23 / 29
森が泣いている
しおりを挟むブレアウッドの森には、今日も精霊の涙が降る。
その雨足は途切れることなく、いつしか雨音にも慣れてしまった。
一ヶ月前まであれほど元気に飛び回っていた精霊達は、あの日から俺の前には姿を見せない。けれど、屋敷中からは精霊のすすり泣く声が響いてくる。
屋敷の中だけではない。
森の全てが泣いている。
ネネリアがいない未来に絶望している。
(ごめんな、お前達。俺のせいで……)
俺は毎日、悔やんでいる。
もっと、想いを言葉で伝えておけば。
さっさとプロポーズしておけば。
彼女を早くここに住まわせていたなら、こんなことにはならなかったのに。
ネネリアは、誰にも行き先を告げずに出ていった。シュシュにも、この俺にさえも。彼女の部屋に残されていたのは、これまでの感謝が綴られた手紙のみ。
【ルディエル様、どうかお幸せに】
彼女の自覚のなさを、もっと深く気にしておくべきだった。俺にはネネリア以外いるはずもないのに、勘違いされたまま終わってしまった。
恨みごとなど一切無い彼女の手紙。最後に綴られた彼女の美しい筆跡が、俺の幸せを望んでいてくれたけれど――
ネネリアのいない世界で俺が幸せになれるわけが無い。手紙を見た瞬間に俺の視界はぐにゃりと歪み、明るかった未来はガタガタと崩れ落ちた。
俺はネネリアを必死で探した。シュシュも、森の精霊たちも血眼になって探した。例の新聞記者を脅して、毎日のように記事を書かせた。街も懸賞金まで用意して、ネネリアの捜索にあたっている。
けれど――誰がどんなに探しても、ネネリアは見つからない。
ソルシェ家の女達のことは、口もきけないほど懲らしめておいたよ。精霊の姿を見せた途端、俺に許しを乞いにきたけれど……もちろん許すつもりなど一欠片もなかったから安心して。もう、ネネリアを苦しめる奴は誰もいない。だから気兼ねなく帰っておいで。
彼女にそう伝えたいのに、肝心の居場所が分からないのではどうしようもない。なぜ、彼女は誰にも告げずにブレアウッドを出ていってしまったのか。
もしかして――ソルシェ家だけではなく、本当は俺のことも嫌だったのだろうか。
そうだ……きっと嫌だったのだ。俺の気持ちに勘付いて、未来を憂いて去ったのだ。
俺みたいな男なんて、ネネリアに見限られて当然だ。彼女は誰のものでもないはずのに、俺にはどうしてもそう思えなかった。
ネネリアは、精霊が選んだたった一人の番だ。
俺だけの運命の人だ。
その気持ちばかりが強く育って、彼女と共にある未来を疑いもなく信じていた。ネネリアの意志など、まるで無視したままで。
屋敷を整える前に、プレゼントを贈る前に、俺にはまずやるべきことがあったのに。
ネネリアに「愛している」と、ひとこと言えたら良かったのに。
ひとつひとつ手を加えていったこの屋敷で、彼女と暮らす日を心待ちにしていたけれど……彼女がいない限り、その日はもう永遠にやって来ることはない。
(いや……愛していると伝えたところで、彼女は戸惑うだけだろう。俺のことなんてただの幼なじみ程度にしか思っていなかったのだから)
それでも、ネネリアの捜索を止めることは出来なかった。彼女の優しさにつけこんで、いつか戻ってきてくれるはずだと浅ましい期待をして。
雨が降りしきる中、屋敷の扉をノックする音がする。
諦めることなく、何度も何度も――しつこく屋敷の扉が叩かれる。
どうせ、今日も街の役人達が婚約者候補を連れてきたのだろう。
この長雨をどうにかして止めようと、彼らは俺の説得を試みているようだ。新しい婚約者として、街で魅力的だと言われる女を何人も連れてくるけれど……薦められた彼女達の顔を、俺はもう覚えていない。
彼らは何も分かっていないのだ。仮に俺を説得しても意味は無い。精霊達はネネリアを失い泣いている。彼女でなければ、なんの意味もありはしないのに。
しかし、コツコツと扉を叩く音は鳴り止まない。
今日は一際しつこく諦めが悪い。仕方なく立ち上がったその時――ノックの音は二階の窓へと移動した。
「……なんだ?」
窓をコツコツと叩く音は、次第に大きくなっていく。
これは人間の仕業ではない。
音のする窓を振り向くと――そこでは風の精霊が窓を叩き続けていた。
以前から、時々この森に立ち寄る精霊だ。こいつには、『おまえもはやくしろ』と結婚を急かされたこともある。
この雨の中、なぜか俺に用があるらしい。少しだけ窓を開けてやると、彼はその隙間からするりと室内へ滑りこんだ。
「お前……いつもの精霊か? どうした?」
――でんごんがあるぞ
「伝言……?」
――ネネリア、見つけた。こっちにくるぞ
「え!?」
――もどってくる。もどってくるぞ
耳を疑った。
あんなに探しても見つからなかったネネリアの居場所を、なぜこいつが知っているのだ。
信用出来ない。疑わしい。
でも……なぜか胸が騒いだ。
わずかな可能性にも期待してしまう。胸に希望がわいてくる。
「……ほ、本当か?」
――もどってくるぞ。かえってくるぞ。
「それは本当に……ネネリアなのか?」
――ネネリアが、ブレアウッドにかえってくるぞ。
「っ! 案内してくれ!!」
俺は風の精霊を連れ、真っ暗な屋敷を飛び出した。
降り続けていた雨はいつの間にか止んで、空には虹がかかっていた。
45
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さくら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
【完結】ストーカーに召喚されて溺愛されてます!?
かずきりり
恋愛
周囲に合わせ周囲の言う通りに生きてるだけだった。
十年に一度、世界の歪みを正す舞を披露する舞台でいきなり光に包まれたかと思うと、全く知らない世界へ降り立った小林美緒。
ロドの呪いを解く為に召喚されたと言われるが……
それは……
-----------------------------
※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
異世界召喚されました。親友は第一王子に惚れられて、ぽっちゃりな私は聖女として精霊王とイケメン達に愛される!?〜聖女の座は親友に譲ります〜
あいみ
恋愛
ーーーグランロッド国に召喚されてしまった|心音《ことね》と|友愛《ゆあ》。
イケメン王子カイザーに見初められた友愛は王宮で贅沢三昧。
一方心音は、一人寂しく部屋に閉じ込められる!?
天と地ほどの差の扱い。無下にされ笑われ蔑まれた心音はなんと精霊王シェイドの加護を受けていると判明。
だがしかし。カイザーは美しく可憐な友愛こそが本物の聖女だと言い張る。
心音は聖女の座に興味はなくシェイドの力をフル活用して、異世界で始まるのはぐうたら生活。
ぽっちゃり女子×イケメン多数
悪女×クズ男
物語が今……始まる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる