悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい

はなまる

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9ミモザの覚悟

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 「お待たせしました先生」

 ミモザの支度が出来た。荷物は小さなトランクひとつ。

 それから結婚した時にもらった指輪や夜会に言った時に贈られたネックレスなどを持ち出す。

 ミモザにはそれくらいしかお金にかえれるものがなかった。

 「では脚を固定しましょう」

 セルカークはポケットに持っていた包帯で足首をしっかり固定させた。


 「脚は痛みますか?」

 「いえ、何とか大丈夫そうです」

 「では失礼して馬車まで抱き上げさせてもらいますよ」

 セルカークはミモザを軽々と抱き上げた。

 ミモザはセルカークに抱かれたが身は起こしたままにした。当然。まさかしなだれかかるように出来るはずもないしする気もない。

 それでも彼の体温は伝わってきてしまった。

 その途端シルヴィの記憶が蘇る。

 (こうやってベッドに優しく抱き上げたくれた事もあった。でも、そんなの誰にでもやっていた事だったのよ)

 悲しくてみじめで悔しい気持ちが押し寄せて来てミモザはセルカークに抱かれたままくっと中で身を丸めた。



 ミモザは待っていた馬車を見て驚く。

 その馬車は辻馬車のような何の変哲もない質素な平民が乗るような馬車だった。

 とても貴族のセルカークが乗るような馬車ではない。

 (セルカーク?あなたどんな暮らしをしてるのよ。まさか、あまりに素行が悪くて勘当されたとか?侯爵家の人間がこんな馬車に乗るはずがないのに…)

 湧き上がる不安をよそにセルカークはミモザを抱いたまま挨拶をして馬車に向かう。

 執事のカールに見送られる。

 「怪我は思ったよりひどいので診療所で手当てをします。ご家族の方には心配ないとお伝えください」

 「わかりました。それでは侍女を同行させましょう。そうすれば怪我の加減もわかるでしょうし」

 「では、そうしてくれ」

 と言う事でラウラも同行することになった。まあ、当然。セルカークにしてみれば残念かも。


 ミモザは馬車の中まで抱かれたまま運ばれた。下ろされた椅子は硬く座り心地は決していいものではなかった。

 途端にセルカークが来ていた黒いフロックコートを脱いで椅子の上に敷いてくれる。

 「こんな事になるとは思っていなかった。さあ、こちらに座るように」と指示された。

 「いえ、大事なお召し物が汚れます。私はこのままで構いません」

 「あなたは怪我をしているんだ。遠慮なんかいらない。さあ」

 隣に座ったラウラも言う。

 「若奥様、せっかくのご厚意です。無理をなさらない方が…」

 「そう?では…ありがとうございます」

 「いいえ、それより脚は痛みますか?」

 「大丈夫です」

 そう答えるそばから、下に敷かれたフロックコートからじわじわと彼の温もりが伝わって来る。

 一瞬、さっき抱かれた時に感じた気持ちに狼狽する。

 (またなの?もう、セルカークの体温勘弁してよ。無駄に神経すり減るわ。何だかお尻までむずむずして来る。さすが女たらし。こういう事だけは一端なんだから!)

 それに昨晩の義理父の無茶な行いのせいで大切なところはずきずき痛む。

 (あれは間違いなく暴力。私は今まで見たいに泣き寝入りなんかしないつもり。そうだわ!)

 あなたの着ていたものに触れるなんて気持ち悪いけど私利用できるものはなんでも利用するつもり。

 ミモザは診療所に着いたら一番にやることを思いつく。

 セルカークあなたには私の受けた暴力の証拠の確証を見届けてもらう。

 あなたにそんなところを見せるのはすごく屈辱。でも、私はシルヴィみたいに弱くなりたくない。

 どんな手段を使ってもキャメリオット公爵家から離縁状をもぎ取るんだから!

