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16.離宮・王妃の回想(13)
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一般的に流通している品だから、偶然同じ品だったとも考えられる。小さな封筒の一片を拾って、中にある便せんの切れ端を広げた。
掌にも満たない紙には、伝えたいことが溢れていて、端のぎりぎりまで文字が書かれていた。
自分の筆跡に見間違えはしない。
なぜ、どうして、誰がこんなことをしたのか。真っ先に思いつく人物は一人だけ。
ライルはそこから足速に移動した。彼、もしくは他の誰かだったとしても、証拠隠滅を図った場所にライルが留まるのは得策じゃない。
人混みをすり抜けるように歩く。けれどもどこに行けばいいのか分からなかった。
胸が内側から殴られているように痛いほど拍動している。脚だって力が入らない。転ばずに歩けているのが不思議だった。
狭くなった視界の隅にアーシムに似た兵士を見付け、とっさに近くの天幕に入って隠れる。入り口の布の隙間から覗いて確認してみたものの、どこかへ消えてしまっていた。
「おや、ライル君。まさか出陣前にもう怪我したの?」
背後からの声に振り向くと、傷の手当てをしてくれた軍医のワヒドがいた。
「救護が必要なら隣の大きな天幕の方だ。ここは一応わたし個人の天幕だよ。入るなら入り口で声をかけるのが礼儀……ってことは後回しだ。こっち座って。今の君の顔色、ボリジの花より青いよ。あ、解熱剤の花なんだけどね」
肩を支えられながら木の椅子に座る。どっと力が抜けた。膝が震え、それを押さえようと掴んだ手まで揺れる。
「何かあった? それとも何か言われた?」
向かいで片膝を付いた軍医は、ライルの手を取ってじっと返事を待っている。
燃やされた手紙を発見してしまった。弟には届いていなかった。燃やしたのはアーシムかもしれないけど、依頼した知人とやらかもしれない。アーシムには手紙を何度も渡していた。燃やされたのが一通だけなのか、全てなのか。
どんどん高くなった配達料金を支払うため銀貨も宝石も多くを失った。国外便を内緒で請け負ってくれたヤスミンも、アーシムの伯母だと紹介された。
逃げたくなった夜に、心配して部屋を訪ねてきたのも彼だ。ライルの身を思ってではなく、ライルの持っている銀貨が目当てだったとしたら。
最初からだ。
やっと動き始めた頭は、簡単に答えへ辿り着いた。
「あ……っ」
言葉にできなかった。がらがらと何かが崩れ落ちていく。騙されていた。ライルの立場と弟を想う気持ちにつけ込まれ、二人がかりで金品をもぎ取っていたのだ。
親切だと、いい人だとばかり思っていた。信頼が嘘で満たされていた事実は、ライルの胃を殴りつける。
「ああ、いいよ。無理して言わなくても。そんな目をしたら言わなくても十分伝わった。怪我はないんだね? 横になる?」
ワヒドの簡易寝台には、古い毛織物が何枚も重ねて敷いてある。横たえた身体へ更に上乗せされる。ずしっと重く、骨太な温かさに包まれた。
「吐きたい? 吐くならここに桶があるから使って」
ライルは首を振った。
焚き火の中にあった小さな封筒を見付けなければ、きっとアーシムを信じ続けていた。でもそれは煙のように消えてしまった。
「ライル君、開戦はあと半刻はしないだろうから、ちょっとそのまま話を聞いてくれないか。わたしの出番もまだないしね」
ワヒドはライルの横であぐらをかいて座った。
「わたしの経験から言うとね。悩み事って十あったら、六つぐらいは人間関係なんだ。この解決は難しい。相手が自分の都合良く変わるなんてほぼない。距離をとるのが一番の解決だ。でもそう簡単にできないから悩むんだよね。残り三つはお金か努力が必要な悩みだ。そういうのは気が済むまでやればいい。解決できるかもしれないし、解決できなくても自分で諦めがつく。疲れるけどね。じゃあ最後の一つ。人間関係でもなく、お金でも努力でも解決もできず、諦めることもできない悩み。さてどうするか」
淡々とした説明を聞きながら、ライルは自分に置き換えて考えていた。
アーシムとは距離を置ける。
失った銀貨も宝石も痛手だが、金で解決できる悩みに入る。シャラフへの手紙はまた書いて、どうにかリガーレへ送る手段を探す。これが努力にあたるのだろう。
解決できていないのは、傷ついた自分の気持ちが一つ。自己嫌悪がもう一つ。
どうすればいい続きを待つライルの鼻先へワヒドは指を一本立てて笑う。
「答えは『考えない』だ」
「え……っ」
「だってそうだろう。その悩みは解決できる範疇を超えている。なら考えないことだ。真面目な人ほど一人で沈んでしまうよ。止め止め。そうしたっていいことないって」
「そ……そんな簡単に……」
できないから苦しい。愚かな自分が嫌で嫌で堪らない。
戸惑うライルの心情を察してか、ワヒドは出した指を左右に素早く振った。
「君はこれから先陣切って前線に出るんだろう? 一瞬の判断が命取りになるって知っているね。今の悩みは命をかけても良い悩みかな?」
「……いえ……違います。もしこのせいでわたしが戦場で倒れたら、弟に顔向けができません。……軟弱な兄だと思われたくないです」
