名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第三章 伊勢の戦国大名

第九十三 安濃津周辺

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 既に俺の乗船を待つばかりになっている船に向かった。
 この船は俺が大湊から乗ってきた船であったが、ここまで来た時と印象が大きく変わっていた。
 荷物室にはもちろんのこと、甲板上にまで兵糧があふれており、葵たちが連れてきた子供たちがわずかに残った隙間にこぢんまりと固まって座っていた。

「狭くて悪いな。
 隣の安濃津までだからもうしばらく我慢してくれ。
 安濃津についたら精一杯働いてくれよな。」

「「「ハイ」」」

 元気がなさそうでちょっと心配していたが子供たちは一斉に元気に返事を返してくれた。
 初めての仕事を前に緊張していただけのようだ。

 俺を乗せた船はすぐに出港して安濃津を目指した。
 ここからだと1時間もかからずに安濃津に着く。
 俺は葵や幸、それに一緒にいる子供達とたわいもない雑談をして時間を過ごした。

 わずかばかりの時間ではあったが、これが良かったんだろう。
 子供たちの緊張も解け安濃津が見えた頃には全員の目に『これから初めての仕事をやるぞ~』って感じの力強さが見て取れた。

 いよいよ接岸となった頃には、岸に藤林様が地元の人足を従えて港に我々を迎えに来ていた。
 ほとんど問題なく安濃津に入ることができたようだ。
 あの調子なら、ここまでの経路上の村々は落ち着きを取り戻したことだろう。

 最初に俺が降りて藤林様から簡単に報告を聞き、運んできた兵糧を船から下ろすように手配をお願いした。
 ただ、そのまま兵糧を用意された蔵まで運び込ませるのではなく、俺は船を下りる前に子供たちに仕事を割り振っていた。

 船から兵糧を下ろすときに脇で数を数えさせ記録に残し、運び込む蔵の入口の前にも子供たちを付けここでも数を数えさせた。
 それぞれに二人ずつ配置して数え間違えのないようにダブルチェックを2箇所で行わせた。

 ここまでしつこくさせる必要はないのだけれど、初めての仕事である子供たち全員に仕事をさせたかったのと、少しでも簡単な仕事からさせて慣らさせて行きたかったためでもある。

 また、藤林様からの報告で、安濃津はまだ余裕があるのだが、この付近の村で余裕がないところから既に安濃津まで救済用の兵糧の貸出をお願いしに村の代表が来ているとも聞いている。
 俺らが落ち着いたら、保管用の蔵の前で兵糧の貸出を行わせることにした。

 当然ここでも連れてきた子供たちに活躍してもらう。
 蔵の前で兵糧の貸出は竹中様ご本人が村の代表と直接話され、人数に応じて貸出を行っていくことになった。
 なので、竹中様の横で、村の名前と代表者の名前、それに村の人数などを聞き出した情報をその場で書類にまとめ、竹中様と村の代表者の両方に確認をさせ印を頂いた。

 ここに来ている村の代表の多くは文字をかけるのでその場で名前を書いてもらっているが、中には文字のかけない人に対しては子供たちが代筆し代表者に✖印を付けてもらいサインの代わりにしておいた。

 この方法は中世ヨーロッパで船員の強制募集の時に多く行われていたそうで、文字の書けない人に対して代筆後に確認のために簡単に印をつけさせたのを俺が昔本で読んだことがあったのでそのまま使わせてもらった。

 要は本人が確認してその証拠に印を書いた事実が重要だとか、後でそんなことは知らんといっても言い訳をさせないための茶番のようなものだが、記した本人たちは真剣で責任感も出てきているようだから、今後もこの方法を使っていきたい。

 兵糧の貸出が始まる頃には俺が乗ってきた船は再度三蔵村に向けて出港していたし、数隻の漁船が兵糧を積んで安濃津に入港してきている。
 なので、どうにか今日のところは兵糧が切れることは無さそうであり、俺はひとまず安心ができた。

