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道案内の思い出
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あれは小さな頃、ブレアウッドの森で迷子になった日のことだ。
ただし、精霊が住むと言われるこの森は、子供が遊びに行くような森ではなかった。
小道はあっても整備されているわけではなく、奥へ進めば進むほど鬱蒼と暗くなる。この森は、大人でも一歩足を踏み入れれば迷ってしまいそうな不気味さがあって、子供なら親から「近づいちゃだめ!」と止められるような場所だった。
そんな森で私が迷子になったのは、義母に置き去りにされたためだ。
実母の死後、ソルシェ家にやって来た義母とミルフィは、先妻の子であった私のことが邪魔だった。
あの頃はまだ父が生きていて、ソルシェ家にも余裕があって……唯一の肉親である父は私を可愛がってくれていたけれど、その様子を見る義母の目はどこか引きつったように見えた。
私さえいなければ、父と義母とミルフィの三人で、親子水入らず過ごせたからかもしれない。
次第に、義母達からは冷たくあたられるようになった。
父のいないところでは嫌味を言われたり、いないもののように無視されたり、実母が残してくれた宝石やドレスをすべて奪われてしまったり……
扱いはエスカレートしていき、ついにある日、私は森へ捨てられた。
食事に薬を盛られていたのか、夕食を食べているうちに意識が遠のいて、目が覚めたときにはもう薄暗い森の中だった……という具合だ。
誰の気配もしない、木々がざわめくだけの森。
幼い私は震えながら延々と歩き回った。そのうち、見かねた精霊達が寄り添ってくれ、私は泣きべそをかきつつも彼らの協力を受けてソルシェ家へと帰宅している。
幼い私にとって、居場所はあの家しかなかったからだ。
(でも、あんなことがあったからルディエル様に出会えたのよね)
ふと、胸の奥があたたかくなる。苦しかったはずの思い出が、今は少しだけ優しい色をしていた。
「……ネネリア? 考えごと?」
「あっ……すみませんルディエル様」
今日も私はアレンフォード家にお邪魔している。
お屋敷の模様替えを急いでいるのなら、私にも手伝えることがあるかもしれないと思ったのだ。ルディエル様お一人ではきっと大変だろう。
けれど、ここにいるとつい昔のことを思い出してボーッとしてしまった。とても居心地が良いものだから。
昔、置き去りにされた幼い私に、精霊達は優しかった。花を摘み、木の実を集め、そっと私の小さな手に乗せてくれた。そして不安でいっぱいの私の手を引いて、ソルシェ家へと連れて帰ってくれたのだ。
ソルシェ家の屋敷へと戻ると、義母が悔しげに顔を歪めていたのを覚えている。まさかあんなに小さな子供が、森から無事に帰ってくるとは思いもしなかったのだろう。
「つい、ここにいると昔のことを思い出してしまって」
「昔のこと?」
「はい。ルディエル様と初めて出会った時のことも」
あの日、精霊達と歩くうち、森の中心に現れた見事な大樹に私は言葉を失った。
周りにはひときわ多くの精霊が飛び交い、そばには石造りの屋敷がひっそりと建っていて。
まるで大樹の番人であるかのような屋敷――その前には、私と同じくらい小さな男の子が立っていた。
「初めてお会いしたルディエル様は、それはもう神々しい美しさで……この子も精霊なのかなって、そう思ったのですよ」
肩で切りそろえられた銀髪に、こちらをまっすぐ見つめる青い瞳。幼いルディエルの姿は木漏れ日に溶け込んで、この世のものとは思えぬ美しさだった。
お屋敷に招かれて話すうちに、彼もちゃんと人間だということが分かり、次第にうちとけていったのだけれど。
「……このような場所に住む俺にとって、ネネリアは初めての友人だったんだ。君と出会えて、本当に良かったと思っている」
「ええ、私もです」
「出来れば、これからも俺と――」
「え……?」
その時だった。どこか熱っぽい瞳を湛えたルディエル様の周りに、精霊達がワッと集まってきた。
突然のことで目を丸くする私をよそに、彼らはルディエル様の肩を揺さぶったり、耳元で何やら囁いたり……わいわいと騒ぎ立てている。
「ど、どうしました?」
「いや、いいところだったのに精霊達が……待て、そんな急に伝えたらネネリアが困るだろう。待て、待てと言っている!」
「ルディエル様?」
「駄目だ、お前達は余計なことをしないでくれ……いや違う、お前達が迷惑なわけでは……こういうことは自分で伝えたい」
ルディエル様は精霊達と、何やら揉めている様子だ。
「伝える? 何をですか?」
「すまない、ネネリア。どうしても精霊達の気がはやってしまうようだ……落ち着いて話もできないな」
「ふふっ、そのようですね」
(よく分からないけれど、精霊守様って大変なのね……)
精霊達は、ルディエル様の周りで騒ぎ続ける。
彼らの暴走に困り果てるルディエル様だけれど、私にはその様子が微笑ましく思えてしまって。
