盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

やましい事はないけれど

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「いいなあ、ローナは綺麗なうえに可愛くってさぁ」


 いつもご馳走になっているお礼にと言ってギーゼラが持ってきた、卵とお砂糖の交わった甘い香りのするバウムクーヘンの一切れを口にした時、隣からポツリと溢すように漏れた言葉が耳に入った。

 一切れをお上品に食べてみせる為にフォークでさらに小さく切り分けて口に運んだのを飲み込んで、「急にどうしたの」と首を傾げる。


「急じゃないよ。ずぅっと思ってたもん」


 意識して話しているとは到底思えないようなぼんやりとした声色でそう言って、深いため息を吐いた。

 悩み事かしら、と手にしていたバウムクーヘンの乗った皿をテーブルに戻してギーゼラに向き直す。


「また、軍で何か言われたの?」
「んーん。セシル・フントが打ち合い訓練に付き合ってくれるようになってからは、誰からも馬鹿にされなくなったよ」


 前に彼女から聞いた、女のくせに鍛錬に参加して……に近しい言葉を言われたのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。

 では容姿のことでギーゼラが気にするような話題といえばと考えて、思い至るものが一つ。


「ウルリヒ様に何か言われたの?」
「なっ……!なんでそこでウルリヒが出てくるかなぁ!?ローナはなんか勘違いしてるけど、わたしとウルリヒはただの幼馴染であって、あいつに何か言われたからって、平気っていうか、どーでもいいっていうか……!」


 わかりやすく動揺を露わにしたギーゼラに思わず笑いが溢れる。軍で何かあった訳じゃないなら、やっぱり、ウルリヒ様の話なのね。


 ギーゼラの幼馴染であり、私たちの一つ年上であるウルリヒ・エルンスト公爵令息は、時折こうして私たちの会話の話題に出てくる。

 一度も会ったことはないのだけれど、ギーゼラが頻繁に話題に出すので、彼のことを随分と知ってしまった。

 まあ……彼女が話さなくとも、『ウルリヒ・エルンスト』は王家の血筋であり、現・宰相であるエルンスト公爵の息子なのでこの国の有名人でありーーまた『シンデレラの恋 ~真実の愛を求めて~』に登場する攻略対象者なので、ある程度の情報は元よりあったのだけれど。


「わかったわ。それじゃあ、ウルリヒ様の事は一旦置いておくとして……容姿のことで何か言われたの?」
「…………うん。もう少し、年相応の淑女らしい格好をしたらどうなんだ、だって。わたしの髪は長い方が少しは淑女らしくなって、今よりずっと良い……って」


 その言い方は今までにギーゼラから話題に出ていたウルリヒの話し方と完全に一致しているのだけれど、今はそこは突っ込まないでおくとして。


 ギーゼラは鍛錬に邪魔だからという理由で、赤みの強い金髪をショートヘアにしている。

 ゲームで見ていた通りならば、中性的な愛らしい顔立ちの彼女にそれはよく似合っているのだけれど、王が国を治め、貴族や騎士が活躍するこの時代に女性の短髪は受け入れ難いらしく、騎士志望の彼女をさらに異様に見せる要因の一つとなってしまっている。

 きっとウルリヒはそういう点を心配してギーゼラに注意したのだろうけれど、言い方が悪い。
 まるで、短髪が似合っていないみたいに聞こえる。

 もう少し優しく話してあげれば、ギーゼラだって素直に頷いただろうに。


「だからローナだったら、髪が短くても、可愛くて綺麗で似合うんだろうなーって思ったの!」


 言い切るまでに自棄になったのか、語尾が強く言い放たれた。

 無自覚でもギーゼラはすでに今の時点でウルリヒに好意を抱いている。
 そんな相手から容姿の事で褒められる以外の事で口出しされたとなると、自ずと心に傷ができてしまうのは当然のことで。


 空回りしているウルリヒの解説を私からしても良いが、他人から説明されて納得するようならギーゼラはここまで悩まないだろう。

 なので、私からギーゼラに出来ることをしよう。


「ねえギーゼラ、貴方に触れてもいい?」
「? うん、いいよ」


 許可を得た私は早速、ギーゼラの顔があるあたりに手を伸ばした。

 まずは、と片手でギーゼラのまろい頬に触れると、生理的な反射でピクリと小さく震えたのがわかる。


「な、なに」


 頬がじわりと熱を帯びたのか、触れたところから温かさが伝わってきた。
 その熱にぴったりと張り付くように手で頬を包み、もう片方の手も同じようにして、ギーゼラの空いている方の頬を包む。