「ライル君はお兄さんか。そんな感じするね。因みにわたしには鬼のように厳しい姉と、兄に厳しい妹がいるんだ。それは置いといて。解決できない問題は放り投げるのが自分のためさ。わたしは医者だからね。秩序より健康を優先するよ」
予想外のところから風は吹き抜けた。
掌にも満たない紙には、伝えたいことが溢れていて、端のぎりぎりまで文字が書かれていた。
自分の筆跡に見間違えはしない。
なぜ、どうして、誰がこんなことをしたのか。真っ先に思いつく人物は一人だけ。
ライルはそこから足速に移動した。彼、もしくは他の誰かだったとしても、証拠隠滅を図った場所にライルが留まるのは得策じゃない。
人混みをすり抜けるように歩く。けれどもどこに行けばいいのか分からなかった。
胸が内側から殴られているように痛いほど拍動している。脚だって力が入らない。転ばずに歩けているのが不思議だった。
狭くなった視界の隅にアーシムに似た兵士を見付け、とっさに近くの天幕に入って隠れる。入り口の布の隙間から覗いて確認してみたものの、どこかへ消えてしまっていた。
「おや、ライル君。まさか出陣前にもう怪我したの?」
背後からの声に振り向くと、傷の手当てをしてくれた軍医のワヒドがいた。
「救護が必要なら隣の大きな天幕の方だ。ここは一応わたし個人の天幕だよ。入るなら入り口で声をかけるのが礼儀……ってことは後回しだ。こっち座って。今の君の顔色、ボリジの花より青いよ。あ、解熱剤の花なんだけどね」
肩を支えられながら木の椅子に座る。どっと力が抜けた。膝が震え、それを押さえようと掴んだ手まで揺れる。
「何かあった? それとも何か言われた?」
向かいで片膝を付いた軍医は、ライルの手を取ってじっと返事を待っている。
燃やされた手紙を発見してしまった。弟には届いていなかった。燃やしたのはアーシムかもしれないけど、依頼した知人とやらかもしれない。アーシムには手紙を何度も渡していた。燃やされたのが一通だけなのか、全てなのか。
どんどん高くなった配達料金を支払うため銀貨も宝石も多くを失った。国外便を内緒で請け負ってくれたヤスミンも、アーシムの伯母だと紹介された。
逃げたくなった夜に、心配して部屋を訪ねてきたのも彼だ。ライルの身を思ってではなく、ライルの持っている銀貨が目当てだったとしたら。
最初からだ。
やっと動き始めた頭は、簡単に答えへ辿り着いた。
「あ……っ」
言葉にできなかった。がらがらと何かが崩れ落ちていく。騙されていた。ライルの立場と弟を想う気持ちにつけ込まれ、二人がかりで金品をもぎ取っていたのだ。
親切だと、いい人だとばかり思っていた。信頼が嘘で満たされていた事実は、ライルの胃を殴りつける。
「ああ、いいよ。無理して言わなくても。そんな目をしたら言わなくても十分伝わった。怪我はないんだね? 横になる?」
ワヒドの簡易寝台には、古い毛織物が何枚も重ねて敷いてある。横たえた身体へ更に上乗せされる。ずしっと重く、骨太な温かさに包まれた。
「吐きたい? 吐くならここに桶があるから使って」
ライルは首を振った。
焚き火の中にあった小さな封筒を見付けなければ、きっとアーシムを信じ続けていた。でもそれは煙のように消えてしまった。
「ライル君、開戦はあと半刻はしないだろうから、ちょっとそのまま話を聞いてくれないか。わたしの出番もまだないしね」
ワヒドはライルの横であぐらをかいて座った。
「わたしの経験から言うとね。悩み事って十あったら、六つぐらいは人間関係なんだ。この解決は難しい。相手が自分の都合良く変わるなんてほぼない。距離をとるのが一番の解決だ。でもそう簡単にできないから悩むんだよね。残り三つはお金か努力が必要な悩みだ。そういうのは気が済むまでやればいい。解決できるかもしれないし、解決できなくても自分で諦めがつく。疲れるけどね。じゃあ最後の一つ。人間関係でもなく、お金でも努力でも解決もできず、諦めることもできない悩み。さてどうするか」
淡々とした説明を聞きながら、ライルは自分に置き換えて考えていた。
アーシムとは距離を置ける。
失った銀貨も宝石も痛手だが、金で解決できる悩みに入る。シャラフへの手紙はまた書いて、どうにかリガーレへ送る手段を探す。これが努力にあたるのだろう。
解決できていないのは、傷ついた自分の気持ちが一つ。自己嫌悪がもう一つ。
どうすればいい続きを待つライルの鼻先へワヒドは指を一本立てて笑う。
「答えは『考えない』だ」
「え……っ」
「だってそうだろう。その悩みは解決できる範疇を超えている。なら考えないことだ。真面目な人ほど一人で沈んでしまうよ。止め止め。そうしたっていいことないって」
「そ……そんな簡単に……」
できないから苦しい。愚かな自分が嫌で嫌で堪らない。
戸惑うライルの心情を察してか、ワヒドは出した指を左右に素早く振った。
「君はこれから先陣切って前線に出るんだろう? 一瞬の判断が命取りになるって知っているね。今の悩みは命をかけても良い悩みかな?」
「……いえ……違います。もしこのせいでわたしが戦場で倒れたら、弟に顔向けができません。……軟弱な兄だと思われたくないです」
「ライル君はお兄さんか。そんな感じするね。因みにわたしには鬼のように厳しい姉と、兄に厳しい妹がいるんだ。それは置いといて。解決できない問題は放り投げるのが自分のためさ。わたしは医者だからね。秩序より健康を優先するよ」
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