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与えられた光
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その後、ルチアはクロードに連れられ、城に面した湖へと出向いた。
空が薄暮へと向かい、昼間くっきりとした青色を見せていた空が透明感のある薄い青へと変化し、美しいグラデーションを描きながら地平線を薄い茜色に染めていた。透明な湖面には昼間はっきりと映し出されていた城が、美しく暮れてゆく空色を背景に優しく映し出されている。
なんて、美しいのでしょう……
言葉もなく、静かにクロードと共にルチアは目の前に広がる光景に魅入られる。昼間の熱が穏やかに鎮まり、柔らかな風がルチアの髪の毛を巻き上げて頬を擽った。
クロードはルチアの手を取り、湖のほとりに停めてあったボートへ一緒に乗りこんだ。彼の逞しい腕が櫂を力強く漕ぎ、湖面に水紋を描きながらボートが進んで行く。
こんな穏やかな時間をクロード様と過ごせるだなんて……幸せですわ。
やがて、クロードが櫂を漕ぐ手を止め、ゆっくりとルチアの方へと近づくと横向きに座らせ、ルチアの膝の上に頭をのせ、横たわった。
「先ほどの、本を……」
穏やかなクロードの声に頷くと、ルチアは夕闇が迫る空の下、本を手渡した。クロードが詩集を広げ、謳い出す。
ルチアの知らない、クロードの母の古い祖国の言語で詩の意味は分からないけれど、その響きは美しくありながらもどこか物悲しく、切なくて、ルチアの心を細かく震わせた。
謳い終わったクロードの頬を、ルチアが優しく撫でる。
「クロード、様……」
「母が亡くなってから私は、彼女の祖国の、とうに滅びてしまった古い言語を学んだ。私の躰を流れる血のルーツを、少しでも知りたかったのだ。今まで、誰にもこれを聞かせたことはなかった。
ルチア、お前がありのままの私を受け入れてくれたから、私は全てを曝け出すことが出来たのだ」
穏やかに低く響くクロードの声に、ルチアは泣きそうな笑みを浮かべた。
「はい、クロード様……」
ゆっくりとルチアの顔が近づき、クロードの唇に温かい熱を移した。
気付くと辺りは夕闇すら通り過ぎ、闇が濃さを増していた。
そろそろ戻りませんと、皆さんにご心配をおかけしてしまいますわね。
名残惜しさを感じつつも、ルチアはクロードに声をかけようとした。
「ク……」
言いかけたルチアに、クロードが湖のほとりの草原を指差した。
「ルチア、見てみろ」
「わぁっ……」
そこには、たくさんの蛍が飛び交っていた。
「綺麗……」
蛍が飛び交う光の筋が至る所で流れていて、目で追っていると、つい時間が経つのを忘れてしまう。空はすっかり漆黒の闇に包まれ、宝石のように光輝く無数の星が空を彩り、降り注いでくるかのようだった。
静かな湖でこうしてクロードと星空の下、まるで世界に二人だけ取り残されたような感覚に陥る。
クロードは起き上がるとルチアを抱き寄せ、優しく唇を重ねた。
「今まで公務を苦に思ったことなどないが、何もかも忘れて、お前と過ごすこの時がいつまでも続けばいいと願ってしまうな」
クロードの言葉に、ルチアの胸が熱くなる。
「クロード様。私も、です……」
お願い。出来ることなら、このまま時を止めて……
先ほどまで熱気を孕んでいた空気が闇が濃くなると共に冷やされ、冷気がルチアの躰を包み、露わになっている肌を冷やしていく。
「っくしゅん!」
小さくくしゃみをしたルチアに、クロードが気遣うように肩を撫でた。
「夏とはいえ、ここは夜はだいぶ冷え込む。そろそろ戻るか」
クロードがジャケットを脱ぐと、ルチアの肩に羽織らせた。
「いけませんわ! クロード様のお躰が冷えてしまいます」
慌ててルチアは返そうとしたが、
「ドレスで肌を晒しているお前の方が寒いだろう。私の前では無理はするな」
そう言って、羽織らせてくれたジャケットの上から優しく包み込むように、ルチアを抱き締めた。ジャケットを通してクロードの熱が伝わり、ルチアの心の奥深くまで温かくなる。
「では、城に戻るとしよう」
再びクロードが櫂に手を掛け、力強くボートを漕ぎ始めた。
城へ戻ると、いつもは冷静沈着なヒューバートが焦りを浮かべた表情でこちらへ向かってきた。
何事か、あったのでしょうか……
ルチアの心に不安が渦巻く。
「国王陛下、本城より伝令が届きました」
ヒューバートの言葉にクロードが眉を顰め、咎めるような口調で告げる。
「ここにいる間は、一切の公務は持ち込むな、と言っていたはずだが?」
「申し訳、ございません。ですが、緊急を要すもので、国王陛下のご指示を仰ぎたいとのことで……」
クロードは大きく溜息を吐くと、チラッとルチアを見た。
クロード様、私を気遣っていらっしゃる……
「クロード様、私のことは気になさらず、どうかご公務をお進めくださいませ」
「すまぬ、ルチア」
クロードはルチアの頭にそっと手を置いた。
