54 / 84
ローナ 13歳編
四面楚歌
しおりを挟む「イーサンも迂闊だったわね」
石畳の段差にぶつかる車輪の音を聞きながら風景を想像して窓の外に顔を向けていた私に、向かいに座る母が悪戯っぽく笑って言った。
「兄さんを悪く言わないでくださいな。そもそも、気を遣わせてしまった私に問題があったのです」
「あらぁ。それを言うなら、貴方とセシルくんが側にいて引き合わない筈がないと知っていたにも関わらず、それを阻止せずに受け入れたあの子に非があるとも言えるわ」
「でも、あれは予想外のことでした」
「そうかしら?王城は言うなれば、敵の根城そのもの。やっぱり、そんな所に罠が張られている可能性を考えなかったイーサンが迂闊だったのよ」
うふふ、と少女めいた笑い声を上げて楽しそうにしている母はどうしても兄さんに罪を被せたいらしい。
……いや。兄さんを責めているフリをして、私を揶揄って遊んでいる。
窓の外を向いていた顔を正面に合わせ、白い視界の奥でニヤニヤと笑っているだろう母を見据えた。
「お母様、お戯れはおよしになってください」
「だってぇ、あの子がミスをするなんて珍しくって。それも妹の事で!うふふ、面白い」
「…………」
「ローナが生まれた時はあんなに無関心だったくせに……人って変わるのねえ」
それは、確かにそうだけど。
三年前までの、存在すら認識していたか怪しかった完全無欠の完璧な兄さんが、妹を気遣ってした行動が誤りだったというのは、親にとってはなかなかの笑い話かもしれないけど。
でもやっぱり、今回のことは私が迂闊だったのだ。
今から二週間前の舞踏会のあの日ーーセシルと別れた後に突如として音もなく現れた王太子殿下は『ローナが他の人と踊れるだなんて、吃驚したよ』と、それはそれは楽しそうに言った。
事件の後に、実はずっと側に控えていた警備兵が白状するには、セシルとのダンス途中から王太子殿下が現れたのだが、存在を知らせないでほしいと命じられていたのだとか。
それから私が一人になるのを見計らって話しかけてきたあたり、王太子殿下は本当にいい性格をしている。
『それにしても本当に驚いたなあ……僕も君をダンスに誘おうと思っていたから、踊れないと知った時はとてもガッカリしたんだ。なのに、ローナが嘘をついていただなんて。君は清廉潔白のリーヴェの生まれに恥じない行いを心掛けていると思ったのに』
深いため息で落胆の度合いを伝えてくるこの人の本心が見えない。
"私が嘘をつかない"?そんな人間、この世にただの一人としていない事など、その立場なら嫌というほどに理解しているはずだ。
それなのに態々失望してみせている王太子殿下の目的は、何だろう。
『王太子殿下のご期待を損なう行いを致しましたこと、深く反省を……』
『ローナが嘘をつかなければならないのは、彼のせい?』
『えっ?』
失望や落胆をわかりやすく滲ませていた声色が一変し、一切の感情を削ぎ落とした声が淡々と言葉を紡いだ。
……彼が誰を指しているのかは、わかる。
セシルだ。
つかなければならない、って何?それじゃあまるで、私がダンスを踊れないと無理に嘘をついたみたいな。
違和感を感じる不思議な言い回しが気持ち悪い。不吉な予感に鳥肌が立つ。
何を考えているの?
『セシル・フントが、そうしたのかな』
『いいえ、違います。家族の総意によるものでした』
『いいや違わない。セシル・フントが、踊れないはずだった君に嘘をつかせたんだ、そうだろう?』
『!!』
この話の持ち運び方はマズい。
私に非があるような切り出しだったのに、標的がセシルに移った。
確かに、最初に王太子殿下が"嘘"と言っていたのは私が踊れるか否かの問題についてだった。
『いいえ、私が我儘を言いました!二人で踊りたいと言ったのは私でした!』
『駄目だよローナ。嘘に嘘を重ねては。だって僕はーーこの城の従者は皆見ていたのだから。彼が自ら、君が出て行った後ろ姿を追いかけたところを』
『っ……それは……』
『会場を抜け出した彼は君の婚約者でもないのに、踊れないと言った筈の君を誘って、"無理矢理"踊らせた。君は本当は踊れることを、隠さねばならなかったのに』
それなのにーー今話している"嘘"はいつの間にか、セシルとのダンスが同意であった事を指している。
違う!
そう叫びたいのに、状況証拠を握っているのは私ではなく、王太子殿下側だ。
無理矢理踊ったなんて、ありえない。
でもそれを証言できるのは私以外に、控えていたエルマー・リッターしかいない。
これではこちら側が不利なだけだ。
どんなに私が白だと証言しても、王太子殿下が黒だと言えば目撃者たちは皆、黒に賛同するのだから。
『可哀想なローナ。踊れないと子息らに言ったのは、君が盲目であることから色々な事情が察せられるのに。彼は態々そんな君を追いかけて強制したんだ。淑女への無理強いは暴行と同義だと思わない?』
『…………』
肯定も否定もできない。
否定することは倫理的判断に欠けているとなるし、肯定することはセシルへの淑女暴行罪の重い罰につながる。
無言で間を繋ぐのだって、いつまでもつか。
『僕としてはフント侯爵には大変お世話になっているから、今回の事を見逃すのは吝かではないのだけれど』
……ああ、そうか。
これは脅しだ。
この人に屈することへの抵抗など、セシルのためならば。
『……私は何をすれば良いでしょうか』
ーーそういう訳で。
私は母を供に、王城へ向かっている。
にこやかに手渡しされた王妃殿下主催のお茶会の招待状を、膝の上に乗せて。
11
あなたにおすすめの小説
痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。
お嬢様の悩みは…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴッドハンドで世界を変えますよ?
**********************
転生侍女シリーズ第三弾。
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
悪役令嬢に転生したようですが、前世の記憶が戻り意識がはっきりしたのでセオリー通りに行こうと思います
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したのでとりあえずセオリー通り悪役ルートは回避する方向で。あとはなるようになれ、なお話。
ご都合主義の書きたいところだけ書き殴ったやつ。
小説家になろう様にも投稿しています。
悪役令嬢に転生したけど、知らぬ間にバッドエンド回避してました
神村結美
恋愛
クローデット・アルトー公爵令嬢は、お菓子が大好きで、他の令嬢達のように宝石やドレスに興味はない。
5歳の第一王子の婚約者選定のお茶会に参加した時も目的は王子ではなく、お菓子だった。そんな彼女は肌荒れや体型から人々に醜いと思われていた。
お茶会後に、第一王子の婚約者が侯爵令嬢が決まり、クローデットは幼馴染のエルネスト・ジュリオ公爵子息との婚約が決まる。
その後、クローデットは体調を崩して寝込み、目覚めた時には前世の記憶を思い出し、前世でハマった乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生している事に気づく。
でも、クローデットは第一王子の婚約者ではない。
すでにゲームの設定とは違う状況である。それならゲームの事は気にしなくても大丈夫……?
悪役令嬢が気付かない内にバッドエンドを回避していたお話しです。
※溺れるような描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
※少し設定が緩いところがあるかもしれません。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。
これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは?
命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる