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第一章 転移、そして自立
第四十四話 台風
しおりを挟む村に戻ってから暫くは、寺で久しぶりにゆっくりしていた。
林の部落や浜の部落での生産の具合の確認や、門前や観音寺、それに峠の茶屋の収益を記した帳面などをゆっくり確認して過ごしていた。
そろそろ9月も終わりに近づこうとしていた頃で、秋の雨期に差し掛かっていた。
なので、ここ数日は雨の天気が続いていた。
そうなると、峠や観音寺などの拠点での活動を除き、活動できる範囲が限られてくるので、寺には日ごろからいる子供だけでなく大人も多く集まっていた。
そのほとんどが雨による為に活動が制限されており、手持ち無沙汰で、いくつかのグループに集まって雑談などで時間を過ごしていた。
一度俺が、そんなに暇ならば特別に勉強会でもしようかと声を掛けたら、見事に全員が雨の中に飛び出して仕事をしようとしたので、慌てて止めた。
雨が振る中でも勉強するくらいなら仕事をしようとしていた。
そんなに勉強が嫌だったのね。
でも、こんな天気の中で無理に仕事をしてもいいことなど一つもない。
事故につながる恐れすらあるので、せめて身の回りの片づけなどでお茶を濁してもらった。
なので、午後にでもなると今のように三々五々に本堂に集まり雑談などをしながら時間を過ごしているのであった。
別に、ブラック企業じゃないので、無理やりなんかしらの仕事を言いつけて働かせようとは思っていないので、たまには良いかと自由にさせている。
で、俺もゆっくりしているかと言うと、残念ながらそうではなかった。
俺と珊さん、張さんそれに藤林様には、このまったりとした時間を過ごすという贅沢は与えられなかった。
何もしないでさぼればさぼれなくはなかったのだが、心配性なのか、まじめ人間が集まったのか、そういった選択肢はとられなかった。
では何をしているのかと言うと、せっかくまとまった時間を使えるということで、今までの活動の総括的な見直しを中心となって仕切ってくれた人を交えて数字なども使って行っていた。
「売り上げは、どこも一様にすごい勢いで伸びてますね」
「すでに門前の市と観音寺の店で商品の取り合いが始まってますね」
「生産を増やしたくとも、増やせるのは炭くらいで、今の主力の塩と干物はこれ以上の生産は無理ですよ」
「峠の茶店の利用客もすごい勢いで増えており、道がかなり酷くなってきております。
いくつかの商人からは、もっと金を出すから道をどうにかしてくれと再三にわたって訴えてこられてます」
「道については、峠に専門の組を作ってやらせておりますが、それでも間に合わないようですね」
「道を整備している姿を見せているので、先の商人などは、どうにか我慢しているだけで、状況的には変わっておりませんよ」
「でも、これ以上はどうすることもできないことだし、現状維持しかないかな」
「道が酷くなってきてから、荷車での移動が厳しくなってきており、いくつかの馬借の組がここを利用し始めました。
なので、峠に、馬などのための整備の要求も来ております」
「一番問題が無いと思っていた峠関係が一番うるさそうですね。
でも、峠にはこれ以上は人を割けられませんから、現状維持です。
三蔵の衆がもう少し大きくなってきたら、考えなくもありませんが、今はしょうがありません。
今後については、この街道だけの馬借を我々が仕切ることで対応していきます。
なので、当面はロバの入手待ちです。
で、その件はどうなっておりますか」
「空殿、いくつかの伝手を当たって堺の商人に辺りを付けておりましたが、どこの商人も見たことのない動物の扱いは消極的です。
今のままでは無理ですね」
「そうですか、判りました。
無理を言って済みませんでした。
となると、振出しに戻って、どうしよう。
維持管理の難しい馬でも使いますか」
「その馬も、今のような戦乱があちこちであるような時期ですと、伝手も力もない我々には難しい事に成ります」
「そうですか……
峠についてはとりあえず保留でと言うことで。
それにしても、天気は回復しそうにありませんね」
昨日までの天気とは異なり、今日は朝から、かなり強めの雨が降っていた。
「俺、ちょっと外を見てくる」
「そうですか、珊さん。
気を付けてね」
「分かった」
「で、振出しだけれど、峠以外での問題点は、生産力が販売力に対して断然に不足していることですね。
解決策は生産を増やすしかないのですが、これは人手よりも材料の魚の問題の方が大きいというより、既に主力の干物についてはそれ以外に問題が無いのだけれど、解決策が全く立たないのが問題だな」