 ここでの作業がほぼ決まり、あとはルーチン作業となってきたので、俺は藤林様を連れて玄奘様から紹介のあった一向宗の寺に向かった。
 ここでも寺で抱えている兵糧を借り受けるために玄奘様から親書まで書いてもらい持参しての訪問であったのだが、既に同じ事を松阪周辺で行っており、俺らが寺についたときには寺の方でも兵糧の運び出しの準備が出来ていたのだ。

 俺は寺の住職の方と簡単に話をした後に借り受ける兵糧の数を確認して書類を作り住職の方と契約を交わした。
 何度も言うのだが、俺らは無理やり兵糧を取り上げるのではなく、あくまでも緊急事態のために一時的に借り受ける形を作っている。

 これが良かったのだろう。
 ほかの宗派の寺でも同様にいちいち交渉するまでもなく事務手続きだけで寺の抱えている兵糧の借り受けに成功したのだ。

 ここまで来ると、俺は不安になってきた。
 こんなに簡単にそれもかなりの量の兵糧を用意できるのに、なぜ今までこの地を収めている領主はしてこなかったのかが分からない。

 不安はあるが代替手段を持ち合わせていない俺はただ前に行ったようにこの地の全ての寺から兵糧を借り受けた。
 借りた兵糧は寺の協力もあり安濃津にある蔵まで運んでもらった。

 ここでも俺が借りるために交わした書類と蔵に運び込まれる兵糧の数を合わせるように子供たちに数を数えてもらった。
 蔵に兵糧を入庫するときに数えて数が合えばいいのだが、まず数が合わない。
 絶対に数が多くなることはないのだ。
 運搬途中で数個の俵が無くなる。

 そのままでも良かったのだが、俺は運搬してきてくれた僧に入庫の際に数えた数で借り受け数を修正させ借りた兵糧を蔵に収めた。
 中には怒り出す僧もいたのだが、その場合に借り受けの際に交わした借用書の修正は行わず、ただ寺からの出庫の数と蔵に運び込んだ数の違いを確認させサインを求めた。

 返す時に仕返しをするだけだからあえて俺は問題を起こさない。
 多少の混乱はあったがとりあえず兵糧の入手には成功した。
 しかし、それにしても途中で紛失ってどうにかならないかな~。
 どうせ誰かの横領なのだが、今はいちいち取り締まることができないのでそのままにしているが、近い将来には絶対にそんな卑怯な奴らを野放しにはしない。

 今は時間との勝負のために我慢だ。
 一連の作業が落ち着いてきたので安濃津にある砦に入った。
 そこで、九鬼様と合流して今後について話し合った。

 とりあえず今回保護する全域にお触れを細野氏から出させ、保護領からの餓死者を出させない方針で臨んで貰う。
 それと同時進行で細野氏の本家筋である長野氏の調略をそのまま進めさせ、1ヶ月の期限で判断を下すことにした。

 長引いてもいいことは何一つない。
 何やら北畠あたりからきな臭い情報もちらほら入ってきているし、神戸家との一戦にも備えなければならない。

 俺としては神戸家との一戦でこの伊勢の抗争を終えたい。
 最初に考えていた時よりも2年は早く事態が進行しているが、伊勢地方の飢饉が俺らにとっては幸いしているのだから、小市民的なメンタルしか持ち合わせていない俺にとってはやや複雑な気持ちだ。

 俺がいつまでもこの辺りをうろついていると細野氏から異様に絡まれるので、用事が済んだのならさっさと引き上げることにした。
 おいてけぼりを食った葵たちからまた恨まれるのだが、こればかりはどうしようもない。

 実務作業はまだまだ続くのだ。
 葵たちの面倒を竹中様にお願いして俺は逃げるように安濃津を去って三蔵村に帰っていった。

 三蔵村に帰った俺を待ち受けていたのは、想像もしていない人の訪問であった。
 村に戻った俺は玄奘様にお礼を言いに寺に入ると、寺には松永弾正の使いとして本多様が玄奘様と面会をしていた。

 俺が帰ったと聞いたおふたりはすぐに俺を呼び出して弾正様からの伝言を伝えてきた。
 内容は北畠に関する情報であった。

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