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第一章 転移、そして自立
第六話 本多正信という男
しおりを挟む俺らは上人様に続いて部屋から外に出た。
上人様は、俺がこの寺に来てからよく会う寺男と何やら話し込んでいた。
その後、寺男は小屋の方へ去っていった。
ちょうどその時、反対方向から一人のお侍さんが近づいてきた。
桑名で騒動があった時助けてくれた、あのお侍さんだ。
すると、急に隣にいた玄奘さんが大声で怒鳴りながらお侍さんに向かって走り出していた。
「正信ーーッ!!
よくも良くも、ここへ顔を出せたなぁ!!
お前は~~ッ、お前は~~!!」 と言いながら、玄奘さんはお侍さんを思いっきり殴っていた。
何度も何度も、玄奘様は正信様のことを馬乗りになりながらも殴っていた。
お侍さんは殴られるのを覚悟していたのか、そのまま玄奘さんに抵抗もせずに殴られていた。
殴られた反動からか、お侍さんはその場に尻餅をつき、ほほのあたりをさすっていた。
「ハ~、ハ~、ハ~」
玄奘さんはかなり興奮しているようだ。
とても信じられない光景だった。
いつも落ち着いた雰囲気を漂わせ、純粋な求道者として唯ひたすらに佛の道に邁進しているような玄奘様が、一人の人間として怒りを顕にし、興奮している。
「これ、玄奘、落ち着かぬか。
何も、先の三河での暴発がそ奴のせいではあるまいて」
「で、でも、上人様。
お、俺は、許せないのですよ、正信の奴が。
貴様がいながら、なぜ、三河の連中を暴発させた。
なぜ、連中の暴発を止めなかったのだ。
そればかりか、き、貴様は、連中の先頭に立って、暴れだしたのだ。
なぜ、なぜなんだ~~。」
「玄奘、落ち着かんか。これ。
あの暴発はそやつの責任ではないことくらい、玄奘もわかっていることだろう。
そこのどアホが一緒になって、周りの命を無駄に潰していったことにはワシもちーとばかりくるものがあるがな。
そもそも最近の連中は聖人様の教えを履き違え、自分ばかりか周りの人の命を粗末にしても救われると勘違いして、好き勝手をしよる。
嘆かわしいばかりよの。
そもそも仏様は、この厳しい世にあっても最後の最後まで生きることを諦めず、あがき苦しんで生きていくことこそが尊いのだと説いておられる。
すべての命の貴さを理解し、大切にしていく姿こそが大事なのだ。
いかに生き辛くあがき苦しんだ末にまわりから悪人と罵られようとも、潔く命を粗末にするよりもよほど尊いのだ。
そこに聖人様の『善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや』の教えに繋がるものとワシは思う。
それをそこのどアホが履き違え、暴れた結果が三河の暴発を止めなかった理由だろう。
でも、そやつはその失敗にやっと気付いたようだな。
潔く死を選ばず、逃げ出さず、悪人として、友人の玄奘に悪人と誹られるのを覚悟して、ここに来たのだろ。
一体何人の尊い命を犠牲にしないと、真の教えに近づけないものか。
今回の騒動で失ったものは計り知れないが、少なくともそやつの覚悟だけは得たようじゃな。
そうじゃろ」
「ハイ、上人様。
自分の愚かさを嫌というほどに味わいました。
だが自分は、自分の夢を簡単に諦めたりしません。
1人でも多くの民をこの世の地獄から救い出し、争いのない世界に導いていきたいのです」
「その結果が、三河の一揆か。
それこそ本末転倒ではないか」
「玄奘、それくらいにしておけ。
そやつも、やっとそれに気付いたじゃろ。
じゃからカッコ悪くとも、ここに来たのじゃろ。
して、何用かな」
「ハイ、自分の至らなさ、愚かさは真に身にしみました。
しかし、描いた夢は捨てきれません。
民を救える力を、智慧を身につけるために、新たな経験を求めて仕官することにしました。
幸い大和の弾正様に仕官が叶い、これから大和に向かいます。
それで、今まで、色々お世話になっておりました上人様にご挨拶だけでもと思い、また自分のしでかしたことにより上人様のお心を煩わせたことについて、お詫びを兼ねて参上した次第です」
「ほ~~~、やはり、お主なりに成長したか。
ま~、あれだけの犠牲を出したんじゃ、お主くらいは成長してもらわんと割が合わんな。
それでも世の中を変える力には全然足らんがの。
あがくことが重要なのじゃ。
せいぜい精進せいよ」
「ありがとうございます、上人様。
玄奘、色々心配かけて申し訳なかった。
俺は諦めてはおらん。
今回は、やり方が悪かったのは反省しておる。
上人様のお言葉じゃないが、悪人になることを恐れず、一つでも多くの命を救うべくやり直していく。
大和の方に来たら顔を出せ」
「お、俺は、まだ貴様を許した訳じゃないからな」
「あ~、わかっている、それでもだ」
「あの~、お侍様」
「お、あの時の坊主か。
ほ~、上人様の知り合いだったのか。
どうりで不思議な感じを漂わせていたのだな。
また会えると思っていたが、こんなに直ぐに会えるとはな~」
「あの~、桑名での騒動の時には助けていただきありがとうございました。
きちんとお礼も言えずにすみませんでした」
「いや、なに。あの時にはそこの玄奘が近づいてきてバツが悪かったので俺のほうが逃げたのだから、悪いのは俺のほうだ。
うまく片付いてよかったな。
ところで、坊主の名はなんという」
「私は、先日玄奘様に救われた、空といいます。
本当にその節はありがとうございました。
お侍さんのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「俺か。俺は弾正様に仕官が決まった本多正信という。
そうだ、坊主も大和に来ることがあったら、必ず俺のところに顔を出せ。
不思議な縁があったのだ、俺が出来る範囲で最大限協力させてもらうぞ。
絶対、大和に来たら顔を出せよ」 と言って、お侍さんはここを去っていった。
「ほ~、空や、桑名で正信に会っていたのじゃな。」
「ハイ、あの騒動の時に最初に助けていただきました」
「不思議な縁とはあるものだな。
やはりお主は、なにがしかの力を持っておるな。
力と少し違うか、不思議な縁と言い換えてもいいかも知れぬな。
お主に頼むことに間違いなさそうだ。
あ~、きたきた。幸、葵、こっちに来い」
上人様がそう言ったかと思うと、先ほどの寺男が二人の少女を連れてきた。
「このふたりが、ワシの我侭だ。
この寺に一時的に保護していたが、いつまでも保護しておくわけにも行かなくてな。
こっちが幸で、むこうが葵だ。
このふたりを頼む」 と言って、上人様が頭を下げた。
俺は、驚いて、 「しょ、上人様、やめてください。
頭を上げてください」
そう言うと、上人様は少し笑ったかと思うと話し始めた。
「このふたりはな、先のどアホのせいで、身寄りを全てなくして困っておったのじゃ。
寺で孤児は保護できるが、男子だけなのじゃ。
女人禁制の建前があるし、保護した男子の孤児は育てて僧兵にし、いずれ命を散らしていく定め。
幼い女児は多くの場合、保護されないのが現状だ。
ある程度成長しておれば違うがな。それも決して女性にとって幸せなことではない。
彼女たちはここで保護できない。
寺には、複数の女性を囲う強者もいなくはないが、ワシには甲斐性がないのでそれもできん。
保護した結果、命を散らすことになるのは絶対にできんので、ふたりをお主に預けたいのだ」
「ちょっと待ってください。
おれ、私は、まだ子供です。
まだ玄奘様や張さん珊さんに養ってもらっている身です。
上人様、頼むべきお人が違っておられます。」
「いいや、違わん。
玄奘はワシと変わらん、張さん珊さんは既に空に養ってもらっているのだろう。
違っていても、直ぐにそうなる。
いいか、空、よく聞け。
鳳は雛のうちにはそこいらの鳥に養ってもらうが、一度成長したならばその大きな羽で多くの鳥たちを守っていくものだ」
「上人様は私を鳳だとおっしゃるのですか」
「お主は、既に鳳に成長しておる。
もしかしたら、玄奘に保護された時から既に鳳だったかもしれぬ。
お主は、お主に関わってきた人たちを保護する力を持っており、
保護する責任を持っている。
これは、お主に課せられた宿命だと諦めよ。
そしてあがけ。
あがき抜いて、その大きな羽で一人でも多くのものを導いて欲しい。
そのためにはワシはワシのできる限りの協力をしよう。
どうじゃな」
「私の一存では、張さんはどうですか」
「私は構いませんよ。
ここまで来たのだって空さんのおかげだから、私は賛成よ」
「お、俺は、お、お嬢がよければ、いい」
「ほら、二人も賛成のようじゃな。
空も覚悟を決めよ」
「分かりました、ふたりを預かります。
預かることを決めた上で、上人様、玄奘様にお願いしたいことがあります。
頂いた銀2匁を使って鋸(のこぎり)と斧できましたら手斧ちょうなが欲しいのです。
既に炭を見ていただいておりますので、お分かりかと思いますが、大きさの不揃いは道具がないためです。
道具類を揃えていきたいのです。」
「分かった。
けど、銀2匁くらいでは一つも買えんわ。
ちょっと待て。
お主たちに渡す物がある。
おい、抱介の遺品を持って来い」 と、上人様は寺男に言いつけた。
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