 私の手は大きくないけれど、それでもその中に収まるほどにギーゼラの顔は小さい。

 目の下あたりを親指の腹で擽ると、またピクリとギーゼラが震えた。


「ね、ねえ、ローナ……これ、なに?」


 魅惑のモチモチ感触と湯たんぽのような熱を発し出した頬に癒しを見出して、顔の形を確認した後も手をそのままにしていたら、ギーゼラから困惑の声が飛び出た。

 いけない、いけない。本題を伝えなければ。
 このモチモチを堪能するのはその後だ。


「貴方がとっても可愛い事を確かめたの。ギーゼラ、貴方はとても素敵よ。私が保証します」
「なんっ、な……」
「こんなに形の良い顎をしているのだから、貴方はとっても可愛いに違いないわ。私の言葉では足りないなら……ねえ、アン。貴方はギーゼラをどう思う?」
「大変愛らしい見た目をしていらっしゃると思います」
「ほら、ね?」


 湯たんぽどころか火にかけた鍋のように熱くなったギーゼラの頬に、それでもモチモチが惜しくて触れていたのだがーーセシルも熟す鍛錬を日課にしているギーゼラに手首を掴まれて離されたら、貧弱な私はなす術もなく。


「あらぁ……」
「っそれは、侍女として気を使っての言葉だから、信用できないでしょ!」


 名残惜しくてちょっとだけ頬に手を近づけようとしたのだが、ギーゼラによって膝の上に誘導されてしまった。残念。


「そんな事ないわ。アンは素直だから『見る人が見れば素敵だとおっしゃられるでしょうね』くらいは言うわよ」
「えっと……それはそれでどうなんだろ……」


 「ね」と同意を求めて短くアンに問いかけると、彼女からしっかりとした声色で肯定の言葉が返ってくる。


「貴方は可愛い。可愛いのよ、ギーゼラ」
「…………」


 今の彼女がどんな姿をしているかの詳細は知らないが、ゲーム画面で見ていた『ギーゼラ・ネーベンブーラー』の姿を幼くして考えれば、何となくその容貌がわかる。

 濃い金色の短髪は少し癖があって所々が外向きに跳ねているけれど、それは彼女の活発な性格を表しているようでとてもよく似合っているし、真っ赤なリンゴのようにツヤツヤとした大きな丸い瞳はいつだって溌溂としていて美しい。
 中世ヨーロッパを題材としている作品らしくギーゼラの筋の通った高い鼻は素敵で、その下に控える小ぶりで形の良い、紅を差したような唇も素晴らしい出来栄えだ。

 全てのパーツが完璧に誂えられているのに、さらに完璧に配置されているものだから、文句のつけるところがない。


「可愛い、可愛い」


 いつの間にか私は、可愛いものを愛でたい手が勝手にギーゼラの柔らかい髪を梳かすように頭を撫でていて、空いた手でモチモチの頬をさすっていた。

 無意識とはいえ恐ろしい……どうりで触り心地がいいと思ったわ……。


 また手首を掴まれるまでこの感触を堪能しよう……と口で「可愛い」を紡ぎながら一心不乱に手を動かしていると、下の方から「ふっ」と空気が吹き出たような音がした。


「……なんかローナに言われると、そうかもって思えてきた」
「あら、ギーゼラは本当に可愛いのだから、"かも"ではなく、その通りに思っていいのよ」


 クスクスと肩を震わせて笑うギーゼラは、そのまま私の手を拒否する事なくこちらに体を傾けてきた。

 身長差で私の肩あたりに額を置く形で寄りかかってきたギーゼラに、頭を撫でる手はそのままに、頬を撫でていた方の手を背中に回す。


「辛かったのね」


 私が思っていたーーそれはきっと、ギーゼラ本人でさえもーー以上に彼女の心は弱っていたらしい。普段ならば、決して甘えるような仕草や言動を好まないギーゼラが自分から私に寄りかかってきたのだから、相当だ。

 私の言葉に頷きこそしなかったが、ギーゼラは黙って肩につけた額を擦りつけてきた。


 よしよし、よしよし。
 今日は気が済むまでメンタルケア、もとい頭撫で撫での時間にしよう。


 そう意気込んで、いっそ寝てスッキリするのもアリなんじゃないかと、背中に回した手で一定のリズムを刻むべく動かそうとしてーー。



「ローナ!遅くなってすまない、アフタヌーンティーには間に合おうと急いだんだ……が……」
「あっ」



 そういえば、今日は「来れない」との連絡が無かったなと私が思い出したのは、セシルの腕の中にしまわれた後だった。

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