
「救護が必要なら隣の大きな天幕の方だ。ここは一応わたし個人の天幕だよ。入るなら入り口で声をかけるのが礼儀……ってことは後回しだ。こっち座って。今の君の顔色、ボリジの花より青いよ。あ、解熱剤の花なんだけどね」
肩を支えられながら木の椅子に座る。どっと力が抜けた。膝が震え、それを押さえようと掴んだ手まで揺れる。
「何かあった? それとも何か言われた?」
向かいで片膝を付いた軍医は、ライルの手を取ってじっと返事を待っている。
燃やされた手紙を発見してしまった。弟には届いていなかった。燃やしたのはアーシムかもしれないけど、依頼した知人とやらかもしれない。アーシムには手紙を何度も渡していた。燃やされたのが一通だけなのか、全てなのか。
どんどん高くなった配達料金を支払うため銀貨も宝石も多くを失った。国外便を内緒で請け負ってくれたヤスミンも、アーシムの伯母だと紹介された。
逃げたくなった夜に、心配して部屋を訪ねてきたのも彼だ。ライルの身を思ってではなく、ライルの持っている銀貨が目当てだったとしたら。
最初からだ。
やっと動き始めた頭は、簡単に答えへ辿り着いた。
「あ……っ」
言葉にできなかった。がらがらと何かが崩れ落ちていく。騙されていた。ライルの立場と弟を想う気持ちにつけ込まれ、二人がかりで金品をもぎ取っていたのだ。
親切だと、いい人だとばかり思っていた。信頼が嘘で満たされていた事実は、ライルの胃を殴りつける。
「ああ、いいよ。無理して言わなくても。そんな目をしたら言わなくても十分伝わった。怪我はないんだね? 横になる?」
ワヒドの簡易寝台には、古い毛織物が何枚も重ねて敷いてある。横たえた身体へ更に上乗せされる。ずしっと重く、骨太な温かさに包まれた。
「吐きたい? 吐くならここに桶があるから使って」
ライルは首を振った。
焚き火の中にあった小さな封筒を見付けなければ、きっとアーシムを信じ続けていた。でもそれは煙のように消えてしまった。
「ライル君、開戦はあと半刻はしないだろうから、ちょっとそのまま話を聞いてくれないか。わたしの出番もまだないしね」
ワヒドはライルの横であぐらをかいて座った。
「わたしの経験から言うとね。悩み事って十あったら、六つぐらいは人間関係なんだ。この解決は難しい。相手が自分の都合良く変わるなんてほぼない。距離をとるのが一番の解決だ。でもそう簡単にできないから悩むんだよね。残り三つはお金か努力が必要な悩みだ。そういうのは気が済むまでやればいい。解決できるかもしれないし、解決できなくても自分で諦めがつく。疲れるけどね。じゃあ最後の一つ。人間関係でもなく、お金でも努力でも解決もできず、諦めることもできない悩み。さてどうするか」
淡々とした説明を聞きながら、ライルは自分に置き換えて考えていた。
アーシムとは距離を置ける。
失った銀貨も宝石も痛手だが、金で解決できる悩みに入る。シャラフへの手紙はまた書いて、どうにかリガーレへ送る手段を探す。これが努力にあたるのだろう。
解決できていないのは、傷ついた自分の気持ちが一つ。自己嫌悪がもう一つ。
どうすればいい続きを待つライルの鼻先へワヒドは指を一本立てて笑う。
「答えは『考えない』だ」
「え……っ」
「だってそうだろう。その悩みは解決できる範疇を超えている。なら考えないことだ。真面目な人ほど一人で沈んでしまうよ。止め止め。そうしたっていいことないって」
「そ……そんな簡単に……」
できないから苦しい。愚かな自分が嫌で嫌で堪らない。
戸惑うライルの心情を察してか、ワヒドは出した指を左右に素早く振った。
「君はこれから先陣切って前線に出るんだろう? 一瞬の判断が命取りになるって知っているね。今の悩みは命をかけても良い悩みかな?」
「……いえ……違います。もしこのせいでわたしが戦場で倒れたら、弟に顔向けができません。……軟弱な兄だと思われたくないです」
「ライル君はお兄さんか。そんな感じするね。因みにわたしには鬼のように厳しい姉と、兄に厳しい妹がいるんだ。それは置いといて。解決できない問題は放り投げるのが自分のためさ。わたしは医者だからね。秩序より健康を優先するよ」
予想外のところから風は吹き抜けた。
掌にも満たない紙には、伝えたいことが溢れていて、端のぎりぎりまで文字が書かれていた。
自分の筆跡に見間違えはしない。
なぜ、どうして、誰がこんなことをしたのか。真っ先に思いつく人物は一人だけ。
ライルはそこから足速に移動した。彼、もしくは他の誰かだったとしても、証拠隠滅を図った場所にライルが留まるのは得策じゃない。
人混みをすり抜けるように歩く。けれどもどこに行けばいいのか分からなかった。
胸が内側から殴られているように痛いほど拍動している。脚だって力が入らない。転ばずに歩けているのが不思議だった。
狭くなった視界の隅にアーシムに似た兵士を見付け、とっさに近くの天幕に入って隠れる。入り口の布の隙間から覗いて確認してみたものの、どこかへ消えてしまっていた。
「おや、ライル君。まさか出陣前にもう怪我したの?」
背後からの声に振り向くと、傷の手当てをしてくれた軍医のワヒドがいた。
「救護が必要なら隣の大きな天幕の方だ。ここは一応わたし個人の天幕だよ。入るなら入り口で声をかけるのが礼儀……ってことは後回しだ。こっち座って。今の君の顔色、ボリジの花より青いよ。あ、解熱剤の花なんだけどね」
肩を支えられながら木の椅子に座る。どっと力が抜けた。膝が震え、それを押さえようと掴んだ手まで揺れる。
「何かあった? それとも何か言われた?」
