やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜

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ブレアウッドへ続く道

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 一方、そのころ私は――
 ブレアウッドへの帰路を急ぐ中、どうしようもない吐き気と戦っていた。

「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 舗装のない砂利道を、馬車に揺られている。今日はもう何時間乗っているだろうか。おしりは痛いし、背中も痛い。なにより、どうしても目眩が止まらない。
 馬車に慣れていない私は、乗るたびに吐き気を催していた。そんな私を見かねてか、御者の男性が時々私を振り返り、気を使ってくれている。

(うう……情けない……)

「大丈夫……大丈夫です…………」 
「でも、見るからに具合が悪そうだ。もうすぐブレアウッド手前の宿を通るから、そこで降りるかい?」
「いえ……なるべく早く着きたいんです。お願いします、このまま走ってください」
「しかし、今あの街は長雨で大変なことになってるよ。旅行にはあんまりお勧めしないがね」
「いえ、旅行じゃないのです。私、早く帰らないと……」
 
 勢いでセルヴェイルの街を出て、丸三日が経とうとしている。馬車を乗り継ぎ、夜は宿でやり過ごし、やっとブレアウッドまであと少しのところまで辿り着いた。
 
 もう、手持ちのお金はすっからかんだ。これ以上は宿にも泊まれない。あと少しでブレアウッドなら、多少具合が悪くても早く帰ってしまいたい。 
 そして、みんなに会いにいきたい。精霊達とルディエル様に会って、私はこれまでのことを謝りたかった。

 ルディエル様も精霊達も、私のことを“番”として大切にしてくれていた。ということは、あのお屋敷の準備も、すべて私を迎え入れるためだったということだ。
 
 思い返せば、アレンフォード家のお屋敷はいつだって居心地が良かった。
 精霊たちによって清潔に保たれ、ハーブの良い香りが漂い、ソファもクッションもなにもかもがふかふかで、おいしいお茶まで淹れてくれる。
 そのうえ、最近はどんどん私好みの内装に変わっていって……ルディエル様のお相手になる方がうらやましいと、そう思うまでになっていた。

『ずっと居たいと思えるような場所にしてみせるから』
『いつまでもここに居たいと……ネネリアは、本当にそう思ってくれる?』

 ああやって、ルディエル様は何度もサインを出してくれていたのに。

(ああ……早く行かなきゃ。早く、早く……!) 

 あたりはもう日が沈みかけている。向こうの空は橙色に色付き始め、私の心を焦らせた。
 しかし、乗り物酔いをする私に気を遣ってくれているのか、次第に馬車の速さが落とされていく。これじゃあ、歩いたほうが早いのではと思うくらいに。
 
「あ、あの、もう少しだけ速度を上げられませんか……?」

 私は酔いを抑えつつ、御者に頼み込んだ。
 もう少しでブレアウッド手前の宿、ということだから、夜が更ける前にはブレアウッドに着くのではないだろうか。
 夜に馬車を走らせるのは怖い。暗くなる前に、どうにかして街に着いておきたい。けれどこの緩やかな歩みのままでは着くかどうか……どうしても心許なかった。

「あの……?」

 しかし私の声が聞こえていないのか、御者は馬をゆっくりと進ませたまま。次第に馬の歩みはゆるりと止まり、馬車は完全に停止してしまった。

 辺りには他の旅人もおらず、妙に静まり返っている。建物もなく人気ひとけもないこんな場所で、止まった馬車には私と御者ふたりだけだ。
  
「お嬢ちゃん、ブレアウッドに帰る……ということは、あの街出身なんだね」

 突然低い声で話し出した御者に、言葉にならない違和感が胸の奥をざわつかせた。
 彼はゆっくりとこちらを振り向く。その顔は、先程まで気遣ってくれていた優しい表情とはまるで違っている。

「最近、あの街の娘に懸賞金がかかってるって話でね。三百ルクの大金だ。もう少し上乗せしてもらえりゃ、俺の借金が帳消しになる」
「え……?」
「こんな時にブレアウッドまで帰りたいなんて、妙な客だと思ったが……茶色い肩下までの髪、緑の目――あんた、おたずね者のネネリア・ソルシェじゃないかい?」

 欲に駆られた目が、私をじっとりと見つめている。
 心臓が、嫌な音を立てた。
 逃げなければ。

「わ、私……ここで降ります! 降ろしてください!」
「おっと。危ないから勝手なことしないでおくれよ」
「きゃあっ……」
 
 御者は突然、馬に鞭を打った。鞭の乾いた音と共に、馬が勢いよく走り出す。
 怖い。揺れが激しい。馬車はガタガタと容赦なく暴れ、私の身体は右に左に打ち付けられる。
 
(この馬車、一体、どこへ向かっているというの……?)
 
 吐き気に襲われながら、逃げようと必死に考えるけれど……このスピードの中、私に出来ることは振り落とされないようしがみつくことだけだった。


 
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