名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第一章 転移、そして自立

第十二話 引っ越し

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 廃寺の整備を始めて5日が経ち、どうにか生活ができるようになってきた。
 しかし、まだ生活をするにはどうしても必要なものがあった。
 それは水である。

 みずがめを使って川から持って来ればすぐにでも生活ができるが、ここから川までは少しある。
 おまけに子ども主体の俺たちにとって、水汲みは苦行に他ならない。
 できれば避けたい。
 それにここは、かなり大きな寺だったのだ。

 宿坊の規模を見ても最盛期には100名は優に超えた修行僧がいたと思われる。
 となると、当然どこかにあるはずである井戸を探すことにした。
 集団生活には欠かすことのできないものだから、庫裡のあたりから重点的に探すことにして、女性は庫裡を掃除しながら探し、俺と珊さんは外で草を刈りながら、あるはずの井戸を探した。

 なかなか見つからない。
 夕方になり、とりあえずは一旦の捜索を諦め、生活の拠点を置いている小屋まで戻ってきた。

「なかなか見つからないね。
 本当にあるのかな」

「別に急ぐことじゃないけれど、見つけたいよね」

「見つけられなくとも、明日には引っ越しましょう。
 水は川からの水汲みでどうにかなります。
 きついですけれど、あそこに生活の拠点を移したほうが、このあとの作業もはかどりますしね」

「俺、水汲み、大丈夫、それくらいなら俺やる」

「珊さん、ありがとうございます。
 最初はお願いしますが、苦労はみんなで分かち合いたいので、珊さんばかりにはさせません」

「嬉しい、でも、俺、苦労じゃない。
 大丈夫」

「そうですね。珊は力持ちですものね。
 明日からお願いね」

「お嬢、俺、頑張る」

 とりあえず生活の拠点を明日からあの廃寺に移すが、生活の糧を稼ぐ炭作りは釜を作った川原でやるしかない。
 生活が落ち着いたら、寺の周りだけでどうにかしたいな。
 それと、俺ら以外に見つからないようにもしないと色々厄介なことになるかもしれないし、一向宗の末寺に見えるような工夫はしないとまずいだろうな。

 たとえ住職がいなくとも、外からは寺のように見える工夫をしなければならないな。
 女子供がほとんどなので、充分に気をつけていても足りないくらいだから、安全面での工夫もしないとな。

 考えることが多すぎる。
 まずは腰を落ち着けることを最優先で考えよう。
 あとの事はそれから考えればいい。

 いざ引越しとなって改めて持ち出すものを確認すると、これが結構あるのだった。
 多くは張さんの持ち物である衣装箱?、所謂いわゆる宝箱のイメージのやつと柳行李がある。

 張さんの言うところによると、箱の中はだいぶなくなってきており、大したものは入ってはいないそうだが、それでも子どもが持つには重そうだった。
 それに葵のところからの大工道具の入った箱もある。
 それらを運べるのが主に珊さんだけなので、手分けをしながら何度でも往復しての引越しとなった。

 これからの商いのこともあるので、大量に荷を運べる大八車の導入を考えたい。
 とりあえず今は人力だけが頼りなので、重いものを珊さん頼み、軽そうなものをそれ以外で、手分けして何度も往復しながら運んだ。
 流石に引越し作業が終わったのは夕方になってからだった。

「今日はもうできないわね。
 終わりにしましょう」

「ハイ、張さん。
 そうしましょう。
 今日は食事して休みましょう」

 まだ囲炉裏が見つからないのと庫裡の掃除が済んでいないので、外で焚き火をしながら食事の準備をしてもらった。
 本当に少しずつだな。
 何もない状態から生活基盤を作っていくのは大変だ。

 張さんの言う通りじゃないが、焦らずに一歩ずつやっていくしかない。
 当面の現金収入の目処である炭の製作と販売は問題はないのだから、それだけでも良しとしよう。

 明朝から全員で早速作業にかかった。
 昨日の続きで井戸の捜索を最優先で行っている。
 ちょうど昼を過ぎたあたりで、庫裡の裏手に草木が絡まって小山のような状態の場所を見つけた。

 早速のこぎりなどを使って草木を取り除いていく。
 全部取り除けた時には夕方になっていた。
 石が上手に積まれていて、まるで石で何かを守っているような場所だった。
 ここの場所の調査は明日だな。
 大した進展もなく1日が過ぎた。

 翌日は朝から全員で、昨日見つけた石積みの場所の調査を行った。
 上から注意をしながら石を取り除いていった。
 すると中からきちんと枠組みをされている井戸が、まるで積まれた石で保護されているような状態で出てきた。

「ここから、人が離れる時に井戸を石で保護していったのだな。
 使えるといいけれど、どうだろう」

 恐る恐る井戸の中を覗いてみた。水は汲み取れそうだったし、石で保護されていたため、中の汚れや植物による破損等は見つけられなかった。

「どうにか使えそうですね」

「そうだけど、井戸の掃除はやらないとダメだな。
 でも、どれくらい使ってなかったのかな。
 まさか100年ってことはないですよね~」

「わからないわよ。
 井戸の掃除に使えそうなものを探さないとね。
 それに一度井戸の水を抜かないといけないのだけれど、その道具も探さないとね。
 井戸があるのだから、どこかにあるはずよ」

