王妃の椅子~母国のために売られた公子

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15.離宮・王妃の回想(12)

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 準備を整えたディルア軍はダーイフの首都を目指し出発した。
 ハムザには軍議以降ちょっかいを出されなくなった。これが本来の距離だ。母国を脅した国の王子と過剰な接点は不要。
 ディルア軍は、行程途中で村があれば必ず物資の補給をしていく。必要最低限の労力で最大の利を得る方針だ。大軍で押し寄せて村長を呼び出し『無抵抗なら村人の命は保証する』と脅すと、どの村も従った。
 食料を奪われては次の収穫を待たずに死んでしまう。そう主張した村長の首は地に転がった。たった一人を目の前で斬るだけで、村人は恐れおののき全てを差し出すようになる。
 荷運びの見張りは全く嫌な役割だった。恨めしげに睨みながら作業を強制させられている村人もいる。何の咎もなく大事な食料や財産を奪われるのだから当然だ。

「子どものくせにこんなことしやがって」

 村の麦をディルアの荷馬車へ運びながら、すれ違いざまに呟く男がいた。よろける振りをして足を踏んでくる爺もいた。何人もの村人が「呪われろ」「滅びよ」とライルへ吐いていく。
 ディルア兵士へしないのは彼等が腰に剣をぶら下げているからだ。ライルならば鎧も着けていない。明らかに一人だけ子どもだ。一番の弱者だと目を付け、憤懣をぶつけているのだ。
 決してライルが望んでしている略奪でもない。理不尽だとも思う。けれどここに立っている以上、ライルもディルア側の侵略者になる。
 だから雑音は耳に入らない振りをして堪えた。
 夕食で食べた瑞々しい蜜柑は、飲み込むほど沼に沈むようだった。罪悪感が喉にへばり付いて流せない。
 
「ライル、具合が悪いのか?」

 怪我の完治したアーシムも行軍に参加して復帰を果たしている。
 彼はライルにとって信頼できる人物だ。けれどもディルア兵の価値観は自分とは違う。
 アーシムは向かいに座って持ってきた食事を食べ始める。皿に盛られた肉も野菜も村から強奪した食料だが、当たり前に口へ運んでいく。

「……いいえ、少し眠いだけです」

 差し障りのない嘘は方便だ。

「そうか。もし心配事があるなら、僕で良ければいつでも聞くから。あとは……家族への手紙を書くのはどう?」
「でも、ディルアへ戻るのがいつになるか分からないですし……」
「そういうことなら安心しなよ。出征先でも国外へ手紙を送る手段はあるさ。これでも知り合いは多いんだ。僕をどんどん頼ってくれよ」

 提示された金額は、銀貨十二枚。もう雪はどこにも見当たらない。それでもディルアから遠く離れている分、届ける日数がかかるのが理由だった。本当なら銀貨十四枚は必要だが、知り合いに頼むから友達価格で安くなるらしい。
 だが手持ちの銀貨はほとんどディルアに置いてきた。念のために持ってきた銀貨では、何通も支払えないのでそれを告げた。
「じゃあナイフの鞘にある宝石でいいよ。それなら一粒で五通分にはなる」

 リガーライトのナイフを収めている鞘はいくつかの宝石がはめられていた。ライルはカラスのニケだから、宝石や光るものに執着心がある。
 それでも、手紙は出したかった。

「助かります」

 シャラフへ手紙を書くのは、自分を冷静にさせる時間でもあった。心がざわめく日でも、記憶に残るリガーレの景色を思い浮かべる。そうすると砂がさらさらと落ちるように、気持ちが静かに収まるところへ収まっていくのだ。
 それに、手紙を出せると分かっただけでこんなにも温かい陽だまりを感じられる。

 ライルはディルア軍が村を襲うごとに手紙を書いた。用心のために持ってきた銀貨はすぐに無くなり、鞘の宝石を一粒外した。
 その頃になると村人からの暴言も心に届かなくなり、村から得た蜂蜜も果物も味わって食べられるようになっていた。良くない傾向だとしても、心が麻痺していくのはある意味楽だった。
 行軍はさほど速くない。村を襲いながら進むからだ。
 砦を襲撃する際は、第一王子のヌールの命があったので工夫をした。高低を付けて飛び、少しでも狙われにくくした。常に動きのある前線のから絶対に超えないようにしていた。
 ライルが飛ぶすぐ近くには、いつも青い羽根飾りの兜を被った槍使いが奮闘していた。
 ハムザは毎度成果を出し、着実に階級を上がっていく。最終目標の首都を前にして軍議が開かれたときには、三百人を従える将校として席に座った。
 季節は幾度も移り変わり、近頃は雨に雪が混じる。この戦いで落とせなければ、ここまで来て撤退せざるを得ない。
 本陣にはディルアから王のカビルと援軍が到着している。投石機は五台も揃った。
 ライルはまた手紙を書いた。万が一のことを考慮して、今夜したためておきたかった。

「アーシムさん、またお願いします」
「やあ、手紙だね。確かに預かった」

 鞘にあった宝石は全て手紙の代金へ消えた。最後に残していた黄緑の葡萄石はシャラフの眼の色にそっくりで、できれば手放したくなかったが仕方ない。
 明日、命があるかなんて神しか知らぬのだ。

 野営した本陣は、早朝から雑多なざわめきや興奮に包まれていた。静かに熱が広がり、じわじわと昂ぶりをみせる。炊き出しはたっぷりと作られ、兵士たちは飲み物のように腹に収めていく。
 ライルも蜂蜜を山ほど食べた。暖を取るための焚き火はあちこちにあるが、ライルは燃え尽きた焚き火を探した。そこは人気がない上に、余熱があって温かいのだ。運良くまだくすぶりが残っているそれを見付け、手をかざした先にある燃え残りに目が留まる。
 見覚えのある封筒の角だった。
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