「終わり次第、すぐに戻る」
そう言い残し、ヒューバートについて足早に執務室へと向かった。
空が薄暮へと向かい、昼間くっきりとした青色を見せていた空が透明感のある薄い青へと変化し、美しいグラデーションを描きながら地平線を薄い茜色に染めていた。透明な湖面には昼間はっきりと映し出されていた城が、美しく暮れてゆく空色を背景に優しく映し出されている。
なんて、美しいのでしょう……
言葉もなく、静かにクロードと共にルチアは目の前に広がる光景に魅入られる。昼間の熱が穏やかに鎮まり、柔らかな風がルチアの髪の毛を巻き上げて頬を擽った。
クロードはルチアの手を取り、湖のほとりに停めてあったボートへ一緒に乗りこんだ。彼の逞しい腕が櫂を力強く漕ぎ、湖面に水紋を描きながらボートが進んで行く。
こんな穏やかな時間をクロード様と過ごせるだなんて……幸せですわ。
やがて、クロードが櫂を漕ぐ手を止め、ゆっくりとルチアの方へと近づくと横向きに座らせ、ルチアの膝の上に頭をのせ、横たわった。
「先ほどの、本を……」
穏やかなクロードの声に頷くと、ルチアは夕闇が迫る空の下、本を手渡した。クロードが詩集を広げ、謳い出す。
ルチアの知らない、クロードの母の古い祖国の言語で詩の意味は分からないけれど、その響きは美しくありながらもどこか物悲しく、切なくて、ルチアの心を細かく震わせた。
謳い終わったクロードの頬を、ルチアが優しく撫でる。
「クロード、様……」
「母が亡くなってから私は、彼女の祖国の、とうに滅びてしまった古い言語を学んだ。私の躰を流れる血のルーツを、少しでも知りたかったのだ。今まで、誰にもこれを聞かせたことはなかった。
ルチア、お前がありのままの私を受け入れてくれたから、私は全てを曝け出すことが出来たのだ」
穏やかに低く響くクロードの声に、ルチアは泣きそうな笑みを浮かべた。
「はい、クロード様……」
ゆっくりとルチアの顔が近づき、クロードの唇に温かい熱を移した。
気付くと辺りは夕闇すら通り過ぎ、闇が濃さを増していた。
そろそろ戻りませんと、皆さんにご心配をおかけしてしまいますわね。
名残惜しさを感じつつも、ルチアはクロードに声をかけようとした。
「ク……」
言いかけたルチアに、クロードが湖のほとりの草原を指差した。
「ルチア、見てみろ」
「わぁっ……」
そこには、たくさんの蛍が飛び交っていた。
「綺麗……」
蛍が飛び交う光の筋が至る所で流れていて、目で追っていると、つい時間が経つのを忘れてしまう。空はすっかり漆黒の闇に包まれ、宝石のように光輝く無数の星が空を彩り、降り注いでくるかのようだった。
静かな湖でこうしてクロードと星空の下、まるで世界に二人だけ取り残されたような感覚に陥る。
クロードは起き上がるとルチアを抱き寄せ、優しく唇を重ねた。
「今まで公務を苦に思ったことなどないが、何もかも忘れて、お前と過ごすこの時がいつまでも続けばいいと願ってしまうな」
クロードの言葉に、ルチアの胸が熱くなる。
「クロード様。私も、です……」
お願い。出来ることなら、このまま時を止めて……
先ほどまで熱気を孕んでいた空気が闇が濃くなると共に冷やされ、冷気がルチアの躰を包み、露わになっている肌を冷やしていく。
「っくしゅん!」
小さくくしゃみをしたルチアに、クロードが気遣うように肩を撫でた。
「夏とはいえ、ここは夜はだいぶ冷え込む。そろそろ戻るか」
クロードがジャケットを脱ぐと、ルチアの肩に羽織らせた。
「いけませんわ! クロード様のお躰が冷えてしまいます」
慌ててルチアは返そうとしたが、
「ドレスで肌を晒しているお前の方が寒いだろう。私の前では無理はするな」
そう言って、羽織らせてくれたジャケットの上から優しく包み込むように、ルチアを抱き締めた。ジャケットを通してクロードの熱が伝わり、ルチアの心の奥深くまで温かくなる。
「では、城に戻るとしよう」
再びクロードが櫂に手を掛け、力強くボートを漕ぎ始めた。
城へ戻ると、いつもは冷静沈着なヒューバートが焦りを浮かべた表情でこちらへ向かってきた。
何事か、あったのでしょうか……
ルチアの心に不安が渦巻く。
「国王陛下、本城より伝令が届きました」
ヒューバートの言葉にクロードが眉を顰め、咎めるような口調で告げる。
「ここにいる間は、一切の公務は持ち込むな、と言っていたはずだが?」
「申し訳、ございません。ですが、緊急を要すもので、国王陛下のご指示を仰ぎたいとのことで……」
クロードは大きく溜息を吐くと、チラッとルチアを見た。
クロード様、私を気遣っていらっしゃる……
「クロード様、私のことは気になさらず、どうかご公務をお進めくださいませ」
「すまぬ、ルチア」
クロードはルチアの頭にそっと手を置いた。
「終わり次第、すぐに戻る」
そう言い残し、ヒューバートについて足早に執務室へと向かった。
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