「そうですね。
 井戸の捜索はこれで終わりですから、次は生活のために井戸の掃除ですね。
 手分けして道具を探しましょう」

 流石にその日には見つけられなかったが、翌日庫裡の掃除をしていた幸が、庫裡に続く小さな部屋の扉を見つけた。

「空さ~ん。
 ここになにかあるよ~」

 その声で全員が集まり、その扉を開けて中に入った。
 そこは予想通り庫裡で使う道具類の保管場所のようであったが、道具類のほとんどが長い年月で腐ちて使い物にならなかった。 
 せいぜい石臼などの石でできたものだけが使えそうであった。

「桶はあるようだけれど、使えそうにないわね。 
 あ、壊れた。
 やっぱり使えなかったわね」

「買い揃えるしかないか。
 今、お金はどれくらい残っていますか」

「先日の市で炭がいい値段で売れて、炭1俵で銀が1匁と20文といったところだったから、全部で銀6匁くらいかしらね」

「それで買えるだけのものを買いましょう。
 買うだけだから桑名で済みますね。
 明日にでも買いに行きましょう」

 明日に張さんと珊さんに桑名での買い物をお願いした。
 残った俺たちは、寺の掃除の続きをしていた。

「ほ~、これは立派な寺じゃな。
 な~、玄奘よ。これなら帥では確かに格が足らぬわ。
 よし、わかった。
 ワシが住職となろう。
 玄奘は副住職として、ここに拠点を移せ。良いな」

 玄奘さんが上人様を連れてこの廃寺まで来ていた。

「ん、空。張さん達がおらぬが、どこへ行ったのか」

「あ、玄奘様。それに上人様までいらしたのですか。
 張さんと珊さんはいま、桑名まで買い物をお願いしております」

「なに、買い物とな。
 して、何を」

「この寺にある井戸を昨日見つけたのですが、見ての通りこの寺はかなり長いあいだ使用されていなかったので、そのままじゃ使えません。 
 掃除をしようにも全く道具がなく、その道具の買い物をお願いしております」

「空よ。帥の頼みのことだが、確かにこの寺は立派で玄奘では格が足らぬ。
 そこでワシが住職となり、玄奘に副住職を努めさせようと思うのじゃがどうだろう」

「え、上人様に住職をして頂けるのですか。
 それならば、大歓迎です。
 よろしくお願いします。
 でも、この寺はまだ……」

「空よ、慌てるな。
 ワシとて、いきなりここに居住するわけには行かん。
 ワシは名ばかりの住職となるので、拠点は変わらず願証寺のままじゃ。
 玄奘を副住職としてここに拠点を移させる」

「それでは玄奘様がここにお住まいに」

 「そうじゃが、それもあまり今の生活と変わらぬ。
 玄奘は今までのように各地を転々と托鉢に参っておるしな。その生活のまま、玄奘も名ばかり副住職となるが、しばらくはしょうがないじゃろ。
 ワシも、時期を見て移るとする。
 それでよいかな」

「上人様、充分なご配慮です。
 よろしくお願いします」

「して、空よ。この寺なら人手が必要じゃろ。
 孤児の出で信者でない者を数名、寺男としてここに送りたいのじゃが、引き受けてもらえんか」

「え、寺男ですか?」

「なに、心配はいらん。
 ここでは帥が主(ぬし)じゃ。
 帥の指示に従うように言いつけておく。
 少しでも今はあそこに関係の薄い人間は近づけておきたくないのじゃ。
 目的は葵たちと一緒だ。
 引き受けてはくれぬか」

「はい、分かりました。
 で、どうすれば……」

「今度、ワシか玄奘にでも連れてこさせる。
 帥は何もする必要がない。
 となれば色々ここに持ってこれるな。
 空よ、なにか必要なものはあるか。
 寺から持ってこれるようになるでな」

「それでは上人様。大八車をお願いできますか。
 商売をする上で、どうしても必要になります」

「それくらいならば大丈夫だ。
 よし、わかった。
 今度来るときにでも他に色々持ってこよう」

「ありがとうございます。
 今度上人様がお越しになられるまでには、お休みができるまでにはしておきます」

「何、気にするでない。
 玄奘、用は済んだ。
 帰るとするぞ」

「上人様、分かりました」

 上人様はものの数分だけ確認し、我々にとってとてつもなく大きな援助をしてくれることになった。
 これで玄奘さんがここで生活をするようになれば大丈夫だ。
 少なくとも神戸や北畠あたりでは、一向宗の寺には手は付けられない。
 しばらくの安全は手に入れた。

 できれば長島の一揆だけは防ぎたい。
 俺の知る限り、時間はまだある。
 とりあえず今は俺たちが安全に過ごせる環境を、少しでも増やしていくことだ。
 大丈夫、まずは一歩ずつだ。
 今は順調すぎるくらいうまくいっている。

 焦らずやっていこう。


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