「そうですね、今も隣の部落にはかなり無理をお願いしていますが、これ以上はさすがに無理ですね」
「今の状況だって、隣の部落に流れてきたお侍さんの手伝いがあってどうにかなっているのだろう。
彼らがここを離れたら、元に戻ってしまうし、そうなると、今以上に商品の取り合いが酷くなるな」
「順調に人も売り上げも増えてきたのに、同時に解決できそうにない問題も増えてきているな~」
集まったみんなが遠い目をして途方に暮れていると、外の様子を見に行っていた珊さんがずぶぬれになりながらも走って戻ってきた。
かなり慌てているが何があったのだろう。
「空さん、やばい事に成りそうだ。
嵐が来る。
俺らを沈めたときのような大きな嵐が来そうだ。
どうしよう」
「え!!」
嵐、ひょっとして台風の事かな……
やばい事に成りそうだな。
ちょっと待て、俺の記憶が正しければ、ここは伊勢湾台風の犠牲が酷く出た地域じゃないかな。
となると、高潮の被害が気になる。
やばい、そうと分かればできる限りの対策だ。
………
多分ここは大丈夫だ。
古来寺社仏閣は緊急避難先としてそういった被害の出にくい場所に作られてきた。
だとすれば、三蔵の衆は、全員ここに避難させよう。
そうと決まれば…
「お~~~い、聞いてくれ。
ここに嵐が来そうだ。
みんな、俺の指示に従ってくれ」
「長、俺らは何をすればいいんだ」
「男衆は、手分けをして、林の部落と浜の部落の全員をこの寺に連れてきてくれ。
まだ時間はあるので、大切なものは持ってきてもらってくれ。
最悪嵐で流される」
「空さん、ここは大丈夫なの?」
「大丈夫だ。
古来から、寺社仏閣はそういった被害の出にくい場所に建てられている。
この寺だって少なくとも100年くらいはそういった被害が出ていなさそうだ。
安心していい。
なので、すぐにかかってくれ」
「「「はい」」」
「で、私たちは何をすればいいのかしら?」
「嵐は長くとも3日もあれば過ぎるだろう。
多分明日か遅くとも明後日には過ぎるので、すぐにどうもこうもないが、嵐の真っ最中には火は使いたくないので、ここに避難してくる人の分も考えて多めに握り飯を作ってくれませんか。
できれば汁も作ってください。
子供たちは残った大人と一緒に寺の建物の戸締りだ。
風が強くなってきているので、十分に気を付けてやってくれ」
「「判りました」」
ここに集まっていたかなりの人は一斉に作業に散っていった。
「峠の茶屋が心配ですが、今からじゃどうすることもできませんね」
「空殿、あいつらならば大丈夫ですよ。
今まででも何度も嵐は経験していますから。
だてに鍛えられてはいませんよ。
信じましょう」 と、藤林様が心配そうにしている俺を慰めてくれた。
俺も何かできないかと、ここを離れようとしたところ、藤林様が止めてきた。
「空殿、こういった何があるか分からない時には大将は本陣でどしっと構えているのもですよ。
誰かが空殿の判断を聞きに来てもいなければそれだけ時間が過ぎて取り返しの付かない事にもなりかねませんからね」
「ありがとうございます。
藤林様、私の経験の不足を補ってくれて、助かりました。
そうですね、そうします……が、こういった事って落ち着きませんね。
ただ待っているだけなのに、苦痛すら感じます」
「そういうものですよ。
だから長の仕事ともいえるのです。
私も控えていますので、待ちましょう。
みんなが無事で済めば良いだけですから」
「そうですね」
「長、村長、隣の部落の連中が保護を求めてきました。
どうしますか」 と言って、浜に走っていった一人がこれもまたずぶぬれになりながら急ぎ戻ってきた。
隣の部落も天気の異変に気付き避難を始めようとしていたところだった。
「迷うことない。
すぐに全員をお連れしてください。
本堂で足りなければ講堂も開けます。
大丈夫ですから、だれか手伝いに出てくれませんか」
「俺が行こう」 とここに集まってきた林の部落の連中で頭を務めている与作さんが力強く応じてくれた。
「与作さん、頼みます。
日頃から助けて貰っている方たちですので、よろしくお願いします。
与作さんも十分に気を付けてください」
「長、判っておりますよ。
お前ら、いいな、長の言葉を聞いたな。
それじゃ~、行くぞ」
「「「お~~」」」
外の雨は先ほどよりも強くなってきており、時折吹く突風もその威力を格段に増している。
あまり猶予も無くなってきている。
俺は、恐怖と心配で足が細かく震えているのが自覚できた。
ただ待つ事がこれほど苦痛を伴うとは、俺の今までの人生では経験のなかったことだった。
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