アレンフォード家での平和すぎる光景に、私の心はじんわりと癒されていった。
ただし、精霊が住むと言われるこの森は、子供が遊びに行くような森ではなかった。
小道はあっても整備されているわけではなく、奥へ進めば進むほど鬱蒼と暗くなる。この森は、大人でも一歩足を踏み入れれば迷ってしまいそうな不気味さがあって、子供なら親から「近づいちゃだめ!」と止められるような場所だった。
そんな森で私が迷子になったのは、義母に置き去りにされたためだ。
実母の死後、ソルシェ家にやって来た義母とミルフィは、先妻の子であった私のことが邪魔だった。
あの頃はまだ父が生きていて、ソルシェ家にも余裕があって……唯一の肉親である父は私を可愛がってくれていたけれど、その様子を見る義母の目はどこか引きつったように見えた。
私さえいなければ、父と義母とミルフィの三人で、親子水入らず過ごせたからかもしれない。
次第に、義母達からは冷たくあたられるようになった。
父のいないところでは嫌味を言われたり、いないもののように無視されたり、実母が残してくれた宝石やドレスをすべて奪われてしまったり……
扱いはエスカレートしていき、ついにある日、私は森へ捨てられた。
食事に薬を盛られていたのか、夕食を食べているうちに意識が遠のいて、目が覚めたときにはもう薄暗い森の中だった……という具合だ。
誰の気配もしない、木々がざわめくだけの森。
幼い私は震えながら延々と歩き回った。そのうち、見かねた精霊達が寄り添ってくれ、私は泣きべそをかきつつも彼らの協力を受けてソルシェ家へと帰宅している。
幼い私にとって、居場所はあの家しかなかったからだ。
(でも、あんなことがあったからルディエル様に出会えたのよね)
ふと、胸の奥があたたかくなる。苦しかったはずの思い出が、今は少しだけ優しい色をしていた。
「……ネネリア? 考えごと?」
「あっ……すみませんルディエル様」
今日も私はアレンフォード家にお邪魔している。
お屋敷の模様替えを急いでいるのなら、私にも手伝えることがあるかもしれないと思ったのだ。ルディエル様お一人ではきっと大変だろう。
けれど、ここにいるとつい昔のことを思い出してボーッとしてしまった。とても居心地が良いものだから。
昔、置き去りにされた幼い私に、精霊達は優しかった。花を摘み、木の実を集め、そっと私の小さな手に乗せてくれた。そして不安でいっぱいの私の手を引いて、ソルシェ家へと連れて帰ってくれたのだ。
ソルシェ家の屋敷へと戻ると、義母が悔しげに顔を歪めていたのを覚えている。まさかあんなに小さな子供が、森から無事に帰ってくるとは思いもしなかったのだろう。
「つい、ここにいると昔のことを思い出してしまって」
「昔のこと?」
「はい。ルディエル様と初めて出会った時のことも」
あの日、精霊達と歩くうち、森の中心に現れた見事な大樹に私は言葉を失った。
周りにはひときわ多くの精霊が飛び交い、そばには石造りの屋敷がひっそりと建っていて。
まるで大樹の番人であるかのような屋敷――その前には、私と同じくらい小さな男の子が立っていた。
「初めてお会いしたルディエル様は、それはもう神々しい美しさで……この子も精霊なのかなって、そう思ったのですよ」
肩で切りそろえられた銀髪に、こちらをまっすぐ見つめる青い瞳。幼いルディエルの姿は木漏れ日に溶け込んで、この世のものとは思えぬ美しさだった。
お屋敷に招かれて話すうちに、彼もちゃんと人間だということが分かり、次第にうちとけていったのだけれど。
「……このような場所に住む俺にとって、ネネリアは初めての友人だったんだ。君と出会えて、本当に良かったと思っている」
「ええ、私もです」
「出来れば、これからも俺と――」
「え……?」
その時だった。どこか熱っぽい瞳を湛えたルディエル様の周りに、精霊達がワッと集まってきた。
突然のことで目を丸くする私をよそに、彼らはルディエル様の肩を揺さぶったり、耳元で何やら囁いたり……わいわいと騒ぎ立てている。
「ど、どうしました?」
「いや、いいところだったのに精霊達が……待て、そんな急に伝えたらネネリアが困るだろう。待て、待てと言っている!」
「ルディエル様?」
「駄目だ、お前達は余計なことをしないでくれ……いや違う、お前達が迷惑なわけでは……こういうことは自分で伝えたい」
ルディエル様は精霊達と、何やら揉めている様子だ。
「伝える? 何をですか?」
「すまない、ネネリア。どうしても精霊達の気がはやってしまうようだ……落ち着いて話もできないな」
「ふふっ、そのようですね」
(よく分からないけれど、精霊守様って大変なのね……)
精霊達は、ルディエル様の周りで騒ぎ続ける。
彼らの暴走に困り果てるルディエル様だけれど、私にはその様子が微笑ましく思えてしまって。
アレンフォード家での平和すぎる光景に、私の心はじんわりと癒されていった。
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