 そう思ったらさっきまでの気持ちは吹き飛んだ。


 通りを二本またいでいるだけなので時間はたいしてかからなかった。

 馬車は繁華街を抜けると細い路地に入って行った。

 細長い窓からは街の喧騒は聞こえてくるが建物の外観までははっきりわからなかった。

 馬車が止まった。

 セルカークが一番に馬車の扉を開けた。

 「着きました。さあ…」

 「とんでもありません。こちらが無理を言ったのですから…」

 セルカークは手を伸ばしてミモザを器用に抱き上げる。

 馬車から連れ出され診療所を見た。

 「あっ!」

 あまりの事にミモザは絶句した。

 セルカークはみすぼらしい建物に驚いたと思ったのだろう。

 「貴族の奥様をお招きするようなところではありませんが診療設備は整っていますのでご心配なさいませんように。このような場所ですがどうかご容赦下さい」

 彼の言葉は鳥のさえずり程度に耳の周りで霧散する。

 ミモザが驚いたのはそんな事ではなかった。

 この場所はかつてセルカークとシルヴィが暮らしていた場所だった。

 セルカークは結婚の時に貴族街に住むことを許されなかった。婚約もしていない女性を妊娠させたのだ。責任を取って結婚したからと言って醜聞は広がっていた。

 だからひっそりと繁華街のそばの屋敷を用意された。それがこの屋敷だった。

 二階建てのそんなに大きくはない屋敷とも言えないほどの建物は、当時はまだ新しく真っ白い壁の美しい外観だった。

 それが今ではその壁も手入れもされたいなかったのか変色して至る所にシミがある。ひどいところは壁さえ剝がれ落ちていた。


 セルカークはミモザが固まったのを感じたのだろう、身じろぎしながら入り口の扉をくぐった。

 「とにかく入ろう」

 「はい、先生お世話になります」そう言ったのはもちろんラウラだった。

 ミモザは言葉さえ出ないままに建物の中に入る。

(あなたってどこまでも私をかき回すのね。何も気づいていないくせに…あなたって天才だわ!)

 さすがにこれはきつかった。でも、そんな事は言っていられないんだからとミモザは気を取り直す。

 中はあの頃とはすっかり変っていた。

 まずは入り口は大きい扉があり玄関も広い。

 一番に診療所独特の消毒薬の匂いが鼻腔をかすめた。

 入ってすぐに左が待合室らしく椅子がいくつも並んでいた。右側の扉から入ると診察室があった。

 待合室は元のダイニングルームだった場所だ。

 診察室は白いカバーが掛かったこじんまりした診察用のベッドがふたつ。机といすがふたつ。一面の壁は書棚らしい。医学書らしく書物が所狭しと雑多に入っている。


 かつてのリビングルームだった場所らしいがどの部屋も面影は一つも残っていなかった。

 部屋の中は薬草の匂いが微かにしていた。

 ミモザはベッドの上にそっと下ろされた。ふと顔を横に向けると診察室の奥には薬草を煎じたりする薬室らしき器具が見えた。

 (ふ~ん。一応医者らしいことはしているんだわ。まっ、仕事をしながらいい女でも見つければすぐに落とすこともできるだろうし、何と言っても診療師なんだもの)

 そんな考えが浮かぶとなぜか身体ががっくりしたがすぐに思い直す。

 そんな事をしている場合じゃないから!

 (セルカークには何の期待もしていない。出来るはずもない。とにかく私の目的はあの家から逃れる事なんだもの。そうとなったら…やることは決まっているわ)


 ラウラがそばに立っている。

 「ラウラ、私、先生と話があるから、しばらく外してもらえる?」

 ラウラが診察室の外に出た。

 「先生…実はお願いがあるんです」

 そうは言ったがさすがに次の言葉に詰まった。

 その時やっとかつて暮らしていた時の壁が同じ蔦模様だと気づいた。

 (あの頃の壁は色々な緑色のグラデーションがとても美しく蔦模様や鳥の絵鮮やかに描かれていたのに…今ではすっかり薄汚れて沁みだらけ。何だか今の私みたい…それでも私はやっぱり諦めたくないから)

 こんなふうに思うのも前世を思い出したから?シルヴィみたいにみじめな最期を迎えるなんていやだから。

 そう、そのために私は前世を思い出したのだろう。



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