向かいで片膝を付いた軍医は、ライルの手を取ってじっと返事を待っている。
燃やされた手紙を発見してしまった。弟には届いていなかった。燃やしたのはアーシムかもしれないけど、依頼した知人とやらかもしれない。アーシムには手紙を何度も渡していた。燃やされたのが一通だけなのか、全てなのか。
どんどん高くなった配達料金を支払うため銀貨も宝石も多くを失った。国外便を内緒で請け負ってくれたヤスミンも、アーシムの伯母だと紹介された。
逃げたくなった夜に、心配して部屋を訪ねてきたのも彼だ。ライルの身を思ってではなく、ライルの持っている銀貨が目当てだったとしたら。
最初からだ。
やっと動き始めた頭は、簡単に答えへ辿り着いた。
「あ……っ」
言葉にできなかった。がらがらと何かが崩れ落ちていく。騙されていた。ライルの立場と弟を想う気持ちにつけ込まれ、二人がかりで金品をもぎ取っていたのだ。
親切だと、いい人だとばかり思っていた。信頼が嘘で満たされていた事実は、ライルの胃を殴りつける。
「ああ、いいよ。無理して言わなくても。そんな目をしたら言わなくても十分伝わった。怪我はないんだね? 横になる?」
ワヒドの簡易寝台には、古い毛織物が何枚も重ねて敷いてある。横たえた身体へ更に上乗せされる。ずしっと重く、骨太な温かさに包まれた。
「吐きたい? 吐くならここに桶があるから使って」
ライルは首を振った。
焚き火の中にあった小さな封筒を見付けなければ、きっとアーシムを信じ続けていた。でもそれは煙のように消えてしまった。
「ライル君、開戦はあと半刻はしないだろうから、ちょっとそのまま話を聞いてくれないか。わたしの出番もまだないしね」
ワヒドはライルの横であぐらをかいて座った。
「わたしの経験から言うとね。悩み事って十あったら、六つぐらいは人間関係なんだ。この解決は難しい。相手が自分の都合良く変わるなんてほぼない。距離をとるのが一番の解決だ。でもそう簡単にできないから悩むんだよね。残り三つはお金か努力が必要な悩みだ。そういうのは気が済むまでやればいい。解決できるかもしれないし、解決できなくても自分で諦めがつく。疲れるけどね。じゃあ最後の一つ。人間関係でもなく、お金でも努力でも解決もできず、諦めることもできない悩み。さてどうするか」
淡々とした説明を聞きながら、ライルは自分に置き換えて考えていた。
アーシムとは距離を置ける。
失った銀貨も宝石も痛手だが、金で解決できる悩みに入る。シャラフへの手紙はまた書いて、どうにかリガーレへ送る手段を探す。これが努力にあたるのだろう。
解決できていないのは、傷ついた自分の気持ちが一つ。自己嫌悪がもう一つ。
どうすればいい続きを待つライルの鼻先へワヒドは指を一本立てて笑う。
「答えは『考えない』だ」
「え……っ」
「だってそうだろう。その悩みは解決できる範疇を超えている。なら考えないことだ。真面目な人ほど一人で沈んでしまうよ。止め止め。そうしたっていいことないって」
「そ……そんな簡単に……」
できないから苦しい。愚かな自分が嫌で嫌で堪らない。
戸惑うライルの心情を察してか、ワヒドは出した指を左右に素早く振った。
「君はこれから先陣切って前線に出るんだろう? 一瞬の判断が命取りになるって知っているね。今の悩みは命をかけても良い悩みかな?」
「……いえ……違います。もしこのせいでわたしが戦場で倒れたら、弟に顔向けができません。……軟弱な兄だと思われたくないです」
「ライル君はお兄さんか。そんな感じするね。因みにわたしには鬼のように厳しい姉と、兄に厳しい妹がいるんだ。それは置いといて。解決できない問題は放り投げるのが自分のためさ。わたしは医者だからね。秩序より健康を優先するよ」
予想外のところから風は吹き抜けた。
22
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
牙を以て牙を制す
makase
BL
王位継承権すら持てず、孤独に生きてきた王子はある日兄の罪を擦り付けられ、一人異国である牙の国に貢物として献上されてしまう。ところが贈り先でさえ受け取りを拒否され、途方に暮れた彼は宮廷で下働きを始めることに。一方、なにも知らずに日夜執務に追われる牙の国の王太子は、夜食を求め宮廷厨房へと足を運んでいた――
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
虐げられた令息の第二の人生はスローライフ
りまり
BL
僕の生まれたこの世界は魔法があり魔物が出没する。
僕は由緒正しい公爵家に生まれながらも魔法の才能はなく剣術も全くダメで頭も下から数えたほうがいい方だと思う。
だから僕は家族にも公爵家の使用人にも馬鹿にされ食事もまともにもらえない。
救いだったのは僕を不憫に思った王妃様が僕を殿下の従者に指名してくれたことで、少しはまともな食事ができるようになった事だ。
お家に帰る事なくお城にいていいと言うので僕は頑張ってみたいです。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
たとえ運命の番じゃなくても
暁 紅蓮
BL
運命の番を探しているαとそんなαに恋をしてしまったΩの話。
運命の番が現れるまででいいから番にして欲しい……
貴方の幸せを、俺は願っています―
オメガバースは独自の世界観があります
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる